ティモシー・シャラメが間違ったことをすることなどあるのでしょうか? その答えはもちろん「ノー」です。ファッションから演じるキャラクターの選び方まで、ティミーことティモシー・シャラメは、私たちを飽きさせることがありません。
彼がプロデューサーデビューも果たした最新作、ルカ・グァダニーノ監督の『ボーンズ アンド オール』(2023年2月17日日本公開)では、人を食べたくなる衝動にずっと悩む若くて美しい少年を演じています。これは賛否両論となる役柄ではあります。ですが、それをシャラメが料理するということであれば、私たちの食欲は衰えることはないでしょう。
すでに、2017年の映画『君の名前で僕を呼んで』で第90回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた経験も持つシャラメ。世界は若くして認められたこの俳優の今後に、大きな期待を寄せています。
しかし、これまでのキャリアを見ると、常に有望だったとは言えないのです。スクリーンデビューしてから出演してきた18本の作品を振り返ってみるとわかるように他の俳優と同様、初期のキャリアは混沌としています。最近は秀作ぞろいですが…彼の最高の演技が見られるのはどの作品でしょうか? そこで、これまでの演技を(勝手に)評価、ランキングしてみました。早速見てみましょう。
18. ステイ・コネクテッド〜つながりたい僕らの世界』(2014年)
下位を占めるのは、シャラメの初期の作品です。今作はアダム・サンドラーの主演作としても忘れられがちな1本で、シャラメにとってはスクリーンデビュー作。映画批評サイト「ロッテントマト」では33%という低い評価を受け、新聞「テレグラフ」のロビー・コリンはこの映画を、「馬鹿げたパロディのようだ」と批評しています。シャラメは脇役中の脇役で演技を評価するのが難しいほど、出番がほとんどありません。次にいきましょう。
17. 『ワースト・フレンズ/Worst Friends(原題)』(2014年)
事故で大怪我を負った男が、幼馴染に再会するというインディーズコメディ。あなたの好みに合うかはさておき、シャラメが演じているのは主人公の幼馴染の少年時代。かなり不気味なキャラクターですが、演技はまずまずかも。
16.『クーパー家の晩餐会』(2015年)
下品なクリスマス映画が好きな人でも、不快にさせるであろう作品です。とは言え、脇役のシャラメは少なくとも終始うんざりしたような表情を浮かべ、その品位は保ていると言っていいでしょう。この作品のために、彼がメソッド演技(※)を身につけたのかどうかはわかりませんが…。
※役柄と同じような感情を自分の過去の記憶やトラウマから呼び起こして、役の感覚を「追体験」することでリアルに見せるアメリカ演技法。精神的ダメージが大きく危険なメソッドと評されることもある。
15. 『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019年)
この頃、少しずつ有名になりつつあったシャラメは、それを生かして著名な監督たちと仕事をするようになっていました。この作品もその1つで、監督はウディ・アレン。しかし彼が「Me Too」ムーブメントの中で告発されたことで、この作品も葬られてしまいました。
シャラメが演じたのは恋人を取られた男。優しく不器用で、良心の呵責に苛まれつつも一生懸命な若者、つまりその後の彼が得意とするようになる役の原型です。しかし作品全体の薄っぺらさと、それに呼応するかのような薄っぺらい演技に失望させられます。まとめると今作はアレンよりももっと優れた映画作家、グレタ・ガーウィグとの仕事のためのウォーミングアップのようなものでしょう。
14. 『サスペクツ・ダイアリー すり替えられた記憶』(2015年)
依存症を経験したある作家の実話を元にした作品で、主演はジェームズ・フランコとアンバー・ハード。アカデミー賞にノミネートされた『ルーム』(2015)やオスカー受賞作『ムーンライト』(2016)などと同じA24が配給した作品ですが、シャラメにとっては『ビューティフル・ボーイ』(2018)への準備運動だったような印象です。
映画批評サイト「ロッテントマト」での評価は23%。批評をまとめてみると「スタイリッシュで荒っぽく退屈。深淵さを追求する代わりに、締切直前にやっつけ仕事のように仕上げたレポートのようにも見える」といった評価…。
シャラメはこの作品で初めて怒りの感情を全開にし、素敵なヒッピー風のウィッグまでつけています。いい演技をしていますが、映画がそれを高めてくれたとは言えません。
13. 『シークレット・チルドレン 禁じられた力』(2015年)
