「エスクァイア US」の特集独占インタビューでも、カンヌでのプレミア上映のトークでも、クエンティン・タランティーノ自身が強調するメッセージは常に一貫していました。

 それは…「いかなるメディアにおいても、この映画の結末を明かしてはならない」、ということになります。本作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、1969年に女優シャロン・テートがカルト集団チャールズ・マンソン・ファミリーに殺害された実話に基づいた事件を背景に、ハリウッド映画界周辺を描いた作品となっています。どうやらタランティーノは、この60年代当時に対して並々ならぬ憧憬(しょうけい)を抱いているようです。

 60年代と言えば、一度映画が公開されれば、少しずつ人々の噂になっていきながら広まってゆきます。そして、やがて満員の観客が映画館を埋めつくすわけです。しかし、それはもう(いわゆる!?)古き良き時代の話になります。SNSで予告映像をとにかくシェアするだけの現代とは、まったく別の時代なわけです。

“感情的になるのではなく
感情そのものを揺さぶられる”
タランティーノ最新作

シャロン・テート, マーゴット・ロビー, 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
今作における“希望の光”のような存在であるシャロン・テートを演じた、女優マーゴット・ロビー。

 私(オランダ人筆者ハイニー)もまた、タランティーノの意見に賛成です。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が実際どのような作品なのか想像しながら、わくわくした気分で自転車をこいで映画館へ向かい、チケットを買うため列に並ぶ…それこそがまさに、1969年的な世界ではないでしょうか。

 本作においてタランティーノは、その才能をいかんなく発揮しています。これまで彼が撮ってきたどの映画にも増して力強く、そして感動的な作品となっていると言っていいでしょう。映画監督として、また脚本家として、タランティーノの大きな成長を感じざるを得ない作品に仕上がっているのです。

Once Upon a Time In Hollywood
Alexi Lubomirski//Esquire

 最高にかっこいい衣装からジュークボックスなどの小物に至るまで、観客がタランティーノ作品に期待するあらゆる要素がきっちりと納められた作品です。が、そこには何か、それ以上のものが描き出されているように観て取れるのです。

 これまでのタランティーノ作品のイメージには存在しなかった“なにか”が、そこには存在しているのです。例えば…ディカプリオ演じる本作の主人公リック・ダルトンが涙をこぼす感動的な…詩的とも言えるシーンでは、思わずもらい泣きしてしまう観客も少なくないでしょう。

レオナルド・ディカプリオと女優ティルダ・スウィントンの関係性

 プレミア上映後、再びライトの明かりに照らされたカンヌ映画祭の会場には、ディカプリオの姿を見つめる女優ティルダ・スウィントンの姿がありました。彼女はカンヌ映画祭の審査員の一員でもあります。

 スウィントンとディカプリオは、まるでその会場には二人のほかに誰も存在しないかのように、しばし見つめ合っていました…。ディカプリオの演技に胸を打たれたスウィントンは、涙を堪(こら)えているようにも見えました。アカデミー賞女優によるこの無言の評価が、本作の成功が約束されたものであることを保証しているとは思いませんか!?

 この作品で主役を演じたディカプリオは、面白おかしく愉快な演技をして見せたかと思えば、次に激しい自己嫌悪に苛まれ、酒に溺れる姿をも見事に演じきっているのです。彼の才能を十二分に引き出した、実に素晴らしい脚本であったのです。

 筆者私自身、これまでのタランティーノ作品にはなかった、感情への刺激を大いに受けました。それは感情的になったのではなく、感情そのものを揺さぶられたわけです。それはこの作品から受けた、「とてもうれしい驚き」でした。

 これほどまでに深く豊かな「感情」を映画に、そして登場人物に盛り込んだのは、タランティーノにとって初めてのことではないでしょうか。それには、タランティーノ自身が50代という年齢に差し掛かっていることが無関係ではないようにも思えます。これまでのタランティーノ作品に、私は苦言を呈したい点がありました。それは、「登場人物たちの描かれ方が表面的に過ぎなかった」ということです。

