ヴィンテージウォッチに目がないうえに、恐ろしいほどの可処分所得を持つ人々は、今こそまさに最高の時代と考えているかもしれません。

腕時計オークションの記録は次から次へと塗り替えられ、ヴィンテージウォッチの販売サイトは大盛況です。「まだ世間的に知られていない時計(そして特別価格の時計)を探し出すことくらいしか、いまさら大きなワクワク感が得られることはないのではないか」と思わされるほどの活況ぶりです。また、人気のほどやデザインの良しあしに関わらず、2023年の在庫にありつくことすら、いくらお金や情熱を注いだところでそう簡単なことではないかもしれません。

何の話かというと、タグ・ホイヤーについて。近年、腕時計のオークションで高額な落札金額をたたき出すのは、パテック フィリップやロレックスかもしれません。ですが、タグ・ホイヤーにもそのようなときがなかったわけではありません。例えば「スティーブ・マックイーン」の名が刻まれた「モナコ」は、2020年にニューヨークで開催されたフィリップスのオークションで230万ドル(約3億2000万円)の落札価格を記録しました。

タグ・ホイヤーには「スキッパー」があった

1960~70年代にかけてのタグ・ホイヤーの名作タイムピースは、他にもたくさんあります。その中の一つが、1968年に製造された「スキッパレラ(Skipperera)」という愛称で呼ばれるクロノグラフです。深い海を思わせるブルーの文字盤に、鮮やかさとレトロさが同居したインダイヤルを配したデザイン。ヴィンテージならではの美意識があふれ出ています。実に愛らしく、「魅力的なタイムピース」と言えるでしょう。当時のタグ・ホイヤーを象徴するモデルとして、今なお高い人気を誇るのもうなずけます。

ですが、慌ててはいけません。

タグ・ホイヤーは、「このタイムピースの生産を再開する」とつい先日発表したばかりなのです。デザインと機能にそれぞれアップデートが施されるとのことですが、それはつまり、魅力が高まるということ。なにより、よりお手ごろな価格帯となる見込みです。

タグ・ホイヤーの時計「カレラ スキッパー」
TAG Heuer
左が1968年当時のオリジナル「スキッパー」。右が最新モデルの「カレラ スキッパー」。

1968年に登場した初代「スキッパー(Skipper)」は、その後1983年まで継続しました。国際ヨットレースのアメリカズカップでの勝利を記念してつくられ、タグ・ホイヤーの名機「カレラ クロノグラフ」のケースと針が流用されていました。ムーブメントには改良が加えられ、カラフルでポップな当時のトレンドを反映したデザインのダイヤルが印象的です。中でもこの初代「スキッパー」は、その後ずっと“スキッパレラ”という愛称で親しまれるようになりました。

今からちょうど40年前に生産が終了となるまで、多彩なモデルが生み出されてきました。そして2000年代が中盤に差し掛かるころ、初代「スキッパー」人気に火がつき、その希少性も手伝ってコレクターが熱狂するようになったのです。「当時、200~300本しか製造されなかった」という説もあります。2018年、クリスティーズのオークションで約4万8000ポンド(約870万円)の落札価格がついた際には、生産ロットは大きく下方修正され、わずか20本のみの生産とうたわれていました。

「カレラ スキッパー」のベースは68年の「スキッパー」

タグ・ホイヤーは今年、フラグシップモデルであるクロノグラフ「モナコ」とともに、「カレラ」の誕生60周年を盛大に祝したばかりです。1960年代に人気を博したパンダダイヤルの復刻モデルなど、すでに数種類の記念モデルが発表されています。が、この先もまだ復刻の動きは続くものと見られています。加えて、スタントドライバーに扮(ふん)するライアン・ゴズリングを起用した、世界規模の広告キャンペーンが展開されることも決定しています。

ちなみに2023年モデルの「カレラ」は、技術的にもデザイン的にも見事なアップグレードがされたことで、大きな注目を集めました。デザイン面での変更は、少し間違えばクラシックモデルの魅力を損ねてしまうことにもつながり、なかなかの綱渡りであったはずです。

「カレラ」シリーズのリニューアルが行われたのは、今回が初めてというわけではありません。しかし、39mmのアニバーサリーエディションに対しては圧倒的に好意的な反響が寄せられる結果となりました。新設計のクリスタルがケースの縁までを覆うデザインを採用したことで、時計そのものを大型化することなく存在感を高めることに成功しています。それによって扱いやすさと着用感とが向上したことも、好評を勝ち取った理由でしょう。

タグ・ホイヤーの時計「カレラ スキッパー」
TAG Heuer

リミテッドエディションではない2023年モデルの「カレラ スキッパー」のベースとなるのは、1968年のオリジナルの「スキッパレラ」です。オリジナル同様、ベゼルを省いた「グラスボックス」クリスタルを採用しています。

外側の湾曲したフランジ(編集注:ダイヤルとベゼル・クリスタルの間にあるメタル製のリングのこと)の周囲にある、5分間隔で配置された三角形のマーカーが目を引きます。インダイヤルのデザインにも手が加えられ、針はわずかに太さを増しています。「Skipper」の文字は9時位置のクロノグラフダイヤルに移動しており、6時位置には日付表示窓が追加されています。

このニューモデルに搭載されているのは、およそ80時間のパワーリザーブと両方向巻き上げを備えた、メゾンの最新キャリバー「TH20-06」自動巻きムーブメント。セーリングウォッチの伝統にのっとり、テキスタイル製ストラップが採用されています。

その物語は半世紀以上前から続く

「スキッパー」にまつわる物語は、1967年にまでさかのぼります。

そもそも「スキッパー」とはヨットの艇長/チームキャプテンを指す呼称であり、アメリカ人スキッパーのエミール・モズバッカー率いるイントレピッド号が、第20回アメリカズカップで見事な優勝を果たしたのがその年になります。ホワイトオークの船体にマホガニーの2枚板を貼り合わせた12メートル級のヨットですが、船内にはタグ・ホイヤーのクロノグラフが装備されていました。

当時タグ・ホイヤーを率いていたジャック・W・ホイヤーはこの偉大なる勝利を祝し、1本の腕時計を企画します。それが翌1968年に発売されたのです。

メタリックブルーの文字盤に、グリーンの12時間積算計ダイヤル、そしてミントグリーン、ライトブルー、オレンジの3色からなる15分カウントダウンレジスターのインダイヤルは、15分間隔で鳴り響く4発の銃声に合わせてヨットをスタートラインに移動させるレガッタレースの進行を反映したもの。当時をしのばせる色彩であるのと同時に、イントレピッド号を象徴する組み合わせでもあるわけです。

1960年代の「スキッパー」を踏襲したニューモデルのカラーリングですが、設計の細部と同様、さりげないアップデートが施されています。

タグ・ホイヤーにより「カレラ・シグネチャーブルー」と名づけられたメインダイヤルの色彩に加え、「ラグーングリーン」「レガッタオレンジ」そして「イントレピッドティール」という名が、それぞれの色に与えられています。なんともすてきな仕上がりではないでしょうか。

Source / Esquire UK
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です