世界で8軒目の「ブルガリ ホテル」
Esquire編集部:まず、「ブルガリ ホテル 東京」のオープンおめでとうございます。今の率直なお気持ちをお聞かせください。
シルヴィオ・ウルシーニさん(以下、ウルシーニさん):ありがとう。非常に長い時間を要したプロジェクトでした。新型コロナウイルスの影響もあって、一時はプロジェクトの進捗をフォローすることも大変でしたが、ご協力いただいた皆さんのおかげもあり、無事にオープンの日を迎えられました。昨年の12月、最終チェックのために訪れたのですが、もう全てが完璧でした。ファンタスティックのひと言に尽きます。
Esquire編集部:そもそも、なぜ東京を選んだのですか?
ウルシーニさん:「ブルガリ ホテルズ & リゾーツ」の構想が立ち上がった最初の段階から、東京は私たちが願うデスティネーションの一つであり続けました。日本にブルガリが上陸してから30年以上。その間、この国は非常に重要なマーケットであるだけでなく、日本の方々と非常に強固な関係性を築き上げてきました。東京はブルガリ ホテルにとっても最適な場所であるとずっと信じていましたし、いざ完成してみると、私たちの決断は1ミリも間違っていなかったと改めて実感しています。
Esquire編集部:ウルシーニさんが考える、東京の魅力とは何ですか?
ウルシーニさん:君は、質問する相手を確実に間違えているね(笑)。なぜだかわかるかい? 僕は長いこと、東京に恋している人間なんだ。初来日から30年以上が経って、あまりに多すぎて途中から回数を数えることを諦めてしまったけれど、110回以上は日本を訪れているはず。そして、毎回来日するたびに街の様子が変わる。これほどまでに街の変化が速いのは、東京のユニークな所だと思っています。嗚呼(ああ)、「東京について語って」と言われたら、1時間以上は必要だね(笑)。
Esquire編集部:日本通であることは、ひしひしと伝わってきます。
ウルシーニさん:よかった。東京は最先端の建築やデザイン、テクノロジーにあふれた極めてモダンな都市です。それと同時に、常に伝統を再発見しようとするムーブメントもあるように思います。飲食店を例にとってみましょう。東京は巨大なビルが多数立ち並び無数の人が行き交う大都市ですが、そんな中にも8席や10席といった小規模な飲食店があって、その味は極めて高いレベルにあります。これは非常に珍しいことで、ここまでの数とレベルであるのは、世界を見渡してもそう多くありません。それに料理や素材、人に対する深いリスペクトの心には常に驚かされます。歴史をひも解けば、西洋の国は日本に多くのものを持ち込んだかもしれませんが、同時に日本に来るたびに多くのことを学んで帰るのです。
永遠のための8年間
Esquire編集部:そんな東京にブルガリ ホテルがオープンしたわけですが、このプロジェクトの経緯について教えてください。
ウルシーニさん:「ブルガリ ホテル 東京」というプロジェクトは、具体的な立地決めの段階から考えると8年間掛かりました。そもそも8年前、この地は歴史を重ねたオフィスビルが立ち並んでいましたよね。長く掛かったと感じますか? ですが、考えてみてください。8年掛かろうが、10年掛ろうとも大した問題ではありません。この先もこのホテルは50年、100年と続いていくのです。
このことをご説明するために、まずは「ブルガリ ホテルズ & リゾーツ」についてお話しましょう。「ブルガリ ホテルズ & リゾーツ」は今から20年以上前に始まったプロジェクトです。プロジェクトの初期は、小規模ながら品質に富んだ最上級のホテルを世界の主要都市といくつかのリゾート地に建設するというものでした。あくまでもスモールコレクションであって、50や100のホテルを大量につくろうとするものではありませんでした。だから急ぐ必要はなかったのです。大量に建設するというノルマに縛られるのではなく、ラグジュアリーかつ完璧なロケーションをこだわって探せるのです。
Esquire編集部:「待つ」というぜいたく、ですね。
ウルシーニさん:まさにその通り。正しいロケーションと正しい建築がなければ、私たちは待ち続けます。例え私たちのホームタウンであるローマでも、それは同じでした。イタリアにはミラノに「ブルガリ ホテル ミラノ」がありますが、ローマにはありませんでした(編集注:今年6月にオープン予定)。本来であれば自らのお膝元にホテルをつくろうと考えるものですよね。それはなぜか? ローマでは、これまで私たちの審美眼にかなうような完璧な立地と建築に巡り合えなかったからです。逆に言えば、ミラノはそれだけ完璧なロケーションということでもあります。
