来日したCEOが「エスクァイア日本版」に語ったこと

スイス・シャフハウゼンを本拠とする時計ブランド「H.モーザー」を率い、来日は4年半ぶりとなるエドゥアルド・メイランCEO。1980年代から2000年代にかけてオーデマ・ピゲを指揮し、時計業界でコンサルタントに転じたジョルジュ=アンリ・メイランを父にもち、その家族経営のホールディング会社「メルブ リュクス(MELB LUXE)」が2012年に傘下とした最初のブランドが、この「H.モーザー」でした。

そこでCEO自ら、数日後のドバイでのワールドプレミア発表に先立ち、限られたメディアに新作を披露してくれました。

「2012、13年は難しい時期でしたが、生産本数は今や当時のおよそ8倍、売上高は約12倍に伸びました。社内の雰囲気も成し遂げてきたことに自信を深め、将来的な展望を立てられるようになりました。具体的に言いますと、需給バランスの上で年産400~500本で販路もこれからだった時期と、予定通り3000本をつくっても需要がまだ上回る今年の状況では、相対的に今も『VERY RARE(※H.モーザーが銘に掲げる文言)』です。小さいブランドには大きな意味をもちます。ブランドを軌道に乗せることがこれまで最優先でしたが、財政的に安定してきた今、研究開発や投資を進め、サプライチェーンの安定化に努めます」

つまり意欲的に新作モデルを世に問うて、販売する体制を整えるということです。H.モーザーは今年4月、特別なクロノグラフやカレンダーなど複雑ムーブメントの開発で定評あるアジェノー社への投資を発表し、自社以外に戦略的なムーブメントを調達できる体制を整えました。

エドゥアルド・メイランceo
Esquire Japan
エドゥアルド・メイランCEO。1976年、スイス生まれ。ペンシルバニア大学でMBAを取得。MELBホールディングの取締役に就任し、2013年からH.モーザーCEOを務めている。インタビューの場に登場したその腕元には、新作「ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル」。
私たちは常に小さなウィンドウから始め、成功を収めてきました

「私たちは量より質に重点を置くブランドで、プロダクトの裏づけとなる新しいムーブメントの開発には常に注力するということです。アジェノーへの資本参加は50%にも満たないです。彼らも小さな家族経営の会社で、互いの取締役会に籍を置く間柄であり、私たちはその創造性、革新性に投資しているのです。ムーブメントの研究開発チームは社内に5人、アジェノーに3、4人、だから計9人ぐらいですね」

質に重きがある以上、カスタマーとなりそうな人々に手にとって見てもらうことが大事で、香港や上海、マカオや北京など中国にブティックをオープンしつつ、東京では新宿・伊勢丹にポップアップストアを構える。

「常に小さなウィンドウから始め、成功を収めてきました。ムーブメントの開発にも注力しますが、プロダクト自体の芸術的表現、デザインそのものがブランドのシグネチャーだと考えています。ロゴを見てH.モーザーと分かってもらうのでなく、デザイン全体で語ること。人々が求めるのは、クオリティの高さ、創造性やイノベーションを感じられるもの、ただ素晴らしい品だけでなく、それを創り出すブランドの一員、アイデアや美を分かち合う一員として賛同したいのです。

ですから、人々に響く最高の品質を備えたブランドとしての規範、他のブランドにはない独自のクラフツマンシップに共鳴してくれる方をいかに増やせるかを常に考えています。例えば、このエナメルの文字盤を見てください」

新作「ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル」

そう言って見せてくれた新作が、この時点ではまだ世界に対して未発表だった「ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル」でした。39mm径のほどよい文字盤サイズで、120m防水を実現したクッション型のSSケースを持つスポーティなモデルです。

ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
Esquire Japan
「ストリームライナー」とは、1920 年代から1930年代にかけて活躍した高速列車の名前に由来し、丸みを帯びた美しい曲線が特徴。美しい青いダイヤルは「アクアブルー」といい、H.モーザーを象徴するフュメダイヤルを新たに解釈したもの。ゴールドのベースに打痕模様を打ち出す作業から始まり、色の異なる三つの顔料を湿らせて細かく砕いてから塗布して濃淡を生み出しています。
preview for H. Moser|STREAMLINER SMALL SECONDS BLUE ENAMEL

