モータースポーツ界のスーパースター、小林可夢偉選手が自身初となるNASCARカップシリーズ(第24戦「ベライゾン200・アット・ザ・ブリックヤード」)参戦に向けた走行テストのため、バージニア・インターナショナル・レースウェイ(バージニア州)に姿を現したのは7月19日のことでした。

NASCARのトップドライバーであるデニー・ハムリンと、バスケットボール界のスーパースター、マイケル・ジョーダンが共同オーナーとして設立したアメリカの自動車チーム「23XIレーシング」。そのチームから参戦する小林選手のインディアナポリス・モーター・スピードウェイでのNASCARデビューは、もう目前に迫っていました。

用意する時間はあまり多く残されてはいませんでしたが、彼がマシンを乗りこなすまでにそう多くの時間は必要ありませんでした。

「シミュレーターでのテストドライブでは、『これはなかなか大変だな』と感じました」と、彼は米カーメディア「Road & Track」の取材に振り返ります。「でも、マシンに乗って4周、5周と走り込んでいくうちに、良い感触がつかめてきました」

「いや、5周もかからなかったんじゃない?」と話すのは、チームメイトのタイラー・レディックです。

「バージニア・インターナショナル・レースウェイはかなりチャレンジングなサーキットですが、可夢偉は3周目にはもうターン1(第1コーナー)を限界まで攻めていました。それを見て、かなり驚かされました。どれだけ深く突っ込めばいいか、どこまでブレーキを踏めばいいか、重量のあるストックカーのハンドルをブラさずに操ることの重要性、エンジンブレーキを最大限に生かす方法など、彼はもう熟知している様子でした。そしてすぐに2秒ほど離されて、『これが小林可夢偉というドライバーか!』と思い知らされました」

小林可夢偉
James Moy Photography//Getty Images

「NASCARへの憧れは4歳のときから」

小林選手と言えば、「腕のいい」ドライバーの代名詞として、世界的にも知られています。現在36歳の彼はF1ドライバーとしての実績にとどまらず、ロレックス・デイトナ24時間レースFIA(国際自動車連盟) 世界耐久選手権で優勝経験もあるトヨタのレーシングドライバーです。2021年には、TOYOTA GAZOO Racingのドライバー兼WECチーム代表としても活躍しています。

その彼がNASCARのトップカテゴリーであるカップシリーズへの挑戦を心に誓ったのは、4年前のこと。以来ずっと諦めることなく、「その機会を狙ってきた」と言います。そしてついに、「23XIレーシング」の専属ドライバーであるタイラー・レディック、そしてババ・ウォレスのチームメイトとしてToyota Genuine Parts Camry TRD 67号車のシートを獲得。カップシリーズを走る、史上2人目の日本人ドライバーとなりました。

「僕は長い間ずっとNASCARの大ファンなんです。初めてテレビで観たモータースポーツが、オーバルコース(※編集注:楕円(だえん)形の形状をした超高速サーキット)でのレースでした。忘れもしない4歳のときです。それでレーシングドライバーになりたいと夢見るようになりました。そのおかげで今の僕があるのです」

「モータースポーツは、当然ながらゴーカートから始めました。オープンホイール(編集注:車両のホイール部分が外にむき出しになっている車両。フォーミュラカーなどで見られる形式)で育ったので、F1の世界を夢見るようになったのは自然の流れです。F1ドライバーを引退した後、耐久レースなどにも参戦しましたが、いつだって『どうすればNASCARに参戦できるかな?』と、そればかり考えていました」

第一線級のドライバーが
続々とNASCARに参戦する背景

実際、小林選手を筆頭に、NASCAR以外のカテゴリーからカップシリーズに参戦するドライバーが増えています。その背景には二つの理由が考えられます。

まずシリーズに、さまざまな形状のコーナーとストレートを組み合わせて構成された「ロードコース」で行われるレースが増えたことが挙げられます。そのおかげで、外部のドライバーの参入が、より実現しやすくなりました。

