米テレビドラマ『マッドメン』の主人公(ジョン・ハム演じる)ドン・ドレイパーを思わせる細いネクタイと細身のスーツ…。英国出身のロックスター、ジョー・コッカー風のベルボトムパンツとタイダイ柄(絞り染め)の服に…マトンチョップ・スタイルのひげ(=もみあげを長く整え、口ひげにつなげたスタイル)…。
1960年代終盤のファッションほど、無秩序なスタイルは他にほとんど類を見ないでしょう。この時代があれほど魅力的に輝いたのは、こうした統一感のないスタイルが一役買ったからかもしれません。堅苦しい1950年代は断末魔とともに消えつつあり、「魚座の時代」から、世界が新たな段階に入ったということです「自由恋愛」および「何でもあり」の精神に代表される「水瓶座の時代」、いわゆる「ニューエイジ」が始まろうとしていた時代でもあります。
ちなみに「水瓶座の時代」とは、西洋占星術の黄道12宮の重要な起点である春分点が水瓶座に移ることによって始まる時代です。このキーワードは1960年代から70年代にかけて起こった、大人社会や体制に反発するカウンターカルチャー運動で盛んに使われました。 タランティーノ監督によるこの新作映画は、このような文化の爆発が背景となっており、2019年の最高傑作に名をつらねるであろうとささやかれるほど高い前評判を得ています。
カンヌ国際映画祭で披露された本作品 については、すでにマスコミがレッドカーペットでの熱狂ぶりを盛んに伝えています。一方で「エスクァイア」編集部がより詳しく知りたかったのは、映画自体に登場する1969年ごろに流行した目を見張るような装いやデザインです。
それは、前述の『マッドメン』に登場するような仕立てのいい服、あるいはスティーブ・マックイーンに代表されるカジュアルでクールなハリウッド・ファッションなのです。そして、もちろんサイケデリック全開のヒッピー・スタイルも忘れてはいけません。
幸運なことに「エスクァイア」編集部は、ハリウッドにあるリーバイス社のVIP専用サロン「リーバイス・ハウス」にて、映画公開に先立って開催されたスペシャル・ディナーの場で映画に出演した人気俳優オースティン・バトラーと、コスチュームデザインを担当したアリアンヌ・フィリップスに話を伺うことができたのです。
ちなみにバトラーは近々、エルヴィス・プレスリーの伝記映画で主役エルヴィスを演じる予定です。
このディナー・イベントはリーバイス社とアリアンヌ・フィリップスの主催によるもので、ともに映画に出演したオースティン・バトラーとマーゴット・ロビーが司会役を務め、他の出演者たちや制作スタッフ、友人たちを迎えて行われました。
イベントの目的は映画の公開を祝うことに加えて、2つの団体が掲げる有意義な理念への関心を高めることにありました。1つめの団体は、アリアンヌ・フィリップスが設立した「レッドカーペット・アドボカシー(RAD:Red Carpet Advocacy)」で、才能ある著名人と慈善活動の橋渡し役を務める人道主義団体です。具体的には、著名人たちが映画祭などのレッドカーペットで身につけた衣装などを、彼らが賛同する主義を掲げた慈善事業へ寄付する活動を支援することにより、レッドカーペットの場を介した意見発表を促進しています。
一方、マーゴット・ロビーがオーストラリアで設立した非営利団体「ヤングケア(Youngcare)」は、障害のある若者を支援しています。「リーバイス・ハウス」の人目につかない静かな片隅に落ちついた私たちは、「60年代のスタイルやカウボーイ・ブーツ」について、そして、「1969年がなぜこれほど重要な意味のある年となったのか」について語り合いました。
それでは、本イベントの合間に、時間を割いて答えてくれたオースティンと、映画の衣装デザインを担当したアリアンヌ・フィリップスのインタビューをご紹介しましょう。
エスクァイア編集部(以下編集部):クエンティン・タランティーノ監督は、そうと知らなくても、作品を鑑賞すればすぐに彼の監督作だとわかるほど“アクの強い”作風でたいへん有名ですが、彼との仕事はいかがでしたか?
アリアンヌ・フィリップス(以下アリアンヌ): またとない体験だったわ。彼のような監督は、二人といませんからね。「死ぬまでに彼と仕事ができたら…」とずっと願っていただけに、夢がかなってとても幸運だったわ。あんな体験は、これからも二度とないでしょうね。彼の最後の作品に参加できるとしたら、話は別でしょうけれど。
編集部:この映画に携わる以前から60年代のスタイルがお好きだったのですか?
オースティン・バトラー(以下オースティン):実は僕のオフィスの壁に、当時の雰囲気を伝える写真やイラストを集めたムードボードが貼ってあるんです。どんどん貼るものが変わって進化しています。ほとんどは60年代終盤のスティーブ・マックイーンの写真で、おなじみのデニムシャツの前を開けて着ている姿とかね。ポール・ニューマンがピンポンをしている最中の写真もあります。
アリアンヌ:マックイーンがよく身につけていた聖クリストファーのメダルをあしらったペンダントがとても素敵だから、映画でもレオナルド・ディカプリオに着用してもらったの。
編集部:60年代のスタイルでお好きな要素は何ですか?
