「パタゴニア プロビジョンズ」とは

パタゴニア プロビジョンズとは、パタゴニアが手掛ける事業の一つで持続可能な農法や漁法で調達した食材を使用し、環境再生に取り組む生産者をサポートする事業です。

有毒な除草剤と農薬の使用、無駄な水の利用など、食品産業が環境に与える大きなインパクトに着目し、「つくられ方や消費のされ方を変えた食品を展開したら、環境を改善につながるのではないか」と考え、“解決策としての食”の提案として2012年よりスタートしました(日本では2016年より本格的に展開)。

例えば水質浄化能力が高く、生育することで水質改善につながるムール貝を使った缶詰や、土壌改善につながる不耕起栽培に着目し、多年生穀物を使った世界初のクラフトビールを展開するなど、そのラインナップを年々拡大しているところです。

これまで販売されてきたものはいずれも海外のパタゴニア製品でしたが、2021年に満を持して日本初のプロビジョンズ製品が誕生しました。それが日本酒であり、“自然酒(農薬不使用・有機栽培米を使い醸造された日本酒)”という言い方もしています。そして2022年には2つの酒蔵とタッグを組み、「しぜんしゅ-やまもり」と「繁土」を発売するに至りました。

日本酒
Taro Terasawa(C)2022Patagonia, Inc.
写真左「しぜんしゅ-やまもり」/300年以上の歴史がある蔵元で、今回の「やまもり」は天然酵母で醸しており、酸味がありつつやさしい甘さが感じられる。酒蔵として大事にしている「山を守る」という想いと、「楽しいことを山盛り詰め込んだ」という意味で「やまもり」と名付けた。公式サイト 写真右「繁土」/パタゴニアがサポートしている豊岡市の有機米と、地元の米を掛け合わせて醸造。「繁土」の名前には、「ハンド(=手)が関わることによって自然がより良くなっていく中で、お酒ができたら…」という想いが込められている。大地の旨味を詰め込んだ、お米のジュースのような味わい。公式サイト

パタゴニアの日本酒は、「環境修復型の農法によって育てられた原料を、人工的な介入を最小限に抑えた伝統的な技法で発酵させたもの」と言いますが、この日本酒を通じて、具体的にはどのようにポジティブな影響がもたらすことができるのでしょうか。その答えを探るために、今回の日本酒発売を機に開催されたトークセッションへ足を運びました。

そこでは「しぜんしゅ-やまもり」の酒蔵 仁井田本家の蔵元・杜氏である仁井田穏彦さん、寺田本家の蔵元・杜氏である寺田 優さん、世界中の発酵を研究しており発酵デパートメントのCEOであり発酵デザイナーの小倉ヒラクさん、そしてパタゴニア プロビジョンズ ディレクターの近藤勝宏さんが登壇。話を聞くと、日本酒づくりが自然を育むだけでなく、地域そのものに好循環をもたらすことに気づきました。

トークショーのゲスト
Akihiro Nakamura(C)2022Patagonia, Inc.
向かって左からパタゴニア プロビジョンズ ディレクターの近藤勝宏さん、寺田本家の杜氏 寺田優さん、仁井田本家の杜氏 仁井田穏彦さん、発酵デパートメント CEO・発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

トークセッションから見えた、日本酒づくりの可能性

「日本酒のための米づくりが
生態系が回復し、農業を守ることに
つながっていく」

和やかな雰囲気で始まったトークショーは、近藤さんによるパタゴニア プロビジョンズ事業の背景から語られました。

この日本酒のコレクションでは、その土地の生態系を回復させながら気候風土も生かした酒づくりをする醸造家たちと組んでおり、2021年にはまず(千葉県香取郡の酒蔵)寺田本家さんが。そして2022年からは、「リジェネラティブ・オーガニック認証(グローバルレベルでの最高水準のオーガニック認証)」の取得を目指して協同している(福島県郡山市の酒蔵)仁井田本家さんが加わりました。

日本には多くの酒蔵があり、令和3年時点の調査では1164に及びます(「国税庁 酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和3年調査)」より)。その中でも、「寺田本家と仁井田本家はともに特殊な立ち位置だ」と発酵デザイナーの小倉さんは言います。

