遠くは富士山まで望む東京の新名所であり、高さ634mを誇る世界一高い自立式電波塔、東京スカイツリー(TOKYO SKYTREE)が隅田川のほとりに開業したのは2012年5月22日。以来、東京の東側=「イーストサイド」は老若男女そして国籍を問わず、さまざまな人たちでにぎわいを増しています。

そんな新たな東京のランドマーク、 東京スカイツリーのある墨田区は江戸時代から職人の伝統が息づき、また近代産業発祥の地でもある「ものづくりのまち」。新旧の感性、地元の人と外から訪れる人が交流し、ユニークなカルチャーが生まれています。まさに「伝統」と「モダン」が絶妙なバランスで融合した街として注目の墨田区ですが、そのプランは東京スカイツリーの誘致決定の時点でスタートしていました。

ものづくりのまち」としての産業ブランド力を国内外にPRすることを目指し、「すみだ地域ブランド戦略」を2009年から開始。主な事業として、区内の価値ある商品や飲食店メニューをブランド認証し、プロモーションを行うようになります。そうして2021年9月からは、その名称を「すみだモダン」にリニューアル。

その後、「商品そのもの」だけではなく、そのバックグラウンドにある事業者の「活動」にもスポットライトを当てたストーリー性ある推進へとステージアップさせ、さらなる高みを目指した地域ブランディング事業としての「すみだモダン」を推し進めています。

そこで、その取り組みに迫ってみましょう。

なぜ墨田区は
「ものづくりのまち」に?

江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎が残した富士図版画集「冨嶽三十六景」の中にある、『冨嶽三十六景 本所立川(ふがくさんじゅうろっけい ほんじょたてかわ)』をご存じでしょうか。これは1830年頃の運河、墨田区および江東区を流れる人工河川「堅川」にあった木材問屋(現在の墨田区立川のあたり)の風景であり、当時のこの地の産業を表す代表的な1枚。もともと湿地の農村地帯だったこの場所は、江戸時代に大名家の蔵屋敷や町人地として開発が進み、水運に恵まれたことで江戸を支える地場産業の町として発展を遂げたそうです。

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すみだ北斎美術館所蔵
葛飾北斎画『冨嶽三十六景 本所立川』

明治維新後には、いまの「ものづくりのまち」の原点となる多種多様な町工場や職人がこの地に入り、産業が活発化。製造工程で水を大量に使う油脂製造やガラス、紡績、鉄鋼、革なめし業などの工場も多くつくられていきました。昭和の高度経済成長期には戦前の工場数を上回り、さらに飛躍的に発展。墨田区はものづくりを基盤とする中小企業が集積する一大エリアとなっていくのでした。

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出典 『新撰東京名所図会』(東洋堂)の絵図
創業当時の鐘淵紡績

“Think small first(小企業を第一に考える)”——2000年代、ヨーロッパ小企業憲章とともにイギリスのブレア元首相が掲げたこのメッセージは、21世紀に目指すべき未来図として、当時世界中の人々に大きな感銘を与えました。そこから遡(さかのぼ)ること約20年前、墨田区ではすでに「中小企業振興基本条例」(1979年)を全国で初めて制定。人と産業が調和したまちづくりを目指し、官民連携の取り組みが始まっていました。

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ULTRA.F//Getty Images

地域ブランディングの先駆け
—「すみだモダン」の誕生 —

前述にとおり墨田区では、東京スカイツリーの誘致決定をきっかけに「ものづくりのまち」としての産業ブランド力を国内外に広報活動を行うことを目的に、「すみだ地域ブランド戦略」を2009年から開始します。「すみだの魅力を再発掘する」という目線で、2010年から2018年まで、年に一度行われたブランド認証審査会には東京藝術大学学長だった宮田亮平さんや、ECサイト「藤巻百貨店」の代表だった故・藤巻幸大さんなど日本を代表する目利きの方々が参画します。そうして墨田区内から毎年多くの公募商品・飲食店メニューが集まり、過去9回の審査会(2010-2018)では商品部門の計145点、飲食店メニュー部門の計60点が「すみだモダン」としてブランド認証を獲得します。

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写真=墨田区
廣田硝子「WAYOU」/すみだモダン 2017 ブランド認証商品
公式サイト

