黒海沿岸、アジアと欧州の間に位置する「ジョージア」。
2015年4月14日に、ロシア語由来の「グルジア」の呼び名を「ジョージア」と改める法律が日本で成立。理由は、国連加盟国の多くが「ジョージア」と呼んでいることがひとつとして挙げられますが、同国の現地語での正式名称は「サカルトベロ(საქართველო)」、「ジョージア」は英語読みとなります。
さて、ジョージアという国の名前を聞いて、何が思い浮かぶでしょうか。「大相撲力士・栃ノ心」「ラグビーワールドカップ2019ではジョージア代表に注目してたよ」、「ワインの発祥の地」…ここまで挙がれば、申し分ありません。
最近では、2019年10月22日に行われた「即位礼正殿の儀」で披露された、映画「スター・ウォーズ」シリーズに登場するジェダイの騎士のような民族衣装チョハが、SNSで話題になったことも記憶に新しいと思います。
日本国内において、SNSで注目された立役者が駐日ジョージア臨時代理大使のティムラズ・レジャバ氏です。Twitterで彼のユーモアあふれるツイートが、ユーザーから注目を集めています。そんなレジャバ臨時代理大使は、1988年4月生まれ。デジタルネイティブである、いわゆる「ジェネレーションY」世代でありミレニアル世代です。
そんなレジャバ氏の人柄を知りたく、また近年、日本人のジョージア移住の人気が高まっているということで、インタビューのため駐日ジョージア大使館を訪問しました。
新駅「虎ノ門ヒルズ」から徒歩で約10分、緑に囲まれたビルの1フロアーに駐日ジョージア大使館があります。
ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア臨時代理大使に、新型コロナウイルス感染症に関することから大使館としてのSNSの向き合い方、そして大使のプライベートについてもうかがいました。
レジャバ氏は、2011年に早稲田大学国際教養学部を卒業し、2012年から2015年にかけてキッコーマン株式会社の国内および海外の営業・マーケティング部門で勤務していたしていた経歴があり、インタビューはすべて流暢な日本語で答えていただきました。
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エスクァイア 編集部(以下、編集部):新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、大きく活動内容は変化していると思いますが、改めて大使の活動をお教えください。
ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア臨時代理大使(以下、レジャバ氏):そうですね。活動には2つの面があります。「外交」と「経済」です。
外交という面から、基本的に大使館、政府同士の関係を深めていくということが、そもそもの根底にあって任務であり、非常に大事な仕事です。
そして、それにはやはり日本のオフィシャルの機関や重要人物とのコミュニケーションは、必要になってきますので大切にしています。
特に今であれば、新型コロナウイルス感染症によって国際協力が非常に大事にされている最中ですから、そういった方々との連携にはより一層力を入れて行っております。
編集部:「経済」という面では?
レジャバ氏:今は特に新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、各企業が今までのビジネスの在り方を見直している、あるいは見直さざるを得ないというような状況が発生しています。その中で、日本とジョージアがどのように協力していけるのか? どのようにしてこの二国間が関わり合えば、経済を支えていけるのか?を日夜模索し続けています。
日本とジョージアだからこそ、生み出せる新たなビジネスチャンスやつながり、そしてアイデアを探し出すために、日頃からさまざま々な日本の経済関係者や企業の方々と協議を重ねています。
編集部:新型コロナウイルス感染症に対して、ジョージア国内のアプローチはどのようなものなのでしょうか?
レジャバ氏:現在(2020年7月3日時点)、ジョージア国内では帰国者も合わせて大体930人〜940人の感染者が確認されています。幸いにも周辺の地域と比べても、一番数値として低い結果となっております。
これにはジョージア政府が、2020年1月の早い段階で対策本部を設置し、専門家の委員会を立ち上げたという迅速な動きがあったからだと思っています。
また、私が所属する外務省では、他の国の大使館と連携し、新型コロナウイルス感染症によってジョージアに帰国ができなくなってしまった世界中のジョージアの国民に対して、帰国の支援・サポートをとして政府からの特別便を飛ばし、今まで1万4000人近くの国民をジョージアに帰国をさせることができました。
さらに、諸外国から人を連れてくることで、ウイルスを持ち帰る危険も考慮する必要がありました。
そういった点では、お客さまを受け付けることができない状況下であった各ホテル側に、専用の隔離施設として提供していただくことで、徹底した14日間の隔離が行うことができました。
編集部:日本に滞在しているジョージア人から、感染者はありましたか?
