エルヴィス・プレスリーは、1956年に出版された雑誌『Elvis Answers Back』(78rpmのソノシートを含むエルヴィスのプロモーションマガジン)の中で、「なぜそんな服を着るのか?ってよく訊かれるけど、何というか、ただ、カッコいい服が好きなんだ、それだけさ。色とかが好き…それでいいんじゃない?」と語っています。

バズ・ラーマン監督の新作伝記映画『エルヴィス』で、20世紀最高のあのコスチュームをよみがえらせ、オースティン・バトラーをエルヴィスに変身させるというのは、かなりのクオリティが求められる仕事です。

映画『エルヴィス』で衣装およびプロダクションデザイナー兼プロデューサーを担当したキャサリン・マーティンは、「エルヴィスの見た目を、そっくりそのまま真似るだけでは不十分だった」と語っています。「そうしてしまうと、オースティンが描き出そうとしていているエルヴィス像を台無しにしてしまう恐れがあったのです」とつけ加えます。

製作にあたっては、グレイスランド(エルヴィス・プレスリーの邸宅。博物館にもなっている)のアーカイブを利用したそう。スクリーン上では、そこにある“遺跡並みに貴重な”衣装の現物こそは使われませんでしたが、マーティンと彼女のチームはそこで、エルヴィスが着用した実際の衣装の色使いなどを確認し、膨大な量のメモを取る機会を得たのです。

そしてプレスリーがラスベガスで公演を行っていた頃、実際に着用していたジャンプスーツに刺しゅうを施したコスチュームデザイナーのジーン・ドーセットも、自身のオリジナルデザインを再現するためマーティンをサポートしてくれたのです。 そんな中、「最も心を動かされたのは、エルヴィスの母グラディスの服でした」と言います。

「保存用のダンボール箱の中で薄紙に保護されて並べられていたのですが、箱を開けると、そこから圧倒されるような悲しみを感じることができたのです。それは、彼女がどんな人であったかを知るための大いなる手がかりとなりました。簡素で擦り切れた服は、彼女がずっと貧しさの中で暮らしていたことを物語っています。それには、とても心を揺さぶられるものがありました」とのこと。

プレスリーのマネージャーであるトム・パーカー大佐は、エルヴィスの名声を利用してブローチ、バッジ、ロケットペンダント、ブレスレットなどの関連商品を売り出していました。グラディスにとって、これらの商品は息子と肌身離れずいるための手段だったのです。

「彼女はそれらを保有し、身につけていたことも確認できました。そのことを思うと、ただただ胸が張り裂けそうになります」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『エルヴィス』日本版予告
映画『エルヴィス』日本版予告 thumnail
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一番気に入っているのは、どのルックでしょうか? そのルックから何を伝えようとしたのですか?

エルヴィスのスタイルは、50年代を表す代名詞のようなものです。なので、決してショッキングでも反抗的なものでも、またパンクでもありません。エルヴィスは非常に衝撃的で、信じられないほどセクシャルな存在でした。彼は若者とつながり、「ユースクエイク(社会に影響を及ぼすほどの若者たちの変化)をもたらしました。彼の着こなしや身のこなし、ステージ上での演じ方はとても衝撃的で挑戦的でした。そこには若者が誰もまだ触れたことのない、大胆なセクシュアリティがあったのです。

このようなことを踏まえてバズ監督は、エルヴィスと彼の衣装の歴史や、その当時彼を見たときの感覚につながる50年代のこうしたすべての要素を伝えてくれるものを探すことに力を注いだのです。

フロントを2枚仕立てに、そしてバックも2枚仕立て、さらにポケット袋、ベルトループ、ジッパー、ボタンと…このパンツはシンプルに見えますが、長い時間をかけてつくり上げたものです。生地のドレープから、わたり幅、裾にかけてのテーパード具合まで、彼があの「身体をくねらせた」ときの動きを、セクシーで官能的な雰囲気にまで再現してくれるに最適なデザインを追求しました。

elvis presley in 1974
Michael Ochs Archives//Getty Images

あのズボンには、そんなに多くの苦労がかかっていたのですね。

ええ、まさにそうなんです。

言ってみれば、かなりのエルヴィス的要素が込められているわけですね。

はい、とてもシンプルに見えるかもしれませんが、とても難しかったです。常々感じていることですが、最もシンプルなものこそ、最も複雑で大変なのです。それは、ごまかしがきかないから…。

特に気に入っているディテールはありますか?

