それは、ある寒い冬の日のことでした。

ザ・バーズや、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングなどで活躍したミュージシャンのデヴィッド・クロスビーは、NYのグリニッジビレッジのトンプソン・ストリートとブリーカー・ストリートの角のナイトクラブ、「ヴィレッジゲート」の前に立っていました。

そこへ、ある見覚えのある顔の小柄な人物が歩み寄ります。そしてあの独特のかすれ声で、「クロスビーさんだろ?」と声をかけました。1970年当時、世界で最も有名なシンガーソングライターの1人として知られていたクロスビーは、「そうですが、何か?」と応じます。

「俺はマイルスだ」と、マイルス・デイヴィスが名乗りました。世界で最も有名なジャズミュージシャンであり、偉大なバンドリーダーです。見間違うはずなどありません。

「もちろん、よく存じ上げていますよ」

david crosby
Michael Ochs Archives//Getty Images
1969年にLAで撮影された、クロスビー、スティルス&ナッシュのデヴィッド・クロスビー。
miles davis
Express Newspapers//Getty Images
ジャズの「帝王」こと、マイルス・デイヴィス。1970年撮影。

歴史に刻まれた、2人の天才音楽家の出会いの瞬間として、今も音楽ファンの間で語り継がれるエピソードです。しかし、この2人が希代の自動車マニアであったことは、あまり語られていませんでした。

「君の曲をちょっと拝借させてもらったよ」と、マイルスがクロスビーに伝えます。

「え? 一体どの曲ですか?」と、クロスビーは戸惑いを隠せません。

「『グウィニヴィア(Guinnevere)』だよ」とマイルスが曲名を挙げました。クロスビー、スティルス&ナッシュの、1969年のデビューアルバムに収録されていた曲です。

「聴きたいかい?」とマイルス。

「なんてこった、もちろんさ!」

マイルスは「あの車について来な」と言って、愛車の真っ赤なフェラーリを指さしました。そしてその後、クロスビーがことあるごとに「首までありそうな長い脚」と評した女性と一緒に、マイルスはフェラーリに乗り込んだのです。状況から察するに、そのマイルスの愛車は、3.3リッターV型12気筒を積んだ1967年式の傑作として名高い「275GTB/4」だったはずです。

2台の車が、アップタウンのマイルスの自宅を目掛けて走り出しました。

1970年の当時すでにクロスビーは、ザ・バーズとバッファロー・スプリングフィールドで大成功を収めていました(特にザ・バーズでカバーした、ボブ・ディランの『ミスター・タンブリン・マン(Mr. Tambourine Man)』は大ヒットしました)。

新しく組んだばかりのクロスビー、スティルス&ナッシュでも、グラミー賞の最優秀新人賞を手にしていました。フェラーリやBMWを複数所有していただけでなく、ロサンゼルスのホットロッド・ショーで見つけた、フォードの小型V8エンジンを積んだ1940年式のフォードのピックアップトラックも入手したばかりでした。

▼クロスビー、スティルス&ナッシュによるオリジナルの『グウィニヴィア』

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Crosby, Stills & Nash - Guinnevere
Crosby, Stills & Nash - Guinnevere thumnail
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一方のマイルスは、伝説のレコーディングセッションとなった「クールの誕生(Birth of the Cool)」をリリースしてからすでに20年以上が過ぎており、その後はヘロイン中毒とリハビリとを繰り返しながらも、名盤「カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)」を世に送り出し、さらに実験的なエレクトリック・ジャズ・サウンドを確立したところでした。

ジャズの帝王として知られるマイルスですが、ライムグリーンのランボルギーニ「ミウラ」の他、真紅の「275GTB/4」、目の覚めるようなイエローの「308GTSi」、シルバーの「テスタロッサ」など、大のフェラーリ愛好家としても有名な存在だったのです。

「2人が大の車好きであったことはわかった。結局、この話はどこに行き着くのか?」と、読者の皆さんからの声が聞こえてくるようです。

その後、マイルスの自宅に案内されたクロスビーは、オープンリールでレコーディングされた『グウィニヴィア』に耳を傾けていたそうです。それは…21分以上も続くセッションでした。このレコーディングはその後、ボックスセット「ザ・コンプリート・ビッチェズ・ブリュー・セッションズ(The Complete Bitches Brew Sessions)」に収録されています。

▼マイルス・デイヴィスによる『グウィニヴィア』

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Guinnevere - Miles Davis - 1970 - ARQUIVO PESSOAL
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当のクロスビーですが、このセッションを聴きながら、腹立たしさに苛まれていました。自分の作曲した『グウィニヴィア』とは、似ても似つかない仕上がりだったからです。たまりかねてマイルスにその感想をぶつけると、ジャズの帝王はクロスビーを家から追い出してしまったそうです…。

天才が持つ激しい個性がゆえでしょうか。せっかくのカーマニア同士の2人でも、いざ音楽のこととなると、わかり合えないこともあるものです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です