より良い民主主義へ、
スウェーデン社会の
“意思”に触れて…

北ヨーロッパのスカンジナビア半島の東側に位置するスウェーデンは、国土の約69%も森林が占めている自然豊かな国としても知られています。日本とも長くにわたり緊密なパートナーシップを築いており、2018年には外交関係樹立150周年を迎えました。

国土面積は日本とさほど変わらないものの、スウェーデンの人口は神奈川県とほぼ同じの1000万人。国連が発表した「世界の人口密度ランキング」の最新版では、195カ国中158位と人口密度が低く(ちなみに日本は25位)、「世界幸福度ランキング」でも常に上位をキープしています。「IKEA」や「H&M」などのスウェーデン発祥の店も日本には多く、北欧インテリアが支持されていることもあり、7970㎞も離れていながら身近に感じている人も多いのではないでしょうか。

日本からの直行便はないですが、もちろん旅行先としても人気の国です。カラフルな建物と石畳の街並みが美しいストックホルムの旧市街、ジブリ作品『魔女の宅急便』のモデルになったスウェーデン最大の島であるゴッドランド島などの見どころも満載。北欧好きならずとも、一度は訪れたいと考えている人も多いことでしょう。

駐日スウェーデン大使にインタビュー

「エスクァイア」取材班が向かったのは、68カ国の大使館が点在している港区の駐日スウェーデン大使館。他とは一線を画すスタイリッシュでモダンな建物は、スウェーデンの建築家ミカエル・グラニート氏と日本人建築家の加藤吉人氏によって設計されたもの。太陽の動きからインスピレーションを得ており、建物の影となる周囲の面積を最小限に押されているのも特徴です。内部はシンプルながらもどこか温もりも感じるインテリアでまとめられ、そこかしこにスウェーデンらしさが散りばめられた素敵な空間になっています。

今回お話を訊(き)いたのは、2019年9月に着任したペールエリック・ヘーグべリ駐日スウェーデン大使。ティーンエイジャーの頃に愛用していたソニーのウォークマンをはじめ、自分が持っているモノの多くは日本から来たものだと知り、日本に対してずっと興味を持っていたそうです。

そこで日本とスウェーデンの(幼児からの)教育の違いや、2022年6月に開催される「Stockholm+50」の意義、大使が考える民主主義との付き合い方などについてうかがいました。

連載,大使館の扉がひらく,スウェーデン,ペールエリックヘーグべリ,大使,pereric högberg,民主主義,stockholm50,教育,多様性,
Photograph / Cedric Diradourian, Design / Hiromi Kimura

エスクァイア編集部(以下、編集部):本日は時間をつくっていただき、ありがとうございます。まずは、日本での活動や力を入れている取り組みなどを教えてください。

ペールエリック・ヘーグべリ駐日スウェーデン大使(以下、ヘーグべリ大使):こちらこそ、ありがとうございます。大使としての仕事は、4つの柱があると考えています。

  • 1つ目は、「両国の経済的な関係をより強化させること」。スウェーデンへの投資を促進させたり、逆にスウェーデンのブランドを日本で広めたり、これを確実に進めることで経済が発展するだけでなく、平和や安定にもつながると思っています。
     
  • 2つ目は、「日本とスウェーデンの政治的な関係を、より強固にして前進させること」です。“Like-Minded(志を同じにする)”であることが重要で、最近ではウクライナとロシアの問題もありますし、その思いがますます強くなっています。
     
  • 3つ目は、「スウェーデンの宣伝」でしょうか。中でも、アートや音楽といった文化交流を通じて、民間とも連携をしながらスウェーデンを知っていただくための“Public diplomacy(広報文化外交)”に力を入れています。北欧の小さな国ですが、それをやるだけの資産や人材を擁していると思っています。その最たるものがロイヤルファミリーで、日本の皇室の方々とも親しくさせていただいており、コロナ禍前は両国の行き来も盛んでした。
  • そして4つ目が、「日本に住んでいたり、旅行で訪れるスウェーデン人をサポートすること」です。

私自身は企業や学校、地方自治体などに呼んでいただき、いろいろな方々とお話をすることもあります。それは非常にエキサイティングな仕事ですが、他のスケジュールとの兼ね合いでうかがえる機会が限られてしまい、1日が24時間しかないのが残念でしかたありません。

そして、残りのわずかな時間は日本の文化を学ぶ読書の時間になります。改めて私の仕事を振り返ってみると、好奇心を持っていろいろ取り組むことでお給料がもらえている、そんな自分は本当に幸せな人間だと思っています。もちろん、落ち込む日もありますが、今日はそれには触れないでおきましょう(笑)。

編集部:大使の活動として、日本の子どもたちとの交流も大切にしているとお聞きました。

ヘーグべリ大使:私自身もスーツを着たおじさんですが(笑)、スーツを着たおじさんたちと“予測可能な会話”をするより、子どもたちと交流するほうが勉強になる場合もあります。

日本の子どもたちは、どういう考えを持っているのだろうか? どういうアイデアを持っているのか? それを聞くことがすごく楽しいです。学校などにうかがわせていただくのはそのためでもあり、自分としても新たなアイデアを生むために大切だと思っています。また、その際に「先生の話のすべてを信じるのではなく、自分自身でも考えてね」、と伝えています。学校の先生方は私の話に戸惑っているかもしれませんが…(笑)。

「子どもには、自分の意見を示す権利がある」

編集部:「子どもの頃から、自分自身で考えるクセことを大切にする」というのは、スウェーデン社会では親に教えられるのですか? 社会全体がそのような価値観なのでしょうか?