「近代化ではなく、現代化」——長年、「すみだ地域ブランド推進協議会 」理事長を務める水野誠一さん(IMA 代表取締役)は、この言葉を常に墨田区のものづくりに説いてきました。

「墨田区には古きよき手仕事がたくさん残っていますが、それをそのまま出しても時代にフィットしません。大切なのは『古きよきもの』をどのように今の人の心に響くものとして打ち出していくか。それが『現代化』です」

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写真=墨田区
昌栄工業「cupPot」/すみだモダン 2018 ブランド認証商品
公式サイト

「すみだ地域ブランド戦略」(すみだモダン)は、2015年にその事業自体が優れた地域・コミュニティのデザインであると評価され、グッドデザイン賞を受賞。観光だけに頼らない独自の地域ブランディングは国内外から大きな注目を集め、官公庁・自治体などから毎年多くの視察を受け入れています。また、墨田区=「ものづくりのまち」としての認知が拡大し、多くのプロジェクトにも波及。「台湾デザインセンター」との共同商品開発プロジェクト(2015年)や、海外のデザインディレクターを招聘(しょうへい)して実現した「SUMIDA CONTEMPORARY」プロジェクト(2017年)が実現しました。

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写真=墨田区
Eun Mo Chung(チャン・ウンモ) × 片岡屏風店「Folding Screen 屏風」/SUMIDA CONTEMPORARY
公式サイト

認証事業の休止と、
ブランド戦略の転換期

2018年まで「すみだモダン」のブランド認証事業は続きますが、ここで惜しまれつつも一度休止に。それは、産業を取り巻く社会環境に変化が表れはじめたことに起因します。その理由にひとつは、消費者の「モノ」を見る視点の変化です。

「すみだモダン」に、
新たな存在意義を付与させる

持続開発可能な目標「SDGs」や、人や社会、地球環境に配慮した倫理的に正しい消費行動である「エシカル」、またその製品が“いつ”“どこで”“だれ”によってつくられたのかを明らかにすべく、原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡可能な状態にする「トレーサビリティ」などの言葉が広まりつつあるように、自分の手に取った商品は誰がどうのような想いでつくられたのか? そして、それは環境に考慮してつくられたものなのか? など、その商品の「ストーリー性」および「パーパス(Purpose)」といった存在意義を見いだして購入へと至る人が増えてきました。

これまで「すみだの魅力を再発掘する」という視点で、区内のあらゆる「モノ」を広く集め、100を超える商品群がそろってきた状況なか、墨田区は今後の「すみだモダン」としての在り方や「モノ」に対するスポットライトの当て方に対して、新たな価値観が必要であると決断します。

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写真=ただ(ゆかい)
アパレルブランド「10YC」は、縫製の町工場が多い墨田区に2018年に拠点を移した。
公式サイト

もうひとつは、区内事業者の状況です。近年、墨田区ではこれまでの「ものづくり」にとどまらず、SDGsの達成を目指す事業者のほか、社会課題の解決などに果敢に取り組む事業者が現れるようになりました。墨田区は、このような変化を踏まえた産業のリ・ブランディングをしていかなければならないと考え、2019年から2020年は、地域ブランド戦略を練り直す大きな転換期となりました。

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写真=アストロスケール
スペースデブリ(宇宙のゴミ)を除去するサービスを行う世界初の企業「アストロスケール」は2023年5月、墨田区・錦糸町に本社を移転しました。
公式サイト

2021年「すみだモダン」は
新たなフェーズへ

変革の準備期間を経た2021年9月に「すみだモダン」はロゴマークを刷新して、新しいスタートを切ります。これまで区内全体で大きくフォーカスしてきた「モノ(商品そのもの)」だけでなく、そのバックグラウンドにある事業者の「活動」も含め、新しい産業プロモーションに取り組むことを宣言するのでした。

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墨田区
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のスポーツピクトグラムのデザインでも知られるグラフィックデザイナーの廣村正彰さんが、新しいロゴデザインを担当しています。

そんな新たな「すみだモダン」の定義は、「ものづくりを通して、未来のスタンダードを創造し、人々の幸せを育む活動」。「持続可能性」「共創性」「独自性」「多様性」——この四つの理念を指針に、「すみだモダン」の理念と合致する事業者と新たに活動をともにしていくということ。そして「すみだモダン」の主な活動は、「つながる」「つくる」「つたえる」と三つの柱が定められています。

