―日本と友好的な関係を築いていながら、大使館を常設していない国もあることをご存知でしょうか。
連載の第2回でフィーチャーするのは、「モナコ公国」です。通称「モナコ」として親しまれていますが、世界で2番目に小さい国としても有名です。
そんな理由から、実は日本に大使館を常設はしておりません。多くの日本人はモナコと聞くと、「F1(モナコグランプリ)」「カジノ」、そして…生け花や日本文化を愛したモナコ公妃となった銀幕のスター「グレース・ケリー」を思い浮かべるのではないでしょうか。
2019年9月14日は、グレース・ケリーの没後37年の祥月命日となります。今回は、そんな運命の巡り合わせもあり、年に4〜5回ペースで日本に訪問されているパトリック・メドゥサン大使(モナコ公国特命全権大使)に取材をさせていただくことができました。日本(皇室や文化)との関係性、さらには大使がおすすめするスポットまでをうかがいました。
この日を機に、意外と知られていないモナコ公国の歴史や知られざる表情を覗いてみてください。
エスクァイア編集部(以下編集部):モナコは小国でありながら、富裕層が多くて豊かな国というイメージがあります。どのように発展していった経緯がありますか?
パトリック・メドゥサン大使(以下メドゥサン大使):日本ほど歴史は長くありませんが、モナコは今年で建国722周年を迎えました。現在のモナコ公家であるグリマルディ家が始祖です。実は160年前は単なる小さな漁村でしたが、ブランという開発者が隣国と鉄道でつなげたことをきっかけに、観光地として発展していきました。その際の一つのモデルとなったのが、ドイツ有数の温泉地である「バーデン=バーデン(Baden-Baden=バーデン=ヴュルテンベルク州に属する都市)」でした。
そして、スパやカジノをはじめ、地中海沿岸のホテルの中でもハイエンドなつくりで周りとの差別化を図りました。第二次世界大戦が終わるころまで、そのように発展し、観光・雇用を含めて国外からも人が集まるようになっていったのです。
1949年にレーニエ3世がモナコ大公に即位すると、土地開発を促進させ、住宅や娯楽施設をより充実させていきました。
編集部:レーニエ3世という名前を聞くと、やはりグレース・ケリー公妃が思い浮かびますね。
メドゥサン大使:そうですね。国の発展で忘れてならないのが、1955年にアカデミー賞を受賞して人気絶頂期であったハリウッド女優のグレース・ケリーとレーニエ3世公の結婚です。それを機に、世界中の人たちがモナコに興味を持ってくれて、旅行者がどんどん増えていきました。
編集部:旅行者が多いのはもちろん、モナコは様々な国の出身者が住んでいるイメージもあります。
メドゥサン大使:現在のモナコは国土面積2平方キロメートルに対し、人口は3万8000人。非常に人口密度の高い国に、139カ国から集まった人々が共存して暮らしています。フランス人が国民の約3割と最も多く、モナコ人は2割程度です。自国ながらもモナコ人がマイノリティという、他に類を見ないちょっと変わった国なのかもしれませんね(笑)。ちなみに日本人は、100人ほど住んでいますよ。
編集部:いわゆる純粋なモナコ人が国民の2割とは…意外です。現在のモナコ経済の中心は、やはりカジノをはじめとする観光ですか?
メドゥサン大使:モナコは観光とともに発展したと言っても過言ではないですが、実はカジノ収入にいたっては、国の収入全体の3%程度なのです。
昨今は観光や貿易関係に加え、イノベーション・薬学・科学におけるR&D(研究開発)の経済活動も進んでいます。ちなみに実際にモナコで働いている人は、5万3000人と人口を超えているのです。それは隣国であるフランスやイタリアから、仕事で訪れている人も多いからです。日本で例えるなら、都内近郊から東京に仕事に来ている感覚と似ていますね。
編集部:意外だったのですが、モナコと日本の外交関係が結ばれたのは2006年と、最近なのですね!?
メドゥサン大使:外交関係を結んでから13年とは言えますが、もちろん以前から深い関わりがあり、長きに渡って日本とモナコは友好関係を築いてきました。
特に両国の皇室は親交が深く、例えば常陸宮 正仁親王は1960〜70年代にモナコに訪れています。これは有名な話だと思いますが、レーニエ3世公とグレース公妃も1981年に日本に公式訪問していますね。この公式訪問がグレース公妃にとって、最後の外遊になってしまいました。また、1970年に開催された大阪万博の受け皿として、1969年に名誉総領事館が開設されています。
大使館がなくても、二国間関係は発展します。2005年に即位した現在の大公であるアルベール2世公は、「もっと自主的に外交を広げたほうがいい」という考えを持っていました。日本と外交関係を結んだのは、海洋学という分野において古くから関係があったことも理由の一つにあります。実際に、19世紀後半にアルベール1世公が北極の探査をしている中で、日本人の学者と映っている写真も残っています。
編集部:現在のモナコと日本の関係性を教えてください。
メドゥサン大使:外交というと、政治的なことが前面に出るのが慣例ですね。…でも、国の規模が全く違う日本とモナコは、文化や環境保護、スポーツ、料理、ビジネス、観光といった分野の関係が大変深いと感じています。
中でも文化面においては、ほぼ毎年どちらかの国で友好イベントを行うほどです。例えば2年前に、新国立劇場でモンテカルロ歌劇場との共同制作によるオペラを上演したり、日本人の指揮者がいるモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団が日本公演を行ったりと、逆にモナコでも様々な文化イベントが開催されています。
編集部:様々な面において深い関わりのあるモナコと日本ですが、共通点を感じたことはありますか?
