大使館の扉がひらく,メキシコ合衆国,méxico japan ambassador,melba maría prÍa olavarrieta,メルバ・マリア・プリーア・オラバリエタ,
Photograph / Cedric Diradourian

 北アメリカ南部に位置する、連邦共和制国家「メキシコ」です。

 取材日は2020年8月18日(火)。蝉の声が激しく聞こえてくる、蒸し暑い日でした。原爆投下と終戦から75周年を迎える2020年夏に、「エスクァイア ジャパン」編集部では改めて「平和」について確認すべく、メルバ・プリーア駐日メキシコ大使へ取材をさせていただくことにしました。

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「平和」を考えるとき、なぜメキシコが注目されるのか?

 メキシコと聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。サボテンに砂漠、スパイシーなタコス、テキーラ片手に陽気にギターで歌うこんなイメージを持っている方もいるかもしれません。映画『007 スペクター』の冒頭シーンにある「死者の日」のにぎやかなパレードや、ディズニー映画『リメンバーミー』を観てメキシコの死生観に理解がある方もいるかもしれません。もしかすると、麻薬カルテル絡みの犯罪事件を思い浮かべる方も少なくないでしょう。

 しかしながら、メキシコは極めて平和主義の国です。核兵器禁止条約の旗振り役を担うメキシコは、1967 年にラテンアメリカを初の非核地帯として確立する取り組みを先導してきた国。 「ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約」の成立に尽力したことが評価され、外交官アルフォンソ・ガルシア・ロブレス氏が1982年のノーベル平和賞を受賞しています。

 またメキシコ国内では、女性に対しての暴力や殺害(Feminicidio)など女性蔑視の社会的問題が内在する一方で、2018 年12月から始まったロペス・オブラドール政権において、上院下院の男女の割合はほとんど同じにし、メキシコは日本よりも女性管理職や官僚が多く、男女平等を目指す政策を積極的に実践する国でもあるのです。

 そんなメキシコから日本社会を見直し、問題解決のヒントを探っていきたいと思います。

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PHOTOGRAPH / CEDRIC DIRADOURIAN
メキシコ合衆国大使メルバ・プリーア閣下(Her Excellency Ms. Melba Pría Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary of the United Mexican States)

 東京・赤坂見附駅を出て、「遅刻坂」を上っていくこと約5分で駐日メキシコ大使館は見えてきます。

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エスクァイア編集部(以下、編集部):駐日メキシコ大使館が国会議事堂や首相官邸という日本政治の中枢、超一等地にあるので驚きました。

メルバ・プリーア大使(以下プリーア大使):千代田区にある外国の大使館は、このメキシコ大使館だけです。日本とメキシコのつながりは歴史的にも深く、日本がアジア諸国以外と初めて平等条約を結んだ感謝の証として、1898年に明治天皇からいただいた場所なんです。

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PHOTOGRAPH / CEDRIC DIRADOURIAN

 1609年にスペイン船が日本沖合で座礁し、317人が遭難するという事件がありました。初めて日本が太平洋横断するための船をつくったのが、そのメキシコ人を帰還させるための船だったのです。そうして外交関係は、1888年にスタートします。ラテンアメリカ諸国の中でも、メキシコが日本と一番長い関係を持っていることになります。

編集部:日本とメキシコは、とても友好的な関係なのですね。

プリーア大使:日本とメキシコとは、常に尊重し合うことをベースに発展してきました。日本のスポーツである柔道や空手ですが、メキシコ人はメキシコのスポーツだと思っているんです(笑)。

 それだけ、メキシコと日本の関係が長く続いていたという証です。

 他にも生活面では、メキシコは日本にたくさんの豚肉を輸出しています。皆さんが買われている豚肉加工品のソーセージやハムなどは、その多くがメキシコ産のものだと思いますよ。それからアボカド、クロマグロの多くもメキシコ産です。メキシコと日本の関係は、日常生活のなかでさまざまな分野にわたっていることに、あまりお気づきでないかもしれません。

編集部:メキシコは生活の中で、身近な存在だったのですね。

プリーア大使:以前、当時の天皇陛下で、現在の上皇陛下に拝謁(はいえつ)させていただいたときにおっしゃってくださったことで、私がとても誇りに思っていることがあります。

 美智子上皇后陛下はメキシコに対し、特別なインスピレーションを抱いていただいているようでスペイン語を勉強されており、上皇陛下に向けてメキシコの音楽である『Bésame mucho(ベサメ・ムーチョ)』を歌ってお聴かせすることがお好きなようで、今でも歌って差し上げることがあるそうです。

編集部:そのようなエピソードがあったんですね。文化面の他に、経済面の結びつきは?

