イタリア首相を「ファシスト」と呼んだ英シンガーが捜査対象か

事件の発端は2023年7月11日。地元紙『ラ・レップブリカ(la Repubblica)』によれば、1400万枚の売り上げを記録する人気バンドは、トリノ近くのストゥピニージで開催されたイタリア・ツアーの開幕コンサートで、ジョルジャ・メローニ首相をイタリア語で「ファシスト、レイシストのクソ野郎」と呼び、彼女が進める同性愛者やノンバイナリー、トランスジェンダーへの迫害に関して批判。観客にさらなる保護を訴えました。

トリノの地元検察は「これは公の侮辱である」とカラビニエリ(イタリア国家治安警察隊)の訴えを受け、「調査を開始した」と地元メディアが報じました。そしてそのニュースを、「AFP」を含めた欧州各国のメディアが取り上げ世界的な話題になっています。 

ジョルジャ・メローニ「もっとも右翼的政権」の女性首相

メローニ首相は、極右政党イタリア社会運動党(MSI)になんと15歳で入党したと伝えられています。

1992年に彼女が入党した当時、MSIは共同創設者のリーチオ・ジェッリが裁判で有罪を宣告されていました。ジェッリと言えば、『ゴッドファーザー PART III』(1990年)に登場するイタリア政財界の有力者、ドン・リシオ・ルケージのモデルとしても有名。大戦中ムッソリーニのファシスト党に入党し、ドイツのナチとも関係を持っていた二重スパイで、戦後には反共の名のもとアメリカCIAとつながったという本物のファシスト党員。戦後財力を背景に秘密結社「ロッジP2」の代表となり、欧州だけでなくアメリカ大陸で反共産主義潰しに暗躍。教皇を含む複数の暗殺疑惑や爆破テロの関与疑惑など、限りなく黒に近いグレーゾーンにいた人物とされています。

そんな経歴をもつ彼が設立した党の”秘蔵っこ”として政界に現れ、ついに2022年、45歳という若さでイタリア史上初の女性大統領にまで上り詰めたメローニ首相。移民排斥、LGBTQ、同性婚否定、反イスラムなどを掲げるネオファシズム政党「イタリアの同胞(FdI)」の党首でもある彼女の政権は、『ロイター』をはじめとする海外報道で「最も右派的政権」と報道されました。しかし彼女は、一貫して自らを「右派」と定義されること拒否。その主張はまさに今、隣国フランスが大失敗したつけを払わされている「都合のいい多文化主義」の排除であり、”イタリア人によるイタリア”に立ち返るという「保守」であるとの姿勢をとっています。そのため、「ファシスト、レイシスト」はあながち間違った呼称とは言いきれないうえ、彼女自身が本当にこれを侮蔑と受け止めているかどうかは現時点で不明です。 

イタリア史上初の女性首相ジョルジャ・メローニは極右政党党首
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メローニ首相

英国バンド「プラシーボ(Placebo)」とは

1996年にアルバムデビューしたプラシーボは、オルタナティブロックバンド。サマーソニックやフジロック、ライブツアーなどでたびたび来日も果たしています。今回捜査対象となったブライアン・モルコは、映画『ベルベット・ゴールドマイン』(1998年)にも出演を果たしたほどのグラムロック調メイクアップ、そしてキャンプな(仰々しい)出で立ちで知られています。

モルコはイタリアとフランスに祖をもつアメリカ人の父と、スコットランド人の母のもとベルギーで生まれます。教育はルクセンブルグのヨーロピアンスクールで受け、3つの国と地域の国籍を有するまさにインターナショナルな人物。バンドメンバーは、ルクセンブルグにあるアメリカン・インターナショナルスクールで出会った友人同士で結成されました。芸術学科の名門ゴールドスミス・カレッジで学び、ヨーロッパにおいて最も尊ばれる英語訛りのフランス語を話すことから、フランスで人気に火がついたというキャリアの持ち主です。

2022年スペインのマッドクールフェスの舞台に立つプラシーボのブライアン・モルコとステファン・オルスダル
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2022年スペインのマッドクールフェスの舞台に立つ、プラシーボのブライアン・モルコ(Brian Molko)とギターのステファン・オルスダル(Stefan Olsdal)

実は以前に英国も批判

そんなインターナショナルなエリート、ブライアン・モルコはイタリアだけを批判している人物というわけではありません。2021年1月1日に英国保守党政権下、実行に移されたブレグジット(Brexit)に関して『パリジャン(Le Parisien)』紙 2022年3月25日配信のインタビュー記事で、「あれには怒りすぎて体調を悪くしたほどだよ」と語っています。同記事で自らを「ヨーロッパ人」と定義し、国境による区別や差別を幅広く非難してきました。

先日、エスクァイア日本版が、1990年代の内戦を潜り抜けたアルジェリア人監督ムニア・メドゥールが「進歩的であり、自由を謳(うた)うアーティストはテロリストの格好の標的になった」と当時の様子を証言したのと似たようなことが、21世紀のEU内でもなお起こっているようにも見えます。

『ラ・レップブリカ』は現地時間7月17日の記事で、実際「検察が侮辱罪で立件した(Un fascicolo per vilipendio delle istituzioni è stato aperto dalla procura)」としています。ですが、今回の発言が侮辱であれなんであれ、一国のトップに対する海外のいちロックバンドの発言に対し、当局が動くのは、「若干」「少し」といった形容が必要のないほどの「異常事態」と言えます。