メドゥサン大使:亡きグレース公妃をはじめ、特に皇室が親日的です。
なぜ、モナコ国民が日本に惹かれるかというと…、実は多くの共通点があるからだと思うのです。先ほどお話しした文化面や美食の部分だけでなく、治安がいいところも両国は共通していますね。それに伴って、日本旅行するモナコ居住者や留学する人も増えています。さらに日本では、ラグビーW杯、東京2020オリンピック・パラリンピックといったスポーツのビッグイベントも控えています。そして2025年には、大阪万博も開催される。それらの理由でも、モナコの国民は日本をとても注目しています。
編集部:オリンピックと言えば、アルベール2世公は長野オリンピックに出場しましたよね!?
メドゥサン大使:そうです。長野をはじめ、冬季オリンピックにボブスレーの選手として5回ほど出場しています。現在はIOCの委員も務めていて、選手として引退したいまもスポーツにとても熱心ですね。ちなみに奥さんのシャルレーヌ・ウィットストック皇妃も、元オリンピック選手です。
そしてアルベール2世公は、大公に即位してすぐの2006年に自身の財団を立ち上げ、環境保護の活動にも力を入れています。気候変動や生物保護、海洋資源の保護などを重点的に活動しています。3年前になりますが、電動飛行機「ソーラー・インパルス2」が太陽光のエネルギーのみで世界一周した際には途中で名古屋にも着陸しました。
編集部:気づかないところで、モナコと日本の関わりが色々ありますね。メドゥサン大使はモナコと日本に共通点を感じていながら、国民性の違いも感じているとか…。
メドゥサン大使:そうですね…、日本にいて感じることは、良い意味で日本の方の人間関係の構築(コミュニケーション)方法はモナコや他国とは違いますね。会話も振る舞い方も、日本の方は自分のこと以上にまず他者を気遣い、リスペクトしますよね。誠心誠意を尽くして歓迎してくれていると、来日したときに毎回強く感じます。これは日本ならではだと思っていますし、とても素晴らしい文化だと思っています。
編集部:大使のお話を聞いて、なんだか遠いモナコだったのが近い存在になりました。一度は訪れてみたい国のひとつになりました。大使にとっての、モナコのおすすめスポットを教えてください。
メドゥサン大使:モナコの歴史を知ることができる大公宮殿や、モナコの発展がわかる海洋博物館など、おすすめスポットはたくさんありすぎるのですが…(笑)、個人的には庭園ですね。
緑の保護という意味でも、モナコにはたくさんの庭園があります。グレース公妃を偲(しの)んで造られた日本庭園や、アフリカをイメージしたエキゾチックな庭園もあります。国などテイストは異なりますが、庭園の共通するテーマは“静寂”です。世の中が目まぐるしく変化していく中で、忙しければ忙しいほど人は静寂を求めているのではないでしょうか。ですので、この“静寂”を得ることのできる庭園が私にとってもお気に入りの場所の一つになっています。
編集部:華やかで、豪華絢爛なモナコのイメージがありましたが、そういった静寂な時間を堪能できるのもモナコの一面であり、ある意味でモナコが最も贅沢な場所でもあるのだと確信しました。
メドゥサン大使:モナコについて多くのことを話してきましたが、今回の取材が日本の皆さんにモナコを知ってもらうきっかけになっていただけたら、うれしいです。もし私の説明が不十分と感じたら、ぜひ一度モナコに来てほしいですね。“百聞は一見にしかず”ですから(笑)。
編集部:モナコと日本の深い関係性だけでなく、大使にとっての特別な場所についても教えていただきありがとうございました。
◆取材を終えて
外交関係を結んでわずか13年だとしても、大使館を常設していなくても、いかにモナコと日本が友好的な関係を築いてきたか、今回の大使へのインタビューを通して知ることができたのではないでしょうか。
地球温暖化などの地球環境問題が世界的に取り沙汰される中、アルベール2世公を筆頭に、国を挙げて環境保護に積極的に取り組む姿勢は日本も見習う姿勢が必要なのでしょう。
モナコの豊かさは物質的なものだけじゃなく、環境を大切にする精神にあるのではないでしょうか。さらに他の文化を理解し、尊重し、そして愛する寛容な心にもあるのだと痛感したのでした。
そして、メドゥサン大使は庭園がお好きだと聞いて、1981年に来日したグレース・ケリーが京都の桂離宮で語ったとても印象的な言葉を思い出しました。最後にその言葉をご紹介して締めくくりたいと思います。
「ただ月を眺めるだけのために竹で縁側を作るとは、なんて素敵な感覚なんでしょう。人間だけでなく、生き物全てに対する日本人の規律正しさや慎み深さ…、内に秘めた心遣いに強く心を打たれました」「優しさ、礼儀、美、敬愛といった美徳を、日本が失わずにいることを、世界中が切望しているのです」(グレース・ケリー)
《概要》
モナコ公国
首都:モナコ市
共用語:フランス語
人口:約3万8000人
面積:約2平方キロメートル