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写真=加部壮平

「つながる」の活動

「つながる」の活動のひとつが、区内の事業者同士が関わり合う「すみだモダンコミュニティ」の発足です。これは自主イベントの企画や、催事・展示会への共同出展、新商品の開発など、誰かとつながることで実現できるテーマを自由に持ち込むことで、共創の場をつくっていくものということ。

また、2018年を境に休止していた「すみだモダンブランド認証」を再開します。区内事業者の「活動」を公募し、外部有識者で構成されるブランド審査会でブランド認証を実施。ブランド認証を獲得した事業者は「すみだモダンブルーパートナー」となり、区は「すみだモダン」の活動として広報活動をサポートしていくのでした…。

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写真=加部壮平
山口産業が行う「人・自然・環境に配慮した製法でなめした“やさしい革”に関する活動」は、2021年度の「すみだモダン」に認証されています。
公式サイト

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写真=加部壮平
アサヒユウアス久米繊維工業が行う「森のタンブラーとサステナブルなTシャツを活用した『美しい地球の保全』を訴求する活動」は、2021年度の「すみだモダン」に認証された。

「つくる」の活動

「つくる」の活動としては、プロダクトデザイナーの廣田尚子さん(Hirota Design Studio)をクリエイティブディレクターに迎え、「すみだモダンフラッグシップ商品開発」事業を発足します。区内の参加事業者を公募し、外部のコラボレーター、デザイナーとマッチングを経てプロジェクトを開始。「デザイン経営」の考え方をもとに、マーケティング・知財等を学ぶワークショップやセミナーを経て、約3年をかけて商品開発に取り組むようになります。

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写真=加部壮平
「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトの第1期として参加した岩澤硝子は、デザイナーの大友 学さんと新しい商品開発に取り組んでいます。
公式サイト

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写真=加部壮平
「すみだモダンフラッグシップ商品開発」プロジェクトの第1期として参加した芝崎合金鋳造所は、TOTOのデザインチームとともに両社の強みを生かして事業を進めています。公式サイト

「つたえる」の活動

そして「つたえる」の活動では、区内で進むさまざまな「すみだモダン」の活動をタイムリーにリポートするオウンドメディア機能を有した公式サイトでの発信をはじめ、セレクトECショップと連携したオンラインショップの運営、さらに展示会への出店やポップアップストアの開催などイベントを企画しては、多方面に「すみだモダン」の活動を広めていくのでした。

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写真=北川鉄雄
2021年にハースト婦人画報社から発行された書籍『すみだモダン 手仕事から宇宙開発まで、“最先端の下町”のつくり方。』。約10年にわたる墨田区のものづくり事業、すみだ地域ブランド戦略「すみだモダン」の取り組みが、約300ページの本に収められています。

ものづくりのまちの未来図

2023年に墨田区長として9年目を迎える山本 亨さんは、「ものづくりのまち」としての未来を次のように見据えています。

「墨田区は今も昔も『新しいことをやりたい』という人々のフィールドです。伝統工芸や金属加工、メリヤスなどさまざまなノウハウがそろっていますから、それを活用して積極的に新しい挑戦をしてほしい。スタートアップ企業が活躍したり、異業種同士が連携したりして、これまで不可能だった社会課題を解決するとか、無限の可能性がある。産業発展はもちろん、持続可能な社会をつくるアイデアや技術が生まれる町が実現したら素晴らしいことです」

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写真=ただ(ゆかい)
墨田区長の山本 亨さん

墨田区は2021年度、内閣府が選定する「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」の選定も受けました。

「これを機に、“未来のすみだの姿”がよりはっきりと描けるようになってきました。SDGsは世界規模の取り組みのように思えますが、基本となるのは『人』。墨田区は『ものづくりのまち』として発展し、人々の生活を豊かにしてきました。そうした技術を持つ人々を後押しすることは、地域の課題解決と経済発展を同時に実現することにつながり、また人々の暮らしをいいものにしていく。そういういい循環をつくるのが私の夢なんです」

そしてものづくりのまち、「すみだモダン」の取り組みは、未来を見据えて今日も続いていきます。

「すみだモダン」公式サイト
「すみだモダン」オンラインストア

Edit / Kazushige Ogawa

From: Fujingaho JP