二つ目の理由として、2022年からカップシリーズに投入されている「Next Gen(次世代)」のマシンがGTカーに近い仕様となったことで、これまでスポーツカーで実績を積んできたドライバーにとって適応しやすい状況が整ったことが挙げられるでしょう。

インディカー・シリーズだけを取っても小林選手のほか、オーストラリアのスーパーカーシリーズ・チャンピオンであるシェーン・ヴァン・ジスベルゲンや、現在スーパーカー・チャンピオンシップの首位を行くブロディ・コステッキ、F1チャンピオンのジェンソン・バトン、ル・マン24時間レースの覇者マイク・ロッケンフェラーなど、そうそうたる顔ぶれです。

7月2日にシカゴの市街地コースで開催されたNASCARカップシリーズで見事な優勝を果たしたヴァン・ジスベルゲンは、1963年以来初となるカップシリーズデビューを勝利で飾ったドライバーとなりました。彼はスーパーカーを引退し、来期はNASCAR1本に絞ることを宣言しています。

nascar 2023
Icon Sportswire//Getty Images

そのシカゴで果敢なレースを見せたレディックは、Next Genのマシンのおかげで、「これまでよりもアグレッシブな走りが報われるようになり、おかげでレース全体の競争が激しさを増した」と語っています。

「以前の15インチのホイールから18インチへの大型化に伴い、トレッド幅(※編集注:左右の車輪間距離)がやや広がったことでブレーキがより強化されました。これまでのマシンではホイールホップ(※編集注:車輪に生じる上下力で車輪が地面から離れたり接地したりを繰り返す振動現象のこと)が起きやすく、多くのドライバーがブレーキングの問題に泣かされてきました。

ホップが大きければ、クラッシュのリスクも高まります。クラッシュせずに済んだとしても、大きな振動でパーツが少しずつ緩んでしまいます。終盤の勝負までマシンを持たせる必要があり、そこまではプッシュし過ぎないように我慢すべきとか、レース中はずっとそんなことを考えなければなりませんでした」

「Next Genのマシンでは、その点が大きく異なります。リアサスペンションが独立式となり、パーツも強化されています。そのため、車がバラバラになってしまうという心配は減りました。縁石を踏みながらコーナーを攻めることも、もう怖くありません」

ピットロードという“落とし穴”

NASCAR以外のカテゴリーのドライバーによるカップシリーズ電撃参戦の嵐は、例えば23XIレーシングの67号車のようなパートタイムカーを持ち込むチームの増加も意味します。ちなみに今年のデイトナ500では、モトクロスライダーとしても活躍するアメリカの人気選手トラビス・パストラーナがこの67号車でレースに挑んでいます。

「67号車を走らせるのは今年2回目でしたが、十分に計画したうえの判断でした」と語るのは、23XIレーシングでチーム代表を務めるスティーヴ・ラウレッタです。「チームとしてはまだ3シーズン目の途中です。トラビス・パストラーナのような人気レーサーの力を借り、そして今回は小林選手の世界的知名度とその才能に頼れたことは、私たちのようなチームにとって大きな意味を持っています。

チャレンジを続けることで、より多くのチャンスがチームにもたらされます。私たちの目標は、まずタイラー(・レディック)の乗るマシンをプレーオフに進出させること。そしてババ(・ウォレス)もポイント獲得に向け、特に最近のレースで大きな飛躍を見せています。2台ともプレーオフに進出させられれば、67号車と可夢偉の存在もより大きく映るはずです」

小林可夢偉
James Moy Photography//Getty Images

カップシリーズ初参戦となったばかりの小林選手ですが、「それなりの手応えを得られた」と語っています。

「マシンにはかなり慣れました。シミュレーターでのセッションも上々でした。NASCARの練習走行はわずか20分だけで、そのまま予選に突入です。事前にVIR(バージニア・インターナショナル・レースウェイ)のテスト走行で感触をつかめたことが大きかったですね。おかげでポジティブなイメージでレースに挑めました」

