まず少しの間でいいので、リレー競技に出場する10代のアスリートAと同じ気持ちになってみてください。

 ある大会でのこと。もちろん、他のチームのアスリートたちとも、いくつか言葉を交わしはしました。ロッカールームでは、「ハンガリーでは何が起こっているの?」と訊かれ、アスリートAはどう説明していいのか考えあぐねます。そしてその前には、Instagramで「路上でボーイフレンドと手をつないでいただけで殴打されたバルセロナの少年の傷ついた顔」を発見していたので、さらに悲しい気持ちにもなったアスリートAでした…。 

 そう、アスリートAは同性愛者であり、そのことは親友に打ち明けることはできていても、チームメイトに話すべきかどうかわからず、そのことを考えると緊張してしまうため打ち明けられずにいました。そんなアスリートAは大会本番前、気持ちをレースに集中させたくても、さまざまなことで不安に駆られながらフィールドに入ることになります。

 そして、そのアスリートAがフィールド脇でストレッチをしていると、ある一人のアスリートBが小走りで近づいてきました。ライバルチームの走者です。そのアスリートBは、アスリートAのランニングシューズとソックスの履き口にレインボーの配色が施されているのに気づいたのでしょう。対面すると2人は顔を見合わせ、アスリートBは笑顔で「頑張ろう!」とささやきます。そしてそのアスリートBは、アスリートAの横を飛ぶように去っていきました。その後アスリートAは深呼吸をし、ホッと笑顔を浮かべ気持ちが切り替わったように集中力を高めます。ある意味、別のチームワークを確認したのでしょう。「一人ではない」と…。

EURO2020の6月23日、
スタジアムは染まらずも、
観客席とピッチが
6色に染まる…

 話を少し変え、現在ドイツで行われているサッカーEURO2020に目を向けてみましょう。新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で延期となり、大会は2021年6月12日~同年6月25日の期間でグループステージが行われ、同年6月27日~ラウンド16がスタート…決勝が行われる同年7月12日で幕を閉じる日程となっています。

 そんな世界が注目する大会で、現地時間6月23日に行われるグループF最終節となるドイツ代表vsハンガリー代表の試合が、サッカーとは違った内容で世界的な話題となります。

 それは大会前、会場となるミュンヘンのディーター・ライター市長が「コスモポリタニズムと寛容のためのメッセージ」として、ハンガリー戦が行われるアリアンツ・アレーナを試合当日レインボーカラーにライトアップすることを考案。そして、これをUEFAに認めるよう要請を出していたのです。すると、ハンガリーのビクトル・オルバン首相率いる右派政権は先日、同性愛や性転換に関する情報を18歳未満に対して広めることを制限する改正法案を議会に提出し、可決されたことが国内外で波紋を呼んでいたことを懸念。

 UEFA(欧州サッカー連盟)は6月22日に、「憲章上、政治的及び宗教的に中立な組織。今回の特殊な要請は政治的な背景を有するため、ハンガリー議会の決議に対するメッセージである以上、UEFAは拒否せざるを得ない」と、ライトアップすること認めなかったのです。

 一方でUEFAは、「ミュンヘン市に対し、クリストファー・ストリート解放の日である6月28日、またはミュンヘンの『クリストファー・ストリート・デー(CSD)』週間である7月3日から9日のいずれかの日に、スタジアムをレインボーカラーでライトアップすることを提案している」と伝えました。「クリストファー・ストリート・デー」とは、1969年6月28日にニューヨークで起きた同性愛者への警察の不当な弾圧に対する抗議デモが発端となったレインボープライドです。ミュンヘンでは、今年で41回目の開催となります。

germany v hungary   uefa euro 2020 group f
Matthias Hangst//Getty Images
2021年6月23日、EURO 2020グループFであるドイツ代表 VS ハンガリー代表の一戦のキックオフ前。会場のアリアンツ・アレーナの前は、レインボーフラッグを掲げたドイツのファンであふれました。スタジアムの外で見られます。

 EURO2020のスタジム自体は残念ながら染まりませんでしたが、その周辺と観客席、そしてピッチ上でもわずかに見られ、ノイアー選手のキャプテンマークのアームバンドばかりではありませんでした。一時的にこのレインボーフラッグが舞ったこともここに加えましょう。

レインボーフラッグは
まさに「安心」のシンボル

 話はもとに戻します。

 赤・橙・黄・緑・青・紫の6色からなる単純なストライプのフラッグ自体、些細なアイテムと言えるでしょう。ですがそこには、人と人とを結びつける偉大なパワーを擁しているのです。

 それと同じ配色のフラッグが、そのアスリートAの住まいの近所のバルコニーにも飾られていました。そしてアスリートAはそれを確認して、その部屋に住む年上の方に「あなたのパートナーは男性ですか? それとも女性ですか?」と共感し合う時間を求めるかのように会話を始めます…。

