電気自動車にロケット開発、そしてトンネル計画、さらにはTwitterの買収など、お騒がせな話題にはこと欠かないイーロン・マスク氏。2022年度に販売台数130万台を達成したEVのTESLA(テスラ)など、数ある彼のベンチャーにあっておそらく今最も過小評価されているのが「スーパーチャージャーネットワーク」です。それはつまり、テスラが誇る巨大な独自の急速充電設備網の構築ではないでしょうか。

「スーパーチャージャーネットワークがなければ、テスラが今日のような存在にはならなかったかもしれません」と語るのは、「ウォール・ストリート・ジャーナル」のアナリスト、ダン・アイヴス氏です。テスラを含むEV業界全般の話題で、TVなどでもその名をよく耳にするテック分野の専門家です。

「スーパーチャージャーネットワークの構築こそが、テスラのイノベーションおよびエンジニアリングと並び、その成功の核と呼ぶべき事業です。まさに、テスラというブランドの要であり、他のEVメーカーに対する有力なアドバンテージとなっています」

テスラは卵のふ化に励み、
ライバル企業が鶏を育てた

 
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2008年から2012年にかけてテスラにとっての死活的な取り組みが、「モデルS」の開発であり、カリフォルニア工場の開設でした。それに付随して、難解を極めるバッテリー問題や株式の新規上場、ウォール街および行政との対峙など、課題はまさに山積みでした。実に5500万ドル(70億円以上)もの私財をテスラにつぎ込んだことで、マスク氏は自己破産の危機に瀕した瞬間さえもありました。しかも同時に、航空宇宙メーカー「スペースX」の立ち上げも押し進めようとしていたのです。

以上のあれこれを含めて考えてみても、マスク氏がさらに踏み込んだ世界規模の充電ネットワークの構築にまで手を広げたことには、もはや驚嘆するほかありません。多忙を極める中で、一体どこにそんな時間があったのでしょうか? しかしながら、マスク氏の共同創業者となった最高技術責任者のJ.B.ストローベル氏やテスラの幹部たちは当初の段階から、「同社はゲームチェンジャーとしての役割を担うことになる」と確信していました。

「J.B.はいつだって、どうすれば高速充電を可能にできるのかと、そのことばかり考えていました」と証言するのは、テスラのシニア・エンジニアとしてスーパーチャージャーの開発を指揮したトロイ・ネルゴール氏です。「充電時間の短縮を一刻も早く実現し、とにかくすぐにでも車に積みたいというのが私たちの目標でした」

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ILLUSTRATIONS BY MIKE MCQUADE
アメリカ国内における、州別のスーパーチャージャー設置数のグラフ。カリフォルニア州が断トツのトップで、フロリダ州、テキサス州がそれを追いかけるカタチになっています。

混沌としながらも刺激に満ちた時代であったことは、当時テスラに関わっていた従業員たちの回想からも明らかです。既存の自動車メーカー各社がシリコンバレーの新興メーカーに冷ややかな眼差しを向けるなか、テスラはEVのみならず充電装置の開発を同時に押し進めることで、未熟な状態にあったEV事業を悩ませていた「鶏と卵」の難問を解決しようとしていたのです。

テスラがゲームチェンジャーとなる未来はある程度予測されていました

充電装置のプロトタイプが生み出されたのは、同社の研究ラボ(カリフォルニア州パロアルト)でした。2012年、カリフォルニア州に初めて設置されたスーパーチャージャーは、「モデルS」に搭載されていた10kWの車載充電器を12基合体させたものでした。独創的なモジュール設計でしたが、「このことで、競合する他の充電器よりも高い信頼性を実現できたのだ」とネルゴール氏は話します。

「スーパーチャージャーの開発こそが、EV事業の核心と呼ぶに相応しいものでした。テスラはそれまで自動車産業の外部にいたメーカーだったからこそ、先入観にとらわれない取り組みが可能だったのです」

テスラの生み出したバッテリーやソフトウェア、制御装置などの驚異的イノベーションの数々と組合せることで初めて、90kWのパワーによる前代未聞の短時間でのDC充電を可能にするスーパーチャージャーが実現したと言えるでしょう。

「かつてないスピードで充電が可能となることは明白でした」と述べているのは、当時のテスラでプロトタイプの研究開発を率いた技術者のアリ・ジャヴィダン氏です。「長距離のロードトリップに耐えるであることは、購入の際の重要な決め手となります。そこで私たちは慎重にルートを選び、そこにスーパーチャージャーの設置を開始しました」

