ILLUSTRATION BY JOAN WONG

来シーズンのF1のスケジュールを眺めてみると、あることに気がつきます。

なんと、アメリカ国内だけでF1が3回も開催されるというのです。ちなみに2022年シーズンは2回で、イタリアと並ぶ最多開催数を誇っていました。一体なぜ? F1と言えば本場はヨーロッパ(のはず)。アメリカと言えば、F1よりもNASCAR(National Association for Stock Car Auto Racing)やインディ500が有名なのでは?

もちろん、1カ国で年間3回もF1グランプリが開かれるには、アメリカの企業がF1を運営するフォーミュラワン・グループの新オーナーになったことと無関係であるはずがありません。もちろん、それだけではないでしょう。

実際にF1は、アメリカでその存在感を大きく増しています。その裏側には、「Netflixで配信中の『Formula 1: 栄光のグランプリ(邦題)』の爆発的な人気がある」と、多くの人が口をそろえます。しかし、アメリカのカーメディア「Road & Track」に寄稿したJ・F・ムシアル氏の見解は異なります。「Netflixで配信される以前から、アメリカ国内でのF1人気は静かに高まっていたのだ」、と。そして、あのヒーローの姿を収めた1本のドキュメンタリーフィルムの存在を挙げるのです。以下、「Road &Track」の記事を抄訳でお届けします。

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『フォーミュラ1: 栄光のグランプリ』予告編 - Netflix
『フォーミュラ1: 栄光のグランプリ』予告編 - Netflix thumnail
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あれも撮れない、これも撮れない…。
大幅な撮影規制が存在していた時代

アメリカ国内のF1ファンにとって、30年前はまさに“不遇の時代”と言えました。

1980年代の半ばから1990年代終盤にかけて、F1レースのライブ中継は存在していません。F1マニアは、たった20分のハイライト映像で我慢するほかなかったのです。

スピードヴィジョン(Speedvision ※編集注:1995年に開始されたモーターレース専門ケーブルTV局)が当初に果たした役割は、小さなものではありませんでした。レースによっては午前2時半からの放送開始であったにせよ、シーズン全レースの生放送を行うケーブルテレビ局が生まれたのです。その後、2013年にはNBCスポーツもF1中継に参入。そのときは私(※編集注:この記事の著者であるJ・F・ムシアル氏)も、プロデューサーとして放送開始の瞬間に居合わせるという幸運に恵まれました。

視聴率の順調な伸びにも関わらず、いずれの放送局も当時のF1界を牛耳るバーニー・エクレストン氏(※編集注:フォーミュラ・ワン・コンストラクターズ・アソシエーション《FOCA》会長などの要職を務めた後、フォーミュラワン・グループのCEOを務めた)の定めた旧態依然としたルールに縛られたまま、それ以上の身動きの取れない状況に甘んじていました。

サーキット内の撮影スポットには、厳しい制限が課されていました。ガレージ内部の撮影? あり得ません。コース付近は? F1直轄のカメラだけしか入れてもらえません。上空からの撮影は? 不許可です。不便な場所で大きなテレビカメラを担(かつ)がされた私たちの姿は、人々の目には奇異に映ったことでしょう。スマートフォンでの撮影など試みようものなら、撮影資格そのものを剥奪されかねないという状況だったのです。

シーズン中の週末ともなれば、「もっとしっかり中継して欲しい」という視聴者からの要望が数多く寄せられるのが常でした。そのような状況があったからこそ、アシフ・カバディア監督による2010年にイギリスで制作されたドキュメンタリー映画『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』が大きな注目を集めることとなったのです。

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映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』予告編
映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』予告編 thumnail
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アイルトン・セナの事故死が
その後のF1界にもたらしたもの

1994年に催されたアイルトン・セナの葬儀には、前代未聞の数の参列者が押し寄せ、ブラジル・サンパウロの目抜き通りには300万人を超える大群の人々で埋め尽くされました。さまざまな過ちを犯したエクレストン氏ではありましたが、「何が大衆を動かすか?」という一点についてはよく知り抜いていた人物でした。

氏はF1コンテンツに対する規制を即座に緩め、ドキュメンタリー制作のためにアーカイブの解放に踏み切ったのです。そんなわけで『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』は成功し、多くのF1ファンを新たに生み出すこととなりました。その裏には、レースの面白さを伝えるだけでなく、F1という世界に命を捧げた人々を描いた映画でもあったからです。

アメリカで封切られた当初の上映規模は小さなものに過ぎませんでした。ただし、F1ファンやセナファンのみならず、各種メディアの幹部クラス、さらには業界のインフルエンサーが集まりました。『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』の上映こそが、アメリカにおけるF1ビジネスの未来を切り開いた瞬間だったと言えるでしょう。そして、エクレストン氏がF1界から退いた後に、フォーミュラワン・グループの株式を取得し新たなオーナーとなったのがコロラド州に本社を置くリバティメディアでした。

F1というコンテンツの新たなオーナーとなったアメリカ企業は、その商業的価値の再構築の必要性を深く理解していました。各種メディアに対する参入障壁が引き下げられ、コンテンツが広く開放されることとなりました。2018年にはソーシャルメディアにもコンテンツが開放され、その影響でテレビ中継の視聴率が急上昇しています。そしてNetflixに対しても、門戸が開かれました。

『Formula 1: 栄光のグランプリ(邦題)』の配信開始は新型コロナウイルスの蔓延による自粛期間と重なったこともあり、その第1シーズンの配信は大成功となりました。しかしその成功もまた、あのドキュメンタリー映画『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』が築いた土壌があったからこそです。F1がただのレースではなく、そこに人生を注ぐ人々の物語”であることを、人々はすでに知っていたのです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です