私たちジュエラーにとって、ホテルのロケーションと建築は宝石と同じです。まずは、宝石の原石が肝心です。良い石であれば、良い宝石となる公算は極めて大きくなります。ところが、もし原石がチープであれば石にデザインを施すことはできますが、完成する宝石はそこまで最上級のものとはならないでしょう。
Esquire編集部:そして出合ったのが八重洲という街であり、この眺望である、と。
ウルシーニさん:八重洲という土地は特別です。特に、この地の進化には目を見張るものがあります。もしこれが20年前だったとしたら、八重洲は今とは少し違った魅力のある街だったかもしれません。丸の内にも大手町にも、日本橋にも至近距離。皇居もすぐそばですし、東京駅など目と鼻の先です。
また、その建築物におけるホテルの位置も大切です。「ブルガリ ホテル 東京」は完成間もない八重洲ミッドタウンの40階から45階にありますが、これがもしこのビルの1階にあったとしたら、決して今のようにはいかないでしょう。全室からは驚くようなビュー。そして、東京駅から皇居へと抜ける行幸通りのエリアは、法令上よほどのことがない限り、今後も大きな建物が建つことはないはずです。新たな東京の姿、そして永遠の東京に触れる立地と建築…。パーフェクトという言葉しか残りません。
Esquire編集部:「ブルガリ ホテル 東京」は、ブランドとして8軒目のホテルとなります。ここまでの成功の秘訣は何でしょうか?
ウルシーニさん:まず私たちのスタイルを語るうえで、イタリアにある「ブルガリ ホテル ミラノ」のケースを例にご説明しましょう。19年前に誕生したホテルですが、今見ても19年前の開業当時のままです。なぜなら、このホテルはコンテンポラリーでありながらタイムレスなのです。当時の時流に乗ったトレンディーさや、ファッショナブルというのは私たちが求めているところではありません。そういったものは、完成当時こそ感動されるのですが、1、2年もすれば時代遅れで退屈に感じられてしまうものです。永遠を求めて行うホテルづくりこそ、私たちの流儀と言えます。
そしてヨーロッパ、アメリカ、アジアにある7つのホテルは、どこも50%~60%のロイヤルカスタマーを獲得しています。その成功の秘訣ですが、ひと言で言えば、これらのホテルが他とは違っているからに他なりません。まず大事なこととして、私たちはホテルブランドではありません。宝石ブランドです。私たちは従来のホテルとは違った見方とアプローチで新たな価値を創造してきました。空間のデザインや、家具などの調度品、眺望や空間の香り、奏でる音楽、味覚、触感、スタッフのホスピタリティ…。全てが完全にブルガリブランドとしてキュレーションされています。
一歩足を踏み入れれば、おわかりいただけるはずです。ここでしか味わえないピュアな体験が五感を通じてハーモニーを奏で、ゲストに永遠の思い出として刻みこまれるのです。そして、ここを離れた後もいつかまた戻ってきたいと思っていただける…。だからこそ、私たちには非常に多いパーセンテージのロイヤルカスタマーの存在があるのだと思います。
ブルガリの精神が隅々に息づく
Esquire編集部:コンテンポラリーでありながらタイムレス。宝石や時計などと全く同じブルガリの世界観に包まれた空間と時間を身体全体で体験できるわけですね。
ウルシーニさん:私たちはブルガリ流の「アート・オブ・リビング(暮らし方、暮らしの中の芸術)」を東京に持ち込んでいるわけです。ブルガリの考えるイタリアらしい暮らしです。それは、イタリア・ローマらしい家具や食などあらゆる全てです。例えば、私たちイタリア人は屋外で過ごす時間を愛しています。そこで、もともとのビルの建築計画にはなかった、45階にあるルーフトップテラスをわざわざデザインしました。
しかしながら、特に外国からのゲストにおいては、東京ならではのスピリットを探しているはずです。基本的にはイタリアのアート・オブ・リビングをもとにホテルをデザインしていますが、要所に日本ならではの要素が薫ることを意識しています。これは、偉大かつ終わりなき挑戦でもあります。
