一向に冷める気配を感じさせない時計人気——中でも、スポーツウォッチ人気は留まるところを知りません。ところがそのデザインは、だいぶ前にすでに完成してしまっていると言えないでしょうか? イギリス版「エスクァイア」が分析をしました。


ジェンタがすべてを終わらせたのではないか?

時計業界にとって最大の見本市である「Watches & Wonders(ウォッチズ&ワンダーズ:以下、W&W)」が、今年も開催されました。時計マニアやジャーナリストたちをアッと言わせようと、有名メーカー各社が競い合うようにして自信作を展示するあのイベントです。

熱烈に時計を愛する人々にとっては、“アカデミー賞”と“ウッドストック”を合体させたかのごとき、まさに一大イベントとなっているのです。この大騒ぎを無視することなどできません。

そこにあるのは匠の技、エンジニアリングの妙、芸術性そして「伝統の継承」、どこを取っても素晴らしいのひと言です。その中でも特にクールな存在感を放つのが、スティール製の「ブレスレット一体型スポーツウォッチ」の数々ではないでしょうか。

ブレスレットとケースが“一体化”した構造——つまり、パーツを取り替えるのは容易ではありません。これはいわば伝統であり、今に始まったことではありません。オーデマ ピゲの「ロイヤルオーク」、パテック フィリップの「ノーチラス」、これらはいずれも名匠ジェラルド・ジェンタのデザインによる傑作です。今日においてなお、スポーツウォッチの原型として威光を放ち、君臨し続けています。

それらの時計が誕生してから、すでに50年以上。長きにわたって、あらゆる時計メーカーがその様式を踏襲しつつ、オリジナルの1本を打ち出そうと試みてきました。今年のW&Wで改めて印象に残ったのは、この「ブレスレット一体型スポーツウォッチ」のデザインは1980年代初頭の時点でジェンタの手によって、すでに完成してしまっていたのではないか? ということです。

IWC「インヂュニア」の場合

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IWC
ジェンタによる「インヂュニアSL」 は1976年に発表されました。
gerald genta
IWC
ジェラルド・ジェンタ氏

IWCは「インヂュニア」のラインナップに最新作として「インヂュニア 40 オートマチック」を加えていますが、これはジェンタが1976年にデザインした「インヂュニア SL “ジャンボ”レファレンス 1832」とまさにそっくりです。とは言え、ジェンタのデザインもまた1955年のオリジナルを踏襲したものであることも事実ですが…。40年前に生産中止となって以来、復刻を臨むIWCファンの声が途絶たことはありませんでした。

このニュースを聞きつけ、多くの人々が集結しました。まさに「待望の復活」と言えますが、デザインの素晴らしさは少しも損なわれていませんでした。ねじ込み式ベゼル、磨き抜かれたスティールの光沢、格子模様の文字盤。格調高い1本です。

IWCのチーフデザインオフィサー、クリスチャン・ヌープ氏はこう語ります。

「デザイナーにとって『インヂュニアSL』のような、象徴とも呼ぶべきモデルを手がけるチャンスは滅多にあるものではありません。その責任の重大さを肝に銘じ、できるかぎり慎重に取り組みました」

最新の「アルパイン・イーグル」は過去の意匠を継承

 
Charlie Teasdale
今年のW&Wで出展された、ショパールの「アルパイン・イーグル XPS」。

ショパールの「アルパイン・イーグル XPS」の出展も話題を集めました。従来型の「アルパイン・イーグル」をウルトラスリムに仕上げた1本ですが、80年代前半のサンモリッツ・コレクションをベースにしているのが特徴です。過去にはブルーダイヤルのモデル(鷲の目の虹彩をイメージしたものとされています)、去年のグリーンダイヤルのモデルが高評価を得ました。ですが、この2023年モデルはさらに特殊さが際立っています。

わずか8ミリという超薄型になっただけでなく、4時半の位置にあった日付窓も取り除かれ、“モンテローズ・ピンク”(サーモンピンクと思ってください)のダイヤルが斬新なレトロ感を醸し出しています。そのうえで、「アルパイン・イーグル」の象徴とも言うべきあのミッドセンチュリー後期のスタイルは、少しも失われていないのです。

カルティエも。チューダーも。

「C」と言えばカルティエの「C」、ということで、80年代にデザインされたスポーツウォッチの名作「パシャ ドゥ カルティエ」です。発端となったのは1930年代、モロッコはマラケシュのパシャ・エル・ジャヴィ公がルイ・カルティエ氏に製作を依頼した、ゴールドの防水仕様の腕時計でした。のちにそのデザインがジェンタの手によって磨かれ、オリジナルに敬意を表した名が冠せられたと言われています。

オリジナルの「パシャ ドゥ カルティエ」は、ゴールドのケースに革製のストラップが組み合わされたものでしたが、1990年にスティール製ブレスレットのモデルが誕生しました。そうしてこれが33年後の今日なお、「パシャ ドゥ カルティエ」として生き続けているのです(同じくカルティエが誇るブレスレット一体型スポーツウォッチの「サントス」もまた然り)。

その他にもチューダーが新作として、ゴールドのケースにチョコレート色のダイヤルの「ロイヤル」を出展していました。70年代後半の気配をまとった1本ですが、確かにニューモデルです。チューダーはまた「ブラックベイ」の新作も披露しています。31ミリ、36ミリ、39ミリ、41ミリと異なるサイズが用意されていますが、いずれもCOSC(スイスクロノメーター検定協会)認定の自社製ムーブメントを搭載しています。ブレスレットは一体型でこそありませんが、賞賛に値する出来栄えです。

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1983年のオリジナル「クロノマット」
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Breitling
今回発表された「クロノマットGMT 40」

ところで、80年代のスティール製スポーツウォッチを語るうえで忘れてはいけないモデルに、曲技飛行(エアロバティック)のイタリア代表チームのために生み出されたブライトリング「クロノマット」の存在があります。

その「クロノマット」の新たな顔として登場したのは、サッカー英国プレミアリーグのマンチェスター・シティFC所属のアーリング・ハーランド選手です。ブライトリングはさらにラグビーの国際大会「シックスネイションズ」とのパートナーシップ開始を記念し、スペシャルエディションをコレクションに加えています。

これらのスティール製タイムピースは当初、安価なクオーツウォッチの台頭を防ぐべく生み出されたという一面もあります。高級時計市場の保全を目指す業界にあって、ジェンタはまさに救世主のごとき存在でもありました。そんなジェンタは2011年、鬼籍に入ります。

しかしながら全盛期から半世紀を経てもなお、その威光と業績とが失われることはなく、LVMHはベルナール・アルノー取締役会長兼CEOの指揮のもと、「ジェンタの名を冠したブランドを復活させる」と発表しています。没してもなお影響力を増すジェンタの名のもと、さらに多くの名作が生み出さることになるでしょう。

Source / Esquire UK
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です