まだ電子部品がむき出しのままのスーパーチャージャーのプロトタイプが、フリーモント工場のネルゴール氏のチームによって試験的に導入されたのが2011年10月のことでした。すでに「モデルS」の予約は開始されており、その試乗会に訪れる人々を満足させるためにも、急速充電の実現が必要になっていたのです。「複数車両の同時充電を試したのは、このときが初めてでした」と、ネルゴール氏は振り返ります。

 
Bill Pugliano//Getty Images
2012年の北米国際自動車ショー(デトロイトショー)で公開された「モデルS」。

そして翌2012年9月24日の早朝。2台の「モデルS」に分乗したネルゴール氏のエンジニアリングチームは、カリフォルニア州サクラメント近郊のフォルサムを出発。映画『テルマ&ルイーズ』を彷彿とさせる、史上初の急速充電式EVによる長距離ロードトリップが、このとき幕を開けたのでした。「大自然の中を初めて走らせたのですから、まさに楽しいのひと言でした」、そうネルゴール氏は回想します。

同日午後にはロサンゼルス郊外のホーソーンにあるテスラのデザインセンターに到着。マスク氏が予定していたとおり、ネットワーク網に関する公式発表のタイミングに間に合ったのでした。こうしてEVによる長距離ドライブの時代が幕を開け、やがて世界を席巻していくことになったのです。

その晩、胸に「Supercharger(スーパーチャージャー)」の文字が躍る黒のTシャツ姿のマスク氏が、高さ6メートルもある巨大な記念碑を横目にロックコンサートさながらのスモークを焚(た)いたステージに駆け上がりました。それは…「世界中の高速道路にスーパーチャージャーを設置する」という決意表明です。

加えて、「ソーラーシティー社の太陽光発電技術とスーパーチャージャーを組み合わせることで、テスラの全車両を動かすのに足る電力を生み出すことが可能になった」と、堂々と宣言してみせたのです。マスク氏は歓喜に沸く聴衆を前に、「太陽光のエネルギーだけで、無料で移動できる未来がこの先に訪れるのです」と語りかけたのでした。

ですがその後、実際に設置された太陽光のスーパーチャージャーは数えるほどしかありませんでした。数は少なくとも、スーパーチャージャー自体は現実のものとなったことは確かです。マスク氏の発表後間もなく、「モデルS」を駆る「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者が、カリフォルニアとネバダの州境にあるタホ湖からロサンゼルスまで531マイル(約855キロ)の道程を11時間半ほどで走破し、話題を提供しています。

ストローベル氏は当時、「ロードトリップには使えないという認識が、現在のEV業界にとって大きな妨げとなっているのです」と問題点を指摘しました。加えて、「EVではアメリカ横断など無理だろう? かれこれ何度そんな質問を受けたかわかりません」とも…。

実は、その問いもすでに解消されています。

2022年の第3四半期の時点で、テスラはすでに4200カ所以上のDC充電ステーション(北米だけで約1700カ所)を所有し、1ステーションあたり平均9台の充電器が設置されています。同年6月には、3万5000基目となるスーパーチャージャーが中国の武漢に設置されています。また同年初頭には、フロリダ州にて新たに考案した事前組み立てシステムを用いて14基の充電器を備えた充電ステーションをわずか8日間で開設しているのです。

緩急(かんきゅう)自在な展開

 
Pool//Getty Images
ドイツのグリュンハイデ近郊に誕生した「ギガファクトリー・ベルリン・ブランデンブルク」のオープニングでスピーチをするイーロン・マスク氏。この工場では、電気自動車のバッテリーのほか「モデルY」を生産しています。

EV第一世代となった購入者たちは、まだ公共充電の確実な後ろ盾を必要としています。そしてそれは彼ら、アーリーアダプターばかりのことではありません。J.D. パワー社(※編集注:ミシガン州デトロイを拠点とする市場調査及びコンサルティング会社)の調査によって、「航続距離への不安ではなく、充電に関する不安こそがEVの普及を阻む最大の障壁となっていること」ということが判明しているのです。だからこそ、フォードやGM、ヒョンデやフォルクスワーゲンのEVではなく、テスラを選ぶ理由となっているのです。

テスラが全米各地に設置したスーパーチャージャーネットワークについて、前出のジャヴィダン氏は次のように述べています。

「これぞまさしく、イーロンをイーロンたらしめる完璧な事例であると言えるでしょう。彼ならきっと、『自分には間違いなく素晴らしいユーザーエクスペリエンスを生み出すことができる。あとはそれをどれだけ早く実現するかだ』と誇らしげに言うでしょうね。それに彼はエンジニアに対して、『今のところはこれで十分だ』という度胸もある。『まずは顧客に実際に使ってもらって、そのうえで悪い点や良い点を考慮しながら時間をかけて磨き上げていけばいい』という態度です」

ところで、それではなぜ、他のEVメーカーは独自のネットワーク構築を試みようとしなかったのでしょうか?(リヴィアンは乗り出していますし、最近ではメルセデス・ベンツやステランティスも重い腰を上げたようですが…)もしくは、なぜテスラとのパートナーシップを結ぼうとしないのでしょうか?

