【目次】

「生き甲斐(Ikigai)」とは何か?

2020年9月22日に、病気のため死去された心理学者の井上勝也氏は、日本老年行動科学会を設立し、これまでに「認知症高齢者の徘徊の平均距離」、「阪神・淡路大震災における高齢者の避難行動・適応行動」などの研究をされた筑波大学名誉教授でした。

そんな井上氏が「筑波大学リハビリテーション研究」の講演会にて、「生き甲斐」と「人生の質(QOL=クオリティ・オブ・ライフ)」を比べて、次のように説明しています。

 「生き甲斐」と「人生の質(QOL)」は同じ部分もありますが、それだけではありません。似て異なるものです。「QOL」が『幸福感』、『満足感』、『調和』によって高まるとすれば、「生き甲斐」は、『幸福感ではなくむしろ“緊張感”』があり、『満足感ではなくむしろ“ハングリー”』であり、『他との調和はむしろ最初から問題になりません』ね。……思い出は決して消えることのない極めて強力な「生き甲斐」。心の中の「生き甲斐」を持つことが重要なのです。

また井上氏は『高齢者の「こころ」事典』の中で、生き甲斐とは「生きることに価値や意味をもたらす源泉や対象としての事物(生き甲斐の源泉・対象)」と、「その源泉や対象が存在することにより自らの生に価値や意味があると感じられる感情(生き甲斐感)」の2つの側面から構成される概念と説明しています。

そして、社会的な視点から「生き甲斐」を3つの方向性に分類しています。

  1. 社会的生き甲斐
    …ボランティア活動やサークル活動など、社会に参加し、受け入れられる生き甲斐。
  2. 非社会的生き甲斐
    …信仰や自己鍛錬など、直接的に社会とは関わらない生き甲斐。
  3. 反社会的生き甲斐
    …誰かや何かを憎んだり、復讐する願望を持ち続けるといった、暗い情念が生きていく上での基本的動機となっている生き甲斐。

生き甲斐––日本に学ぶ、充実した人生100年時代を生きる秘訣

近年、この「生き甲斐(Ikigai)」という日本の人生哲学とも言えるワードが、欧米でも広く知られる概念となってきました。

生き甲斐,ikigai, 生き甲斐 とは,「生き甲斐(ikigai)」という日本の精神,井上勝也,ダン・ベットナー,
Hikaru Sato

このきっかけとなったのが、長寿地域を意味する「ブルーゾーン(Blue Zone)」の概念を広めたアメリカの研究者で作家であるダン・ベットナー氏の発言です。彼は日本・沖縄の長寿の理由のひとつとして、この「生き甲斐(Ikigai)」に言及したことの始まったようです。

さて、そんな流れもあり、2016年にスペイン人著者による『ikigai』と題した本が出版され、欧州各国で翻訳され話題を呼びました。今回、その著書に感銘を受けた「エスクァイア」オランダ版の編集者ケビン・ヴァン・ビューレン(Kevin van Buuren)が、オランダ人の解釈から「生き甲斐」について寄稿してくれました。

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あなたが毎朝起きる理由は何ですか?

私(筆者ビューレン)や西洋人の多くは、ゼラニウム(オランダの街中や窓辺で見かける機会が多い、四季咲き性の花)の前でじっと座っている生活にならないだけの余力を残しながら、リタイアできる日を指折り数えて待っています。日本ではリタイアしても、ゼラニウムの前でじっとしていることはありません。元気いっぱいの高齢者が、ゼラニウムなどの花や野菜を自宅の家庭菜園で育てたりしています。

日本の住民によれば、充実した生活を長く続けていく秘訣は、リタイアするのではなく、できるだけ長く自分なりの“生き甲斐”を持って暮らしていくことだと言います。それはつまり、あなたが毎朝起きる理由となるわけです。

生き甲斐とは何か?

“生き甲斐”という日本語は、ふたつの言葉に分けることができます。

前半分が“人生”という意味で、後ろが“価値”という意味。これは人間が生きている理由、即ち“生きる喜び”とか、あるいは日本流に解釈して“忙しくあり続ける喜び”というように意訳することもできるでしょう。

常に忙しくあり続ける…この考え方は西洋人においては、いらつかせる原因となるでしょう。このような日本的メンタリティがなぜ、突然注目を集めるようになったのでしょうか?

