スシローと少年の和解に「失望」した人へ

「なぜ徹底的に戦わない!せっかく応援していたのにガッカリだ!」

「結局こんなもんで済むとわかったら、またバカがいろんな店でメチャクチャやり始めるぞ」
 
ネットやSNSにそんな「失望」の声があふれている。大手回転ずしチェーン・スシローの運営会社・あきんどスシローが、店のしょうゆ差しを舐めた、いわゆる「ペロペロ少年」と「和解」をしてしまったからだ。

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覚えている方も多いだろうが、スシローはこの少年の愚かな行いのせいで、売り上げが大きく落ちたとして、少年の家族に対して約6700万円の損害賠償を求めた。この提訴はネットやSNSで次のように称賛を受けていた。

「未成年者だろうがなんだろうが、やったことの罪を償わせようという毅然とした態度が立派!」
「模倣犯を防ぐためにあえて嫌われ役を買ってでるなんて尊敬します!」

だが、そんな“胸熱”の展開はあっけなく終わり、「少年側に責任を認めていただいた」とあっさり和解してしまった。きっちり少年にケジメを取らせて、今後の抑止力にしようと考えていた人たちからすれば、「裏切られた」「あの感動を返せ」となるのもしょうがない。

スシローが多くの人から逆に厳しい目を向けられて気の毒だから…というわけではないが、筆者は今回の和解はスシローの「英断」だった、と評価している。このまま訴訟を継続していたら大きなリスクがあった。それを回避した、至極真っ当な経営判断だと思う。

なんてことを言ってしまうと、「貴様のような生ぬるいことを言う人間がいるからバカが調子に乗るのだ」とムカムカする人も多いだろうが、筆者は既にそのような皆さんからのお叱りは散々頂戴している。

conveyor belt sushi
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スシローにとって「得」とは何か

スシローが少年を訴えたという報道があってからほどなくした6月13日、筆者はITmediaビジネスオンラインで『スシローは「6700万円の損害賠償請求」を止めるべき、3つの理由』という記事を公開した。少年を訴えることは、企業危機管理の観点から「悪手」以外の何ものでもないので、取り下げるべきだとスシローに「提言」をさせていただいた。

だが、それが「損害賠償請求、万歳派」の皆さんの琴線に触れてしまった。

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ネットやSNSで「逆張り野郎!」「左翼は黙ってろ!」「中学校からやり直せ!」などとボロカスに叩かれてしまった。仕事関係で会食をしていたら、よく知らない人から「株主のためにもスシローが訴えるのは当然だろ」とお説教もいただいた。

ただ、そういう怒れる皆さんのお話を拝聴して、「誤解されているなあ」と思った。筆者が「スシローは損害賠償請求をやめるべきだ」と主張しているのは、「未来のある少年を許してやれ」的な擁護の気持ちから生まれていると思われていることだ。

筆者がこのような主張しているのは、企業危機管理を生業としている者として、シンプルに何が一番スシローにとって「得」になるかという視点に立っているからに尽きる。

先ほどの記事の中で紹介したが、スシローが少年と法廷闘争を継続すると、次のような三つのリスクがある。

  1. 「スシロー低迷は迷惑動画だけが原因か」という議論が盛り上がってしまう
  2. 少年側に賠償金を払わせても、「スシローは安全」というイメージが回復しない
  3. スシローが「異物混入」「食中毒」などを起こすと、これまで以上に厳しく叩かれる

実は、これは、ここ最近世の中をにぎわせている企業や有名人の騒動にも共通している普遍的なリスクだ。つまり、今回、多くの人たちが支持していた損害賠償請求を、なぜスシローが引っ込めたのかという背景を知れば、それらの企業や有名人の危機管理の何が問題かが見えてくる。順を追って解説しよう。

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「鶴瓶さん、昼スシロー」篇 30秒
「鶴瓶さん、昼スシロー」篇 30秒 thumnail
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少年への追及によって、スシロー自身が窮地に陥る

まず、「1.スシロー低迷は迷惑動画だけが原因か」という議論が盛り上がってしまうという点だ。実は少年がしょうゆ差しを舐める前から、スシローは顧客の信用を失って客足が落ち込んでいた。昨年6月の「おとり広告」騒動以降、不祥事がたて続けに起きたからだ。同社の2022年第3四半期決算説明資料(22年8月)にはこんな説明がある。

