最近のロンドンでは、コヴェント・ガーデンにある「NoMad Hotel(ノマド・ホテル)」が大きな話題になっています。この壮大な建物の大きな吹き抜けにさんさんと太陽の光が差し込んでいる様子は、インスタグラムでも数多く投稿されています。そんなホテルの宿泊料金は、一泊およそ7万円は下らないでしょう。

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と言ってもロンドン市民の場合は、地下鉄で何駅か行った先に自分のベッドがあるので、宿泊するためにノマドへ訪れているわけではありません。彼らは食事の場として、タケノコ型キャベツ(Hispi または、恋人のキャベツとしても知られている)が添えられた子豚の丸焼きコンフィなどの"地元と地域の恵み"を楽しんでいます。そして、これは地産ではありませんが…韓国のヤムイモも人気のようです。

さらに彼ら彼女らは、バーで慎ましくカクテルを味わっているかと思えば、地下ではマルガリータを片手に、DJがかける音楽に合わせて踊っています。このようにこのホテルは現在、伝統的な高価格帯のホテルでありながらロンドンで最も旬なスポットのひとつとして栄えているのです。

実際のところ、ホテルが流行のスポットになったことはロンドンではこれまでなく、まさに大転換です。数年前までホテルのバーは、孤独なビジネスマンと彼らのお供に雇われた女性たちのものでした。堅苦しく、古めかしく、退屈なもので、お決まりの観光スポットのようなものとさえ受け止められていました。

しかし、この「ノマド」はそうではありません。

ノマド同様、他の新旧さまざまなホテルも社会的な人気を博しています。カムデン・タウンのかつての市庁舎別館を利用したブルータリズム様式の「ザ・スタンダード・ロンドン」、ブラック・フライアー・ブリッジ近くの大型ホテル「ザ・ホクストン」、アジア風ビーガンレストラン「アルター」が人気のアルドゲートの「レマンロック」などなど。会員制サロン「ソーホーハウス」グループも、今年は会員料金や宿泊料金を堂々と値上げすると「フィナンシャル・タイムズ」紙が報じています。

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Getty Images, Chateau Marmont
左:2018年のグッチ、右:chateaumarmont.comで販売されたシャトー・マーモントのグッズ(128ポンド)

ホテルは、「新たな時代の“クラブ”の役割を果たしている」と言っていいでしょう。そしてクラブと言えば、ロゴ付きの専用グッズの存在は欠かせません。「~クラブ」という名のブランドが次々と誕生してきた歴史を背景にメンズファッションに敏感な人々は今、この「クラブ」に属していることを誇らしげに証明するスタイリッシュで身につけることのできるアイテムを求めています。

一方ホテルのほうは、独自商品や既存ブランドとの提携でそのブランドのファンを丸ごと取り込むことで、この流れに乗ろうとしているのです。コラボレーションというものはマルチプルにその能力を最大化することが期待できるものであり、かつ利益も見込めるものだと踏んでいるのでしょう…。

ホテル × ファッションの事例

「グッチ」は2018年、ハリウッドの伝説的ホテル「シャトー・マーモント(Chateau Marmont)」とコラボし、ラッパを吹く半人半獣の神「パン」を描いたこのホテルのマスコットをあしらったトートバッグやTシャツ、さらにパーカーなどのシリーズを発表しました。そして、シャトー・マーモントの有名な城のような外観の輪郭を70年代風スウェットに描いた独自商品をホテルのギフトショップ以外で発売しました。

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CDLP x Cuixmala
「CDLP x Cuixmala」のスウィムショーツ(155ポンド)SHOP

知る人ぞ知る北欧ブランド「CDLP」はスイムウェアへの進出に成功した後、メキシコの太平洋岸沖5キロに位置する高級エコリゾート「クイクスマラ(Cuixmala)」と提携し、オリジナルブランドを確立しました。スイムショーツとスイムブリーフのピンク、ブルー、オレンジのカラーブロックは、このホテルの超シュールで砂糖菓子のようなドームとベランダから着想を得たものです。それらは、「CDLP」らしいちょっとセクシーなスイムウェアばかり。これらのスイムウェアはすべて、世界的にも最高級ランクに属するこのホテルのプールの特徴であるチェッカーボード状のタイルによく映えます。

ですが、そればかりではありません。「CDLP」は、世界中の高級ホテルに滞在するためのスイムウェアをつくっているのです。そして、このブランドで購入可能な商品はもうほとんど残っていないというのも事実です。

さらにあの「Ritz」も…

直近では、ロンドンにインスピレーションを得たLA発のウェアブランド「Frame」が、老舗のラグジュアリーホテル「The Ritz Paris」とコラボしました。この世界に名だたるホテル初の試みは、「Ritz」の特徴的な筆記体のロゴを90年代風のジムウェアにあしらったコレクションとして実現しています。

ジム用としては、上質すぎるほど洗練されたこのシリーズ。ダッフルバッグ(オフホワイト)にはRitzの紋章と青色のルームタグが付き、ネイビーのスウェットシャツの背面には「concierge」の文字が縦長の大きな書体で踊っています。パーカ、プール用タオル、Tシャツ、ジーンズ、そして水筒まで…Ritzのロビーに実際に足を踏み入れずとも、いつでも滞在しているような気分にしてくれるアイテムの数々です。

ファッションが「ホテル」をテーマにする理由

なぜ今、ファッションが改めて「ホテル」をテーマにしているのか?については、さまざまな理由があるでしょう。

「旅行の民主化」が全体的に進んだことで、「ジェットセット(自家用機で世界を飛び回るような豪華な旅)は急速にその魅力を失いつつあります。世界を見聞することは、やはり特権的なことに違いありません。ですが、格安航空会社やAirbnbを利用すれば、より手頃な価格で旅行を楽しむことができますし、そうあるべきだと思えます。ですが、ホテルとはそうした流れとコントラストを成すエリート(かつ高価な)シンボルであり、「ラグジュアリー」という言葉がベースボールキャップやスマホケースに使われるようになる前の、「真のラグジュアリー」における最後の砦と言えるのです。