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Alexi Lubomirski
クリフ・ブース役を演じたブラッド・ピット。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、おそらくタランティーノ作品史上、『ジャッキー・ブラウン』以来の思慮に満ちた映画と言えるでしょう。あの『ジャッキー・ブラウン』のオープニングの、LAX(ロサンゼルス国際空港)の到着シーンを連想させる場面が、この最新作に採用されているのは偶然の一致なのでしょうか。そして、登場するキャラクターたちそれぞれのキャラクター設定が絶妙で、私は深く共感を得ることができました。そのことで、本作がより豊かで複雑で緊張感のある映画に仕上がっていると感じることができました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Jackie Brown.Across 110th Street.Bobby Womack
Jackie Brown.Across 110th Street.Bobby Womack thumnail
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『ワンハリ』はタランティーノ作品史上『ジャッキー・ブラウン』以来の思慮に満ちた映画

 気づけば、その後の映画界を一変させることとなったタランティーノの『パルプ・フィクション』がカンヌ映画祭でプレミア上映されてから、実に25年という時間が流れました。

 今回の作品を撮るにあたりタランティーノは、シェークスピア的な「喜劇」と「悲劇」との間を行き来し、「史実」と「幻想」を混在させながら「愛」と「死」が描く…彼は本作品でがそんなドラマツルギー(作劇法)で臨んだのかもしれません。ここでひとつ確かに言えることは、「タランティーノは新たなチャレンジに身を投じた」ということです。

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Alexi Lubomirski

  1969年のとある日に焦点を当てた本作には、「私たちがどのようにして現在へと至り、また、その過程で何を失ってきたのか?」が描き出されているのです。時代の大きな流れとして示されると同時に、ときに細かな事例も詳細に描かれています。

 他の俳優陣も、ディカプリオに負けず劣らずの好演を披露しています。

 シャロン・テートを演じるマーゴット・ロビーの苦悩を湛える眼差しには、胸を引き裂かれることでしょう。そして、スタントマンのクリフ・ブース役のブラッド・ピットですが、やはり比類なき役者と言うほかありません。彼の姿がスクリーンに現れると、観客たちが一段深く椅子に身を沈めたくなるでしょう。

 人気俳優はそれこそ何人もいますが、ブラッド・ピットのようにウィットに富んだコミカルな演技まで見事にこなせる名優となると、数えるほどしかいません。演技が上滑りしてしまえば、映画全体がダメになってしまうということを証明する、“シリアスなコメディ映画”というものはたくさんありますので…(つまり、ブラッド・ピットの演技は絶妙に表現されていて、上滑りなどしていないわけです。)。

 ブラッド・ピットはそのあたりの機微をよく知っている俳優であり、それゆえ、軽妙な演技をこなす能力があり、ジョークを「機能させる」ことができる稀有な存在と言っていいでしょう。

この映画は「ロサンゼルスに宛てたラブレターだ」

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 「この映画は、ロサンゼルスに宛てたラブレターだ」と、タランティーノは「エスクァイア US」の特集独占インタビューで応えています。

 それを観れば、その深い愛情が伝わってきます。

 しんみりするような哀愁あるラブレターではなく、興奮で舞い上がりそうな勢いのあるラブレターと言えるでしょう。観客はタランティーノが思いを寄せる1969年を、我が事のように感じることができるはずですし、また、実際に彼はそれを実に見事に描き出しているのです。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は目がくらむほどまぶしく、そして、美しい作品に仕上がっているのです。

 野心的な作品とも言えるでしょう。ですがタランティーノは、それを見事にまとめ上げてみせました。「『パルプ・フィクション』以来の、極めてパーソナルな想いでつくり上げた作品だ」と、彼も認めています。

 ネタバレではないと思いますので、ここで言ってしまいましょう(!?)。

 本作と『パルプ・フィクション』とを比べることを、タランティーノとしては望んではいません。25年の歳月を経たこれら2作は実際、いずれも彼のパーソナルな想いが生み出した作品かもしれません。とは言え、彼の偽らざる真実の想いが、見事に結実しているのは本作だけではないでしょうか。私の期待をはるかに超えるほど、実に美しい作品に仕上がっているのですから…。



 
From Esquire NL
Translation / Kazuki Kimura  
※この翻訳は抄訳です。