にんべん「鰹節」× 白ワイン|時と手間というエッセンスが醸す味わい【連載:satokoの一杯逸品】
CEDRIC DIRADOURIAN
株式会社にんべん取締役社長・髙津伊兵衛(たかつ・いへえ)氏
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にんべん「鰹節」× 白ワイン 時と手間というエッセンスが醸す味わい【連載:satokoの一杯逸品】

ワインの奥深さに敬意を払う一方で、「ワインやシャンパンって肩肘を張らず、もっとカジュアルで、でもエレガントで…おいしくて、誰でも楽しめるオープンな世界」という哲学を持つワインスタイリストの藤﨑さん。

連載「satokoの一杯逸品」の第11回目は、ゲストをお迎えし「鰹節(かつおぶし)」という日本人にはなじみの深いシンプルな食品に着目して、「同じブドウ品種・同じ土地で育った異なる味わいの白ワイン」との組み合わせを楽しんでみたいと思います。そして、伝統ある“鰹節の世界”を掘り下げる対談をお届けします。

「鰹節」を使った品を肴(さかな)に考えたとき、やはり日本酒やビールを合わせたほうこそ合点がいく、イメージがつきやすいと思う人も多いのではないでしょうか。料理のお出汁(だし)にこそ使われることが多い「鰹節」ですが、今回は「鰹節」の味わいをメインに置き、ワインとのペアリングをぜひ試していただきたい…という提案をしたいと思います。

今回ゲストとしてお迎えしたのは、1699年(元禄12年)に創業し、いつの時代の家庭でも愛され続けてきた鰹節の名家「にんべん」、その取締役社長・髙津伊兵衛(たかつ・いへえ)氏。

メゾン ド モンティーユ『プイイ フュイッセ アン ヴェルジソン 2019(pouillyfuisse en vergisson maison de montille)』
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ラフージュ『オーセイ デュレス レ デュレス 2019(auxey duresses 1er les duresses rouge lafouge)』
ドメーヌ・ラフージュ『オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ・レ・デュレス2019』詳細

300年以上日本国民に愛され続けた「にんべん」の鰹節を使用した3品と、シャルドネ100%のフランス ブルゴーニュの斜面で育った、同じ特徴を持ちつつも違った味わいをみせるメゾン ド モンティーユ『プイィ フュイッセ アン ヴェルジソン 2019(Maison de Montille Pouilly-Fuisse en Vergisson)』と、ドメーヌ・ラフージュ『オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ・レ・デュレス2019(Domaine Lafouge Auxey Duresses 1er Cru Les Duresses)』の2本とのペアリングを考察していきます。

《NOTE》

■「プイィ・フュイッセ(Pouilly-Fuissé)」…マコン市(フランス中央部、ソーヌ川河畔に位置するブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏の都市)の南西部から南部に広がる…フュイッセ、シャントレ、ソリュトレ・プイィ、ヴェルジソンの4つの村が生産区域。いずれも面積が数平方キロメートルで、人口は250人~500人くらいの小さな村。Google地図 
■「オーセイ デュレス(Auxey Duresses)」…ブルゴーニュ地域圏コート=ドール県南部にある人口350人ほどの村。Google地図

ブルゴーニュの斜面で育った
同じ特徴のブドウ品種…、
どのように味わいは異なるのか?

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CEDRIC DIRADOURIAN

藤﨑さん今回、鰹節とのペアリングを考察するうえで、ご用意した2つの白ワインは正直非常に迷いました。白ワイン選びはとても難しいとおっしゃる人も多く、1)樽(たる)で発酵しているとしても優しい仕上がりになるのか、2)カリフォルニアのスタイルのように樽の香りを前面に出してくるのか、2通りの着地点があると感じているのです。「にんべん」の鰹節には、繊細でありながら芸術品のようなオーセンティックな香りがあります。その香りを邪魔せず、引き立たせることを意識し、ワインは選定しました。

選んだワインは2本。どちらもシャルドネ100%でフランスのブルゴーニュ地方で造られた白ワインになります。ただこの2本は、ブルゴーニュの中でも異なる地区で造られています。東京で例えると、中央区と港区のような(!?)、近いけど違うエリアという感じでしょうか。その少しの違いだけで、酸味の強さ、複雑な味わい、それぞれの特徴が出てきます。