シンプルで短いバーインデックスと、6時側にピタリと等間隔で収められたスモールセコンドにより、素晴らしく時間が読みやすい幾何学的な配置と言えます。しかも、周辺の深いブルーから文字盤センターにかけて明るくなる美しいグラデーションと、ハンマーで丁寧にたたいて仕上げられた文字盤表面の表情が、うっすら浮かび上がる様が、ジワジワとくるような美を醸し出しています。

「これまでH.モーザーの文字盤と言えば、フュメダイヤル(※スモーキーなグラデーションの文字盤。フュメとはフランス語で煙の意味)が代表的でしたが、かなりコピーされるようになりました。特徴的でアイコニックな時計をつくれることを再び示すために、ハンマーでたたいて整えた文字盤をエナメルで仕上げたのです。正しい色、職人技、技法や工程もきちんとした、他では造れない美しい文字盤です。

これをゼロから、デザインから生み出したのは私たちで、何百枚もの文字盤を試作しながら釉薬(ゆうやく・うわぐすり)のミックスやグラデーションを試すなどした、クラフツマンシップの象徴でもあります。ひと目でH.モーザーと分かるものを確立することが大事です」

“今のH.モーザーこそ、エナメルを追求すべき時なのです”

エナメルは無論、手間と時間のかかる伝統的な工芸のひとつ。「大きいメーカーには試作を繰り返すには時間がかかり過ぎ、量産の問題も生じる一方で、小規模過ぎるメーカーだと何百枚もの試作を繰り返すコストに耐えられない」と、メイランCEOは熱弁します。

「つまり、私たちの今の規模は、エナメルを追求するのにぴったりだったんです。今、エナメル職人は減少傾向で成り手も少なくなっている中、時計師がエナメルの技術を覚えようと努力して教えてもらっているところです」

深いブルーのグラデーションをつくり出すには三つの顔料を使うものの、入手困難な顔料もあるため、現状で確保できているのは150本分ほどとか。もちろんシリーズとして続くものの、その時々の素材や作業の条件によって、全く同じブルーを再現すること自体が難しいのだとか。ちなみにエナメルは焼成して表面のガラス質を形成するので、半永久的に美しい状態が保たれますが、その完成度を楽しんでもらうため、あえてブランドのロゴすら文字盤に載せていません。

ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
H.moser
透明感のある高温焼成されたエナメルに仕上げるまでに、12回もの焼き入れが行われます。その表情はどれも異なっていて、全て一点ものとなります。
ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
Esquire Japan
新型自動巻キャリバー「HMC500」は完全自社製、かつ、H. モーザーが21世紀に開発した中で最小のムーブメントとなります。この小型ムーブメントによって、新作ではよりすっきりとしたプロポーションが実現されています。

「(裏蓋側から)ムーブメントもほら、見てください。新しい構造や色を採り入れる試みを、2021年に発表したパーペチュアル・カレンダーから始めました。一度に全てのムーブメントで変えることはできないので、少しずつ。スモールセコンド表示でマイクロローター自動巻きというムーブメントは、H.モーザーとして初で、72時間パワーリザーブも備えています」

それが新キャリバー、「HMC 500」です。地板やブリッジには、コート・ド・ジュネーブではなくモーザー・ストライプと呼ばれる、細い側のストライプが2重になった彫り模様を加工した後、ガルバニック加工でアンスラサイトのような濃い暗色となっています。そこにマイクロローター、そして部分的なスケルトン加工が組み合わされることで、輪列や脱進機などポリッシュされたパーツの作動がより際立って見えます。まさしくメカニズムの動きそのものを、より深く楽しむための演出と言えます。

ひげゼンマイを内製できる「H.モーザーの強み」

そもそもH.モーザーは、2000年代の復活当初から傘下にプレシジョン・エンジニアリング社を抱え、調速機構の中で振り子の原理を担うひげゼンマイを自社で製作できる珍しいブランドでした。現状はどうなっているのでしょう。

「もちろん、他の大きなブランドにも供給していますし、自分たちで用いるひげゼンマイもつくり続けていますよ。スイスでひげゼンマイを供給するベストカンパニーのひとつと自負しています。現在の生産量は年産約20万本ですが、50万本まで増やせる生産能力はあります。もともとのシュトラウマン・ヘアスプリングもつくり続けていますし、磁力の影響を受けないパラマグネティックもあれば、シリンドリカル・ヘアスプリングのような数社と共同出資して開発したものもあります。20万本とはいえ、3000本の時計より収支面では少ないですけど、戦略的なビジネスです」