ただし、ピットロード(※編集注:レース中などにピットインした車両がタイヤ交換や給油などを行う場所)には苦労したとも語っています。「シミュレーターでは、インディのピットレーンの入り口を覚えるのに2~3周する必要がありました。とにかく見えにくいんです。『ピットレーンの入り口はどこだ?』って、なってしまいました」と言います。

nascar 2023
Logan Riely//Getty Images

ピットロードでの速度制限もまた、多くのドライバーにとって気の抜けないポイントです。ドライバーたちはピットロードを通過する際、それぞれが個々のタイミングで区間ごとの速度を計測します。制限速度に近づくと警告ライトが点灯する、いわゆるライトシステムが採用されているのです。「ピットロードの速度制限は、経験を重ねるうちになれてくる」とレディックは言いますが、小林選手にはそのための時間が与えられていませんでした。

「ピットロードをいかに速やかに通過できるかがレース結果にも響きます。だからと言って、急ぎ過ぎれば重いペナルティが待ち受けています」と、レディックは指摘します。

「とにかく忙しいのがピットロードです。警告ライトを確認し、周囲のマシンにも目を配り、間違っても事故を起こさないように注意しなければなりません。自分のピットへの進入も正確に行わなければなりません。ピットボックスの数も多いですから、自分のボックスを見失ってしまったらシャレになりません」

小林選手のような新規参入のドライバーにとっては、「ピットでの大渋滞を回避しながらレースに復帰することも課題」とレディックは言います。

nascar 2023
Icon Sportswire//Getty Images

「カップシリーズのドライバーたちは、なかなかのくせ者ぞろいです」と、レディックは笑います。

「私たちは多少の接触など恐れませんが、新規参入のドライバーは気を遣うことになるでしょうね。だからと言って、アグレッシブな走りができなければ相手になめられてしまいます。周囲のマシンのターゲットにならないように、うまく立ち回らなければなりません。つまり、スペースを見つけることが重要となります。コーナーに入るときには、アグレッシブなドライバーになるべく近寄らないのが賢明でしょうね。そして、とにかく穴を見つけてそこを突いて行くのです」

しかし小林選手は、ピットでのリスタートやレースそのものについて、それほど心配していないようです。

「僕の走りを知ってくれているドライバーも少なくありませんでした。行くと決めたら行く。チームの雰囲気は上々です。ラップタイムも、そこそこ出せるようになりました。スピードについて大きな不安はありません。ただ、この種のレースを勝ち抜くためにはピットレーンの走り方、ピットストップの際の正確な位置、ピット作業など、とにかくあらゆることが重要になるのです」

「手応えを得ることはできました。心の準備は整っています」

小林可夢偉 nascar cup series verizon 200
Justin Casterline//Getty Images

初めてのNASCARは33位という結果に

この記事は「Road &Track」に8月11日に公開されましたが、小林選手がデビューを飾ったNASCARの第24戦「ベライゾン200・アット・ザ・ブリックヤード」は、8月13日(日)に開催されました。小林選手は開始1周目で順位を上げるものの、2周目で後方から追突されるなど二度のスピンに泣かされながらも、結果は33位完走。まずまずの手応えを得たようです。TOYOTA GAZOO Racingを通じて、以下のコメントを発表しています。

「NASCARの経験が少ない中でも、戦えそうな手応えを感じる瞬間もあったので、もう少しこの車に慣れて動かし方を理解すれば、十分いいレースができるんじゃないかと感じています。初めてだらけのNASCARでしたが、TOYOTA GAZOO Racingファミリーの温かさ、絆も感じることができて、『このチャレンジも僕一人じゃない、みんなと一緒に戦えている』と思えました(※コメント一部抜粋)」

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です