「ハンバーガーが腐らない」は本当?
マクドナルドの興味深い公式回答

 大企業の姿勢として「これは新しいなぁ」と思える事件があったので、記事にしたいと思います。アメリカのマクドナルドのウェブサイトに、同社に関わる都市伝説に対して「適切な環境下であれば、私たちのバーガーは他の多くの食べ物と同じで、腐ることがあります」という趣旨の公式回答がありました。

 背景を説明すると、この声明が出される少し前にSNSのTikTokで、ある動画がバズりました。投稿した女性が、24年前にマクドナルドで購入した紙袋の中からポテトとクォーターパウンダーを取り出すと、どちらも腐っていなかったという動画です。食べるのを忘れてしまったのでしょうか。収納棚の中に入って、保管されていた商品のようです。

 アメリカ発のファーストフードや食品については、こうした通説・伝承といいますか、まことしやかに信じられている都市伝説がたくさんあります。そして面白いことには、「再現実験をやってみたらそれが正しかった」という結果が、繰り返しメディアやネットで公開されるのです。

 「マクドナルドのポテトが腐らない」ということは、これらの伝説検証の中でも初歩的な実験で色々な人が試しています。たとえば、マクドナルドで購入したポテトと自分で揚げたじゃがいもを、ガラスの密閉容器に入れて保存してみると、自分で揚げたじゃがいもは日にちがたつとカビだらけになっていくにもかかわらず、マクドナルドのポテトはいつまでたっても新鮮さを失わない、という結果が得られるといいます。

mcdonald's to use healthier oil for fries
Mario Tama//Getty Images

 「マクドナルドのポテトには、特殊なコーティングがなされているのだ」というのが、この都市伝説における推論なのです。しかし、夢を壊すようで恐縮なのですが、この推論は科学的に言えば、やはり都市伝説でしかないようです。

 類似の実験で、マクドナルドのポテトをガラスの密閉容器と開放容器にそれぞれ入れたものを比較した人がいるのですが、空気に触れる開放容器に入れたマクドナルドのポテトは、ちゃんと日にちがたつとカビだらけになりました。

 先に種明かしをすると、食品が腐るためには湿度が必要で、湿度がないとばい菌やカビの胞子が成長できません。マクドナルドのポテトは、そもそも細菌が増殖できない冷凍の状態で店舗に納入され、それを高温の油で揚げて水分を蒸発させて販売しているので、販売段階では菌が育たない環境条件になっているわけです。

 その状態がキープできる特殊な環境下、つまりこれは乾燥した密閉容器の中ということですが、そこではマクドナルドのポテトを腐らせることができない――。これが科学的な説明です。

 そもそもやってみるとわかりますが、密閉容器に入れたマクドナルドのポテトを腐らせないようにする再現実験も結構難しくて、日本で実験すると結構な割合でカビだらけになります。空気中にカビの胞子が普通に舞っていて湿度も高い日本では、なかなかこの実験は再現が難しいのです。

コカ・コーラの都市伝説を
実際に検証してみると…

 さて、マクドナルドと同じくアメリカの食品の象徴といえるコカ・コーラにも、「コークロア」と呼ばれる都市伝説がたくさんあります。その1つに「コーラは骨を溶かす」というものがあって、子どもの頃に家族から本気でそう脅された方も、少なくないかもしれません。

 私が以前いたコンサルタント会社で、職場の先輩だった人のお子さまが、夏休みの宿題で本当にコーラが骨を溶かすのか、実験をやったことがあります。優秀なコンサルタントのご子息だけあって、小学生とは思えないほどきちんとした実験だったそうです。夕食の残りの魚の骨を3つの密閉容器に入れ、それぞれコーラ、炭酸水、ミネラルウォーターを注いで、夏休みの40日間、勉強部屋に保存したのです。

 その子は夏休みの39日間はまるまる遊んで、最終日だけ観察実験をしたところ、コーラに入れた魚の骨は溶けていたそうです。そしてミネラルウォーターに入れた骨は溶けていませんでした。ところが実は、炭酸水に入れた骨も溶けていたのです。

 そこから導き出したその子の結論は、「コーラが骨を溶かすのではなく、酸(炭酸)が骨を溶かすのだ」というものでした。実験の結果には疑いの余地はありませんが、実際に実験をして結論を書いたのは父親の方ではないか、という疑惑は残っています。

 コーラに関しては、他にこんな都市伝説もあります。コンプライアンスの観点からいえば今やったらアウトですが、私が子どもだった1970年代、百貨店の実演販売で「ドイツのクリーナー(洗剤)」を売っている人が行っていた手品です。

 彼曰く、「コーラは体によいはずがないから、きれいにしよう」ということで、コーラが半分くらい入った瓶の中にその洗剤を入れて、シェイクするのです。すると一瞬で、コーラが透明な液体に変わってしまいます。

「日本の洗剤でやってごらん。絶対こんな風には色が落ちないから」と言われて、小学生だった私は800円でそれを購入し、帰ったことを覚えています。

paris games week 2017  day two at porte de versailles in paris
Chesnot//Getty Images
子どもの頃に騙された
コーラが真っ白になるクリーナー

 実は、洗剤でコーラが真っ白になるなどというのはまったくの都市伝説で、実際にやってみるとわかりますが、そんなことは起きません。ちなみに、私が少ないお小遣いで買ったその洗剤も、日本製と性能は全然変わりませんでした。