「ひげゼンマイを内製できることはB to Bだけでなく、時計に詳しい潜在的ユーザーにも高く評価される」と、メイランCEOは言います。さすがに実名は挙げないながら、誰もが知るような時計ブランドにも供給し、巨大ラグジュアリーグループが打診してくることもあるそうです。いわば彼が冒頭で、「ようやく着手できる」と強調した、先行開発や投資、サプライチェーンの安定化というのは内製でつくるものが多ければ多いほど、素材原料の仕入れや技術面、人手の確保まで大変になってくるところです。

「ひげゼンマイを供給する先は、基本的に少量生産で質の高さを求める、同じく独立系のブランドです。実を言えば、大きなグループ系など断りもたくさんしています。シリンドリカル・ヘアスプリングは開発コストも時間もかかった、技術的に高度なものなのでほとんど外に出していません」

「エンデバー・チャイニーズカレンダー リミテッド エディション」

「もう1本、お見せしたい時計があります」と、メイランCEOが新たに取り出したのが、2週間前にローンチしたばかりの新作「エンデバー」コレクションの新作「エンデバー・チャイニーズカレンダー リミテッド エディション」でした。その名の通り、限定100本で、RGケースに40mm径の文字盤を備え、通常の太陽暦と中国の太陰暦を同時に表示することが可能です。

「他ブランドでも太陽暦と太陰暦を表示する複雑時計はありましたが、12年間に70回の調整が必要でした。今回は私たちも初めて取り組んだタイプの複雑機構ですが、まずひと目、ぱっと見て、中国市場向けの目立った特徴をもたせませんでした。『竜』とかの漢字が大きく入っていませんよね(笑)。そして、12年間調整する必要はありません」

エンデバー チャイニーズ・カレンダー リミテッド・エディション
H.moser
太陰暦を基本に、中国の太陰太陽暦と、グレゴリオ暦を組み合わせ、さらに、月の満ち欠けも表示するカレンダー機構が詰め込まれた100本限定の最新作。H.モーザーの高い技術力が十分に発揮されたタイムピースです。ダイヤルは深い奥行感のあるミッドナイトブルーフュメダイヤル。ローズゴールド製ケースと美しいコントラストを描きます。
エンデバー チャイニーズ・カレンダー リミテッド・エディション
H.moser
キャリバーは自動巻きCal.HMC210。シースルーバックからも覗きます。

確かに12時位置の干支(えと)だけが漢字で、白地に赤いゴシック体で控えめに示されます。一方、左右のレトログラード表示はそれぞれ、太陰太陽暦の12カ月表示と、月齢による30までの日付表示。そして6時位置のスモールセコンドの下は、通常の太陽暦の日付表示です。

「太陽暦ではうるう年、4年に1度、2月を28日でなく29日で調整しますよね。でも太陰暦は毎月が29-30日しかなくて、足りなくなってきた分を2,3年に1度、ふた月、同じ月を続けて調整するのです。時間の進み方が違います」

そこで太陰暦の月表示を正しく示すために採ったソリューションが、うるう月表示、つまり12時位置の窓で上に示された干支年のうち、何月をダブルで繰り返すか、直下の内周ダイヤルで示すことでした。

「ですからこの表示では、兎(うさぎ)年に2月が2回、繰り返されることを示します。干支に対してエンボリスミックのダイヤルは固定されているわけではなく、干支が12年に1周する間に、背面に仕込まれたカムの歯で、内周側のダイヤルも回るんです」

アメリカに留学経験があって経営修士号を取得する前は、工学部でマイクロ加工を修めていたというメイランCEOは、さらにこう述べます。

「ちょっと専門的に言えば、このカムはシリシウムで髪の毛よりも薄く加工したものを使っています。太陰暦でどの月を繰り返すかは、ほとんど単発でロジックがないんですね。それだけに難しくて挑戦しがいもあったのですが、試作プロトの時に一つ歯が足りなくて早く表示が出てしまうことが分かり、一から計算し直しましたよ。

エンデバー チャイニーズ・カレンダー リミテッド・エディション
H.moser

カルチャーとしての時計づくりを深堀りしていく

時計の複雑機構は、ここ200年ほどの間に開発されたものばかりですが、こうも複雑なものは現代の加工技術なくして実現しなかったでしょうね。異なる文化の数だけ、異なる暦が存在する以上、中国の太陰暦にとどまらずイスラム暦や日本の昔の太陰暦など、異文化における時間の再現表示にも広げていきたいですね。今回のムーブメントはHMC 210ですが、2024年はまた新しいキャリバーを発表するつもりです」