「醸造酒の中でも、例えばワインは原料がそのまま味わいにつながるタイプ。ですが日本酒は、醸造の過程で微生物や技術が複雑に働くため、原材料と味わいが必ずしも直結しません。よって、技術によって美味しいものをつくり出せるタイプの醸造酒と言えます。

ただこの2つの蔵元は、自然栽培・有機栽培のお米や微生物といった人間がコントロールできないところに注力していて、環境に左右されるコンディションを意識的につくり出しています。つまり、『人間が美味しいと思うものをつくる』というコンセプトから入るのではなく、豊かな自然を守り後世に受け継いでいくために酒造りを行う、言わばパタゴニアと同じ課題解決型の酒蔵と言えます

発酵デザイナー小倉さん
Akihiro Nakamura(C)2022Patagonia, Inc.

確かにどちらの酒蔵も、主には後で語られますが環境づくりを意識した酒づくりをしており、農薬・化学肥料は使わずに自社でお米をつくっていることもその一つ。こだわる理由はどこにあるのかを近藤さんが訪ねると、寺田本家の寺田さんは「自然を楽しみたいからですね」と語り始めました。

「パタゴニアさんの『自然を楽しむことで、より良い環境を生み出す』という考え方と親和性があるのではないかと思っています。

冬は蔵にこもって仕込みにいそしみ、夏はゆったりと稲作をする。私にとっては、そのサイクルが大切で貴重なことだと感じています。だからこそお米づくりを大事にしていて、それがより深い意味を持つお酒づくりにつながっていくのではないかなと思っています」

そんな寺田さんのお米づくりへの熱意は、良い形となってすでに現れています。

寺田本家はもともと、基盤が整備された1反歩分の田んぼ(約300坪)で自社のお米を作っていましたが、2021年には耕作放棄地(利用されていないが、過去に作物が育てられていた土地)を開墾し湧水と井戸を復活させて、2022年から米づくりをスタート。そんな中で、いつの間にか猛禽類が巣をつくり始めたということ。それは、餌となる生き物の生態系が回復してきた証しなのです。

寺田本家
寺田本家
寺田さんは耕作放棄地を田んぼとして復活させることを通じて、土地を育み、生態系を回復させる喜びをその身をもって実感しているそうです。「良いお米、良いお酒をつくる自分たちの取り組みを通じて、水源である里山の森を残すきっかけになればと考えています」とのこと。

一方、「田んぼを守る酒蔵」という言葉を掲げている仁井田本家の仁井田さんは、「一つの成功モデルになるよう米づくりに取り組んでいる」と言います。

「地元の農家さんとは自然酒造りに50年以上ともに取り組んでいますが、今では引退されている方も多くて…。家業を子どもさんたちに引き継がれたのですが、やはりほとんどが兼業農家さん。というのも自然栽培・有機栽培の米づくりというのは大変で、なかなか利益がでないんです。

そこで僕たちが自然栽培・有機栽培でチャレンジをすることによって、オーガニックな農法で生計が成り立つ成功モデルになれたら…という想いがまずあるんです

さらにその先には、「田んぼが元気になるようなオーガニックな農法でお米をつくれることを伝え、その農法が多くの地域に広がっていってほしい」という願いがあるのだそうです。

カエル
仁井田本家
仁井田さんは、「米づくりは大変だけれども、楽しさもかみしめている」とも話していました。田んぼにカモやトンボ、カエルがやってきた光景を見ると土地が豊かであることが実感でき、気持ちが晴れるとのこと。
日本酒づくり
仁井田本家
仁井田本家の日本酒づくりの様子。仁井田さんは「田んぼと、その水源となる山を守ることが大事だと考えています。その一つとして、手つかずとなったことで水資源を蓄え、育み、守る働きが乏しくなっていた自社の山のスギ林から、スギを活用して木桶を作っています」と話します。

もちろん、どちらの酒蔵も自社米だけでなく、近隣農家から適正な価格でお米を買い取って酒づくりをしています。これも、「農家がこの先も続けていくための仕組みの一つでもある」と言えるでしょう。

日本酒づくりで田んぼの環境を整えることによって周囲の生態系が豊かになり、農業を次世代につなぐための架け橋にもなる。それは、地域を支える取り組みになっている印象を受けました。