レジャバ氏:幸い感染はありませんでした。現在、日本で滞在しているジョージア人は70名いるのですが、ジョージア国内でレベルが高い予防対策意識が駐日の私たち大使館、そして日本に滞在するジョージア国民に伝わり、一人ひとりが予防対策をしっかりと取れていたと考えています。
私たち駐日大使館スタッフも、頻繁に日本に住むジョージア国民と日ごろからコミュニケーションをとって、注意点やアドバイスを発信しています。
編集部:日本とジョージア、「文化面」での取り組みはありますか?
レジャバ氏:もちろん、これまで話した外交という面では、さまざまな仕事があるのですが、もうひとつ大事なミッションとして私たちの国ジョージアについて、日本の皆さまにもっと知っていただく活動も並行して行っています。
現代のさまざまな Web 媒体、SNSや動画メディアであったり、そういったチャネルを満遍なく活用し、各メディアとも協力しながらジョージアについての文化や観光などの情報をもっともっと発信していくということも、大使としての仕事でもあります。
編集部:レジャバ氏のTwitterは日本で人気ですね?
レジャバ氏:SNSがあれば、日本の皆さん一人ひとりとつながることができます。意見も、直接聞けますし…。
編集部:Twitter など、SNSで積極的にジョージアについて発信されていますね。2020年4月1日のエイプリルフールには、「(漫画『ドラゴンボール』の)ベジータが花見に来た」とユーモラスな投稿もありました。
コロナ禍で世の中がネガティブなムードになってしまっている中、気持ちが和らいだフォロアーも多いのではないでしょうか?
レジャバ氏:そうだと、うれしいですね。
編集部:このような状況下で、ポジティブでフランクな笑いを届けようと思ったきっかけはなんでしょうか? 多くの駐日大使のなかでは、めずらしいのではないでしょうか(笑)?
レジャバ氏:そうですね。4月1日エイプリルフールは、私にとってもすごく特別な日なんです。なぜなら、1年間で唯一正式に嘘をついていい日、つける日ですから…(笑)。ですから、昔からエイプリルフールというものをとても大切にしていました。
ツイートに関して、4月1日の嘘、つまりジョークというのは、その日で完結するものであると考えているので、振り返ってあまりコメントはしたくはないんですけれども…。
編集部:失礼いたしました。愚問でしたね(笑)。
レジャバ氏:ジョークというものは、どんな大変なときでもやはり必要だと思うのですよ。「笑い」っていうのは人を明るく、ポジティブな思いへと誘ってくれるところがありますから、やはりそういう気持ちは大切にしていきたい…という思いで投稿しました。
編集部:そういったセンスや感覚は、ジョージアの国民性と通ずる面もあるのでしょうか?
レジャバ氏:そうですね。ジョージアは特に、『人と人とのつながり』『一期一会』をすごく大事にする文化があります。その中で、「もっとフランクに、人の心と通い合いたい…」という思いから冗談を言ったりして、友好的なアプローチをします。
私自身も人と直接会いづらいコロナ禍で、人と人とのつながりを感じるTwitterを使って冗談を発することで、フォローをしてくださっている人とのつながりを感じ、それをすごく楽しみながらやっています。
堅すぎてしまっては、なかなか人とつながるのが難しくなってしまいますし…。そういう意味で、なるべくフランクな部分を惜しまず出していこうと心がけています。
編集部:デジタルネイティブ世代のレジャバ氏だけあって、絶妙にSNSを活用されていますね。
レジャバ氏:私のツイートに対して、フォロアーから冗談に対する返事のみならず、さまざまな方面の方々からのフィードバックがあり、そういった関係性づくりを大切にしています。
Twitterの匿名性も相まって、『ありのままの正直な声が聞ける』ことが私にとっては貴重なツールに思っています。それがSNSで活動を続ける理由のひとつです。
編集部:こういった取り組みをしている駐日大使は、レジャバ氏だけですか?
