ゴールボールとは、鈴の入った音の鳴るボールを相手のゴールに投げ合い、得点を競う東京2020パラ大会の正式種目です。視覚障がい者を対象に1チーム3人で戦う球技で、全盲から弱視の選手まで出場が可能です。縦18m × 横9m、バレーボールと同じサイズのコートの両端に幅9mのゴールを置き、目まぐるしい早さで攻守が繰り広げられていきます。

 “人間が得る情報の約8割は視覚から”とも言われますが、選手たちは皆スキーのゴーグルにも似た「アイシェード」を着用し、視界をさえぎった真っ暗闇の中でプレイをします。ボールがコートの中のどこにあるのか、相手のどの選手がボールを持っているのか…。その判断は主に聴覚、そして頭の中に描かれたイマジネーションに委ねられ、バスケットボールサイズのボールの中に入った鈴の音を頼りに、その位置を予測してゴールを狙う競技なのです。

 ゴールボールの日本代表として、東京2020パラ大会に出場するのが、今回お話を伺った川嶋悠太選手(アシックス)です。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
ゴールボール競技紹介動画
ゴールボール競技紹介動画 thumnail
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導かれるようにゴールボールの世界へ

川嶋選手
Munenori Nakamura
“守備だけの人”、ではありません。少年野球で鍛え上げた投球ももちろん一級品。

 「ゴールボールを始めた当初、本当にボールが怖かったですし、ボールが身体に当たるととにかく痛かったんですよね。アザもできますし正直、嫌だなあと思いながらやっていた時期もありましたね(笑)」

 そう苦笑いする川嶋選手。小学生時代は野球少年でしたが、小学4年生のときに網膜色素変性症を発症。網膜に異常が見られる遺伝性の病気と言われ、夜盲(暗い所でモノが見えにくい症状)、視野狭窄(しやきょうさく。視野が狭くなる症状)、視力低下という症状が現れます。

 日本眼科学会の発表によると日本では人口10万人に対し18.7人の割合で、網膜色素変性症の患者が存在すると推定されています。現在、川嶋選手の視力は0.02。「幼いころに比べて視野も狭くなった」とも言います。

 出身は東京都東大和市。市内にある健常者の小学校を卒業し、中学校からは八王子市の盲学校に通うことに…。その学校の担任教諭が当時のゴールボール日本代表チームのヘッドコーチを務めていたこともあり、元野球少年は導かれるかのようにゴールボールに出合うことになります。

 「本当に怖かった」という言葉にもあったように、ゴールボールにおいてトップレベルの大人が投げる球は、時速70キロ以上にも達します。さすがに中学生が投げるボールはそこまでの速さはありませんが、それでも、予測もしていないタイミングで飛んでくるボールの衝撃たるや相当なもの。

 「でも、ゴールボールを始めてから1年を過ぎたあたりのころですかね? そのころにはプレイすれば、その痛みはそれほど気にならなくなっていました。むしろ、自分の痛みよりも、相手の攻撃を止めたときの嬉しさのほうが勝つようになりました」

 「試合に出るたびにゴールボールに夢中になっていった」と話す川嶋選手。当時から特に高く評価されていたのが、小学校時代の少年野球で培ったボール扱いの技術と球際の強さ。ユース年代から結果を残し、2013年にはアメリカで開催された「ワールドユースチャンピオンシップ」で優勝を飾るなど、着実にトップ選手の仲間入りを果たしていきます。

“ゴールボールとは、
想像力を無限に広げてプレイする
クリエイティブな頭脳戦”

 川嶋選手のポジションは「センター」。3人で戦うゴールボールの中心に位置し、戦略的な大部分を担う司令塔であると同時に、鉄壁の守備でチームを落ち着かせる役割が求められます。

 「競技の醍醐味は、相手の攻撃をシャットアウトしたときの達成感です。また、そこから攻撃につながったときの喜びです」と話す川嶋選手。今でこそ、“守備の鉄人”と呼ばれる川嶋選手ですが、本来身長160cmという小柄な肉体は、ゴールボールでは不利と考えられてきました。幅9mのゴールを3人で守るという競技の性格上、どうしても背の高い選手が有利となる傾向にあり、猛スピードで向かってくるボールを止めるには体幹の強さも求められます。

 他のポジションに活路を見出すか、国の代表というトップレベルから競技レベルを下げて、レクリエーションとしてゴールボールを楽しむべきか…。成長期を迎えても、一向に差が縮まらない体格の差に思い悩んでいました。が、そんな川嶋選手を奮い立たせる出来事があったと言います。

 「ユース年代で出場した国際大会のことです。同じアジアの韓国代表チームが、身長に勝る欧米のチームを次々と破って優勝したんです。それを観て、例え背は低くても、努力次第で体格の良い欧米の選手にも勝てるのだと刺激を受けました」

 その大会以降、身体づくり・ウエイトトレーニングは日課となり、練習ではスピード感とポジショニングの精度向上が一大テーマになったと言います。現在、体幹の強さは日本代表チームの中でもトップレベル、着実にさらなる進化を遂げています。が、川嶋選手はそれだけにとどまりません。

