「新しい生活様式」とうたわれ始めて、もう1年以上経ちます。もはや、「ビフォーコロナのような生活には戻らない」とささやかれている中で、「ビュッフェ」に対する復活を叫ぶ声や配慮はほとんどありませんでした。見知らぬ人たちが無数に集まり、テーブルにセットされた料理が入るふたのない大鍋やトレー、そして飲み物の器の周りに順番に巡り、トング(ときには自分の手で)を使って料理を取り分けるビュッフェのシステムは、今後も機能していくのでしょうか?
正直なところ、除菌スプレーを手にぬったり、それぞれの器にガラスやアクリルのパネルで仕切ったとしても、このシステムの未来を守るには十分な対策とは言えないでしょう…。
今後、永遠になくなってしまうかもしれないビュッフェスタイルの食事…これが、私たちにどのような楽しみを与えてくれていたか? そして、どれだけ重要なものであったか?について、この記事ではお話していこうと思います。
「ビュッフェが消滅してしまうかもしれない」という事実は、私(筆者:ウィル・ハーシー)を含めた一部の人々に大きな打撃になりつつあります。ビュッフェ好きというと、確かに欲深い印象です。ですが、ビュッフェには「量をたくさん食べられる」ということだけでなく、他にもさまざまな魅力があるのです。
認識の誤差がないように説明しておくと、ここでお話しているのは、朝食ビュッフェであり、特に一流の国際ホテルで提供されているのものを指しています。厳選されたシャルキュトリー(ハム、ソーセージ、パテ、テリーヌなどの総称)をそろえ、到着時にはロビーで興奮が伝わってくるような、優れたインターナショナルホテルで提供されるものです。
私の旅の思い出の半分は、「朝食ビュッフェだ」と言っても過言ではありません。私の友人の中には、「旅先でどんなに朝早く出かけても夜遅くに戻っても、一度も朝食ビュッフェに顔を出すのを欠かしたことがない」という記録を、誇らしげに語る者さえいます。
20代の頃、このようなビュッフェには、「たくさん食べられる」という期待しかありませんでした。「好きなものを、好きなだけ食べていいんだ。この店を経営している人たちは一体何を考えているんだろう!? 」とまで…。それまでは、ビュッフェという経験よりも、彼らの利益モデルに対して挑戦するかのように食べまくっていました。ベイクドビーンズとスモークサーモン、ソーセージとプレーンヨーグルトなど、ありとあらゆる食事が盛られた巨大な皿をつくり、食べたら新しいお皿にまた山盛りにのせて、膨らんだお腹と共によろめきながら、テーブルへと戻っていました。その頃をいま振り返れば、実に何も理解していない、素人丸出しの時間でした…。
転機となったのは、友人(今思えばビュッフェの師匠のような存在)が、「ビュッフェの食べ物はなくなることはない」と教えてくれたことからです。「タグ・セール(不要品に値札を付けて売るガレージ・セール)じゃないんだから…」と、彼に(愛のこもった)厳しい言葉で言われた、まさにそのときです。
「出ているだけじゃないよ、もっとたくさん用意されているんだよ 」と言います。それから私はビュッフェに対して、徐々に落ち着いたアプローチができるようになり、食事がたくさんあることに対して、その多くが「忍耐」を伴った「可能性」へと置き換わっていったのです。ビュッフェで、主導権を持つべきは自分自身自身です。なぜなら、その食事をした先にどんな自分でありたいかを知っているのは、自分自身なのですから…。
そうして私のビュッフェへの想い、そして関係性を決定的に変えたのは、バンコクでの旅行でした。休暇の初日、妻と一緒にダウンタウンのホテル「スコータイ バンコク」に滞在した私たちは、かなり予定を詰め込んでいたため、朝食時間は30分ほどで済ませる予定でいました。天井の高いレストランに一人で入った私は、その規模の大きさに心の準備ができていませんでした。インド料理の隣にはタイ料理のセクションが並び、ペストリーやパンケーキ、名前の分からない果物のジュース、行列のないオムレツスタンドなどがありました。その時点では、まだ飲茶コーナーも見ていませんでした。
私は食事も取らずに、妻のいるテーブルへと戻りました。目の前のビュッフェを見て直感したのです。そして平静を装って、「お寺の観光は、中止したほうがいいと思う」と言いました。
「なんで?」と彼女は言います。妻は、「私がリンゴジュースを取りに行っている間に何が起こったのでは?」と、不思議がっていました。「ビュッフェを見た?」と私。当然、彼女はまだ混乱し続けています。
私たちは、旅行初日の朝を、海外の大きなホテルの朝食ビュッフェホールで過ごすために6000マイルも飛んできたわけではありません。ですが彼女は、私の野心的な目を見て、これが重要なことだとわかってくれたのでしょう。それから私たちは予定よりも大幅に遅れて出発しました。もちろん観光の時間を失ってしまったので、断念した観光地もありました。それでも私たち夫婦は、今でもあのときのビュッフェの思い出を話しています…。
数年前、友人たちとスコットランドの「グレンイーグルス・ホテル」に行ったときに、私たちは朝食ビュッフェでの紳士らしい振る舞いのためのルールを正式に定めることにしました。楽しさを最大限に引き出しながら、横になりたくなるほど満腹になる必要性を最小限に抑える方法です。驚くほど簡単に、その意見を合致することができました。その内容について、これからお話しましょう。