西洋の科学が長年にわたって治療法を模索してきた、誰もが避けられない“病”––それが“老い”です。これから逃れるのは不可能であり、せいぜい進行を遅らせることしかできません。

ところが日本人はずいぶん前に、奇跡の処方箋を発見していました。

特に沖縄県北部のある島では、90歳はまだ若造で、100歳になると踊れや歌えやと、まるで成人になったかのようなお祝いをするのです。興味深いことに沖縄県は、日本の中でも第二次世界大戦において最も大きな影響を受けた地域のひとつであるということです。

島民の健康的な老いを支えているのは、バランスのとれたライフスタイルではないでしょうか。ほどほどの食事を摂り、生き甲斐を失わないよう、軽い肉体労働で忙しくあり続けて、気持ちを穏やかに保っているのです。そこに住む多くの人々は、身体がもたなくなるまで忙しい生活を送ろうとします。ですが西洋の価値観とは違って、そんな生活が死の間際まで続けようとすることも珍しくないのです。

生き甲斐––生き急ぐライフスタイルではない

このように日本人の考え方は、西洋人のメンタリティとは対照的です。

われわれ資本主義者が考える理想的なイメージとしては、より大きく、よりよく、より多くを常に追求します。ところが時代が進むに従って、世界は動きをどんどん速めているようで、このままブレーキをかけないでいると、われわれ自身が終焉を迎える前にガソリン切れになってしまうかもしれない状況ではないでしょうか。

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コロナ禍の現在、私たちの多くがそんな状況であることを再確認できたはずです。少しくらい立ち止まっても、世界は動き続けるということを…。そんな人生で大切なのは、どれだけ多くの仕事をするかではなく、どれだけ満足のいく生活を送るかなのです。仕事は必要ですが、やりすぎは禁物というわけです。

テキサス州フォートワースを拠点に、ストレスの軽減、職場でのストレス、兵役に関連するストレス、慢性的な管理されていないストレスの健康への影響に関する情報を提供する「アメリカン・インスティテュート・オブ・ストレス」が、老齢による衰えについて調査したところ、「健康に最も悪影響を与える要因はストレス」であるという結果が導き出されました。

西洋人のライフスタイルとストレスは、切っても切り離せない存在です。「お元気ですか?」と挨拶されると、私たちは「元気でバリバリ働いているよ!」と答えたくなります。まるでそれが「普通だ」と言わんばかりに…。それがどういう結果をもたらすかということを考える余裕がないのです。例えばこの記事を読みながら、メールに返信したり、ネットフリックスでお気に入りのシリーズをチェックしていたりするようでは、リラックスしているときですらストレスにさらされていることになります。

とは言え、日本は生産力の高さと労働日数の多さは世界でも有名で、西洋化された大都市においては、「誰も立ち止まらない」という、ある種のウォールストリート的な日常が見られます。

そして文字通り、働きすぎて死ぬことを意味する“過労死(karoshi”という言葉も存在するのが、日本という国の一面でもあります。

近年における“燃え尽き症候群”という西洋での現象を目にすると、私たちも日本と同じ轍(わだち)を踏んでいるように思えることがあります。その点、日本の中でも沖縄の人々は、ひとつずつの仕事に集中します。そしてそれを、「自分に合ったペースで行う」という非常に適切な働き方をしているのです。活動を止めることはありませんが、まるで夏のそよ風のように、自分の仕事と向かい合っているのです。

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Hikaru Sato

西洋における生き甲斐

沖縄に住む年配者によると、交友関係、あるいは模合(もあい=沖縄県や鹿児島県奄美群島において、複数の個人や法人がグループを組織して一定額の金銭を払い込み、定期的に1人ずつ順番に金銭の給付を受け取る金融の一形態)––共通の利益を持ったグループ––というのが、最も重要なもののひとつだと言います。

地域社会を助けるため、さまざまな種類のささやかな仕事が形態的かつ自発的に行われており、それは人々にストレスとなることなく、むしろは生きるためのエネルギーとなっているのです。それはつまり、実利主義や資本主義のカタチを取った現世的“幸福”に、彼らは大きな価値を見出していないことを意味しています。