「日本酒を飲むことで
その土地の歴史が続いていく」

ここで鳥の目から虫の目に変え、話をよりミクロな視点にしましょう。話題は微生物に移ります。日本酒づくりに微生物は欠かせませんが、小倉さんはこの2つの酒蔵は珍しいと語ります。

「日本酒は、水とお米を原材料としてそこに微生物が掛け合わさることで味が決まってくるのですが、寺田本家さんと仁井田本家さんは原材料がローカルかつオーガニック。さらに微生物も、そこの土地に住んでいる微生物です。

この点のどこが珍しいのか言うと、日本酒は明治時代以降に国が醸造方法を管理するようになってから、微生物も国や自治体が管理しているものを頒布されていますが、寺田本家さんと仁井田本家さんはそれをほとんど使わずローカルな微生物で醸(かも)しているんです。

人間がコントロールできる技術に頼りすぎて多様化が失われていた日本酒文化に、風穴を開けるような存在であると思っています」

そしてこう続けます。「原料であるお米と同じポリシーが、微生物にも反映されているように感じられる」とのこと。そんなことがあるのかと驚きましたが、微生物の繊細さには、仁井田さんも実感している点があるとのこと。

「微生物たちは感覚が優れていて、天然の水や自然栽培・有機栽培のお米を好むんです。また、人の常在菌にも敏感で…。今年に酵母をつくる部屋の担当者が変わったんですが、するとお酒の味も少しニュアンスが変わりました。それを思うと、微生物は環境とすごく密接に関わっていることを感じます」

日本酒
仁井田本家
以前は、国が頒布する酵母を使っていたという仁井田さんは、蔵にすみつく微生物による自然発酵に切り替えたときのことが強く印象に残っているとのこと。「はじめはやっぱり不安でした。でも21日目に、ぽこっと言って発酵が始まったんです。友人の養鶏農家さんから『卵は21日でかえる。21は命の誕生と関わりのある数字なんだ』と聞いていたので、実際に21日目に発酵が始まって、とても感動したことを覚えています」と言います。

寺田さんも「目に見えない微生物たちと、自分たちがどうやって協働できるかを考えます」と話します。微生物が元気でいられるよう農薬不使用のお米を使い、掃除をしたり整理整頓をしたりして心地よい空間をつくり出すことが、よい菌たちが住み着いてくれることにつながるとのこと。まさに、人も環境の一部であり、関わり方によって最終的なお酒の仕上がりも変わってくると言えるのではないでしょうか。

さらに、「微生物が日本酒にとって欠かせない存在であることが、酒蔵がその土地のコミュニティとの関係性を育むことにつながっている」と、小倉さんは言います。

「日本酒は嗜好品であるだけでなく、日本の文化の中で重要なんです。各土地で酒蔵が自然の守り神になっている。いま、特に地方では『少子高齢化』や『過疎化』が叫ばれていますが、酒蔵には微生物が住み着いているため、その地に誰もいなくなろうとしても簡単に引っ越せないんです。

だから地元のコミュニティの手助けをしたり誘致をしたり、その土地を存続していくために取り組んでいます。その活動の結果としてできるのが日本酒であり、日本酒を飲むことは各地で営まれてきた歴史を続けていくための、いわば投票行為みたいなものです。寺田本家さんと仁井田本家さんは、それをさらに突き詰めた形でやっているんです」

そして最後に、寺田さんが「地域や農家さんたちのつながりの中で生まれてきたお酒であり、飲むときにこの取り組みや田んぼの風景を思い浮かべほしいです」と述べたあと、寺田さんが「飲むことでその地域を、日本を守ることにつながっていきます」と語りトークショーは締めくくられました。

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杜氏、発酵のプロ、パタゴニアの3者からの視点で語られたトークセッションは、なぜ日本酒が自然を育むことにつながるかを知ることができました。ですがそれ以上に、酒蔵がその土地の守り神のような存在であることが印象的でした。

自然酒づくりは、環境を整え持続させていくのに時間もお金も労力もかかるでしょう。そこでパタゴニアがパートナーとなることで、持続性という点でも心強いはず。そして、自然酒が今以上に親しまれるようになれば、より多くの自然や地域が豊かになる…。パタゴニア プロビジョンズは、そんな明るい未来への可能性を感じさせてくれました。 

田園風景
仁井田本家