連載,大使館の扉がひらく,スウェーデン,ペールエリックヘーグべリ,大使,pereric högberg,民主主義,stockholm50,教育,多様性,
Photograph / Cedric Diradourian, Design / Hiromi Kimura

ヘーグべリ大使:そうですね…、昔からスウェーデンの親はそう教えていると思っています。そもそもスウェーデンは個人主義の国です。小さくても、(生物学的性別が)女の子でも男の子でも、ひとりの人間です。「みんなと同じ人間になりなさい、みんなと同じようなことをしなさい」とは決して言いません

学校の教育現場でも子どもたちに対して、「自分の意見をいう権利があり、あなたの意見は聞く価値に値する」とスウェーデンの教師たちは伝えています。子どもの意見を否定することはありませんし、なんでそう思うの? という訊き方をしていきます。

くだらない答えはあっても、くだらない質問は一切ありませんからね。もちろん法律に遵守することや決まりを守ることは必要ですが、基本的に自分が自分らしく生きることができる、そういったことを教育の時点で尊重している社会です。例えば、男の子だから「スポーツはサッカー」、女の子だから「色はピンク」というような決めつけは当然しません。それより子どもたちの心の中の興味を受け入れ、そのままやらせてあげるのがスウェーデンという社会なのです。

編集部:すごく素敵な教育ですね。スウェーデンでは学校教育の中に、『性の多様性』を学ぶカリキュラムがあると聞きました。

ヘーグべリ大使:『性の多様性』がカリキュラムに入っている理由は、国で語り受けられたもので、生殖の問題や女性の権利も含まれます。

スウェーデン人は、「人間としての自由」を大切にしてきた国民性を持っています。20世紀の時点で市民から、「性に対するあらゆる権利を擁護するべきだ」という声も上がっています。そして1960〜70年代になると、性的指向が尊重されるべきであり、「同性愛者であっても人権は守らないといけない」という考え方が定着していました。

そのような権利をすべて認めるのは、国としてもそれなりの紆余曲折があったのも事実です。しかし、1944年には同性愛が法的に認められ、1995年になると同性婚というパートナーシップが認められます。そして2003年以降は、同性のカップルが養子縁組によって子どもを育てられるようになりました。

「性的指向はなんであれ、
差別やいじめを受けることは
絶対にあってはならない」

スウェーデンが重視しているのは性的指向はなんであれ、差別やいじめを受けることは絶対にあってはならないということです。それは、ハンディーキャップを抱える障がいのある方にも同じことが言えます。「人と違っても個人として認められるべき」という考え方は非常に重要なことだと考え、だからこそ子どもの頃から教えるべきという理念にもと、カリキュラムに組み込まれているのです。

 
編集部:個人として認められ、誰しもが尊重される社会であれば差別やいじめはなくなりますよね。日本の社会では「いじめ問題」がとても深刻です。

ヘーグべリ大使:スウェーデンの社会では、どんなことも話せる環境や社会であることに重きを置いています。人間は全員がセクシャルなものですから、同性愛などの性の多様性についても子どもたちと話す必要があります。

子どもに話さないことで、『性的な話=変なこと』って思ってしまいますからね。もちろん、スウェーデン人も完璧ではありませんが、すべてのことにおいてオープンマインドですし、なんでも話ができて話し合える準備(環境)を常にしておきたいと思っています。そういう社会だからこそ、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんのような若い人もしっかり発言できているのかもしれませんね。

連載,大使館の扉がひらく,スウェーデン,ペールエリックヘーグべリ,大使,pereric högberg,民主主義,stockholm50,教育,多様性,
Photograph / Cedric Diradourian, Design / Hiromi Kimura

編集部:多様性を尊重する社会は、同時に民主主義の成熟度にもつながってくると思います。2016年に、スウェーデンの迫害の歴史を描いた映画『サーミの血』が公開され話題になりました。スウェーデン社会で自国の負の歴史を描いた映画が受け入れらたことは、同時にスウェーデン人が、よりよい社会(民主国家)を築きたいという強い意志も感じました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『サーミの血』予告編
映画『サーミの血』予告編 thumnail
Watch onWatch on YouTube

