思春期の頃には飽きるほどデニムジャケットを着たおし、大学生になってからは映画『トップガン』に憧れて、革製のパイロットジャケットを手に入れたことでしょう。そして現在、社会人となったあなたは、そのパイロットジャケットをスタイリッシュに着こなしているかもしれません。

 いずれにせよ皆さんが身に着けてきたアウター遍歴の中に、一度は羊などの毛皮をそのままなめして毛を伸ばし、染色を施した…モコモコのボアが裏地の存在するレザージャケットの愛用期間はありませんでしたか?

  このようにボアで仕立てられたアイテムは過去数十年の間、微妙なディテールの変化を経ながらも、さまざまなスタイルに適応してきました。まさに定番と言える存在です。素材は羊の革ばかりでなく、デニムであったり、スエードにボアを裏打ちしたタイプのジャケットまで広がり、長きにわたって存在しています。なので、「誰が最初に着用したのか?」「誰が着て、世界的に有名になったのか?」も断言はできません。

 そんなわけで、ここでは多くの方にとって予想外と言える起源の一説と共に、もはや神話的な存在となっているこのアイテムが、どのように進化していったかを確認していきましょう。

死活問題としての衣類として誕生

ミリタリーウエアとしてシープジャケットが着られていた写真
STUART LUTZ/GADO//Getty Images

 20世紀初頭にパイロットになることは、決して楽なものではありませんでした(現在ももちろんそうですが、当時は死活問題でした…)。当時の飛行機のコックピットは気密性が高くなく、氷点下60度近くまで下がることもあったのです。そのため操縦士は、過酷なマイナス気温の中で過ごすため、防寒性の高い衣服を選ぶことは必須であり、まさに必死で選ばなくてはならなかったのです。

 1931年にイギリス空軍が採用した、レスリー・アービン氏により開発された「シアリングジャケット(またの名をアービンジャケット)」は、アザラシの皮でつくられた大きなラペルに羊毛で裏打ちされたダブルブレストのジャケットでした。アービン氏が開発したジャケットは、爆撃機のパイロットに着られることとなりましたが、当時のミリタリーウエアがブレークスルーして、ファッション史へと移行するなど思いもしなかったでしょう。

 アービン氏は、ワードローブのアイコンをつくっただけでなく、ボアを備えたさまざまなジャケットへと派生した原点であり、今日、私たちが知っている薄くて軽いポリエステル製ボアの誕生の着想源にもなっているため、ファッション業界にさまざまな影響をもたらした人物とも言えるのです。

 1940年代には、第二次世界大戦に北米のパイロットのユニフォームとなり、この衣服は国民的英雄のアイコンとしての存在を確立していきました。

シネマ × シアリングジャケット、究極のカクテル

映画『波止場』のマーロン・ブランド
COURTESY OF DR
アメリカで1954年7月、日本では1954年6月に公開された映画『波止場』のマーロン・ブランド。主役の元ボクサーのテリーを演じています。

 しかし、このミリタリージャケットは、どのようにして世界中の何百万もの人々のクローゼットに入ったのでしょうか? それは、映画の比類のない力のおかげと言えるでしょう。

 50年代、ときの俳優であるマーロン・ブランドは、映画『波止場(On the Waterfront)』に出演しました。そこで彼は、マフィアのボスに立ち向かう勇敢な港湾労働者を演じました。モノクロの劇中で、ブランドはボア付きのフライトジャケットを着用しています。

 さらに10年後、ハリウッドのもう1人の偉大なスターであるポール・ニューマンも、映画『孤独な関係(From the Terrace)』でボア付きのパイロットジャケットでスクリーンに登場しています。

joanne woodward and paul newman in 'from the terrace'
Archive Photos//Getty Images
アメリカで1960年に公開された映画『孤独な関係』で、主人公デヴィッド・アルフレッド・イートンを演じたポール・ニューマン。

 この2本は、ミリタリーウエアが普段着として普及するのに多大なる貢献を果たした作品であり、この主役の二人がそのアイテムが擁する固定概念を打ち崩し、何百万人もの男性(そして今日では女性も)のワードローブの中に定番として組み込ませていったのです。

70年代、時代の風潮と共にスエードジャケットに変化

 次の10年でこのアイテムは、その本質を維持しながらも変化していきました。

 70年代は、大学生たちを巻き込んだ自由奔放なスタイルへと進化していった10年と言えるでしょう。しかしながら、軍でのユニフォームであった…いわゆるミリタリージャケットは、平和主義運動が横行する時代にはあまり評価はされませんでした。そのため、戦いをイメージさせるような軽快でショート丈のスタイルではなく、素材はスエードが表地になったり、丈も平和的な印象を持つロングなものへと変化していきました…。

映画『ある愛の詩』のライアン・オニール
Courtesy of DR
アメリカでは1970年12月、日本では1971年3月に公開された映画『ある愛の詩』で、主役のオリバー・バレット4世を演じたライアン・オニール。

シャーリングジャケットがポップアイコンに

 そして80年代になると、このジャケットは新しいデザインを模索し始めます。ボアの裏地がついたデニムジャケットが、ティーンエイジャーの間で大きな支持を得始めたのです。

映画『トップガン』のトム・クルーズ
Courtesy of DR
アメリカでは1986年5月、日本では同年12月に公開された映画『トップガン』のトム・クルーズ。もちろん主役のピート・"マーヴェリック"・ミッチェル 海軍大尉を演じています。

 そうして、この10年間ですべての男性の憧れの的となるスタイルが誕生するわけです…。それは正確に言えば、映画『トップガン』がリリースされた1986年のことです。当時24歳だったトム・クルーズは、ミリタリーに着想を得たパッチがいくつも施されたエッジの効いたデザインのジャケットを着こなしており、これが絶大な人気を博したわけです。

レザー、デニム、シャーリングボンバースタイル…2000年代の着用方法

2004年にシャーリングで裏打ちされたデニムジャケットを着たライアン・ゴスリング
Getty Images
2004年に、シャーリングで裏打ちされたデニムジャケットを着こなすライアン・ゴスリング。

 どんな生地でつくられていようと、どんなカタチであろうと、シアリングジャケットはシーズンごとに存在し続けました。ストリートではあらゆるスタイルの最もスタイリッシュな男性が、それを驚くべき方法で組み合わせており、キャットウォーク上でも新たなデザインで仕上げられたアイテムの誕生が見られます。

「dior」2020 21年秋冬コレクション
Getty Images
「Dior」2020-21年秋冬コレクション

 「ディオール」や「ルイ・ヴィトン」などのブランドが発表したシアリングジャケットを見ると、このアイテムが時代を超越したスタイルの代名詞であることが再確認できるはずです。

Source / ESQUIRE ES