昨年(2022年)の夏の時点で、ゴルフのPGAツアーが下した決断は筋の通ったものでした。

サウジアラビア王国の政府系ファンドである「パブリック・インベストメント・ファンド(Public Investment Fund = PIF)」をオーナーとする「LIVゴルフ」旗揚げのニュースが世間を騒がせた当時、PGAツアーのコミッショナーであるジェイ・モナハン氏は、「サウジアラビアのもくろむスポーツウォッシュに与(くみ)することなど絶対にない」と断言していたのです。

おまけにLIVゴルフへ移籍した選手に対して、「PGAツアーへの参加資格を剥奪する」という断固たる姿勢まで示していました。それはそれは、明確極まりない態度でした。仮にモナハン氏が多少のエゴに突き動かされてそう述べていただけだったとしても、PGAツアーが「善良な側」に立っていることが結果としてわかりやすく示されたのです。

ミケルソン選手の腹づもりと、PIFについて知っておくべきこと

ところが現地時間2023年6月6日、PGAツアーとLIVゴルフが合併を発表したことによって、何もかもがめちゃくちゃになってしまいました。結果として、あまりにもひどい欺瞞(ぎまん)ばかりが白日のもとにさらされることになったのです。

サウジアラビアのPIFについて、まず知っておくべきことがあるとすれば、それは資金が無尽蔵であるということ。そして、同ファンドの実質的オーナーであるサウジアラビアのサルマーン皇太子には、同国のジャーナリストで近代化論者として知られていたジャマル・カショギ氏を殺害した疑いが持たれていることでしょう。モナハン氏がこのことを知ってさえいれば、少なくとも意味のある英断をくだす機会をわがものにできたはずです。

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Sean M. Haffey//Getty Images
LIVゴルフへの移籍をいちはやく表明したフィル・ミケルソン選手。

マスターズで優勝経験もあるフィル・ミケルソン選手は、何もかもよく承知したうえでLIVゴルフへの参加を決めていたのです。LIVゴルフとの契約を交わす直前、ミケルソンはジャーナリストのアラン・シップナック氏に対し、新たな雇い主となるのは「恐怖のクソ野郎どもだ」と語っており、さらに「奴らがカショギを殺したってことなら知っているよ」とまで言い添えていたのです。

LIVゴルフへの移籍に際してのミケルソン選手の公式発言はどれも形ばかり、もしくは見え透いたものばかりでした。この機をレバレッジとして、利用しようという考えもあったのかもしれません。PGAツアーの運営に異議を唱えるスタープレーヤーたちが、その莫大(ばくだい)な富と引き換えに栄光とを売り渡すのを目にすれば、団体といえども態度を改めざるを得ないという読みがありました。「資金が底をつき、われを見失ったミケルソン選手がいちかばちかのギャンブルで血なまぐさい金に手を伸ばしたのだ」と、ゴルフファンは騒ぎ立てました。

一貫しないPGAツアーの“スタンス”

ところがPGAツアーの側が自らの運営体制を大幅に見直し、賞金を引き上げ、大スターたちに配慮した日程を組み直すと発表したことで、ミケルソン選手の正しさが裏づけられる流れが生まれたのです。そして今回の合併によって、モナハン氏が禁断の果実に食いついたことが明らかになり、ミケルソン選手が正しかったことが改めて証明されたような形となりました。

 
Keyur Khamar
今回の騒動の張本人でもある、PGAツアーのコミッショナーであるジェイ・モナハン氏。

今回の合併による収穫があったとするならば、それはファンにとってより魅力あるコンテンツが生まれることになるということだけかもしれません。最高峰のプロゴルファーたちの共演こそがプロゴルフの成功法則であり、四大メジャー選手権(マスターズ・トーナメント、全米オープン、オープン選手権、PGA選手権)へのLIVゴルフの所属選手の出場を認めたという事実が、そのことを端的に物語っています。

木曜日から週末にかけて、テレビの前でプロゴルフのトーナメントを楽しむ人々が求めるのは眠気を誘う退屈な試合などではないのです――舞台裏のドタバタ劇などどうだっていいというのが、彼らの本音でしょう。つまるところ、一般のゴルフファンにとってこの騒動の結末は、いわば勝利と呼ぶべきものなのです。

関係者たちの反応は…?

つい去年の自身の発言を、モナハン氏はどう正当化するつもりなのでしょうか。モナハン氏に限らず、金のパラシュートに目をくらませたすべてのPGAツアー関係者に対し、同じことが言えるはずです。

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Rob Carr//Getty Images
ローリー・マキロイ選手と談笑する松山英樹選手。

歯に衣(きぬ)着せぬ発言を臆せずしてきた選手たちは、今後どのような反応を示すのでしょうか。タイガー・ウッズ選手を除けば、最も大きな存在感を放っているプロゴルフ界の学級委員長とも呼ぶべき選手が、このひと月ほどLIVゴルフに関して沈黙を貫いています。今回の流れについて、何か予見するところがあったのかもしれません。もし私がローリー・マキロイ選手であったなら、「裏切られた」と感じてしまいます。裏事情をあらかじめ知っていたか否かはさておき、ハシゴを外され格好となったマキロイ選手は、信念を貫くという態度でこの顚末(てんまつ)を見守ることを決めたようです。

先日ロサンゼルス・カントリークラブで開催された全米オープンですが、あらゆる意味で話題の豊富な大会となりました。実に75年ぶりというロサンゼルスでの全米オープンとなったばかりか、ハリウッドというロケーション、さらにメディアやコンテンツ業界を取り巻く熱気もあって、大きな注目を集めることとなりました。

当然のことながら、PGAツアーとLIVゴルフの1件が過熱したことも無関係ではありません。現在のアメリカプロゴルフ界は、かつて経験したことのない岐路に立たされていることだけは確かでしょう。

Source / Esquire US
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です