ヘーグべリ大使:ありがとうございます。『サーミの血』という映画についてですが、スウェーデンには全5種類のナショナルマイノリティの少数市民がいます。

その一つであるサーミ人は、北部に何千年も暮らしてきた市民で、その土地の所有権を訴えることなく、伝統的にはトナカイと共に遊牧民として暮らしています。第二次世界大戦後に固有の民族に対する国連憲章が開拓され、それ以降はナショナルマイノリティの権利がたびたび話題に上がるようになりました。近年では、サーミ人の議会もできているんですよ。

そして、今のスウェーデンはどうしているのかというと、そういった問題に蓋をするのではなく、一緒に対話していこうという姿勢でいます。だからこそ、この映画も受け入れられたのだと思います。

「歴史的に、権威主義を振りかざす国が生き残る例はない。民主主義は酷いものだけど、今ある選択肢の中ではベストなのではないか…」

編集部:大使ご自身は、私たちが日々の生活の中で、自分の立ち位置を見失わないためにどういった訓練が必要だと思いますか?

ヘーグべリ大使:民主主義というのは、フェノメノン(phenomenon=現象)ではありません。「異なる背景や思想を持つ人たちが互いに協力して解決し、対立があれば大ごとになる前に防ぐようにすること」が、民主主義だと私は思います。

お互いをリスペクトして誠意を持って対応しないと、共存することは不可能です。だからといって民主主義が完璧かというと…、そうではないかもしれない。ウィンストン・チャーチルが、「現在の民主主義は酷いものだけど、今ある選択肢の中ではベストなのではないか。これによって平和的に共存できるのではないか」と言っていました。私もそう思います。

これまで、さまざまな歴史の本を読んできました。その中で一ついえるのは、権威主義を振りかざす国が生き残る例はないということです。市民たちは抑圧されることに疲れてしまって、最終的には崩壊してしまうのです。

先ほど申し上げた“Like Minded(志を同じにする)”は、だからこそ大切だと思うのです。

「エスクァイア」日本版の読者の皆さんに対して、民主主義について何かお伝えするとしたら…あなたにとって、人生の意味とはなんなのか? と、ぜひ自分に問いかけてみてください。誰かを傷つけたり社会にダメージを与えない状態で、自分の夢を実現するにはどうしたらいいのか? 自分はどんな社会を望むのか? そのためにはどんな貢献をすればいいのか? いつでもどこでも自問自答するのです。なぜなら、それ自体が民主主義だと思うからです。

人権と環境問題の親和性

連載,大使館の扉がひらく,スウェーデン,ペールエリックヘーグべリ,大使,pereric högberg,民主主義,stockholm50,教育,多様性,
Photograph / Cedric Diradourian, Design / Hiromi Kimura

編集部:最後に、1972年にストックホルムで、環境問題に関する初めての政府間会議である「国連人間環境会議」が行われました。そして今年の6月には50周年を祝す国際会議「Stockholm+50」が開催されます。その意義や目的について、うかがわせてください。

ヘーグべリ大使:「Stockholm+50」のお話をする前に、スウェーデン人がサステナブルに対してどのような視点を持っているか説明する必要がありますね。スウェーデンは非常に自然が豊かで、人口密度が低い国です。自然というのはスウェーデン人にとって重要な資源であり、存在自体も非常に大きいのです。

これはあくまでも私見ではありますが、日本人も同じように自然が好きで愛していると思います。ですが日本の皆さんは、「自然はコントロールするものであり、管理できるもの」として考えているようにも思えるのです。

例えば、洪水対策に川を堤防などで整備したり、私が好きな日本庭園も人の手が入って管理されています(この私の考え方には、異議を唱える方もいると思いますが…)。逆にスウェーデンは、「自然は自然のまま生かしていきましょう」という考えの方が多く、そこが日本とは違っているのではと思っています。

編集部:そうですね、日本は自然災害が多い国でもあるからかもしれませんが、そこから受ける強迫観念に近いストレスから「自然をコントロールしなくては…」という思いとなって、必要以上に自然を管理している面もあるかもしれません。

ヘーグべリ大使: 1972年の「国連人間環境会議」は、環境に対して国連が開催した初めての会議でした。なぜスウェーデンは、その会議が50年前に必要だと思ったのか、当時は世界的にも経済が急激に成長していましたし、地球活動も盛んになっていました。

一方で公害も増えているという問題もありました。経済的には豊かになっていますが、自然資源が失われるかもしれないという危機感をスウェーデンはすでに持っていたのです。

この「Stockholm+50」はスウェーデンと国連、そしてケニアが主体となって進めています。1997年には京都会議が行われたように、この会議は一回で終わりではなく、地球環境を守るために継続させることも大切です。また、2022年11月に開催予定の「COP27(国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議)」にもつながるものであってほしいと願っています。

ちなみに今年4月末には、スウェーデン大使館で青少年サミットを開催予定でいます。日本の若い方たちに環境・気候問題について考えていただき、発言してもらいたいと思っています。大使館で行うイベントですが、個人的にもすごくワクワクしているんですよ。

編集部:本日は、多くを学ばさせていただきました。貴重なお時間をありがとうございました。