共同創業者として2003年にテスラを興した後、2007年になって同社を去ったマーティン・エバーハード元CEOはその点について、いくつか示唆に富んだ発言をしています。テスラ後の新天地となったフォルクスワーゲン(以下、VW)のEV部門に関して、「言うなれば、エンジニアリングの“落伍者”たちにとっての流刑地ごとき場所だった」と、エバーハード氏は話します。行われていたのは、「EVの無意味さを証明しようとしているのではないか?」と思えるほどの、コンプライアンスでがんじがらめな開発だったと彼は話します。

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ILLUSTRATIONS BY MIKE MCQUADE
上:世界でのスーパーチャージャーの新規設置数を示すグラフ、下:スーパーチャージャーの設置数を国別で比較した円グラフ。

「当時の上層部が、EVを全く評価していなかったのは明らかでした」と、エバーハード氏は振り返ります。充電器についてはさらに「『それは自動車メーカーのすることではない』と言わんばかりの態度でした。『そんなものは石油会社が心配すべき問題だろう』といった具合です」とも言います。

エバーハード氏はその当時、フォルクスワーゲン・グループのエンジン部門の開発責任者だったウォルフガング・ハッツ氏より、威圧的な口調で毒づかれた日のことをよく覚えていると言います。「エバーハードさん、私の定年まであと4年です。それまでの会社の収益は100パーセント、内燃機関の車だけで稼ぎ出されることになるでしょうね。保証しますよ。でもなぜ、私があなたと話をしなければならないのですか?」

当のハッツ氏はその後、2015年に起きた排ガス不正にまつわるディーゼルゲート事件に絡み2017年にドイツの刑務所に収監され、そこで9カ月を過ごすことになります。スキャンダルによってVWが、EV開発に本腰を入れざるを得ない状況が生まれたという皮肉に満ちた現実を噛み締めるには十分な時間だったと言えるかもしれません。VWがアメリカで支払うことになった和解金は150億ドルにおよび、さらに副産物としてエレクトリファイ・アメリカ(※編集注: VW傘下の充電企業)が誕生していますが、そのための資金までVWが提供することになったのです。

「テスラは統合的ユーザーエクスペリエンスとしてのネットワーク構築に、全社的勢力を注ぎ込んでいます」と述べているのは、エネルギーを専門領域とする科学者としてホワイトハウスのアドバイザーも勤めるクリス・ネルダー氏です。「ほかに同等のアプローチおよびコミットメントを行なう企業は存在していません」とも言います。

マスク氏の真の狙いとは?

 
NurPhoto//Getty Images

アメリカ国内に張り巡らされたテスラの独自ネットワークを活用できる車種は、(少なくとも現時点においては)テスラの各モデルのみに限られているというのはある種の救いと言えるでしょう。対して、ライバル各社が取り組んでいるのは、「相互運用をいかに可能にするか?」という課題です。サンフランシスコで行われた調査では、“カリフォルニア州内におけるテスラ以外の充電器およそ660基の内、正常に作動しているのはわずか73%に過ぎない”という結果が示されました。きちんと充電しない、画面表示がおかしい、プラグに不備がある、支払いやネットワークでエラーが起こるといった問題があちこちで起きているというのです。

「テスラ以外のEVで400マイル(約644キロ)以上の長距離ドライブに出ようと思えば、明らかなリスクがあるものと覚悟しなければならないでしょう」と、アイヴス氏は言います。

ネルダー氏は、「(充電器の)信頼性の低さがEV業界の足を引っ張っている」と指摘しています。「充電器さえあれば、どこまででも運転していけるという安心感が人々には必要なのではないでしょうか」、と続けます。

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FILIP RADWANSKI/SOPA IMAGES/LIGHTROCKET VIA GETTY IMAGES

2022年の上半期だけでアメリカでは、33万台以上のEVが販売されています。この数字は、2012年の1万5000台未満という数字から飛躍的に増加しています。多くの人が大きな決断をしたということの表れでしょう。例えばフォード「F-150ライトニング」の購入者の8割近くが、初めてEVとして購入に踏み切っているのです。ただしその「ライトニング」の発表がテキサス州で行われた際、フォードのEV担当副社長のダレン・パーマー氏は“充電にまつわる問題がEVメーカーの首を絞める可能性がある”ことも認めています。

