何事においても、個性は重要です。ただ、全く同じエンジンを積んだ異なる2台の車をじっくりと乗り比べてみた結果、「パワートレインこそが車の個性を決定づけているのではないか」という考えが、頭から離れなくなってしまったのです。

完成から9年を経たメルセデスAMGの4.0リッターV8ツインターボを搭載すれば、あらゆる車がまるで弾道ミサイルのような性能を手にします。咆哮(ほうこう)とともに立ち上がり、カンザスの大嵐のような轟音(ごうおん)を響かせて加速するのです。アクセルを踏めば、エキゾーストは拍手喝采に包まれます。交通ルールに忠実なドライバーでも、あの魅力に打ち克つのは困難でしょう。どの車種の、どのモデルと組み合わせても、乗る者の度肝を抜かずにはいられない…まさにそんなエンジンです。炭化水素を燃料にエンドルフィンを噴射させるV8ならではのリズムと波動は、筆舌に尽くし難いものがあります。

アストンマーティンの「ヴァンテージ」も2019年になってAMG V8が搭載されたことで、遂にポルシェ「911」の正統なライバルと目されるようになりました。スロットルを優しく撫でるだけで、あのツインターボのトルクが目を覚まします。さらに踏み込めば、わずか3.3秒で時速100キロに到達。心地良い振動はアルミパーツやシートを伝って、エキゾーストへと抜けていきます。昼食を買いにマクドナルドへ出かけるのだって、まるでレース仕様の「ヴァンテージGTE」を操り、どこぞのサーキットを攻めているかのような、そんな緊迫感に包まれます。「これぞ4.0リッターV8だよ」と、唸りたくなるほどの感覚です。

 
Car and Driver

「G63」にも「ヴァンテージ」と同じエンジンが搭載されていますが…

「ヴァンテージ」とはタイプが全く異なりますが、メルセデスAMG「G63」にも同じAMGのV8が積まれています。「G63」と言えば巨体のうえに、大きなドラッグ係数(※編集注:抵抗係数のこと。数値が高ければ空力抵抗も大きい)を持つ5783ポンド(約2600kg)の大型SUVです。71馬力に過ぎなかった初代から、506馬力にまでパワーアップを果たしました。まさに、走れぬ場所などないというほどの性能を誇る「G63」ですが、岩肌がむき出しになったアウトドアよりも、ビバリーヒルズの高級ショッピングストリートのロデオドライブで見かける確率のほうが高いかもしれません。

さて、新型「C63」に関する最大のニュースと言えば、V8エンジンに替えてターボチャージャー搭載の2.0リッター4気筒エンジンと電気モーターが併用されたことでしょう。この新型のセットアップはV8エンジンよりもパワーが上積みされていますが、V8エンジンの個性がその代償となったように思います。パワートレインの個性とは、何も加速性能だけではないはず。あのV8エンジンの魅力的な個性のために、スピードを少しばかり犠牲にしたところで罰は当たらないのではないでしょうか?

EV普及がこの流れに拍車を掛ける?

こういったことは、EVの普及によってさらに拡大しているように見えます。EVの加速性能は確かに圧倒的かもしれません。ですが、エンジンによって生み出されるドラマや爆発力、そして温かみというものがEVからは感じられないのです。メルセデスが、「EQG」という電動Gクラスの展開を予定しています。鞭打ちになるほどの加速性能となるのは疑いようもありません。ですが、そんなものは光るだけで音のしない打ち上げ花火、もしくは無音で眺めるアクションドラマに等しいように感じられてしまいます。

単に車がパワーと加速だけの乗り物になってしまえば、ドライビングエクスペリエンスはどこへ行ってしまうのでしょうか? 首が軋(きし)むほどの加速力は、確かに素晴らしいかもしれません。ですが、そんなパワーに12気筒や10気筒、8気筒、6気筒、5気筒、4気筒、3気筒の音楽が伴わなければ、対価を支払う意味など果たしてあるのでしょうか? 自分の車がいくら速くても、よりパワフルな車が次から次へと生まれ続けていくことでしょう。そんな状況でさらなるパワーに投資することに、一体どのような意味があるのでしょうか? 車とは個性があればこそ、その車がどうしても手に入れたくなる――。私にはそう思えてなりません。

Source / CAR AND DRIVER
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です