 実はこれ、子どもだましの手品で(当時は主婦もだまされて洗剤を買っていましたが)、販売員がコーラだと言って見せていたのは、イソジンを少しだけ薄めてコーラっぽくした液体だったのです。イソジンの原料であるポビドンヨード液は、ビタミンCを混ぜると化学変化が起きてヨウ素が還元され、無色透明になるのです。

 市販のビタミンC粉末を「洗剤だ」と言ってイソジンに混ぜたら、一瞬でコーラだと思っていた液体が透明になる――。この実験は面白いのですが、コロナ禍の今、イソジンはとても貴重なので、読者のみなさんは再現実験をしないほうがいいと思います。

 さて、冒頭で述べた、アメリカのマクドナルドの公式回答に話を戻します。このように、都市伝説に対してマクドナルドが公式回答をするということは、どこが新しいのでしょうか。

 実は、私たちコンサルタントの間では、マクドナルドは都市伝説への対抗策に力を入れている企業として知られています。有名な対策として、日本マクドナルドが開業直後から行っている「ストアツアー」(現在では「マックアドベンチャー」と呼ばれているプログラム)が挙げられます。

「ストアツアー」の目的は
都市伝説を否定するためだった
これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
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 これは、日本マクドナルド創業者の藤田 田さんが著書で説明している実話ですが、日本上陸直後から大ブームになったマクドナルドをやっかんだ何者かが、「マクドナルドのハンバーガーの原料は牛肉じゃない」という噂を流したのです。噂はやがて都市伝説となって、「知り合いのいとこがお店で働いていて、お店のバックヤードで牛肉じゃない原料を見た」といった噂が、小学生の間に広まったのです。

 それで始まったのが、小学生を対象にしたストアツアーです。お店に実際に小学生に入ってもらい、都市伝説で噂されるバックヤードも見てもらって、自分たちでもハンバーガーをつくる体験をしてみる。このようなプログラムが、日本中のお店で定期的に行われるようにしたのです。

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マックアドベンチャー「はじめてのクルー」篇
マックアドベンチャー「はじめてのクルー」篇 thumnail
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 お店の中に入ってみれば、怪しげな加工場などなく、清潔な冷凍庫の中に保管されたハンバーガー・パティを、手慣れたクルーたちがハンバーガーに加工していることがわかります。それで、ストアツアーから戻った児童がいる小学校のクラスでは、都市伝説について「知り合いのいとこに聞いた派」と「実際にお店を見た派」で議論が起き、実際にお店を見た派の方が圧倒的に優勢となるわけです。

 結局、どこの同業他社の企みだったのかは今ではわかりませんが、こうして「アメリカから上陸した怪しいハンバーガー」という都市伝説的なレッテルは、日本マクドナルドの危機管理策によってきれいに剥ぎ取られたのです。

 では、冒頭で紹介したアメリカのマクドナルドのウェブサイトの対応は、どうでしょうか。ひとことで言えば、SNS時代の都市伝説対策として、うまく対応できているということです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

 そもそも、今回TikTokで拡散した女性の動画は、それ自体が面白かった。偶然保管してあったポテトとバーガーが、まったく腐っていない状態で24年後に発見されたのですから、確かに興味深い話です。だから、あっという間に広まってしまいました。

 アメリカも国土が広いので、女性の住所はわかりませんが、ネバダ州やニューメキシコ州のような砂漠の乾燥地域に住んでおり、空調のないガレージなどに置かれていたのだとすれば、そのままミイラのような状態で保存されたのではないかということは、想像に難くないと思われます。

 投稿した女性も、それがただ面白かったので投稿したように思えますが、SNSで拡散すると、「マクドナルドのハンバーガーは腐らない。何かでコーティングされているんじゃないか」といった都市伝説も、一緒に拡散することになります。よって、当初は楽しい投稿でも、マクドナルド側にとってはSNS時代にこれを放置すると、思わぬ誤解が広がって経営にマイナスの影響が起きることが予想されます。

なかなかよく考えられた
SNS時代のコミュニケーション

 その観点からは、冒頭で紹介した「適切な環境下であれば、私たちのバーガーは他の多くの食べ物と同じで、腐ることがあります」というものは、なかなかよく考えられたSNS時代の回答文だと言えるのです。その最大の理由は、あのTikTokの動画と同じように拡散しやすい、言い換えればツッコミやすい回答になっているということです。

 この声明文を読んだネット民は、それをリツイートしながら「マクドナルドのバーガーは腐るんだ!」「適切な環境下って何?」「あれは不適切な環境下の話なのか?」などといろいろ突っ込むことができます。突っ込めるから、話題が拡散するのです。

 ちなみにツイッターというSNSは、ボケとツッコミでいえば、圧倒的にツッコミ型のメディアです。私は経営評論家としてはボケの立ち位置なので、ツイッターは苦手なのですが、ツッコミの立ち位置の経営評論家は、いつもいろいろなニュースに反応しては突っ込んで、ツイートをバズらせています。

 これと同じ原理で、反論を拡散させたいと思ったら、ツッコミどころが満載で満腹にならない程度の公式回答を載せ、インフルエンサーのツッコミを待つという広報戦略は、この時代に「あり」なのです。お堅い公式ウェブサイトが都市伝説に対して不十分な反応をするという対処法自体が新しいというわけで、企業の顧客対応においてもSNSを使った新しいコミュニケーションが試行されているのだ、というお話でした。

ダイヤモンド・オンライン

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