米国でLGBTを広告起用する企業への
右派・保守派からの攻撃が深刻化

日本では6月にLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど性的少数者の総称)への理解を広げるための「LGBT理解増進法」が成立したが、米国では最近、LGBTの権利を擁護する企業に対する攻撃が激化し、深刻な問題となっている。

6月はLGBTの権利擁護を広く呼びかける「プライド月間」ということで、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコなど全米各地でさまざまな催しが行われたが、これに合わせて企業もLGBTの人々を広告やマーケティングに登場させるなどして商品のプロモーションを大々的に行った。

queens new york pride parade, 2023
New York Daily News//Getty Images
6月は「プライド月間」ということで、月を通して各地でさまざまLGBTQイベントが行われます。ニューヨークでもとりわけ多様性豊かとされるクイーンズ区ジャクソンハイツで、LGBTQコミュニティーのパレード「クイーンズ・プライド」がスタートしました。

ところが右派や保守派がこれに猛反発し、ソーシャルメディア上で批判を展開してボイコットを呼びかけたり、従業員への迷惑行為や脅迫などをエスカレートさせたりした。

企業がこのような攻撃に直面したとき、どう対応するかは企業イメージや売り上げ、業績などにも大きく影響してくる。

実際に攻撃を受けたビールメーカー大手の「アンハイザー・ブッシュ」、小売業大手の「ターゲット」、スポーツ用品メーカーの「ナイキ」などがどう対応したかを検証しながら、企業がLGBT問題に取り組むことの意味や利点、それが米国社会のジェンダー平等に向けた戦いに与える影響などについて考えてみたい。

キャンペーンを中止したバドライトは
売上高が約3割減少


米国で一番人気を誇るビールブランド「バドライト」は若年層の顧客に向けてアピールするために、TikTokで1000万人以上のフォロワーを獲得しているインフルエンサーで、トランスジェンダー女性(以下、トランス女性)のディラン・マルバニーさんをプライド月間に合わせたプロモーションに起用することを決めた。

元ミュージカル俳優の彼女は2020年にTikTokアカウントを開設し、その数年後にトランスジェンダーであることを公表した。

そしてマルバニーさんは2023年4月1日、ソーシャルメディアに投稿した動画の中で、トランスジェンダー公表1周年を記念してバドライトから自身の顔が描かれた特製の缶を贈られたことを明かした。

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すると、一部の人たちからは「乾杯」などの書き込みが入ったが、一方で保守派の批評家や著名人などから猛反発を受けた。彼らはトランス女性とパートナーシップを組んだバドライトを激しく非難し、ボイコットを呼びかけた。

その中でも特にショッキングだったのは、トランプ前大統領の熱烈な支持者として知られるミュージシャンのキッド・ロックの動画だった。彼はトランプ氏の選挙スローガンである「MAGA(アメリカを再び偉大に!)」の帽子をかぶりながら、大げさにバドライトの缶を銃で撃ち、アンハイザー・ブッシュの経営陣をののしったのである。

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こうした状況を受けて、同社はマルバニーさんの起用に関わったマーケティング幹部を休職させ、キャンペーンを取りやめた。6月1日のCNBCの報道によると、バドライトの売り上げはそれ以来低迷し、5月20日までの週の販売量は前年同期と比べて29.5%減少したという。

バドライトが中止を発表した後、同じように保守派から攻撃を受けていた小売業のターゲットも、一部の店舗からプライド商品の一部を撤去することを明らかにした。その中には性別適合手術を受けていないトランス女性が着用するタックデザインの水着、LGBTのシンボルであるレインボーをモチーフにしたアイテム、「Love is Love」とプリントされたTシャツなどが含まれていたという。

ターゲットは撤去の理由として、「一部の商品が床に投げ捨てられるケースが増え、店で働く人たちの安全と心身の健康を損なうような脅迫や迷惑脅威があったため」と説明した。

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LGBTQ+ Pride Month kicks off
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このようにプライド関連の企画や催しを中止する企業が相次ぐ一方で、批判や攻撃を受けてもそれに立ち向かい、キャンペーンを続ける企業もあった。両者の違いはどこにあるのか、そして、それはそれぞれの企業の評判や業績、さらにLGBTコミュニティーにどんな影響をもたらしたのか。

