1960年代後半にロバート・M・モーゲンソー連邦検事の下で勤務した元アメリカ合衆国検事補であり、ドナルド・トランプの法的戦術に詳しい専門家である筆者JAMES D. ZIRIN。彼は公正な判断を下すために、政党や政治的地位にかかわらず、法律と事実だけを基準に多くの公人を起訴してきました。最近では、マンハッタン地方検事局によるドナルド・トランプの可能性のある起訴に大いに興味を持ち、深く追求しています。

それは、トランプがアメリカ合衆国大統領だったからではなく、筆者は検事補だった時代から長年にわたり、ドナルド・トランプと彼の裁判歴を追ってきたからでもあります。筆者は2019年に『Plaintiff in Chief, A Portrait of Donald Trump in 3500 Lawsuits.(原告代表、ドナルド・トランプの訴訟史3500件の肖像)』を上梓していますが、それ以降もその数は増え続けているのです。ですが、率直に言って驚くべきではありません。トランプは単純に、訴訟することが好きなのでしょう。

最近、ニューヨーク州検察マンハッタン地区トップのアルビン・ブラッグ検事は、トランプをマンハッタン地区大陪審に出廷するよう招待しましたが、彼は証言することを拒否し、起訴を回避する最後の明確なチャンスを失いました。

アメリカ共和国の234年の歴史の中で、元大統領が起訴されたことは一度もありません。トランプの顧問である元ニューヨーク市長ルディ・ジュリアーニは、「トランプ氏が起訴されたら、文明が終わるようなことになる」と述べています。そんな連邦検事としても働いていたジュリアーニとは異なり、筆者は「トランプ氏は私たちと同じ市民であり、事実と法律に基づいて起訴されるべき。彼を起訴することは、終末論どころか、前例のないこととみなすべきことではない」と考えています。

trump's personal lawyer michael cohen appears for court hearing related to fbi raid on his hotel room and office
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Stormy Daniels, photographed in New York City in 2018.

これまで、副大統領が刑事訴追を受けたことはあります。それはリチャード・ニクソン政権下のスパイロ(スピロ)・アグニュー副大統領です。彼はメリーランド州知事だった頃に賄賂を受け取ったとして、再選直後である1973年2月に捜査が入って起訴されました。そして同年8月1日には、ジョージ・ビール連邦地方検事によって正式に脱税および汚職についての捜査を通告。これに対してアグニューは、「事実無根だ。仮に起訴されたとしても、私は辞めない!」と強気に出ていたものの、同年10月10日に脱税容疑について争わないとする司法取引を行って、副大統領職を辞任します。そして「投獄しないように」との政府の勧告によって、裁判所はアグニューに対して1万ドルの罰金と保護観察期間を言い渡します。そうしてアグニューは翌1974年に、倫理欠如という理由で法曹資格剥奪の裁判所命令を受けるのでした。

次に、カレンダーを大きく戻しましょう。1809年のことです。当時元副大統領であったアーロン・バーは、国家反逆罪で起訴されました。この裁判は注目の的となり、多数の新聞社の社説、さらには彼の支持者と反対者による剣(サーベル)を交えた対立を生みました。ですが陪審は25分間審議すると、無罪判決を彼に言い渡すのです。

しかし、文明は終わったわけではありません。トランプが起訴された場合に文明が終わるという主張は、過剰反応であり、根拠が乏しいと筆者は考えます。前述のように、法律と事実に基づき、適切な手続きが取られるべきであり、トランプが元大統領であることが影響するべきではないとしています。

※ちなみにアーロン・バーは、ミュージカル『ハミルトン』の主人公であるアメリカ合衆国建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトンのライバル。1804年には、バーとハミルトンはニュージャージー州ウィホーケンで決闘を行います。その結果、下胸部に銃弾を受けたハミルトンは死亡に至っています。

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副大統領のスピロ・アグニューは、1973年にメリーランド州知事だった当時、キックバックを受け取った罪で起訴されました。彼は検察側と取引をし、職を辞することと、重罪の税金の請求にはひとつも異議を唱えないことに同意しました。

広く議論されているように、前述のニューヨーク州検察マンハッタン地区トップである…「ブラッグ検事はストーミー・ダニエルズ事件で、トランプを起訴する寸前にある」と言われています。(ポルノ女優・脚本家・映画監督である)ストーミーは、「2006年にビバリーヒルズホテルでトランプ氏と性行為をした」と主張し、2016年の大統領選挙の前夜には「その情報を公表する」と脅迫しました。すると彼女は、沈黙を守るために13万ドルを受け取ったのです。トランプはこれを、「純な私的な取引」と呼びました。実際、不倫関係を黙らせるために誰かに支払うこと自体は違法ではなく、カリフォルニアなどの多くの州では不倫関係自体も違法ではありません。

しかし、(1988年の大統領選で有力候補であった)ゲイリー・ハートや(2008年の大統領選挙への出馬を表明していた)ジョン・エドワーズが痛い目に遭ったように、大統領選挙に出馬する際には、そのような不品行な行為は良い印象を与えません。トランプの場合、「Grab ‘em by the …(女性器を)わしづかみにする(※)」と発言したビリー・ブッシュとの舞台裏での会話音声テープが流出した直後に、下劣なストーミー事件が明るみに出たことは良いニュースではありませんでした。