シャラメの初主演作。SF&カルト系のファミリードラマで、ドラマ『マッドメン』のキーナン・シプカとダブル主演を務めました。この作品も出来栄えはまあまあですが、観客はシャラメが初めて諦めや抑えられた怒り、激情を表現し、登場人物の精神的な変化を体現するところが目撃できる作品です。難しいシーンを十分に演じきったシャラメに出会えるでしょう。
12.『ドント・ルック・アップ』(2021年)
アダム・マッケイ監督による気候変動をテーマにしたコメディ。最近の映画の中で、最大の失敗作の1つと言えるかもしれません。高圧的かつどこまでも自己満足的な作品で、レオナルド・ディカプリオの文句のつけようのない傑出した演技も台無しにしています。
シャラメはたびたび「次世代のレオ」と称賛されてきましたが、残念ながら独善的で反抗的なキャラクターを演じた今作での演技は、映画同様退屈です。「撮影を進める中で関係者たちが、もう少し自己認識をもって臨んでくれていたら…」と思わずにはいられません。細かいことですが、シャラメの役名が“ユール(クリスマスの意)”なのも、「どうしてしまったものか」と言いたくなります。
11. 『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』(2018年)
シャラメが大ブレイクする直前に公開された、ドラッグがらみの青春映画。彼の演技は映画の質に影響されすぎていて、かなり中途半端です。スクリーン上に彼は間違いなく存在感を示しことができる俳優です。が、ここでは自分の声を見つけるのにも苦労しています。しかし心配することはありません。すぐに自分の声を見つけることになるでしょう。
10. 『マイ・ビューティフル・デイズ』(2016年)
シャラメが今作で演じたのは、行動にちょっと問題がある高校生。演劇大会に出場するために出かけた先で引率の女性教師と親しくなろうとします。不気味に聞こえるかもしれませんが、実際も不気味です。しかし同時に、感動的でもあります。ティモシーはここで、間もなく彼の定番になるキャラクターに反するような全く好感が持てないわけではない、トラブルを抱えたキャラクターを熱演しています。また、細くてひょろっとした体型を上手に使った、身体的に動きのある演技を今作では初披露しています。
9.『荒野の誓い』(2017年)
シリアスで長すぎる西部劇ですが、実に素晴らしい作品です。シャラメが演じたのはフィリップ・デジャルダン2等兵。瞬(まばた)きをしていると見逃してしまうくらいのカメオ出演ですが、その短い出番の中で観客の印象に残る演技を見せています。シャラメの成長を見守る観客にとっては「ちゃんと見ているよ」と言いたくなるようなうれしい瞬間であり、今後彼がもっと重要な役を演じるだろうと期待を膨らませることになる作品でした。
8.『インターステラー』(2014年)
そう、シャラメは、まるで幻覚のようなクリストファー・ノーランのこの作品にも出演しています。彼が演じたのは、主人公の元パイロット(マシュー・マコノヒー)の息子。予告編で彼が泣いていたのを覚えている人もいるかもしれません。
この映画が描いているのは、主に父娘関係であるためシャラメも予告編で取り上げられたシーン以外、特に目立ったことはしていません。ですが、彼の演技は確かです。これからの彼が演じる、繊細でエモーショナルな青年役のいい練習にもなっています。全体的に見て、17歳の若手俳優にしては群を抜いて見事な演技と言えるでしょう。
7. 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021年)
コロナ禍後に公開されたウェス・アンダーソン監督の作品で、映画ファンに「暗闇の中スクリーンで映画を見るために映画館へ足を運ぶことが、いかに胸躍ることか」を思い出させてくれました。
結果は散々でしたが、その大望は賞賛に値するものでした。シャラメが演じたのは宣言書の執筆に打ち込む学生活動のリーダー。『レディ・バード』などで見せた生意気な好青年ぶりを、ここでも発揮しています。しかし、オムニバス形式の作品の中でシャラメの出番はあまりにも少なく、彼の出演しているエピソードの演出は巧妙すぎます。
アンダーソン監督もシャラメ本人も、そして共演者も、バスタブで気取るシャラメを見て観客が楽しむであろうことを知っていたかようです。そのことが、この作品全体を薄っぺらにしてしまっているのです。
6.『レディ・バード』(2017年)
グレタ・ガーウィグ監督による今作は、シアーシャ・ローナンの驚くべき演技に支えられた傑出した映画です。
シャラメが遊び人のいけすかない男を演じているのを見るのは楽しいですが、出演シーンは少なくカメオ出演と言っていいほど。キャラクターを深く掘り下げるには、出番がなさすぎました。
5. 『キング』(2019年)
