記事のポイント -

  • 海底熟成ワインの始まりは、シャンパンを積んだ船の沈没事故がきっかけ。
  • より美味なるワインを醸造するため、ワインメーカーが続々と海底熟成の実験を開始。
  • 海底熟成ワインは“サブマリンワイン”とも呼ばれ、酸素含有量が多い。

ワインを海底熟成するアイデアが浮上したのは、2010年頃にバトル海で奇跡的に見つかった沈没船に眠っていたシャンパンが起源とされています。その沈没船から見つかったシャンパンは良好な状態を保っており、長年海に沈んでいたため多少の臭みはあったというものの、グラスに注いで酸素を含ませると一変してよい香りが漂ったと言われています。

そしてここ10年余りの間に、世界中で海底ワイナリーが誕生しました。例えばチリのワイナリーであるカヴァ・スブマリーナス(Cavas Submarinas)は、秘密の海底洞窟でワインの熟成を行い、クロアチアのワイナリーのエディーボ(Edivo) は水深60フィート(約18メートル)の海底からダイバーを使って自社のボトルを引き揚げさせ、フランスのヴーヴ・クリコ(Veuve Clicquot)も、海底での熟成が醸造に与える影響を調べるためにあえてバルト海にボトルを沈めています。日本でも静岡県の南伊豆町宮城県の女川沖などでワインを海底で熟成させる試みが行われ、実際に商品化もされているほどです。

浅い場所で熟成させているワイナリーもありますが、ほとんどのワイナリーは業界の関心の的となっている沈没船の環境(常に低温で、暗く、深くあること)を再現することを試みています。

完璧な“海底熟成”を
再現する条件

ダイバーのボルハ・サラチョ氏は、どのような条件が理想的な酒を生み出すのか? を確かめようと、ニュースで報じられた難破船を個人的にいくつか訪れました。そこでサラチョ氏は、「水中では一定の揺れがあること」と「温度変化が少ないこと」が重要なのだと判断しました。そして遂に、スペインのプレンツィア湾内に自身の海底ワイナリー クルーソー・トレジャー(Crusoe Treasure)にとって最適な場所を見つけたのです。

そこは川が海に流れ込んでいる場所で、水温は年間を通して華氏53~70度(摂氏11.7~21.1度)に保たれています。そして波の高さは5フィート(約1.5メートル)に達することもあり、潮汐によって6時間ごとに12フィート(約3.6メートル)も潮位が変化します。サラチョ氏は、「この場所であれば、一定の水の動きがある海底にボトルを沈めて熟成させられます」と自信をもって語ります。

また、クルーソー・トレジャーのエノロジスト(ワイン醸造の専門家)であるアントニオ・パラシオ氏は、「海の水とエネルギーは、あらゆる化学反応や微生物による働きを加速させます」と話しています。そのため、瓶に詰めるワインは“非常に濃いワインでタンニンおよびポリフェノールが豊富に含まれており、かつ低pH(液体の性質を示す数値。pHが低いものほど酸が多く含まれる)で非常に腐敗しにくいもの”でなくてはならないそうです。

ダイバー

クルーソー・トレジャーは、海面から60フィート(約18メートル)の深さにある1500個のかごの中で、1年以上ワインを熟成させます。これらのかごは人工サンゴ礁の役割も果たし、ヒトデや魚、イルカなどを呼び寄せるとのこと。このように海の生き物の生育環境となっている場所でワインを沈めたり引き揚げたりするには、クレーン船と専門のダイバーチームが必要となります。

チームはワインの引き揚げに苦労する中で、ボトルの内圧が急激に変化しないようにゆっくりと引き揚げることが重要であることを学びました。急いで引き揚げると、内圧の変化でコルクが抜けてしまうのです。パラシオ氏は、「ゆっくりのほうが、魚たちにとってもよいのです」と語ります。

海底熟成ワインの
素晴らしい味わいを実感

そうして完成したワインは、「“根本的に異なる味わい”を持っている」とパラシオ氏は言います。

実はパラシオ氏は最初、海底熟成ワインには懐疑的でした。サラチョ氏に会う前のラジオのインタビューで、「海底の環境がワインの風味に影響を与えるなど、あり得ない」と語っていたほどです。ところがサラチョ氏から送られたサンプルを試飲したところ、4回のうち3回は海底熟成ワインのほうが美味しく感じられ、パラシオ氏は衝撃を受けました。

それからパラシオ氏はクルーソー・トレジャーのチームの一員となり、以来、その理由を解明するべく研究に励んできました。すると分析により、「海中で熟成させたワインは、地上で造られたワインに比べて酸素含有量が多い」ということがわかったそうです。

パラシオ氏は次のように語ります。「2つのグラスを手に取り、色を比べてみてください。片方の手に地上産のワイン、もう片方に海底産を持つと、海底熟成ワインのほうが濃い色をしているので見分けがつくでしょう。海底熟成ワインのほうがより紫、または青みがかっており、黄色味すら感じられます。その理由は酸素です。頻繁に気圧が変化することで酸素が発生するのです」。

なおクルーソー・トレジャーでは、同じワインを地上と海中で熟成させたもの1本ずつを2本セットにして販売しており、製法による違いを実際に試すことができるようになっています。

海底熟成ワイン
©Crusoe Treasure Underwater Winery
クルーソー・トレジャーの海底熟成ワインを試飲。

一方、クロアチアのワイナリーであるエディーボは、クルーソー・トレジャーとは反対のアプローチを取っており、地元の漁師にヒントを得て、静かな海での熟成を重視しています。

漁師たちは昔から、仕事終わりに飲むワインをアドリア海に水中で冷やしておく習慣がありました。スペインの湾と同様、アドリア海の水温も華氏60度(摂氏15.5度)前後で安定していますが、エディーボの販売会社イブリン・コマーシャル・ブローカーズ(Eveline Commercial Brokers)の最高経営責任者(CEO)であるジャド・ラグス氏によると、エディーボは「海中の環境が静かなほうが、より美味しく、まろやかな風味をもたらす」と確信しているそうです。

芽生え始めた海底熟成ワイン産業の広がりを確かな形とするため、クルーソー・トレジャーは2019年、初の海底熟成ワイン会議(UNDERWATER WINE CONGRESS)を開催すると約50社が参加しました。2023年にスペインで開催される第2回の会議にも、さまざまなワインメーカーが参加を予定しています。

そのような中で、エディーボの海底熟成ワインがアメリカで販売可能になりました。アメリカ財務省管轄の酒類・タバコ税貿易管理局(TTB)によると、分かっている範囲では少なくとも2015年以降、アメリカでは海中で熟成されたワインは承認されていませんでした。水中でコルク栓に余分な圧力がかかることから、TTBは水や汚染物質がボトルに混入していることを懸念し、アメリカ食品医薬品局(FDA)と協議のうえ、「海底熟成ワインは健康に害を及ぼす可能性があり、不正表示がされる恐れがある」との勧告を出していたのです。

「そこで私たちは、この問題に対する対応策を取りました。クロアチア政府から、『ワインに細菌が含まれていない』と証明書を出してもらっています」と、ラグス氏は話します。

今後、ワイン市場からますます目が離せなくなるでしょう。目の肥えた愛好家はもう、テロワール(terroir=土壌や気候などブドウ畑を取り巻く自然環境要因)だけでなく、テロワール概念を沿岸環境と海産物に当てはめつくられた造語“メロワール(merroir)”にも関心を持ち始めるかもしれません。

Source / Popular Mechanics
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。