 世界と互角以上に戦うためには守備の上積みが必要と感じ、ディフェンス強化を目的とした単身武者修行に出ることに…。そうして向かった先は、世界ランキングの上位国。2017年春には当時世界ランキング2位のリトアニア、その秋には同4位の中国。さらに18年秋には世界ランク不動の1位である王国・ブラジルへと渡ります。

 「とにかく、さまざまな選手が投げる球を受けました。練習し過ぎて、相手の選手が根を上げることも…。特にブラジルは身体の大きな選手が多く、球も速いしコントロールも抜群。彼らのボールを受け続けたことは、紛れもなく今の自分の財産です。大きな自信につながりました」とのこと。

川嶋選手
Munenori Nakamura
小さな身体をめいっぱい伸ばすのが、川嶋選手のプレイスタイル。ボールの位置を的確に予測するスマートさと鍛え上げられた肉体で、相手の投げた球を吸い取るようにキャッチしていきます。
川嶋選手
Munenori Nakamura
チャンスを見計らった鋭いカウンター攻撃も持ち味。相手ゴールの隅ぎりぎりに投げ分ける精密なコントロールも、川嶋選手の大きな武器となっています。
川嶋選手
Munenori Nakamura
頭の中で戦況をイメージし、カタチにしていくのがゴールボールの魅力でもあります。イマジネーションのフル活用が求められるだけに、頭の疲労も相当なものとなります。

 「守備の面白さはもちろんなのですが、“情報戦”という点もゴールボールの醍醐味の1つですね。音を使った騙(だま)し合いや、駆け引きは本当にすごくて…。ボールホルダーは音を立てないようにして投球しますし、ボールを持っていない選手が音を出して動いたりするトリックプレーも珍しくありません。投げるボールのスピードや回転までにも気を配るんですよ。とにかく相手の思惑をいかに読んで、その裏をどうやってつくのか…。そういったことを考えながら、いつもプレイしています」


1年間の延期も、目指すゴールは東京2020パラ大会。そして上位進出を視野に

 ゴールボール日本男子チーム史上初となる、パラ大会への出場となる東京大会。最新の世界ランキング(2019年12月付)で日本は、世界11位。ランキング上位のブラジル、リトアニア、ドイツ、中国らの強国から金星を奪わないといけないのが現状です。

 しかし川嶋選手は、「ランキング上位のチームは確かに強いですけど…」と前置きし、相手チームに敬意を払った上で「チャンスは必ずある」と断言してくれました。

 「ゴールボールは、試合の流れによって大きく左右されるスポーツでもあります。1つの好セーブで、ゲームが動き出したりすることも珍しくありません。世界ランキングに関係なく接戦になったり、大差のゲームが生まれたりするので、勝負の分かれ目となるプレイにも注目してほしいです。予選リーグを上位で抜けることができれば(メダルは)、十分に狙えると思っています」と語ります。

川嶋選手
Munenori Nakamura

 そんな川嶋選手には、忘れられない試合が…。

 「2019年12月のアジア選手権(2019IBSA ゴールボールアジアパシフィック選手権大会)は、僕の競技人生の中でも本当に忘れられない試合となりました。1000人以上のお客さんからのニッポンコールには武者震いが起きました。さらに、相手国の韓国やタイに向けても応援のエールも鳴りやまなくて…。相手にもリスペクトを払いつつ、このゴールボールという競技を全員で盛り上げ行こうとするファンの存在の大きさや、スポーツが持つ力を思い知らされました」

 ご存知のとおり新型コロナウイルス感染症拡大を受けて、東京2020パラ大会の開催は1年延期されました。川嶋選手が心待ちにするゴールボールの大会本番は、幕張メッセ(千葉県千葉市)で2021年8月25日、対アルジェリア戦からスタートします。1年間延期されたことについて、そして本番に向けた思いをお聞きしました。

 「1年間の延期となりましたが、本番の舞台でチームジャパンとして戦いゴールボールの魅力とスポーツの素晴らしさをお伝えできるよう、残り1年も今まで以上に頑張ります。そして、ぜひ会場に足を運んでいただいて、その上で目をつぶって欲しいですね。実際に鈴の音が聞こえますし、この中で僕らがプレイしているというイメージを具体的に持ってもらえると思うので…。スピード感あふれる、楽しいゲームをお見せします」

川嶋選手
Munenori Nakamura

◇PROFILE
川嶋悠太(かわしま・ゆうた)
1994年、東京都東大和市出身。中学時代に初めてボールゴールという競技に触れ、3年後の2013年にはワールドユースチャンピオンシップスで金メダルを獲得。翌2014年からはフル代表にも召集され、10代のうちから世界のトップに名前を連ねる。2016年には日本ゴールボール選手権大会で初優勝。日本代表としても2017年のIBSAアジア・パシフィック選手権3位入賞をはじめ多くのキャリアを残している。ポジションはセンター。趣味は音楽鑑賞。試合前によく聴くのはサンボマスターの『できっこないをやらなくちゃ』。


※この取材・撮影は、2020年2月22日に実施いたしました。