「景品表示法に係る措置命令を受け、お客様の信頼を失う事案を発生させてしまった事により客数が減少し、売上が想定を大幅に下回る結果となった。」

そんなダウントレンドの中で、「ペロペロ事件」が起きた。スシロー側の主張では今も客足が落ちているのは、「少年のせい」ということだが、これもやや苦しい。

例えば、丸亀製麺は今年5月に新製品「シェイクうどん」に生きたカエルが混入するというショッキングな画像がネットやSNSを駆け巡って、マスコミも大きく報じた。スシローのロジックでは、丸亀製麺の客足は「拡散」によって大幅減少になるはずだろう。しかし6月の既存店客数は前年同月比100.2%で、売上高も同108.2%となっている。しかもネガイメージがついたはずの「シェイクうどん」は騒動があったにもかかわらず、7月末までの約2カ月半で販売累計数250万食を達成している。

つまり、1人の少年がしょうゆ差しを舐めたということだけでスシロー全店が大打撃というのは、感情的には共感・同情できる話だが、科学的でもなければ論理的でもないのだ。

裁判をやって少年側と「スシロー低迷の原因」について争えば争うほど、こういう主張の粗が目立つ。それをマスコミが報じれば、スシローが迷惑行為を業績低迷のスケープゴートにしているのでは、という憶測が流れてしまう恐れもある。

しかも、2.で指摘しているように、この裁判を勝ってそれなりの損害賠償を得たところで、スシローの客足が増えるわけでもないのだ。

もちろん、厳しい姿勢で臨むのは、株主対策としても当然だ。だから、この手のバカッター(Twitterに自らの迷惑行為や反社会的行為を載せるユーザー)やバイトテロの問題が起きると、「法的措置を検討します」というリリースを出す。筆者もそういう発信の手伝いをした経験は何度もある。

だが、一般の方はあまりご存じないだろうが、実は「法的措置をチラつかせること」はあくまで株主を納得させる「IR的な情報発信」であって、実際に損害賠償請求にまで踏み切らない会社も多い。提訴したとしても、あくまで株主対策なので今回のスシローのようにしれっと取り下げる。

理由は各社いろいろだが、危機管理的には、法廷闘争になると企業にとっていろいろ不都合な話がたくさん語られてしまい、結果、「やらない方がよかった」となる可能性が高い。

ビッグモーターの二の舞も?「告発ドミノ」も誘発される

そして、重要なのが、3.シローが「異物混入」「食中毒」などを起こすと、これまで以上に厳しく叩かれるという点だ。

もし仮に少年との訴訟を継続して数百万円でも勝ち得たとしよう。株主も社会も「よくやった」と喝采をしたとしよう。

しかし、それだけ「人の罪」に対して厳しく罰を与えると当然、その厳しさは「自社」にも向けられる。「ペロペロ少年には厳しいけど、お前らはどうなのさ」と消費者の風当たりが強くなるのだ。

そんな時、異物混入や衛生管理上のトラブルでもあったら、「ペロペロ少年に責任を取らせたんだから、こっちも社長が辞任するとかきっちり責任取れよ」」なんて感じで、叩かれるはずだ。

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※写真はイメージです。

そして、こういうバッシングの恐ろしい点は、「告発ドミノ」も誘発される点だ。

わかりやすいのは、ビッグモーターだ。保険金不正請求の問題が起きてから、業務連絡用のLINEや、内部のパワハラ体質がメディアで毎日のように報じられているのは、これまでパワハラを受けていた現役社員や元社員たちが、競い合うようにタレコミをしているからだ。「人を呪わば穴二つ」ではないが、他人を厳しく攻撃していた者は、「逆風」になった時にその攻撃は「ブーメラン」としてすべて自分に返ってくるものなのだ。

という話をすると、「ペロペロ少年に厳しく対応したからといって、スシローが叩かれるなんてお前の勝手な妄想だ!」と、これまたきついお叱りを受けるかもしれないが、実はこの危機管理における「ブーメラン現象」のモデルケースともいうべきものを、つい最近、我々は目にしている。

それは、女優・広末涼子さんと先日離婚を発表したキャンドル・ジュンさんの会見だ。

キャンドル・ジュンさんへのわかりやすい「ブーメラン」

広末さんが不倫を認めてほどなく、キャンドル・ジュンさんは記者会見を催した。当時ネットやSNSでは「家族を思う気持ちに涙が出た」「素敵な父親であり夫、こんな人を悲しませる、広末涼子が許せない」と、これまた称賛の嵐だった。

ただ、この会見に関して、筆者は「危機管理的に失敗」「やってはいけなかった」と苦言を呈させていただいた。

『「聖人夫」キャンドル・ジュンに特大ブーメラン、広末サゲの暴露会見は“やってはいけない会見”だった』
『キャンドル・ジュンさん「広末涼子は良き妻で最高の母」会見が失敗といえる理由」』

