懐かしのサッカーを語る オールドファンに花束を!
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Yoshinobu Masuda

先日、おかしな夢を見た。私はテレビを見ていた。「解決! イタコ・ショウ」という番組だ。

有名なイタコ体質の男がホスト役、というかイタコ役。毎回、多彩なゲストがあの世からイタコ男に憑依(ひょうい)して、会場からの質問に答えていくという番組らしい。

司会者「さて、今日のゲストはサッカー界から、ヨハン・クライフさんです! クライフさんはオランダの方なのですが…」

イタコ「こんばんは、ヨハン・クライフです」

司会者「おおーっ、もうつながったのですか。しかも日本語!」

イタコ「いえ、私はオランダ語で話していますが、このイタコ役の人が日本人だからでしょう」

司会者「なるほど。それでは、さっそく質問を開始しましょう。まずは会場にいる70番の方、どうぞ」

70番「中学生年代のコーチをしている者です。クライフさんは、現在流行しているポジショナル・プレイの元祖と言われていますが、中学生にもポジショナル・プレイは必要なのでしょうか?」

イタコ「私がFCバルセロナで教えたのは技術を活かすこと、高めることです。そして、そのために正しくポジショニングをすることが重要です。1人がプレイする幅は15メートルが最適です」

 
ullstein bild Dtl.//Getty Images
1974年のFIFAワールドカップ西ドイツ大会で取材を受けるクライフ。「1-0で勝つよりも、5-4で勝つほうを好む」、「フットボールは常に魅力的かつ攻撃的にプレーし、スペクタクルでなければならない」など、今も語り継がれる名言を多く残した偉大なるフットボーラーでした。

司会者「えっと、なんでしたっけ、ポジション…」

70番「ポジショナル・プレイです」

司会者「それが必要なのかという質問への答えは?」

イタコ「今、言った通りですが、捕捉するとそのほうがプレイしていて楽しいからですよ。子どもからプロまで、選手はボールをプレイしたい。ボールを支配できて、多くの選手がプレイに関わるサッカーを指導するべきです。人が動き過ぎるとボールはかえって動きません。選手が正しい場所にいることは重要です。走り過ぎるサッカーはダメなサッカーです」

70番「つまり、クライフさんのお考えとしては、ポジショナル・プレイを教えるべきだということですね? 私たちもそうしていましたが、高校へ進学した教え子が、そこで全然違うスタイルになじめず大変苦労した経験がありまして。1つのスタイルに固めるべきではなかったのではないかと…」

イタコ「育成年代は同じ考え方の下でプレイし続けることが大事ですね」

司会者「え? あのクライフさん、70番の方の話を聞いていました?」

イタコ「はい」

司会者「…では、5番の方の質問にいきましょうか」

5番「イングランドから来ました。クライフさんがおっしゃるように、育成年代で一貫した方針で指導することをわれわれも推奨してきました。ただ、実際にそうしているクラブは現状で30%ほどしかありません。このことをどう考えますか」

イタコ「70%のクラブは、考え方を変えたほうがいいですね」

5番「しかし、現実にはさまざまなプレイスタイルがあり、プロであるトップチームのスタイルは変わっていきます。さまざまなサッカーに順応できる選手を育てるほうが良いという意見が支配的なのです」

イタコ「私にとってサッカーは1つです。いろいろなスタイルがあるのは事実ですし、否定はしませんが、私が自信を持って教えられるサッカーは1つです。ポジショナル・プレイを教えているのではなく、正しいプレイの仕方を教えているだけです。皆さんが、それぞれ自信を持って間違いないと思うサッカーを指導されればいいと思います。それと、私から言いたいことがあるのですが…」

司会者「どうぞ」

イタコ「プロを目指す子どもたちのほとんどはプロになれません。そして、国の代表としてプレイした選手でさえ、引退後は苦しい生活をしている人も少なくない。皆さんはサッカーだけを教えていればいいというわけではない。そのことをぜひ考えてください」

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VI-Images//Getty Images
1988年から96年までFCバルセロナの監督を務め、国内リーグのリーガ・エスパニョーラ4連覇やUEFAチャンピオンズカップ(当時)優勝などを果たすとともに、現在のFCバルセロナのサッカーの礎を築きました。

司会者「あ、はい。では、31番の方どうぞ」

31番「ウチの子はサッカーをしていますが、プロになれるほど上手くありません。コーチの方々は熱心ですが、下手な子どもの気持ちがわかっていないように感じます」

イタコ「私は子どものころから上手でした。プロになってからも、ずっとそうです。周囲には常に下手な人しかいません。だから、下手な人のことはよくわかります。今の指導者は下手すぎるので、選手の気持ちもファンの気持ちもわからないのです」

司会者「うーん、では14番の方」

14番「クライフさんの推奨されるテクニカルなサッカーは、ときに体力と守備のチームに敗れました。やはりサッカーは、1つではないのではないでしょうか?」

イタコ「全ての試合に勝てるとは思っていません。まあ、負けるならより優れたチームに負けたいですけどね。どうせクルマに轢(ひ)かれるなら、フェラーリのほうがいい。たまにトラックにも轢かれてしまいましたが、われわれが良いプレイをしていれば負ける確率は20%ぐらいです。20%のために悪いプレイをする必要はありませんよね。私は上手くなって勝つチームを目指していましたから、下手なまま勝とうとするサッカーには興味がありませんでした」

14番「美しく勝利せよ、ですね」

イタコ「サッカーはもともと美しいのです。そうでないなら、誰かが悪くしてしまっているだけです」

…ここで夢が覚めた。いい夢なのか悪夢なのか、よくわからない不思議な夢だった。

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text / 西部謙司
1962年9月27日、東京生まれ。 早稲田大学卒業後、3年間の商社勤務を経て、サッカー専門誌『ストライカー』の編集記者になる。1995~1998年にフランス・パリに在住し、ヨーロッパサッカーを堪能。現在はフリーランスのサッカージャーナリストとして活躍中。近著に「犬の生活 Jリーグ日記 ジェフ千葉のある日常」(エクスナレッジ)、「フットボールクラブ哲学図鑑」(カンゼン)、「戦術リストランテVI ストーミングvsポジショナルプレー」(ソル・メディア)、「サッカー最新戦術ラボ ワールドカップタクティカルレポート」(学研プラス)などがある。

Illustration / Yoshinobu Masuda
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)