アリアンヌ:「1969年のスタイル」って、ちょうど変化の時期に生まれたスタイルだから素晴らしいの。まさしくいま、2019年もそんな時期でしょ。世界中で、そうした変化の縮図が数多く見られるわ。だからどうしても、変化というテーマを映画の衣装デザインに込めたかったの。それに身につけるものは、その人の独自性の表現であり、周囲に自分をどんな人物であるかを理解してもらいたいという願望が表れるものよ。だから、人がどんなものを選ぶのかを見るのはいつだっておもしろくて、興味が尽きないの…。
私が思うに、1969年は「何でもあり」という風潮が始まった年だったのではないかしら…。それより以前は、たとえば1950年代はもっと誰もが似たり寄ったりのかっこうをしていたわ。それに比べると1969年は、服装だけでなく風俗や文化にも変化が起こったから、すごく刺激的だったのよ。まさに、いまもそんな時代じゃないかしら。だからあのころと同じように、いまは自分が属しているグループを表すスタイルを創造できるの。
編集部:過去の特定の時代を舞台とする、映画の衣装をデザインする際の難点は何ですか?
アリアンヌ:本当に大変なという視点で言うと、「調達面」に尽きるでしょうね。なにしろロケ地がとても多くてキャストも大勢、しかも、その人となりも多種多様ですから。だけど幸運なことに、優れたスタッフ陣に恵まれて業界でも指折りの有能な人たちの力を借りることができたわ。
編集部:リーバイス以外に、60年代の代表的ブランドとしてどんなブランドを採用しましたか?
アリアンヌ:アイウエアブランド「レイバン」からは、マーゴット・ロビーのために素敵なサングラスを何点か提供してもらったわ。それから「オリバー・ゴールドスミス」のサングラスも使ったの。どちらのブランドも、映画のために1960年代スタイルのサングラスをわざわざ復刻してくれたのよ。
編集部:気に入ったファッションやアイテムはありますか?
オースティン:カウボーイ・ハットをかぶってカウボーイ・ブーツを履くスタイルが特に気に入りました。馬に乗るのも楽しかったし、ベルボトムのパンツも大好きなんです。スパーン牧場(映画撮影用の牧場)のTシャツもいいね。「あのTシャツを手に入れたいなぁ」と、いまも思っていますよ。
アリアンヌ:じゃあ1枚プレゼントさせてちょうだい。
オースティン:持ってるんですか?
アリアンヌ:たぶんあると思うわ…。
ところでオースティンは、乗馬用のスタンピード・ストラップ(馬に乗るときに帽子の落下を防止するために、カウボーイ・ハットにつけるストラップ)を持っているわよね。
編集部:映画で使ったファッションの中で、気に入ってプライベートでも身につけるようになったものはありますか?
オースティン:実はいま履いているブーツは、映画で使ったものなのです。僕の祖父はカウボーイだったので、いまも毎日カウボーイ・ブーツを履いているんですよ。でも僕自身はと言うと、いままで持っていなかったんじゃないかな…。だから、このブーツを衣装合わせの前から手に入れておいたんです。そして、これを履いてオーディションを受けに行ったんですよ。
アリアンヌ:そうそう、あなたったら、そのブーツを泥だらけにして履いていたわね。だから私も思わず、「そのブーツを履いて映画に出てちょうだい」なんて言ってしまったの(笑)。
編集部:衣装は古着が主体ですか。それとも初めから作ったのですか?
アリアンヌ:おもな衣装のほとんどは映画のために最初からつくったけれど、「ウエスタン衣装」や「パレス・コスチューム」などの衣装会社から調達したものもあるわ。どちらの会社も、とても幅広い年代の映画用衣装がそろっているの。蚤の市や古着屋のセールで調達したアイテムもあるし、古着の収蔵施設の職員や古着屋の店主といった人たちにもお願いして、専門的な知識を伝授してもらったわ。
編集部:最後の質問になります。映画の衣装を決めるにあたって、おもに何からヒントを得たのですか?
アリアンヌ:100パーセント脚本からよ。それからタランティーノ監督から、よく見ておくようにって、参考文献がずらりと書かれた長いリストをもらったの。あんなにすばらしい脚本を読んだことなどなかったわ。まるで小説のようだった…。とにかく、個性豊かな登場人物がどんどん出てくるのよ。
編集部:衣装も、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の世界観を構築している大切な要素ですね。映画に登場する格好いい60年代のファッションも見どころのひとつ、とても楽しみです。貴重な裏話をありがとうございました。
From Esquire US
Translation / Shizue Muramatsu
※この翻訳は抄訳です。