プリーア大使:もちろん、日本とメキシコは貿易も活発です。日本が初めて制限がない自由貿易協定を結んだのが、メキシコでした。

 メキシコに工場を持つ日本企業も多く、1961年に日産がメキシコ工場をオープンした時を皮切りに大きな進出が始まりました。先ほども少しお話しましたが、日本はメキシコの農産物をたくさん買っています。貿易額で見ると、アメリカが1位、カナダが2位、日本が3位です。日本は、とても大切な貿易パートナーです。2005年に経済連携協定が締結されましたが、当初は12億ドルの貿易額だったのが2018年には173億以上に伸びました。この15年で、156%成長しています。

編集部:大きな成長率ですね。前任大使から引き継いだこと、そしてプリーア大使になってからの取り組みを教えてください。

プリーア大使:大使の仕事というのは、二国間の関係をさらに深いものにしていくという使命があります。

 3、4代前の大使は、日本との自由貿易協定を締結するのに尽力していたと聞いています。2代前は、二国間の自由貿易協定の模索に尽力したと…。今年2020年7月に発行されたばかりの「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」は、日本との貿易関係をさらに活発にするものとなるでしょう。

 駐日メキシコ大使は、USMCAやTPP締結を直接的に交渉するわけではありませんが、日本の農林水産省と話をして、新しいメキシコの農産物が日本へ輸出できるように働きかけをします。それが次の大使、また次の大使へと引き継がれていくのです。

編集部:プリーア大使が積極的に行っていることは?

プリーア大使:私が今とても力を入れているのは、学術分野の研究者の交流です。

 二国間関係は政府の関係に限るものではなく、貿易・大学・学術・文化交流と多岐にわたります。2年ごとに行われる大学の学長会議では、8年前に参加した学長会議はわずか20名でした。ですが直近の会議には、約100名の学長が参加しました。学術分野でも日本とメキシコの交流は活発で、脳科学、ロボット工学、AIなど双方の研究者どうしの交流も頻繁に行われています。私は科学者ではないのですが、お互いの知見・可能性を広げられるように働きかけを行っています。

編集部:関わられている分野がそこまで多いとは…。

プリーア大使:日本の方たちにもっとメキシコについて知ってもらうために、小・中学校におもむき、メキシコがどんな国かを知ってもらうための活動を行っています。メキシコ音楽も、若い世代に知っていただきたいのでSpotifyにプレイリストをつくっていますよ。

 また、今日みたいな暑い夏の日にぴったりな、カクテルのつくり方をYouTubeで動画配信したり、ホームページとFacebookにメキシコ料理のレシピを掲載したりと、さまざまな日本人向けのコンテンツをつくっていますので、ぜひ観てみてくださいね。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Paloma: Un Cóctel Clásico Mexicano(日本語字幕あり)
Paloma: Un Cóctel Clásico Mexicano(日本語字幕あり) thumnail
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編集部:ここで少しトピックスを変えて、日本の2020年夏は、原爆投下と終戦から75周年を迎えます。

 国連の創設以来、メキシコでは核兵器の開発を決して行わないこと、また領土内で核兵器を配備することを認めないとする決定がされており、メキシコ憲法では核エネルギーは平和目的以外では利用は不可ですよね。

プリーア大使:はい、現在のメキシコは平和主義を掲げる、極めて「平和」の国を目指しています。

「平和主義を掲げるメキシコは核兵器を持ちません」

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編集部:1967年に、ラテンアメリカを初の非核地帯として確立する取り組みを先導してきたのがメキシコですね。戦争体験者が減少している中、戦争を知らない世代はその記憶を、どのように将来へと継承していくべきだとお考えでしょうか。

プリーア大使:第二次世界大戦後、戦争の記憶を持つ移民がメキシコに入ってきています。戦争で傷ついたヨーロッパの移民の体験がメキシコに非核、平和的アイデンティティを植えつけたんです。

 地理的にアメリカと近い距離にいますが、メキシコは核兵器は持ちません。自衛のために持っていたいと考える国もありますが、私たちメキシコ人の考えはその全く逆です。

編集部:そう考えるきっかけは?

プリーア大使:1962年のキューバ危機を契機に、ラテンアメリカは「このままではいけない」と危機を抱き、5つの非核地域を世界につくりました。その活動が認められメキシコ出身の外交官は、ノーベル平和賞を受賞しています。核兵器は、誰も助けることはできません。

 こういったポジションは核兵器に限らず、国内ではあらゆる武器、一般的な兵器を持つことを禁止されています。自宅で、ライフルや拳銃を持つことも認められていません。メキシコ政府は、違法武器を海外から輸入する密輸グループとは常に闘っています。

編集部:メキシコ政府は、女性の政治参画にも積極的ですよね?

