1972年に発行された「シュイナード・イクイップメント」(当時経営していたクライミングギアサプライヤー)のカタログで、後にパタゴニアを創設することになるシュイナード氏と当時のクライミング&ビジネスパートナーであったトム・フロスト氏は、主力商品だった鋼製ピトンの製造を止めた理由について、次のように説明しています。

 「私たちはもはや地球の資源は無限のものであり、地上には処女峰(人が未だ一度も登頂したことのない山)がはてしなく連なっている…などと考える人もいないでしょう。山々は有限のものであり、その大いなる姿とは裏腹に壊れやすいものなのです」。
 
 新たに開発したシュイナード氏のアルミ製チョックは、岩を壊したり傷つけたりすることなく、登山者の機敏な動きを可能にしました。この決断は、クライミング界に革命的な変化をもたらし、シュイナード氏のエシカル(倫理的=人と社会、地球環境、地域のことを考慮したうえ会社を運営する)企業家としてのキャリアがここに始まったのです。 
 
 彼は1990年代半ば、パタゴニアはアパレルラインの素材をオーガニックコットンに転換します。この選択は利益目的ではなく(実際、短期的には多額のコストが発生)、ビジネスを継続できる地球環境を求めたからでした。「生産者から直接コットンを購入することでサプライチェーンとのつながりを断ったため、私たちは綿繰り工場や紡績工場と直接的な取引関係を構築しなくてはなりませんでした」と、パタゴニアのフィロソフィー・ディレクターを務めるヴィンセント・スタンレー氏は、Eメールの中で明かしました。

 「このことが新製品の基盤となったコットン・ポリ混紡の開発へと、早々につながったのです。実際、我々のビジネスモデルそのものが、自らに課した制約に基づくイノベーション・ドリブンなものに変化していったのです」とのこと。 

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 そして2018年12月、シュイナード氏はパタゴニアのミッション・ステートメントを変更しました。

 従来の「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」から、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というシンプルなフレーズへ変えたのでした。

 それまで彼は、「害になることをなるべく行わない」ということを心がけてきたのですが、現在では、「ビジネス自体が善の手段になり得るのだ」と確信しています。 
 
 80歳となったシュイナード氏は、彼の新著『Some Stories: Lessons from the Edge of Business and Sport(いくつかの物語:ビジネスとスポーツの接線からの教訓)』の中で、自身が行ってきたクライミングにおける冒険と良識的な資本主義について述べています。

 その中の一部には1961年に書かれた手紙があり、ヨセミテでの登山に向かう途中、トレイン・ホッピング(貨物列車などに飛び乗っての移動)をしてアリゾナ州ウィンズローに着いてしまい、「生活手段も目的もなくうろついていた」として、18日間警察に拘束された体験が語られています。

 この他、エッセイや記事、追悼の言葉、写真などが収められ、アウトドアに魂を捧げた人生を垣間見ることができます。彼は、「自然に寄り添って生きることで、責任というものを学んだ」と記しており、「自分の住処を荒らすような愚かで欲深い動物などいない。人間を除いて」との認識を明らかにしています。また、登山やサーフィン、釣りなどの多くのショットに加え、旧友や旅行の写真もあります。その中の一枚には、1985年の登山旅行の際にブータン国王がバスケットボールをしているところを撮ったものもあります。

 ブータン国王と言えば、経済的価値ではなく精神的価値で幸福度を測る…国民総幸福量(GNH)という概念を打ち出した人。この本を見ていると、シュイナード氏の個人的なアルバムをめくっているような気分にもなります。 
 
 カリフォルニア州ベンチュラのパタゴニア本社でシュイナード氏と初めて会ったとき、彼は指を組んだ手を頭の後ろに回し、サンダル履きの足をテーブルの脚まで投げ出して椅子にもたれかかっていました。

 ヨセミテ・ロッククライミングのゴッドファーザーと呼ばれるジョン・サラテと撮った有名な写真では、ロダンの「考える人」のように手の上に顎を乗せるお得意のポーズをとっています。シュイナード氏の長年の登山パートナーであり友人であるパタゴニアのパブリック・エンゲージメント副社長リック・リッジウェイ氏は、シュイナード氏について…「彼は行動に移る前に問題を熟考し、十分に検討する。このことがロッククライマーとビジネスパーソンの両立を可能にしているんだ」と語ります。

 パタゴニアは1985年以降、環境団体の草の根活動に1億ドル(約110億円)以上を支援してきました。企業としての業績も好調で、収益は過去10年で4倍に拡大。現在の年間売上高は、約10億ドル(約1100億円)に達しています。 

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生涯クライマーのシュイナード氏。ヨセミテのセンチネル・ロックに登る。(1963年撮影)