では、トランプはどうしたでしょうか? 結末は、どの検察官でも首を傾げるほどでした。明記されていたのは、請求の「妥協」を目的とした「和解契約」。支払いは、トランプの弁護士であるマイケル・コーエンが設立した「Essential Consultants」という会社から行われ、コーエンは自宅を担保に借金をしました。

そうして彼が送金したのは、ストーミーがコーエンに「(トランプ支持派のタブロイド紙)『ナショナル・エンクワイアラー』に伝える」と進言した後でした。彼は送金したとされています。2017年、トランプは大統領に就任した後、コーエンによる支払いと関連する税金の負担を補償するために小切手に署名しました。

※2005年、テレビ撮影の舞台裏で録音されていた司会者のビリー・ブッシュとの間でなされた「スターならなんでもできる」という趣旨での会話内での発言。2016年、このことを「ワシントン・ポスト」紙が報道。そうしてブッシュ氏は、担当するNBCの番組『トゥデイ』を降板した。

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元副大統領アーロン・バーは反逆罪で有罪となり、1807年に裁判にかけられた。

問題なのは犯罪より「隠蔽」

しかし、ポルノ女優への口止め料は、州および連邦の税法において非控除と見なされる「個人、生活、家族の費用」です。この支払いはトランプ陣営への違法な献金であり、連邦選挙資金法に違反していた可能性もあるのです。ウォーターゲート事件や、クリントン元大統領のセックススキャンダル時にもよくされた発言を引き合いに出せば、「(罪を犯した以上に)隠蔽することが問題なのだ、愚か者(※)」と言えるのです。

そうしてコーエンは、連邦裁判所で選挙法違反の罪を認めます。そして、刑務所に入りました。彼は少なくとも、トランプが逃げ切ったことに対して怒っているはずです。少なくとも、今までそうでした。

ニューヨーク州の法律では、業務記録の改ざん(FBR=falsifying business records)は、その改ざんが他の「犯罪」を隠蔽することを意図している場合には重罪となります。それ以外の場合は軽犯罪に留まり、最高で1年の懲役刑が科せられます。これは元大統領にとっても、小さな罪になります。問題は、重罪の認定を正当化する犯罪が何かということです。これは明らかにニューヨーク州の犯罪ですが、ニューヨーク州法が犯罪と述べている場合、それはつまり連邦犯罪にもなるのだろうか? という問題があります。

原罪が州ではなく連邦である場合には、FBR犯罪を重罪に強化すべき強い公共政策上の理由があります。そして多くの人は、トランプがニューヨークでFBR重罪を犯したと主張するでしょう。判事たちは同じ主題に関する他の法律を考慮して、曖昧な法律を解釈するわけなのですが、ここで役立つ情報があります。

「連邦重罪に有罪判決を受けた場合、自動的に弁護士資格が剥奪される」という、弁護士の自動的失格に関するニューヨーク州最高裁判所の見解について、ニューヨーク州控訴院は「連邦重罪の有罪判決はニューヨーク州法に類似するものがなくとも、自動的失格を正当化する」と強調しています。司法法第90条4項では、弁護士が「重罪として処罰されるに値するほど重大であり、社会にとって不快であると議会が判断した」犯罪で有罪判決を受けた場合、自動的に弁護士資格を剥奪することを義務づけています。

しかし、連邦犯罪であれば重罪にするには、州の犯罪が必要な場合があります。そのような場合には、ニューヨーク州選挙法のセクション17-152により、不法手段で公職候補者の選挙を促進することが犯罪とする規定があります。これは、その状況に非常に適合しているように思われます。また、これが不十分であれば、トランプ氏が支払いを「法的費用」として償却することをニューヨーク州所得税法は「税務逃れ」の違法行為とみなす可能性もあります。

※ "It was the coverup, stupid." =1972年、民主党全国委員会本部のオフィスに5人の元CIA職員が侵入したウォーターゲート事件と、1998年のクリントン=ルインスキー・スキャンダルではどちらも現職の大統領の強権による隠ぺい行為が問題され辞任に追い込まれた。メディアで多く発せられるこのフレーズは前者の告発に貢献した『ワシントン・ポスト』のボブ・ウッドワードが元と言う説がある。

人種カードまで切ってきたトランプ氏

そんなトランプは、トランプを追及するブラッグ検事を「大統領選挙に干渉した」と非難するという、トランプ好みの法的戦略を示しました。アメリカでは、法の下で皆平等に扱われ、刑事調査は肌の色に関係なく行われます。それにもかかわらずトランプは、人種差別カードも切りはじめ、ブラッグ検事を「レイシスト(人種差別主義者)」と呼びました。この用語は、トランプが特定の捜査検察官に対して用意している用語です。ですが彼は黒人なのです。

この時点では、大陪審が起訴するかどうか? もし起訴された場合には、どのような罪状であるか? は分かりません。トランプは逮捕されるのでしょうか? 逮捕された場合、マグショット(逮捕後に撮影される人物写真)と指紋をとられることになるでしょう。そしてこれの事柄が、2024年の大統領候補としての彼の立候補にどのような影響を与えるのかも見ものです。もしブラッグ検事が進めるのであれば、それは世紀の裁判になることでしょう。

From: Town & Country US