これまた「逆張り野郎!」「ジュンさんの子どもを思う気持ちがわからないのか」といろいろな方にお叱りを受けたのだが、筆者も感情的にはジュンさんに共感する。しかし、この苦言は、あくまで危機管理的な観点だ。

まず大きいのは、「家族を誹謗中傷から守りたい」という目的を掲げながらも、広末さんの私生活や精神の不安定さを全世界に公表するなど、「言わなくていいこと」のオンパレードだったことだ。結果、広末さんとの関係は修復不能になったし、子どもたちへの誹謗中傷をさらに深刻にさせてしまった。ご本人に悪気がないにしても、危機管理的には「失敗」だと言わざるを得ない。実際、広末さんと離婚となるだけではなく、お子さんたちの親権まで奪われてしまった。

そこに加えて、「やってはいけなかった」と指摘したのは、あの会見がジュンさんにとってなんの「得」にもならず、むしろ深刻なレピュテーションリスク(信用やブランド価値の低下)を引き起こしてしまうと考えたからだ。

実際、その通りになっている。

会見からほどなくして、「週刊女性」にジュンさんの暴行と不倫疑惑が告発された。告発主は、ジュンさんの事務所の元スタッフ男性だ。同僚の女性と不倫関係になったという男性は、ジュンさんからアトリエに呼び出されて「俺の女に手、出したな」と殴る蹴るの暴行を受けたという。男性はジュンさんとこの女性が当時、不倫関係だったと主張している。男性は「広末さんがすごくたたかれていた(中略)嘘はつかないほうがいい」としてこの告発に踏み切ったと述べた。

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そしてつい最近、やはり「週刊女性PRIME」(7月31日)に、ジュンさんと10代の頃から付き合いのある男性による、金銭問題が「告発」された。詳細は伏せるが、以下のタイトルを見れば、どんな方向の話なのか想像がつくだろう。

『「またもらっちゃったよ」不倫発覚で広末事務所が金銭援助、キャンドル氏が続けるブラック被災地ビジネス』

なぜここにきて急に、ジュンさんを攻撃するような「告発」が続いているのかというと、すべてはあの会見を開いたからだ。「被害者」として広末さんの精神の不安定さや奇行をディスっている姿を見た関係者が、「偉そうなことを言っているが、お前はどうなのさ」と反感を抱いて、メディアへの「告発」を決心させた。それは先の「週刊女性」に告発した男性の以下の発言からもよくわかる。

「支援団体の活動にかこつけたお金、女の問題。被災地の人たちへの不義理……。何が支援だよ、助けるんじゃなくて、助けられてるのはオメーじゃねーかよという感じです」

ジュンさんが会見をした時、ジュンさんの怒りや悲しみに自分を重ねて、スッキリした人も多かった。そのため、一部メディアやワイドショーが「キャンドル流危機管理は成功」なんて持ち上げていた。

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しかし、危機管理における会見とは、そういう社会の溜飲を下げるためにやるものではない。ダメージを最小限に抑えて、危機から立ち直っていくために、必要最低限の事実やメッセージを伝える場だ。

そういう意味では、自身の不倫疑惑、暴行の過去、そしてジュンさん自身が何よりも大切にしているはずの「被災地の活動」への重大な疑惑などの告発を誘発させた、あの会見は危機管理的には「悪手」だったと言わざるを得ない。

法廷闘争は「正しい」からといってむやみにやるべきではない

このように「ブーメラン」のリスクがあるから、企業危機管理のプロは法廷闘争に慎重なのだ。例えば、週刊誌が企業のスキャンダルを報じた時、経営者や顧問弁護士は、すぐに「訴える」と言い出す。深刻な名誉毀損であり、売り上げなどにも悪影響だし、株主を納得させるためにもとにかく訴訟すべきだ、という。教科書的には確かにそれが正しい。

しかし、我々、企業危機管理の担当者としては、その動きを止める。文春や新潮を相手に訴訟をするリスクを理解しているからだ。訴えたことで、どんな「追撃」がされるか、どんなメディアが後追いするか、どんな過去の話が掘り返されて、二次被害を生むかを慎重に判断して、危ないなら訴訟以外の解決策を模索する。内容証明郵便を送ったり、「法的措置を検討します」とリリースを出しながら、ステークホルダーや世論の動向を見ながら、週刊誌と駆け引きをしていく。

「ペロペロ少年へ6700万円の損害請求」も基本的には同じだ。

法的にも株主対策的にも、これをきっちりやるのは正しいことだ。ただ、危機管理は「正しい」ことだけをやればいい、という単純なものでもないのだ。

今回のスシローの「和解」は、そんな危機管理の現実をよく理解したということではないのか。

ダイヤモンド社
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