今作でヘンリー5世を演じたシャラメ。おそらく、これまでで最も多様性に富んだ演技をするチャンスに恵まれました。少なくともこの作品で初めて、繊細なミレニアル世代でもZ世代でもないキャラクターを演じたのです。
ヘンリー5世は遊びとお酒が大好きで自由気ままな子どもっぽい人物でしたが、リーダーの心得を学んでいきます。映画が進むに連れて彼は、自己を確立した青年へと成長していきます。フランスの王太子ドーファンを演じたロバート・パティンソンのフランス語は、彼の完璧なキャリアの中で数少ない汚点になっているものの、ヘンリー5世はシャラメが演じた最も素晴らしいキャラクターの1つとなりました。
唯一違和感があるのは、彼の身体性。ふわっとした今のアメリカの若者のような動きをしています(これについては後ほど触れます)。しかし、彼のほっそりした身体に鎧をまとう姿はどこか滑稽さがあり、同時に予期しない戦闘シーンは観客に衝撃を与えます。
4. 『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021年)
前述の『キング』を礎にしたのか、今作のシャラメもいずれリーダーになる若者を演じています。撮影当時の彼は26歳でしたが、実年齢よりも若く見える体格とルックスを生かし、この作品も青年が大人になっていく様子を描いた青春映画になっています。
素晴らしい作品ですが、ベテラン共演者たち-特にぶっきらぼうな武術指南役を演じたジョシュ・ブローリンや迫力ある体格のデイヴ・バウティスタに囲まれ、シャラメの存在感がやや霞んで見えます。彼が演じたポール・アトレイデスは、これまでの出演作のキャラクターに通じる苛立ちを秘めていて、それは彼がこの役にぴったりであることを示しています。
続編では演技力をさらに広げ、今までと同じキャラクターを再現するだけではなく、より成長した人物像を見せてくれることに期待したいものです。
3.『ビューティフル・ボーイ』(2018年)
今作はニック・シェフの『Tweak(原題)』と、デヴィッド・シェフの『Beautiful Boy: A Father's Journey Through His Son's Addiction(原題)』という2冊の回顧録を原作にしています。依存症を描いたこの作品は、真面目な姿勢を貫くことに真摯に取り組んだ結果、時に感傷的になってしまっています。『トレインスポッティング』とは違うのです。
シャラメが演じた主人公の描き方を観客がどう見るかはともかく、ここでの演技が彼のキャリア史上最高のものの1つであることは間違いありません。嗚咽(おえつ)やその美しい顔に現れる皺(しわ)の1本1本から痛みが感じられ、絶望感がリアルに表現されています。彼のギクシャクとした身体の動きも、依存症患者の役にぴったり合っています。キャリア初期には作品が彼の存在をかき消してしまっていますが、この作品では彼の演技が作品の平凡な枠組みを超越しています。
2. 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)
グレタ・ガーウィグ監督が、ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』を原作として製作した今作。『レディ・バード』でガーウィグ監督と組んだシャラメは、そのときよりも大きな役を与えられています。彼が演じたローリーことセオドア・ローレンスは人当たりがよく、一緒にいたいと思わせるような人物です。他の作品で演じた役にあった”嫌なやつ”的な部分はローリーにはありません。彼はただ”いいやつ”であり、うれしいことにシャラメは、そのキャラクターを輝かせているのです。
またシアーシャ・ローナンとのダンスシーンは、彼が身体的な演技に驚くほど長けていることを改めて教えてくれます。一方で現実の2019年を生きるシャラメ本人の動き方も残っており、糸で操られる骸骨のように、猫背になって飛びはねるように歩いています。どういうわけかこの歩き方は、この映画の時代設定にそぐわないような感じがしますが、それ以外は全体的に素晴らしい演技と言えます。
1. 『君の名前で僕を呼んで』(2017年)
この作品以外に、1位はありません。今作で1980年代のイタリアで恋に悩むティーンネイジャーを演じたシャラメは、最初のシーンから胸が締めつけられるようなエンディングまで、オスカーにノミネートされたことに納得できる演技を見せています。
彼は傷つきやすく悲痛であり、同時に喜びに満ちていて美しく、そして楽観的。見るもの全てに、初恋の痛みを思い出させてくれるでしょう。本当に見事な演技です。この作品を超える演技はまだ出てきていませんが、シャラメはまだ26歳…。未来は明らかに彼の形をしています。
Translation: Yoko Nagasaka