技術的な到達点の高さのみならず、フランス語で「中国趣味」を意味する「シノワズリ」に堕(だ)しないデザインそのものがH.モーザーらしくできたことを、彼は誇りに思っているようでした。いかにもエキゾチックな暦を扱っているはずなのに、デザインがごく控えめで、表示も明快で読みやすいことが「H.モーザーらしさ」とも言えるでしょう。それにしても、デザイナーとのアートディレクションはどのように進めているのでしょう?

「インハウスのデザイナーはいます。チャイニーズカレンダーは彼女にとって初のデザインでした。最初は羅針盤のような、永久カレンダー風のデザインでしたが、モーザーらしさを議論し、最終的に今のカタチになりました。今はこのデザインを元に、他のカレンダーモデルに発展させられないかと考えています。実を言うと、三日月型のレトログラード自体、H.モーザーとしては審美性でも機構としても冒険的な試みでしたね」

日本で今の2、3倍は成長できると期待しています

生まれ育ったスイス・レマン湖地方のジュウ渓谷やジュネーブなど、フランス語圏側と、シャフハウゼンのデザイン面における感覚の違いを彼はこうも説明してくれました。

「ドイツに近いシャフハウゼンには、やはりバウハウスの影響でしょう、ル・ロックルやジュウ渓谷との根本的なデザイン感覚の違いはあります。私の前任者のユルゲン・ランゲ博士(元IWCのチーフエンジニアで、H.モーザー復活の立役者の1人)は東ドイツ出身の方でしたし、私も常にバウハウス的なものの解釈を試みています。機能性そのものとデザインが一体の感覚というか、それがH.モーザーらしいミニマリズムにつながるファクターだと思います」

ここ数年、QRコード付きの機械式時計「ジェネシス」や、スマートウォッチを彷彿(ほうふつ)させる外観ながら純粋にハイエンド機械式時計の「スイス・アルプ・ウォッチ」シリーズなど、話題作を先導したメイランCEOは、アメリカ留学時代に培った「失敗を恐れないカルチャー」の実践者とも言えます。

「失敗はしても、笑い飛ばして何か見つけることが大事。私たちは家族経営のヒューマンなブランドですから、人間のやること、いろいろなことを疑いながら、もっとよくできる、変えられることを意識し続けています。ときに、それが皮肉っぽく見えたりすることもあるでしょうか」

最後に、日本でのH.モーザーの可能性についてうかがいました。

「日本における私たちの時計には、大いに潜在性があると考えています。これまでも、成長はゆっくりですが落ちていないのです。今回のエナメル文字盤のような、シンプルで洗練されたもの、日本の時計愛好家は独自のつくりのよさをよく見て評価してくれます。グローバルの他ブランドの規模と比べても、日本で今の2,3倍は成長できるのではないかと期待しています。これまでのH.モーザーは数年ごとに生産終了となるモデルがあったので、エナメルのシリーズはずっと続けていきたいですね」

生まれも育ちも疑いなくスイス時計業界のサラブレッドで、高い見識とチャレンジャー精神にあふれるCEO。彼が率いるブランドである以上、H.モーザーには注目すべき、全ての理由がそこにはあると言えるのです。


ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル

ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
H.moser
  • Ref.:6500-1200
  • ムーブメント:手巻き Cal. HMC 500
  • ケース:SSケース
  • ケース径:39mm
  • ケース厚:10.9mm
  • ブレスレット:SSブレス
  • パワーリザーブ:約72時間
  • 防水:12気圧防水
  • 価格:534万6000円(予価)
  • 発売:2024年春発売予定

エンデバー・チャイニーズカレンダー リミテッド エディション

エンデバー チャイニーズ・カレンダー リミテッド・エディション
H.moser
  • Ref.:1210-0400
  • ムーブメント:自動巻き Cal. HMC 210
  • ケース:18KRGケース
  • ケース径:40mm
  • ケース厚:13mm
  • ストラップ:ブラウンのアリゲーター ストラップ
  • パワーリザーブ:約72時間
  • 防水:3気圧防水
  • 価格:1091万2000円(予価)
  • 限定:世界100本
  • 発売:2024年1月発売予定

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