その際、彼ら老賢者は、時間をかけて自分たちの感情や気持ちを知り、それを大事にします。それに対して西洋の人々は、自分の行動と感情をすぐに結びつけがちですが––例えば「気分が悪いから、気分がよくなるようなことをやろう」という具合に––それよりも、気分が悪くなっている原因を突き詰めて、常にいい気分でいる“必要は無い”ということを受け入れるほうがよっぽどマシでしょう。

気分が乗らないときは、じっくり考える必要もありません。大事なのは追加の行動を起こすことより、自分のための時間を割くことです。

その一方で食事に関しては野菜が中心で、ひとつひとつの料理の量も多くありません。日本人は、腹八分目が食事の基準となっています。まだ食べられそうだが空腹は満たされた? それならそこで止めておくのです。食後のひと眠りもしません。すべてのエネルギーが消化に費やされるのではなく、前述したようなささやかな仕事に使えるようにすることが、あなたの大きな目標、即ち生き甲斐の流れにつながっていくのです。

 例えば、あなたの「生き甲斐」がものを書くことであるなら、紙に言葉を書き連ねることばかりがそれではありません。読書をしたり散歩をしたり、絵を描いたり…と、気の向くままの些細な行動もインスピレーションのもとになるはず。それはあなたの「生き甲斐」を充実させる流れをつくり出してもくれるのです。

流れの7条件 | ビューレン流解釈

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Courtesy of Kevin van Buuren
筆者、「エスクァイア」オランダ版の編集者ケビン・ヴァン・ビューレン。

「流れ」に乗って、その波の上に留まるために必要な条件である7つの項目を、日本人は自ずと心得ているのだと私(筆者ビューレン)は解釈しました。その中には役に立ちそうにない細かなことも含まれていますが、そういったことが心のやすらぎを生み出してくれるのは間違いないでしょう。

これに習って日々の行動を調節して、あなた自身の「生き甲斐」を取り戻すため流れに乗ってください。

【1】何をやるべきかを知る

自分のなすべきことを知って、それを目指す。何を自分の目標とするべきか、最短で実行可能なカタチで決定します。それは論文かもしれないし、別の物かもしれません。つくることかもしれないし、売ることかもしれません。ありとあらゆることが考えられます。

【2】どのようにやるべきかを知る

自分の目標を達成するために、必要な能力と行動を知ることです。それ以外のことはできない、ということではありません。散歩をすることで目標を達成するための新たなエネルギーとインスピレーションが得られることもあるのです。流れに乗るために必要なことを、ぜひ自分で見つけてください。

【3】いかにうまくやれるかを知る

自分の知識と能力を認識し、自分ならできるということを自覚すること。自分の技術に自信を持ち、学んできたステップに従って目標に進んでいきましょう。

【4】どこへ行くかを知る(ナビゲーションが関係している場合)

これは言葉どおり、場所を意味しています。オフィスで仕事をするならオフィスに行かなくてはなりません。しかし、もっと限定された場所もあります。オフィスの中でいちばんアイディアがわく場所は、たぶんその日の業務をやるのとは別の場所でしょう。自分にインスピレーションとエネルギーを与えてくれる場所を知ることです。

【5】自分にとっては大きなチャレンジに違いないが、達成できる可能性の高いものを探す

自分のスキルより低い成果しか出せないと、すぐに飽きてしまうことでしょう。ですが逆に、自分に不可能なことを目指しても嫌気がさしてやめてしまうだけです。自分の知識と能力の範囲内でできることと、自分の能力を上回ったものとのバランスを見極めてください。

【6】大きな力を自分から引き出す

前に出てきたポイントの組み合わせです。やるべきことを知り、達成するのに必要な能力を知って、チャレンジしましょう。自分にとって簡単すぎることや、とうてい不可能なことではなくて(科学者でなければ、量子理論には手を出さないこと)。

【7】気が散るものを遠ざける

西洋ではこれが特に重要です。しばらくはつらいと思いますが、スマホは片づけましょう。通知の類は、その可能性があるだけでもあなたの集中力を乱し、延(ひ)いては流れを乱す原因ともなります。メールの返信は相応しい時間を選び、やるときは専念して休息もとることが大切です。

●豆知識––ポモドーロ・テクニックはおすすめ: 1980年代にイタリア人のフランチェスコ・シリロによって考案された時間管理術のひとつで、25分仕事に集中して5分休む。これを1ステップとし、このステップを4回繰り返したら、少し長めに休憩する(15分~30分)というもの。

Source / Esquire NL
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。