レジャバ氏:いいえ、他国の駐日大使もそれぞれ工夫しながら、日本に滞在する自国の国民の声、そして日本の人の声を拾おうとされてると思います。私の場合は、Twitterを活用しているという感じでしょうか。
編集部:YouTubeも始められましたよね? ちなみに企画やコンテンツ内容は、レジャバ氏がご自身で考えられているのですか?
レジャバ氏:はい、そうです。いつでもきっかけは、私が考えなければいけないと思っています。もちろん、スタッフにも協力してもらいますが。でも、ユーチューバーになりたいから始めたワケではありませんよ(笑)!!
編集部:ユーチューバーの大使、いいですね(笑)。
レジャバ氏:2020年7月に、ジョージア駐日特命全権公使 兼 臨時代理大使に任命され、日本の皆さん一人ひとりとつながりたいという思いから、メディア戦略としてSNSの活用をしてきました。
この背景には私だけでなく、大使館内での積極的な姿勢だとか、私にはないアイデアを出してくれるスタッフ全員の支えがあります。そういった大使館に関わる全員の目標がひとつになって、現在のジョージア駐日大使館を形作っているのだと思っています。
編集部:ここからは少しトピックを変えて、ジョージアの国についてうかがわせてください。近年、日本人のジョージアへの移住の人気が高まっているようですが。
レジャバ氏:おかげさまで、「ジョージアに移住したいんですけれども、どうしたらいいですか」「ジョージアについてお話を聞かせてください」であったりと、ほとんど毎日のように“ジョージアへの移住”に関する問い合わせがありますね。
観光としても、数年前と比べたらジョージアに来てくださる日本人の方が増えておりますし、移住するという流れが生まれてるということも、私もすごく感じております。
編集部:なぜここに来て、ジョージア人気が日本人の間で高まっているとお考えですか?
レジャバ氏:一概に「これだ」という要因を導き出すのは、難しいと思います。が、日本の方に感覚的なところで、ジョージアの生活や風土、空気や人を気に入ってもらえているのだと思います。
そして、もうひとつ考えられるのは、インターネットメディアやSNSによって、一般の人たちからもジョージアの情報を発信することができるようになったことがあるかと思います。
今まで知らなかったジョージアという国について、知る機会が増えたことによって、興味を持った日本人が実際にジョージアに住み、そしてその方々が、日本人の生活スタイルにマッチすることをメディアを通じて発信していただくことによって、ジョージアの認知度を上げてくれている…そんな風にイメージしています。そして結果的に、移住者が増えるという現象へとつながったのだと考えています。
編集部:今後の展望はありますか?
レジャバ氏:こういった流れをきっかけに、国民同士の付き合いであったり、食事・気候・文化など、相性が良いことを知ってもらえたわけですから、ゆくゆくは日本とジョージアの精神的な距離をより縮めるように、この二国間で新しい『価値』が生まれていったら良いなと思っています。そうなるように、われわれも日々活動していきます。
編集部:日本に精通されているレジャバ氏の、日本での思い出の場所やモノがあったら教えてください。
レジャバ氏:そうですね…沢山あり過ぎて、『これ』とは言いづらいです…。わかりやすい例で言わせていただけば、日本の温泉も大好きですし、日本の食に関する考え方、そして相撲などの日本で生まれた独特な文化の数々…そのすべてが好きです。
日本は技術的な意味でも、すべてに関してものすごく丁寧でさらに発達している、非常に洗練された国だと感じています。
ですが、そのような中でも、駄菓子屋などの昔ながらの香りが残る場所もちゃんと残っていて、その“風情あふれる空間”に内包されている人々の感情であったり思いみたいなものが感じとれるところが、非常に魅力的なんですよね。
それも現在は、昔よりは減ってしまった空間であるのは事実ですね。それでも街で、私が駄菓子屋に出合ったときにはちょっと入ってみたりします。駄菓子屋という空間は、物理的なことだけで言えば、『ただのお菓子という商品を売っているお店』ですよね。正直、お菓子を買うだけであれば、今では非常に簡単にインターネットで購入することができます。家まで届けられて非常に楽ですし簡単です。
ただ、何て言うんでしょう...。駄菓子屋には、商品以上の心理的な日本人の内面を具現化した『空間』でできている…と思えてなりません。
人と人とのつながりがあって、人の温かみを感じるというか、今までここで育った人や訪れた人の思い、そういったものが包括的に風情となって現れているのだと思っています。それが私にとっての、「駄菓子屋」ですね。
合理的に経済が発展しながらも、駄菓子屋のような温かみのある空間やモノゴト、気持ちも大事にし残り続けている日本の社会は、非常にバランスが取れていますし、ユニークで面白いと思いますね。
現状に話を落とすと、そういった日本の素敵な『空間』もコロナ禍によって、なかなか訪れにくくなっています。が、またいち早くそういった人と人とがつながりを感じれる環境が戻ることを祈っています。
編集部:レジャバ氏の思い出に残っている、ジョージアの場所やモノはありますか?