ジェンダー平等を貫いた
ナイキとノース・フェイス

スポーツ用品大手のナイキはバドライトと同じく、トランス女性のマルバニーさんとコラボしてプライドキャンペーンを行った。

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そして4月5日、マルバニーさんが同社のスポーツブラとレギンス(腰から足首を覆うファッションアイテム)を着用した姿をインスタグラムに投稿すると、保守派からの怒りや非難のメッセージが殺到。その中には英国の元五輪代表水泳選手も含まれていた。彼女はナイキの決定に失望したとし、ボイコットを呼びかけるとともに、トランス女性の女子競泳参加禁止を改めて求めたという。

しかし、ナイキは企画を取りやめることなく、この事態に毅然としてかつ冷静に対応した。

同社はコメントを発表し、怒り狂う人たちにこう呼びかけた。

「あなたはコミュニティーの成功にとって不可欠な要素です。前向きで建設的な議論に貢献するコメントを歓迎します。優しくなって、インクルーシブ(包摂的な、みんな一緒に、などの意味)になって、互いに励まし合いましょう。ヘイトスピーチやいじめ、そして多様で包摂的なコミュニティーの精神に反するその他の行為は削除の対象になります」

このコメントには何があってもLGBTの人々を支援するという同社の強い意思と信念が感じられる。

また、アウトドア用品会社の「ノース・フェイス」も攻撃を受けたが、キャンペーンを中止することはなかった。

同社は2023年5月、ドラァグクイーン(女装パフォーマー)で環境活動家でもあるパティ・ゴニアさんと提携して、アウトドアを楽しむよう促すための「プライドの夏」キャンペーンを行うことを発表した。

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The North Face Summer of Pride
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すると、すぐに保守派の政治家や批評家らの怒りのメッセージが殺到したが、同社は「私たちは、アウトドアは全ての人にとって快適で、公平かつ安全であるべきだと考えています。ゴニアさんと提携したことを光栄に思い、感謝しています」とのコメントを発表した。

同社は経営理念を貫くと同時にパートナーのゴニアさんを守ろうとしたのだが、それは企業の社会的責任として重要である。

中傷と戦うゲイとレズビアン同盟(GLAAD)」のサラ・ケイト・エリス代表は、「反LGBTの暴力や憎悪が広まらないようにするために、企業のリーダーがLGBTの従業員や消費者の“ヒーロー(英雄、お手本)”として立ち上がり、過激派の攻撃に屈しないようにすることは非常に重要である」と述べている。

この考えは世論調査でも支持されている。

LGBTへの差別的表現などのメディアモニタリングを行う非営利組織のGLAADが2023年2月にLGBTではないと自認している成人約2500人を対象に行った調査では、そのうちの約70%が「企業は雇用や広告、スポンサー活動などを通して、LGBTコミュニティーの支援とインクルージョンを公式に行うべき」と考えていることがわかったのだ。

ちなみにインクルージョンとは、企業が人種、性別、性的指向などの多様な人材を受け入れて活用するだけでなく、彼らが職場で能力を発揮できるような環境づくりをしていくことである。

価値観と原則を守り抜く企業は
逆境を乗り越えられる


企業が保守派の批判や攻撃に屈しないようにすることは、ビジネスの面からも重要だとの指摘が、経営の専門家から出ている。

約30年前にLGBTのマーケティングを専門に行う会社「ウィテック・コミュニケーションズ」を設立したボブ・ウィテック社長は6月26日、PBSニュースアワーの番組でアンハイザー・ブッシュの対応についてこう述べた。

「最悪だったのは企業としての対応がプロらしくなかったことです。全てを敵に回してしまったような同社の立場には、誰もがなりたくないと思ったでしょう。企業の評判、これが問題でした。売り上げはすぐに変動するが、いったん広まってしまった評判を取り戻すのは容易ではないのです」

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PBS NewsHour full episode, June 26, 2023
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つまり、先述したようにバドライトの売り上げはキャンペーンの中止後に減少したが、それはLGBTの人々や彼らの権利を擁護する団体などを含めた全ての人を敵に回してしまった結果ではないかというのである。