まずビュッフェには、当然余裕を持って訪れます。片手には、「ニューヨーク・タイムズ」紙のインターナショナル版を、自分の意思を示すための立派な"証拠品"をして持っていきましょう。それからビュッフェの "上"ではなく、頻繁に出入りできる程度の近さのテーブルを見つけ、そこに新聞を置きます。結局のところ、ビュッフェの器とテーブルを往復することになるのですから、なるべくその距離は短いほうがいいでしょう。
次に、気軽にビュッフェが並ぶテーブルを見て回ることから始めましょう。お皿はこの時点では必要ありません。ただ見て回るだけです。そして、自分が何から食べるべきかを決めます。そして、頭の中で食べる順序やセクションを決めるのです。見落としがちなサラダバーは、思いがけない味方になるのでチェックすべきでしょう。食物繊維を摂ることは、軽んじてはいけないことです。
ビュッフェというのは、ある種の長期的なゲームとも言えます。なので、コースとして順序立てて考えるべきなのです。そう何度もテーブルとビュッフェの間を往復すると、食事をしている人たちから注目され、笑われてしまいます。最初は冷たく、小ぶりなものから選びましょう。ですがそこで、菓子パンの罠には気をつけてください。これらはいつも魅力的なのですが、すぐにお腹を満たしてしまうため、想定していたよりもずっと早く朝食が終わってしまう可能性が生じますので…。
当時の私たちは、前出の「グレンイーグルス・ホテル」での伝説的な朝食ビュッフェが最後の楽しみになるかもしれないとは、予想すらしていませんでした。それだけでなく、新たにつくったルールが、すぐに時代遅れになってしまうことも…。
今日のビュッフェの宿敵は、皿を持ちながらうろつくガタイのいい紳士ではなく、すべての人になるのです。空気中にまん延する目に見えないウイルスの拡散から、ビュッフェを守ることはほとんど不可能に近いことです。
当然のことながら、かつて世界有数のビュッフェサービスを運営していたホテルの多くは、その形式をアラカルト化にすることを余儀なくされています。そこでスタッフは、「以前のように、お好きなものをすべてを注文できますよ」と言ってくれるかもしれません。ですが、何かが失われていることにすぐに気づくことでしょう。ウェイターに対し、1つひとつ注文を大声で言わなければならないのです。これは少々恥ずかしさを伴います。
私が10年前、モルディブで決めた朝食の組み合わせを、もしそこで公表しなければならないとしたら、それはかなり恥ずかしいものです。「クロワッサン、ベーコンロール、パンケーキ、フルーツサラダ、そしてカレー、ナンとオニオンバジ(玉ねぎの天ぷら)をお願いします」といった具合です。通常のレストランで、このような注文をしている人に遭遇したことなどありません…。
ですが、こうした状況下に私たちが希望を寄せているのは、やはりモルディブです。モルディブは世界の中でもいち早く、2020年7月15日から外国人観光客の受け入れを再開しています。入国者に対しては、モルディブ到着の96時間以内に発行されたPCR検査による陰性証明書の持参、到着前の24時間以内にWEB上にて出入国事前申告サイト「IMUGA」にて健康状態の申告が義務付けられています(2021年7月5日現在)が、島内の一部のホテルでは、今もビュッフェによる食事サービスが続いているところもあります。
また日本のホテルでは、従来の「好きなものを好きなだけ楽しめる」というビュッフェの魅力と共に、安全・衛生対策を両立させた新たなスタイルが提案され人気となっています。例えば、スマホでQRコードを読み込み、メニュー表ではなく自分のスマホでメニューを確認。メインは数種ある中から好きな料理を1品選んでスタッフがサーブする形式です。従来はセルフで盛り付けていた前菜とデザートに関しては、1人前ずつ皿に盛り合わせられ、おかわり自由で楽しめるといった新たなスタイルが生まれています。
また、ロンドンで最も優れたホテルの朝食ビュッフェとして知られるウェストミンスターのラグジュアリーホテル「Corinthia Hotel London(コリンティア ホテル ロンドン)」も同様です。そして総支配人は、「可能な限り(ビュッフェを)すぐに、平常どおりに戻るようにします」ともコメント…。私を安心させてくれました。
少なくとも今のところは、これで十分な希望を持てたと言えるでしょう。
Source / ESQUIRE UK
※この翻訳は抄訳です。
※ロイターが2021年7月5日(月)18:40に更新した「COVID-19 TRACKER」によれば、 モルディブに関して「感染者数は減少傾向にあり、平均で1日146人の新規感染者が報告されている。1日平均人数のピークだった5月23日の9%になる」とのこと。また英国に関しては、「感染者数は増加傾向にあり、平均で1日2万4428人の新規感染者が報告されている。1日平均人数のピークだった 1月5日の40%になる」とのこと。
※一方、日本では現在(2021年7月5日)、外務省「海外安全ホームページ」内でモルディブ、英国共に「危険度レベル3:渡航は止めてください」になっています。
※上記の情報は頻繁に更新されるので、都度チェックをお願いいたします。