例えばフォードは「チャージ・エンジェル」と呼ばれる対策チームをテストステーションに派遣し、トラブル対応と問題解決に当たらせています。しかし、このような取り組みから見て取れるのは、自社ネットワークを持たない自動車メーカーの脆弱性を示すものでしかありません。

ヨーロッパの13カ国で行なわれたテスラのパイロットプログラムにおいては、ヨーロッパ圏で普及しているCCS2プラグ(※編集注:ヨーロッパで普及が進む電気自動車急速充電規格)が用いられ、他ブランドのEVオーナーに対してテスラのスーパーチャージャーを体験する機会が提供されることになりました。これがいわゆる“黄金のガチョウ”を狙ったうえでの展開であったことは間違いありませんが、マスク氏はアメリカ国内ではこの手法をまだ試していません。

「デトロイトや中国だけでなく、世界中で100社以上もの自動車メーカーがEV市場に目を光らせています。マスク氏にしたところで、常にお行儀よくしておかなければならないという話でもないでしょう」と、アイヴス氏も苦笑します。すぐに収益化につながらないとしても、とにかくやれるだけのことをやっておく価値があると言えるはずです。

EVによる地球制覇を狙うマスク氏が、例えば「アイオニック」(ヒョンデ)や「ID.4」(フォルクスワーゲン)に対しても自社のスーパーチャージャーネットワークを共有する可能性、もしくはアメリカ政府がそのように仕向ける可能性があることを、前出のジャヴィダン氏はほのめかします。

例えば、テスラ車以外に対しては料金の割り増しや充電速度の低下、機能制限を課したスーパーチャージャーが用意されるということもあり得るかもしれませんが、それでも社会的義務を果たしていると考えることは可能で、またテスラのオーナーたちの怒りを買うこともないでしょう。

「マスク氏はこの問題に真剣に取り組むはずで、そのようにして世界中の要求に応えるというのが彼のシナリオかもしれません」と、ジャヴィダン氏は考えています。

高まるEV需要に対する充電ステーションの設置が追いつかない現状を受けて、ホワイトハウスは1兆ドルの予算を投じてインフラ整備に乗り出す姿勢を示しており、すでに50億ドルという費用を充てて50万基の充電器の増設を進めています。充電環境の充実と雇用の拡大は歓迎すべきことに違いありませんが、この官民によるパートナーシップが果たしてスーパーチャージャーの代替となり得るのか否かについては、いまだ疑問視する声も聞こえてきます。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Gigafactory Nevada 2023
Gigafactory Nevada 2023 thumnail
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中型~大型トラックの二酸化炭素排出量が、全乗用車の排出量の合計を上回っているというのがアメリカエネルギー省の試算です。サンフランシスコを拠点とするスタートアップ、テラワット・インフラストラクチャー社のように、あっという間に10億ドルもの巨額資金を商用EV充電環境の構築のために調達した企業も現れています。テスラも当然、ここに大きな商機を見出しており、商用EV大型トラックの「Semi(セミ)」の納車はネバダ州の拠点ですでに始まっています。

航続距離500マイル(約800キロ)というスペックを持つ「セミ」の充電環境を整えるべく、テスラは最大1.5メガワットの「メガチャージャー」を用意していると言われています。ネルダー氏によれば、「これはワイオミング州からミネソタ州までの荒涼とした道中をカバーするのに十分な電力量だ」とのこと。同社はアリゾナ州の州間高速道路8号線に沿ってV4スーパーチャージャーを設置し、巨大ソーラーパネルと大容量バッテリー「メガパック」により電力供給を行なうという待望の太陽光発電計画を復活させています。

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果てしない夢を追い、その実現をどこまでも目指すのがマスク流です。

2030年代の初頭には、“年間2000万台のEVおよびEVトラックを製造する”という目標を公式に掲げたテスラですが、これはいくらマスク氏といえども、かなりの大風呂敷という印象を受けざるを得ません。しかし投機筋(株式・為替・商品の価格の変動に着目し、短期的な売買を繰り返して利益を得ようとする投資家たち)は、これを評価するはずです。マスク氏が狙うEVおよび充電網での世界制覇のこれまでの歩みを振り返れば、マスク氏への逆張りが正解だったことなどほぼない…のですから。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です