Esquire編集部:確かに、40階のロビーはまるでブルガリのローマ本店のような雰囲気を感じましたし、寿司「SUSHI HŌSEKI」はまさに日本そのものでした。
ウルシーニさん:ゲストルームも同様です。美しいブランケットがあり、美しいイタリアの家具がある。部屋に入った瞬間にイタリアンデザインに包まれるはずです。それと同時に、日本の香りも感じられることでしょう。天井を見れば日本ならではの技法でつくられた金の天井があります。バスルームやレストルームは、格子を思わせる引き戸で仕切られています。
バーに行けば、アメイジングなグリーンティーを楽しめます。私が知る限り、オーガニックの緑茶は日本で消費される内のわずか2%に過ぎません。私たちはローカルならではの特徴を探して、探して、探して――見つかるまで探し続けているのです。こうした、ローカルカルチャーの香りをホテルに取り入れることを大事にしています。
Esquire編集部:それは極めて難しい半面、エキサイティングなことでもありますね。
ウルシーニさん:今回私たちは非常に幸運でした。なぜなら、日本の職人さんが最上のレベルで仕事をパーフェクトに仕上げてくださいましたから。例えば、イタリア・ヴェネチアに伝統的に伝わる「ヴィネチアン・テラッツォ」というフロアタイルに用いられる技法があります。現地の宮殿や古い庭園のあずま屋によく用いられる技法で、今回はバーのフロアに採用されているのですが、職人の皆さんはそれを完璧に日本で再現してくれたのです。まるでイタリアで仕上げられたかのようです。他の階にも彼らの技が光る木の技術を見て取れます。
もちろん、イタリアと日本の共通点もあります。例えば食。自然を慈しむ心、季節や旬を大切にする感覚は同じです。同じ価値観を共有していますよね。冬になればイチゴが恋しくなりますし、春から夏に掛けてはメロンが食べたくなります。45階のテラスにはイタリアを思わせるレモンの木が植えてあるのですが、実がなる時期が今からすでに楽しみです。
Esquire編集部:最後に、「ブルガリ ホテル 東京」の中で、ウルシーニさんが個人的に最も気に入っているスポットはどこですか?
ウルシーニさん:…それは実に難しいのですが、選ぶとすれば最上階にある「ブルガリ バー」ですね。両サイドに大きなテラスがあり、爽やかな風が吹き抜ける空間。ハンドメイドのモザイクがカウンター越しにあり、イタリアの息吹を感じられるはず。特に高層ビルに囲まれて人口も交通量も多い東京のような忙しい都市で、空を見上げたらこのバーがある。「楽園」という言葉がまさにふさわしい場所ですね。
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◎PROFILE
シルヴィオ・ウルシーニさん(ブルガリ グループ エグゼクティブ バイスプレジデント)
1962年、イタリア・ナポリ出身。スイス・ジュネーブのインターナショナルスクールで国際バカロレアを修了後、アメリカ・ワシントンDCにあるジョージタウン大学を卒業。P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)イタリアのマーケティング部門に就職し、その後ルー・セグエラに入社して広報を担当。
1989年にブルガリのマーケティングディレクターに就任。1992年にグループ クリエイティブディレクターに就任すると、ブルガリの創造の挑戦をウォッチやアクセサリー、フレグランスなどの新しいカテゴリーへと導き、さらにWWF(世界自然保護基金)の生物多様性保全活動を支援する草分け的な取り組み「アニマ・ムンディ」とセーブ・ザ・チルドレンへの支援活動を立ち上げる。後者は10年で1億ドルを超える活動資金を集めている。
ブルガリ ホテルズ & リゾーツプロジェクトを企画し、2002年からはプロジェクトの戦略面とクリエイティブ面の指揮に専念。ブルガリ ホテルズ & リゾーツ コレクションとして現在8つを展開し、今後4カ所にオープン予定。ブルガリのエグゼクティブコミッティのメンバーであり、グループ エグゼクティブ バイスプレジデント。WWFイタリアの副会長を務める。ローマ在住。
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●ブルガリ ホテル 東京
東京都中央区八重洲2-2-1
TEL/ 03-6262-3333
公式サイト