私が気に入っている「隠しディテール」は、エルヴィスの故郷であるメンフィスのラスウッドでのシーンの中にあります。アーカイブの写真で、トム・パーカー大佐と彼の助手トム・ディスキンが、なぜか同じシャツを着ていたのを発見したのです。映画では、そのシャツをそっくりそのまま真似しました。「こんなこともあるんだ…」と、とても不思議に思ったのです。トム・パーカー大佐の変わったところが、まさにそこに表れています。

NBCのテレビ番組『スティーブ・アレン・ショー』(プレスリーが全米放送で本物のバセットハウンド犬に向かって、『ハウンド・ドッグ』を歌った)の後に、ニューヨークからラスウッドへ列車で向かっている様子を収めた写真の数々は、今でもファンを魅了しています。その写真は、そこに帯同していた(いまでは有名な)写真家アルフレッド・ワートハイマーによって撮影されたものです。

その写真を確認すると、トム・パーカー大佐が着ていたスーツはラスウッドにいるときと同じスーツ姿だったんです。そこで私は考えました。「もしかしたら、きちんとした服を余分に持っていなかったんだ。だから、メンフィスに着いてから店で服を買おうって思ったに違いない」と。そうしてお店へ行った際、「サイズ違いの同じシャツを2枚買ったのだろう」と推測したのです。

the steve allen show
NBC//Getty Images
「スティーブ・アレン・ショー」で犬に向かって歌うエルヴィス・プレスリー。

ラスベガス時代のジャンプスーツを製作する上で、最も大変だったことは何でしょうか? とても手がかかっていると思うのですが。

私たちは幸運でした。(グレイスランドの)ギフトショップで「68カムバック・スペシャル」コンサートで着ていた白いジャンプスーツのレプリカを見て、「これはかなり使えるのでは」と思ったのです。ラベルをよく見てみると、「B & K エンタープライズ」という会社でした。何はともあれ、私はその会社について調べるために、長い旅に出たのです。すると、その会社は夫婦経営で、二人はオリジナルのジャンプスーツに関わるあらゆる関係者と長年の知り合いだったのです。

その関係者とは、NBCで放映された68年の特別番組で、エルヴィスのナポレオンカラーの衣装を手がけ、その後ジャンプスーツのデザインをしたビル・ブリュー、刺しゅうやモチーフのデザイン、スタッズ加工などを担当したアシスタントのジーン・ドゥセットやベルト職人、実際の仕立てを行っていたテーラーなどの当時にエルヴィス衣装チームスタッフと、彼らはかなり長年にわたるつきあいがあったのです。そんなわけでその夫婦はそれらのスタッフの許可を得て、この本物の衣装に関するノウハウを収集していたそうです。

そこで私は、最終的にインディアナ州に出向き、彼らに協力を頼みました。そしてジャンプスーツを製作する上で、彼らはこの上なく頼りになる情報源となってくれたのです。彼らは事細かく、エルヴィスがいつ何を着ていたかを実際に知っていたのです。

少し話が飛びますが、この映画では、私たちはドキュメンタリーを目指したわけではなく、ストーリーを伝えようとしているのです。「オースティンが演じるエルヴィス」を実現するために、フィット感やプロポーションは調整しました。でも、ルーツに迫るルックを完成させられたことはすばらしいことでした。

Source / ESQUIRE UK
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。