それからウィテック氏は、「攻撃されたら、立ち向かうべきです。そうすることで、市場では誠実さ、高潔さを持った企業としてのイメージが備わっていくと思います。嵐は来てもやがて去りますが、会社の評判や立場は違います。それこそが試されているのです」と続けた。

最後に同氏はLGBTのマーケティングを行う企業にこうアドバイスした。

「まず企業として何を支持し、どういう価値観や原則を持っているかの答えがわかっていることです。それがわかっていて守れる自信があれば、どんな逆境や問題も乗り越えられるはずです」

つまり、企業としての信念と覚悟をしっかり持ち、いざというときのための準備をしておくということである。

約30年前から州政府と
闘ってきたディズニー

米国には数十年前から強い信念と覚悟を持ってLGBTコミュニティーを支援してきた企業があるが、代表的なのはディズニーである。

ディズニーは現在、フロリダ州の学校で生徒たちに性的指向や性自認について教えることを禁止する「教育における親の権利法」を巡ってデサンティス知事と法廷闘争中だが、実は同社は約30年前からこの問題で州政府と闘ってきた。

ディズニーは1995年、同性愛カップルに夫婦並みの権利を与える「ドメスティック・パートナー特典(DPB)」政策を導入したが、フロリダ州議会の共和党議員15人が「それは不健康で、不自然で、反家族的だ」と批判し、その撤回を求めた。しかし、同社は「我々は“黒人禁止、ユダヤ人禁止、同性愛者禁止”の看板を掲げてはいない。誰も排除しない」として、引き下がらなかったという。

同社の強い信念と断固とした姿勢は他の企業や一般米国人のLGBTに対する意識や姿勢にも影響を与えたようだ。

ラトガース大学法学部のカルロス・ボール教授は、「米国の大企業はなぜ、そしてどのようにLGBTの権利を擁護してきたのか」について論じた著書『The Queering of Corporate America(米国企業のクィアリング)』の中で、「米国企業のLGBTの権利を擁護する活動は、米国社会が同性愛者やその他の性的少数者をどう見るか(偏見、差別を減らすことを含め)において大きな役割を果たしてきた」と述べている。

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この十数年の間に米国社会のLGBTに対する偏見が著しく減少したことは、調査データでも示されている。

2007年から2016年の間に行われた400万件以上の人々の意識や態度に関する調査結果を分析したハーバード大学の研究では、「この間に同性愛者に対するバイアス(偏見)が33%減少した」ことがわかったという。また、ギャラップが同性婚に関する調査を開始した1996年には支持する人の割合はわずか24%だったが、それが2011年に初めて過半数に達した。

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このような世論の変化も踏まえて、連邦最高裁判所は2015年に、全米50州で同性同士の結婚を合法とする判決を下したのである。

LGBT擁護派と反対派の争いは
大統領選の争点に

LGBTの権利が急速に拡大することへの反発を強める保守派は、共和党支持者の多い州を中心に、LGBTの人々の医療行為や学校における性的指向や性自認の教育、スポーツ競技への参加などを規制(または禁止)する州法を続々と成立させている。

その先頭に立っているのがフロリダ州のデサンティス知事だが、米国では今年に入り、各地の州議会に提出されたLGBTの権利を制限する法案の数が去年より200以上も増え、6月半ば時点で過去最多の491に上っているという(米国自由人権協会の調べ)。

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このような状況の中、バイデン大統領は6月のプライド月間にホワイトハウスでLGBTの人々への支援を示すイベントを開催し、「彼らの権利を守る」と決意を新たにした。一方、共和党はデサンティス知事やトランプ前大統領がLGBTの権利を制限する姿勢を明確にし、この問題は2024年大統領選の争点の一つに浮上してきた。

民主党にとってのグッドニュースは、各種世論調査で米国人の約6割から約7割が同性婚などLGBTの権利を支持していることに加え、民主党支持者の割合が比較的高い若年層でLGBTの人が増えていることだ。

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2022年のギャラップの調査では、成人に達したZ世代の米国人の21%がLGBTであると認識し、ミレニアル世代でもその割合は10.5%に上ることがわかった。LGBTの人がこれだけ増えたら、これはもはや一部の人々の問題とはいえないだろう。

このような中で、LGBTの権利を巡る問題が次の大統領選の結果にどの程度影響を与えるのか注目される。

ダイヤモンド社
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