レジャバ氏:“思い出に残っているもの”という質問を聞いて一番に浮かんだのは、近所の人の家だとか、家族・親戚の家(ホーム)ですね。
先ほど話した、「空間」という概念に通ずる面があると思いますが、私は『人とつながる』ということがすごく好きなんだと思います。そして、大切にしています。それは公私共に変わりません。
近所の人や家族、親戚それぞれの家の「空間」に、その家族の価値観や雰囲気があって、それは他の家族の価値観や雰囲気とは全然違うわけです。ですので、同じジョージア国内でも、その人たちの生活スタイルはそれぞれ違いますし、食べる料理も違います。それぞれの温かみが、多様に存在しています。そういった意味で、ジョージアの思い出の場所と聞かれたら、そういった「空間」と答えます。
ただ、このように思うのは、私自身が(日本では)外国人であるからかもしれません。というのも、日本で仲の良い人と会う場合でも大抵レストランなど、外で会うことが多いんです。そうすると、なかなかその人が家の中ではどのような生活をしているのかわからないんですよね。
分かりやすく例をあげるとすれば、地方出身者が東京に上京して感じる「実家(故郷)というものが私にとってのジョージア」であり、「東京が日本」という感覚ですね。
東京は、魅力的で刺激もあり素敵なところも沢山あります。ただ、実家に帰ったときの“それ”、つまり地元・近所の人との関係や空間、家族・親族と過ごす空間、物理的にも精神的にもその“ホーム”が私にとって大切であり、思い出深いところと言えるのではないでしょうか。私にとってはそれで、それは普遍的な感情だと思っています。
編集部:最後に、レジャバさんは日本のジョージア臨時代理大使を務めている前にキッコーマン株式会社で勤められていたということで、その知見をうかがわせてください。
外国の(キッコーマンの)醤油って、日本と味は同じなんですか?
レジャバ氏:いい質問ですね(笑)。あのですね、醤油というものは色々な菌を使って発酵させているんですね。そして、醤油は水で仕込むので、水が違うだけで全く反応が変わってくるものなのです。
ですので、その国の空気と気温と水で微妙にかわってきます。日本の水と外国の水とでは全然違いますから。ワインと一緒と言えますね。同じレシピで仕込んでも、同じ味にはならない…だから、少しばかり国によっても味が違ってくるかと思います。
編集部:海外の醤油は、ちょっと甘くしたり、酸味が強かったり…、調整は加えないんですか?
レジャバ氏:逆にそういう調整するところもありますし、日本国内でも地方によって違いますよね。北海道は昆布を入れたり、気温が高い九州は甘くしたり。それは国をまたいでも同じなので、つくり方も違うことはありますね。
編集部:なるほど。ちなみに大使はお気に入りの醤油とかありますか?
レジャバ氏:私は、キッコーマンの「特選丸大豆しょうゆ」という醤油が好きです。スタンダードなやつです。
編集部:なるほど…。
レジャバ氏:普通の醤油は脱脂加工大豆という、既に油を絞っている大豆でつくっているんですが、“特選丸大豆”っていうのは丸大豆そのままでつくっているんですね。
この丸大豆で絞ったものが、私は大好きなんです。
編集部:ジョージアという国のことだけなく、醤油への熱い思いまで語っていただきまして、ありがとうございました。
《概要》
ジョージア
首都:トビリシ
共用語:ジョージア語
人口:372万400人
面積:6万9700平方キロメートル