プリーア大使:私自身も、ジェンダー平等に対する人々の認識を高め、できる限り平等を推進することを目標としています。

メキシコにおける女性労働について

編集部:2018 年 12 月から始まったオブラドール政権において、上院下院の男女の割合はほぼ同じで、メキシコは日本よりも女性管理職や官僚が多いと聞きます。

 世界各国で女性の意思決定及び政策決定への参加が伸びた一方で、日本はジェンダーギャップ指数で順位は下がりつづけ、2020年の数字でも153カ国中121位と低い位置に沈んだままです。女性の駐日大使として要職に就くプリーア氏は、この現状をどう思われていますか。

プリーア大使:まず、念頭に置いていただきたいのが、大使とはあくまでオブザーバーで、ジャッジメントする立場にないことを知っておいていただきたいです。

 それも踏まえた上でメキシコに視点を向けてお話すると、連邦政府は何年も前から女性の権利とジェンダー平等推進において法律の強化および制度の整備を行い、大きな成果をあげています。2014年にはメキシコでは目覚ましい進展があり、選挙制度が改正され、連邦議会、州議会への立候補に関するジェンダー平等の規定が憲法のレべルにまで引き上げられました。

 憲法改正では、各政党が連邦議会および州議会の議員選挙に立候補者を擁立する際は、男女の数を同じにすることが義務づけられました。 これらの女性たちは、民主的に行われた選挙で投票された方々です。

 行政府の中で、大臣の職を占めている女性の割合は約40%です。司法府である最高裁判所でも、男女両方の裁判官で構成されることが必要とされ、約18%が女性、労働者の約40%が女性です。

編集部:失礼ながら、メキシコが女性を積極的に採用する国であることは、少し意外なイメージでした。

プリーア大使:メキシコでは、母になった女性をよく雇用する傾向にあります。

 メキシコのお母さんたちは、子どもを保育園に預けて仕事をしています。女性が政治的・社会的・文化的に参加するということは、メキシコ社会ではとても大切なこととしてとらえています。

編集部:実践できているということですね。

プリーア大使:世界に派遣されているメキシコ大使のうち、約25%は女性です。

 メキシコは女性が正しく社会で活躍できるよう、さまざまな努力をしています。日本のように進歩した社会でも、女性が置かれている状況はメキシコよりも厳しいと感じている女性はいるかもしれませんね。

 日本では、女性議員の割合は約10%にとどまっていますよね。女性に関する変革をもたらそうと思ったら、男性が変わらなければいけないと思います。これは日本だけでなく、世界全体に言えることですね。

「メキシコでは、結婚した後に女性が夫の戸籍へと移ることはありません」

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大広間「エスパシオメヒカーノ」にて。撮影背景の屏風は利根山光人氏の作品。利根山氏は、メキシコにゆかりのある日本人芸術家です。メキシコの遺跡から取った拓本を使用した屏風で、拓本の一部はメキシコ・チアパス州に位置するマヤ文明の古代遺跡パレンケにある「十字架の神殿」のレリーフから取られています。

編集部:男女平等は多くの方が頭では理解できているのに、実践となると課題は山積みですね。

プリーア大使:男性と女性の中で互いに尊重する関係をつくり、平等な社会がより豊かな社会をつくると思います。メキシコでは例え女性が結婚したとしても、夫の戸籍へと移ることはありません。

 私は、メルバ・プリーアという自分の戸籍に属しています。母も母の戸籍があり、父も父の戸籍があります。つまり、これが“平等”という考え方です。女性は父や夫に所属する存在ではありません。基本的な考え方はコンパルティール(シェアする)、つまり、分かち合うということです。

編集部:その考え方は、日本では議論がはじまったばかりで、まだまだです。

プリーア大使:外交官は社会を観察する立場にあり、判断をする立場にはありませんが、男女平等ではない社会は日本にとって好ましくない状況かもしれません。

 そのために、交渉力や効率性を失っていることもあるのではないかと思います。身近な取り組みでは、国際女性デーの日に駐日メキシコ大使館で働く者全員で会議をしました。テーマは、「ジェンダーに関する暴力について」です。

 さまざまな年齢の女性、男性が自分の体験を語ったのですが、「どういうことについて暴力(ハラスメント)だと感じたか」について、多くの意見を互いに聞くことはとても興味深い経験でした。ここ駐日大使館で働く女性の年齢は、おおよそ28~60歳で、日本人もメキシコ人もいます。

編集部:おもしろい取り組みですね。日本の会社組織でもそういった話し合いの場を設けることで、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントへの意識もさらに高まるような気がします。

プリーア大使:女性が暴力を感じるものの中には、「男性の視線」という非接触行為も含まれています。物理的に身体に触ったということではなく、価値観に基づくものでもありますね。

 「正当に評価されていない」という暴力もありました。「いつ結婚するの?」「お子さんはいつなの?」「いつ仕事を辞めるの?」というのも暴力と感じる、という女性からの意見もありました。

 駐日メキシコ大使館でも、「男女平等」は日常のテーマとしてとらえています。この大使館では人数比もほぼ同数ですし、男女平等が実践されている大使館です。そしてそのテーマは、これからも全員が努力して守っていかなければいけないことだと思っています。

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編集部:非核としての「平和」、男女平等としての「平和」、多面における平和のとらえかたを学べるヒントがありました。プリーア大使の言葉が、日本でも議論が始まるきっかけになるといいと思っています。本日は、ありがとうございました。