 つまりこのフラッグは、目に見えないままネットワークを広げたいと願う人々にとって、「一人ではない」という安心をもたらすための象徴になるのです。まさに旗印となり、不安に苛まれている人々に「安全である」と感じさせてくれるのです。

 前置きが長くなりましたが、だからこそ「ニューバランス」がプライド月間を記念して「Everybody's Welcome(=誰でも歓迎)」キャンペーンを展開することは、非常に意味にあることなのです。LGBTQ+の多様性を称えるため、ブランドがこうしたコミュニティづくりに参加することは多大な影響力をもたらすでしょう。

 では、そんな「Everybody's Welcome」コレクションを見てみましょう。そこには、クィアアーティストのZoie Lam(ゾーイ・ラム)氏がデザインしたスニーカーやジェンダーレスな服のコレクションなどがそろっています。

zoie lam y su colección para new balance
New Balance
香港のビジュアルアーティスト、ゾーイ・ラム氏。

 また、ニューバランスはプライドの祭典の重要な活動として、ニューヨーク市最大のLGBT向けのランニングクラブ「Front Runners New York」と共同で制作した、40年の歴史を持つ「Front Runners Pride Run®」のストーリーを伝える短編動画も公開。アカデミー賞受賞者のローズ・ブッシュ氏が監督を務め、Vacationland Studioが制作を担当しました。この動画では、ニューヨークに住むノンバイナリーの無職の大学生Urie Dvorozniakが、コミュニティと個人的な癒しを求めて、自分のアイデンティティを受け入れ、自信を持ち、自分の可能性を再認識するまでのストーリーが描かれており、自分の条件で競争できることの重要性を示しています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Everybody’s Welcome: The Story of Front Runners New York
Everybody’s Welcome: The Story of Front Runners New York thumnail
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 プライド月間にこうした取り組みを行っているのは、「ニューバランス」だけではありません。

 他にも、「LEVI'S(リーバイス)」がPRIDE COLLECTIONの発売とBeauty of Becomingキャンペーンで動画制作を行ったり、「H&M」はBeyond The Rainbowポータルを設置して寄付を呼びかけ、「Longchamp(ロンシャン)」はアイコニックなバッグ『Le Pliage(ル プリアージュ)』のプライド月間限定コレクションを発売し、「BOSS(ボス)」も「Love For All」限定コレクションを発表しています。レディー・ガガと「ヴェルサーチェ」もコラボレーションを果たし、ガガの代表曲でもある「Born This Way」をスローガンとしたコラボレーションを発表しました。

 このように2021年だけでも、何十ものカプセルコレクションが発表されています。さまざまな人の目に触れやすいファッションにメッセージ性をもたせることは、ファッションの領域を超えて、色とりどりのネットワークを広げることに役立つはずです。ニューバランスの場合、その目的はこだわりの商品に伝染性のあるポジティブなトーンを与えることによって、人々が互いを尊重しあい、流動的で健全な対話を生み出すことにあります。

 ですが、このような取り組みはいまだマーケティングとして否定されることがあり、私たちはまだこのネットワークを構築する黎明期にあると言えます。衣服を抗議の武器として使用することが理論化され始めたのは20世紀半ばのことで、LGBTQ+のコミュニティでこのスタイルが取り入れられるようになったのは、1969年6月28日の未明にニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」で起こったクィアピープルによる暴動…「ストーンウォールの反乱」からでした(これがのちに、そのバーのある通りの名前から「クリストファー・ストリート・デイ」という名で世界的にエンパワーされます)。

 2021年6月23日、話題のハンガリー代表との一戦でドイツ代表チームのゴールキーパーでありキャプテンのマヌエル・ノイアー選手は、レインボーのキャプテン用アームバンドをつけていたことに対し、UEFAは「規則では、UEFAが公式に提供する腕章を身につけなくてはいけません」として、調査しようとしていたことが明らかになりました。

 しかし結局は、「レインボーカラーの腕章はチームの多様性を示すシグナルであり、これには『正当な理由がある』」として、調査はとりやめになりました。

neuer, portero de alemania, con el bracelete lgtbi
Picture Alliance
二の腕にキャプテンマークとして、レインボーの配色のアームバンドをつけるマヌエル・ノイアー選手。

 最近の変化は(と言っても、ここ10年ほどの話ですが…)大手ブランドがグローバルな側面を考慮してか、この動きに大きな共感を示しています。指向性やアイデンティティが何であれ、すべての消費者に向けて衣服を提供し始めたということです。また、これらの取り組みの多くはプライド月間に発表されますが、実は年間を通じて、毎日続けられていることです。

 最後に、『エスクァイア』スペイン版のインタビューで作家のヴァレリア・ヴェガスが述べた言葉をご紹介しましょう。"誇り"とは、自分が何者であるかを決して恥じないことです

Source / ESQUIRE ES
※この翻訳は抄訳です。

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