また、コロナ禍の後遺症もホテルの注目度に拍車をかけています。この2年間、断続的に家の中に閉じ込められていた私たちは、自宅のような場所にはもう滞在したくありません。別世界のような、特別感のあるものを求めているのです。ある意味、「ごほうび」的なものであり、つまり実際にエグゼクティブ・スイートを予約したかどうかにかかわらず、こうしたホテルでの体験を身につけ、目立ちたいというわけなのです。

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Frame x The Ritz
左:「Frame x Ritz」クルーネックセーター(535.15ポンド)、右:T-シャツとスウェットパンツ(224.67ポンド)SHOP

伝説的に名高いホテルに対して、この聖なるブランド力を利用するためのコラボを控えているブランドもあります。こうしたブランドには、現実的なフロントなど必要ないようです。

インフルエンサー、エミリー・オーバーグのレーベル「Sporty & Rich」が、デニス・リチャーズが女優になる以前スーパーモデルだった時代に通っていたLAのあるヘルスクラブから着想を得たように…。オーストラリアのブランド「Hotel Poros」は、実在する場所ではなく架空のリゾート地を表現したものになります。

このブランドの創設者でありアーティスティック・ディレクターのフォティス・テティキス氏は、電話インタビューに対して「私の祖先はギリシャ人なので、ギリシャに親愛の情を表し、自分が手掛けるものに取り入れたいと思ったのです」と語りました。「私はフランスの高級ブランドで働いていたので、よくパリに行く機会がありました。意外に思われるかもしれませんが、私はホテルのギフトショップや土産物売り場がとても好きで、たくさんのTシャツを買っていました。『Hotel Poros』というブランドはそんな背景から生まれたのです」と語っています。

このブランドのインスタグラムアカウントには、ギリシャのタヴェルナ(小規模なレストラン)がつらなるゆるやかな白い曲線、がっしりとした体格の男性の日焼けした肉体、そして海の景色が満載です。まさに、リュック・ベッソン監督の映画『グラン・ブルー』のようなロマンチックなギリシャの休日という世界観ですが、もちろん映画のようなダイビング事故とは無縁です。実際、「Hotel Poros」のコンセプトは可能な限り人気のない、手つかずの場所であることでした。

テティキス氏は、「ポロス島はギリシャの中でも特に好きな島の一つ。ミコノス島やサントリーニ島もすばらしいのですが、旅に出てまで英国人や米国人、オーストラリア人と会話などしたくありません。日常から切り離されて、リラックスしたいのです」と語っています。

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Instagram / @apostolisgofas
「Hotel Poros」のテニスクラブT-シャツ(65ポンド)SHOP

このブランドの製品自体、60、70、80年代初頭風のリゾートウェアを中心に展開しています。これらの年代は、テティキス氏が言うには「誰もが外出時には日常とは違う自分を持っていた時代」だということ。これは、現在のソーシャルメディア時代にはかつてないほど希少になっている、ある種の「匿名性」であり、だからこそ価値があるのです。

「Hotel Poros」というブランドは、一過性の見知らぬ誰かとしての旅行者、または宿泊客とひとときを共にする伝説的リゾート地のスタッフのためのウェアという位置づけになります。短パンやTシャツ、トレーナーには、ホテルのプールサイドで行われているトレーナー付きのウェイトリフティングプログラムや、「エレニ水上スキースクール」といった架空のアクティビティを宣伝するロゴがプリントされています。

テティキス氏は、「昔の映画でも、コートダジュールのオテル・ドゥ・キャップ・エデン・ロックやカプリ島などを舞台にしたものは、ジムのインストラクターやホテルスタッフのTシャツのタックインの仕方やシルエット、そしてポーズは絵になるものです。どこかアカ抜けているのです」と話しています。

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Hotel Poros
「Hotel Poros」スウェットシャツと「エレニ水上スキースクール」T-シャツ SHOP

もちろんリゾートウェアのブランドというのは、今に始まったものではありません。しかし、架空のリゾート地をテーマにしたブランドの構築というのは、新たな試みと言えるでしょう。ホテルを普段から使うという概念は、ここ数十年間で流行ったり廃れたりしてきましたが、ギフトショップのアイテムによる装いはかなり最近になって人気になったアイデアです。

「データ派」を自認するテティキス氏によると、彼のブランドの顧客の多くはオーストラリアのゴールドコーストにとどまらず、欧州・中東・米国などを拠点に活動しているとのこと。彼らは、一年中活躍する伝統的なリゾートウェアという名目で購入すると言うのです。

「Frame x The Ritz Paris」の商品は、初回発売から長らく経ちました。ですが、まだ生産が継続しています。

「『ホテル』という概念は、その目新しさから人々に好まれているのだと思います。ホテルとは、あらゆる人の往来に関係するものです。ロビーで人に会い、バーで飲み、船に乗ってとある村に行ってランチを食べる…。現実の生活とは真逆の状況ではないでしょうか…」と、テティキス氏は語ります。

こうしたことの代わりに、人々はフラっとノマドホテルを訪れ(しかも長時間ではなく)、必ずいるはずの他の客に囲まれて食事をしたり、飲んだり、踊ったりしているのかもしれません。このようにホテルには、独特の「無常観」があるものです。そしてサラリーの上昇が低迷し、物価が高騰している現在、「ホテル」という存在は貴重な息抜きであり、飛行機の予約をせずできる想像的な遊びとなっているようです。

Source / ESQUIRE UK
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。