ウォルト・ディズニー・カンパニー傘下のスポーツ専門チャンネルであるESPN(Entertainment and Sports Programming Network)は、世間で最も成功を収めた「スポーツ」専門のTVチャンネルです。そこで2019年9月10日に放送されたある番組は、ある種異彩を放っていました…。その番組とは、元NBAスタープレイヤーであるデニス・ロッドマン氏のドキュメンタリー番組『Rodman: For Better or Worse』です。

 髪の毛をカラフルに染め、北朝鮮との親善大使的な役割をはたしているデニス・ロッドマン氏。「これはもはや、『スポーツドキュメンタリー』と言えるのか?」と、言えるかもしれません。その答えは…、観る人がロッドマン氏をどう捉えているかによって異なるでしょう。 
 
 この番組の中でロッドマン氏は、「史上最高に破天荒で、とにかく最も有名なアスリートの1人」であることが明らかにされています。彼は1986年にデトロイト・ピストンズに入団。すぐにディフェンスに長けたフォワードとして頭角を現すと、このチームで2度の優勝を経験、最優秀守備選手賞を2度受賞しています(その後、マイケル・ジョーダン氏を擁するシカゴ・ブルズに移籍し、3度の優勝をはたしています)。 
 
 しかし、コートでの技術に磨きがかかればかかるほど、彼の行動はそれに反して評判が悪くなっていきます。顔面のピアスは増えていき、髪は金髪のモヒカンに。さらには歌手マドンナとの交際などで世間を騒がせ、1996年の自叙伝出版記念にはウェディングドレスを着て五番街をパレードするなど…。そして番組の終盤…クライマックスでは、言わずと知れた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との関係が取り上げられています。彼は2010年代に数度にわたって、北朝鮮を訪問しました。そして、金委員長を擁護する発言をして、議論を呼ぶことになったわけです。

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ESPN Films

 実に盛り沢山な内容が、この90分強のドキュメンタリー番組にまとめられています。北朝鮮関連のエピソードは最後のほうで登場し、2013年の初めての金委員長訪問をアレンジしたロッドマンのエージェントであるダレン・プリンス氏が、北朝鮮と韓国の違いを認識していなかったことなどが明らかになっています。

 またこの訪問は、金委員長がNBAの熱烈なファンであり、「子どものころからロッドマンのプレーを観ていた」ことから実現したものだということもわかりました。この番組には歌手の故プリンスも登場しており、「世間の批判はすべて、デニスがいくつかのインタビューの内容によるものだ」と語りながらも、「もうひとつは、インタビューで彼が酒に酔っていたからだ」と加えて指摘しています。 
 
 この番組の中には、見苦しい場面もあります。

 ロッドマン氏が記者団に対し、何度も「あの人は、永遠に私の友だちだ」と語り、金正恩氏との関係を擁護している部分です。北朝鮮の訪問は4回目となり、彼が金正恩氏にバースデーソングを歌っている場面や、夕食時にアイルランド人の報道関係者に暴言を浴びせるシーンも登場します。彼は帰国して1週間後に、アルコール依存症のリハビリ施設に入院するのですが、この番組は「ロッドマンがいなかったら、2018年のトランプ米大統領と金正恩委員長との会談は実現しただろうか?」と視聴者に問いかけます…。そしてロッドマン氏はこの会談について、「2人が話しているなんて素晴らしいじゃないですか」と語り、「このことは自分の一番のレガシーであり、最大の関心事だ。今後も一生涯、関与を続けていきたい」と自身の考えを述べています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
ESPN 30 for 30: Rodman: For Better or Worse - Trailer
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 逆に、このドキュメンタリー番組のすばらしい部分は、彼がオクラホマ州で過ごした数奇で無垢な若いころの話でしょう。彼は、母親からデトロイトの自宅を追い出された後、サウスイースタン・オクラホマ州立大学に入学します。そして、ふとした縁から地元のリッチ家の一員として過ごすことになるわけです。初めは、その家族から愛を授かるのですが、その後、母親のパット・リッチと仲違い状態になってしまうのでした。今や幼児がバスケットボールキャンプに参加したり、AAU(アマチュア・アスレチック・ユニオン)でプレーしたりしてプロへと成長していく時代に、ロッドマン氏がスター選手になるまでのストーリーは、まさに稀な話ではないでしょうか…。 
 
 この『Rodman: For Better or Worse』は、「30 for 30」シリーズの中でも最もクリエイティブな一つと言えるでしょう。ロッドマン氏の破天荒ぶりを、これほどまで集中的にクローズアップした番組は他にはありませんので…。