 シュイナード氏はガーデニングも趣味としており、2012年に「パタゴニア プロビジョンズ」という食品部門を立ち上げました。グレートプレーンズで育ったバイソンのジャーキーや、持続可能な方法で捕獲した野生のサーモン、オーガニックビールなどの商品を提供しています。カバークロップ(土壌を保護するための被覆作物)やコンポスト、輪作などを活用した再生型有機農業が、気候変動対策になり得るとの考えによるものです。有機農法の民間研究機関である米ペンシルベニア州ロデール・インスティチュートの科学者たちは、この農法を世界中で導入すれば、気候変動を止められる可能性もあると指摘しています。 
 
 そうしてシュイナード氏は、企業としての政治的な関与も次第に強めていきました。彼は2017年、トランプ米大統領が国定記念物ベアーズ・イヤーズの保護地域を100万エーカー縮小するとしたことをめぐり、REIやザ・ノース・フェイスなどのアウトドアブランド企業を率いてベアーズ・イヤーズがあるユタ州の知事に対し、この国定記念物を保護する側に立つよう求めました。州知事がこれを拒否したため、4500万ドル(約49億5000万円)規模のアウトドア・リテイラー・ショーの開催場所は、ユタ州ソルトレイクシティからコロラド州デンバーへと変更されたのです。 

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 2018年12月、パタゴニアは米政府に対する集団訴訟の原告に加わりました(連邦裁判所で現在も係争中)。2018年の米中間選挙では、パタゴニアは上院議員候補者の民主党ジャッキー・ローゼン氏とジョン・テスター氏を支持。両者ともネバダ州とモンタナ州という激戦区で勝利しました。パタゴニアのローズ・マーカリオ最高経営責任者(CEO)は、共和党が主導した法人税減税措置で浮いた1000万ドル(約11億円)を草の根環境団体に寄付することを明らかにし、この減税策を「無責任」だと批判しました。

 パタゴニアはこれ以前から、シュイナード氏が17年前に共同設立した非営利活動「1% for the Planet」を通じて年間売上の1%を環境団体に寄付しており、同団体の寄付額はこれまでに2億ドル(約220億円)を超えています。 
 
 また、パタゴニアの米国内施設の電力は、すべて再生可能エネルギーで賄われています。さらに同社は、2025年までにカーボンニュートラルの達成を目指しているのです。そのうえ、石油由来の合成繊維の不使用や繊維工場の電源を再生可能エネルギーにすること、不要になったまだ着られる衣類を無償修理したり、買い取って再販売する「Worn Wear」プログラムの推進などが現在計画として進められています。

 シュイナード氏はまだパタゴニアを所有しており、「だからこそ同社は、株主の利益を気にすることなくリスクを冒すことができるのだ」と、著書の中で説明しています。

 彼は「大抵の上場企業は、株主の利益を最大化するような経営を行っている」と指摘し、「企業の短期的な健全性や成長が決定を左右し、毎四半期に利益を発表するため帳簿の粉飾が行われがちだ。パタゴニアでは重要な決定は、100年先まで存続する企業になるという信念に基づいて行っている。仕事がうまくいけば、収益はおのずとついてくるとの認識だ」と述べています。

 このように一般的な上場企業経営者と異なった、「自分のやりたいことをすべてやる」という経営方針は、「会社が大きくなった現在のほうが、より多くのリソースが利用可能になることで行いやすくなった」と言っています。 
 
 「我々は2025年までに、石油製品の使用をゼロにします。そのため、ポリエステル製品はリサイクルするか植物由来に切り替えます。ナイロン製品は植物素材で生産し、生分解可能にする計画を進めていました…その計画は前倒しで進んでいます。このほどマサチューセッツ工科大学(MIT)で化学を専攻した人材を採用しましたが、アパレル企業でMIT出身者を採用しているところは他にないのでは? パタゴニアの1つの採用枠には1000人の応募があり、その中から最も優秀な人材を選ぶことができます。しかし、私は人事担当にこう言っているのです。パタゴニアの新たなミッション・ステートメントにあるように、地球を救うために仕事をする人でなければ、当社には必要ない…」と、シュイナード氏は語っています。 

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  多くの人がパタゴニアを、「企業責任改善の先駆け」のような存在だと見ていますが、シュイナード氏にはそれも十分ではないようです。気候変動を戦時中の非常時に例え(国民の総動員が必要という点で)、彼は4つの目標を策定しました。

 「1つめは、再生型農業を現実的に推進すること。2つめは不道徳(な政権)を排除するために働くこと。3つめは広大な自然を守ることと、傷ついた土地を修復すること。4つめは、人口安定化のための最も効果的な手段として、第3世界諸国での女性の教育を推進すること」であるそうです。「私の最大の関心事は、地球を守ること。これをおいて他にはありません」と、シュイナード氏は断言しています。

 パタゴニアはシュイナード氏の素晴らしい企業哲学をもとに、ビジネスと環境の両方に貢献し続けるのです。 

 

 
 

From Esquire US 
Translation / Keiko Tanaka 
※この翻訳は抄訳です。