 2009年10月から始まるこのドキュメンタリーシリーズは、もうすぐ丸10年となる長寿番組です。過去には、マイアミ大学アメフト部の復活を紹介した『The U』 など、傑作も多く生み出しています。

 そんな力強い作品群の中に加わった『For Better or Worse』ですが、他のラインナップに勝るとも劣りません。随所に挿入されたインタビューでは、選手として終盤を迎えたころにおけるコート外での悪ふざけに関する告白もあります。それはまるで、再現映像を観てるかのように語られています。また、彼の髪の毛の色の変遷やバスケットおよびクラブにおける彼の歩みに関してのインタビューも、ミュージカル『オクラホマ!』のナンバーとジェイミー・フォックスのナレーションとともに、実に巧みに構成されているのです…。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
THE LAST DANCE Official Trailer (2018) 10 Hours Michael Jordan NEW Documentary HD
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 そして、「さすがはESPN」と言いたくなるほど、優れた構成がなされています。まずこのエピソードでは、マイケル・ジョーダンの世代やレブロン・ジェームズの世代などのように、NBAを時代性で分けていないところが魅力でもあります。そして、今日におけるNBAに存在する様々な問題に関しても触れているところが素晴らしい! 言うまでもなく、選手としてのロッドマン氏は旧世代に当てはまります。ですが彼の当時における実生活は、新世代と全く変わりなかったのですから…。

 イギリスのニュー・ウェイヴ・バンド、「The Cure(ザ・キュア)」が1980年に発表した名曲『Boys Don't Cry』のように、「男は泣いちゃダメなんだ」という風潮がNBA全体にまだあった時代、1989-1990年シーズンと1990-1991年シーズンで2年連続でNBA最優秀守備選手賞を獲得したロッドマン氏は、2回目となる1990-1991年シーズンの授賞式で本物の涙を流しながら彼はスピーチを行っています。

 そうして、そのロッドマン氏の授賞から20年の時を経た2013-2014シーズン、MVPを受賞したケビン・デュラント選手(当時はオクラホマシティ・サンダー所属、現在はブルックリン・ネッツ所属)は、同じく涙ながらにロッドマン氏と同様の内容である…「This is for you, mom,(このMVPは、ママが受賞したようなものさ)=ママこそ真のMVPだよ」とスピーチしたのです…。

 1993年のことです。ロッドマン氏が自らの枕元に、ライフルを置いて寝ているところが報道されました。この行動に対し、当時のメディアは全く理解など示すことはありませんでした。ですが最近のNBA選手はどうでしょう(これはNBAばかりではなりませんが…)。ケビン・ラブ選手(現時点はクリーブランド・キャバリアーズ所属)はパニック障害に…、デマー・デローザン選手(現時点はサンアントニオ・スパーズ所属)はうつ病に悩まされているなどといったメンタルヘルスに対しての問題は、各メディアともにオープンにし、理解と懸念を明らかにしている時代となっているのです…。

 ここまで楽しませてくれたロッドマン氏の番組ですが、ここで冷静になってみると疑問も浮上してきます。

 それは…今日、急速に変化しているNBAにおけるロッドマン氏の先達者としての役割、そして北朝鮮に関する追記は別として…「2019年において、デニス・ロッドマン選手のドキュメンタリー番組は本当に必要であったのか?」と、番組制作者側の意図に対して少々理解に苦しみます。

  『30 for 30 Podcast Presents: The Donald Sterling Tapes』では、NBAの歴史において否定することのできない転換期となった事件がここで明らかにされています。それは2014年にクリッパーズのオーナーであるドナルド・スターリング氏が差別発言を行ったことに端を発した論争であり、以降、選手たちは政治的になっているといった内容は納得できるのですが…。

 そのような内容に比べ、今回のロッドマン氏のストーリーはどうでしょう? これにここまで時間を割くことに対して、必要性を感じている人はそう多くはないでしょう。ちょっといやらしく言えば、「もしかしたら今回のドキュメンタリー番組の目的は、NetflixとESPNが2020年に公開するジョーダン時代のシカゴ・ブルズを綴ったドキュメンタリー作品『The Last Dance』の宣伝のためか!?」 と邪推しても、完全なる否定はできないでしょう。皆さんは、どうお考えですか⁉ この考えに納得する方のほうが多いかもしれません…。

 

 
 

From Esquire US 
Translation / Keiko Tanaka 
※この翻訳は抄訳です。