では、まずは香りから楽しんでみてください。

髙津社長:まずは香りから...。お出汁と同じですね。弊社では、2000年頃より小中学校向けの食育活動をしていますが、そのときもよく子どもたちに「まずは香りから」とお伝えしているんですよ(笑)。どう表現したら良いのか分からないですが…、2本それぞれ香りの強さが違うことは分かります。

藤﨑さん:では、口に含んでみてください。

髙津社長:メゾン ド モンティーユ『プイィ フュイッセ アン ヴェルジソン 2019』のほうは、酸味が柔らかく、少しフルーティな味わいがありますね。甘みも後から感じてきました。

そして、ドメーヌ・ラフージュ『オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ・レ・デュレス2019』のほうは、のどの奥に感じるというのでしょうか…心地よい酸味を感じます。

藤﨑ん:WOW、素晴らしいテイスティングですね。そうなんです。この『プイィ フュイッセ』は、比較的酸味を際立たせるワイナリーが多いんです。特に2019年は、酸をしっかり出してくるワイン が多い中で、柔らかい酸味で仕上げてきている…、そんなワインなので今回、選定させていただきました。

『オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ・レ・デュレス2019』のほうは、2つの違う地区の境界線あたりで育っているので、香りは左の地区のもの、味わいは右の地区のもの、みたいに両者の地区の特徴を含んでいるので複雑な美味しさが出てきているワインです。ただ、その複雑な美味しさを表現しつつも、シンプルな酸味も活かせているワインになっています。

同じ鰹(かつお)を使っていても造る人によって「鰹節」の風味と味わい異なってくるのと同じような、そんな違いのある2本だとイメージが湧きやすいでしょうか。

フードペアリングとして、鰹節を使用した3品を用意してみました。

一品目
触感を楽しむ

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藤﨑ん:最初は、クリームチーズに本枯鰹節を和えた一品です。今回は、口の中でチーズと鰹節のハーモニーを存分に感じられるように、あえて塗るタイプのクリームチーズに混ぜ込みました。クラッカーとの触感も楽しみながら、2つの白ワインと一緒に食べてみてください。

髙津社長:おいしい。私は特に、クリームチーズと『オーセイ・デュレス・プルミエ・クリュ・レ・デュレス2019』の組み合わせが気に入りました。酸味をすごく感じつつ、ブドウの果実感もあって好きです。

藤﨑ん:鰹節には、1本軸の通った味わいがあると思っています。意外な組み合わせでも、しっかりマッチして意外な発見がそこにあります。

髙津社長:実は、クリームチーズと鰹節との組み合わせには思い入れがあります。今でこそ弊社は「日本橋だし場 はなれ」というレストランを展開していますが、その前は、飲食店を1日間借りして、社員とボランティアで飲食をやっていたことがあるんです。そのときにメニュー展開をしていたのが…鰹節とクリームチーズの組み合わせです。非常に好評だったのを思い出しました。

藤﨑ん:そのようなストーリーがあったんですね。

二品目
豆腐選びにもこだわりを…

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藤﨑ん:次はさっぱりと、シンプルに…。にんべん」の本枯鰹節 糸削り(血合い抜き)を冷奴とともに、白ワインを味わっていただきます。これだけ普通ですが、ポイントは、「かつお塩」(塩味)とともにいただいていてほしいことです。

髙津社長:細く糸状に削った鰹節でトッピング向けの商品なので、まさに多くのご家庭でやっていただいている非常に真似しやすい一品ですね。

藤﨑ん:そうですね。「にんべん」の鰹節はカツオの種類からその製造工程まで長い歴史の中で考え抜かれ、研ぎ澄まされた味であるので、実はお豆腐選びには悩みました。何にでも合うからこそ、どれを選べば良いのか…。木綿か? 絹か? より固いお豆腐か? 柔らかいものか? と。

どんな種類のお豆腐にもちろん合うと思いますが、最終的に私の中で「三之助とうふ(木綿)」を選びました。豆の甘みというまた違う要素が加味されるので、白ワインとの味わいも変わると思いました。

髙津社長:「三之助とうふ」ですか。白ワインとのペアリングも楽しみです。いただきます。

...シンプルにうまい! お豆腐がマイルドなので、「オーセイ デュレス」と共にいただいたほうが程よくクセが際立っていいですね。鰹節とともに弊社の「かつお塩」…つまり塩味も加えるととても美味しいと思いますよ。あれ? 「オーセイ デュレス」贔屓(びいき)になっていますかね?(笑)

藤﨑ん:良いと思います。楽しいですよね。ワインとのフードペアリングとは、自分の好みを探すプロセス。つまり、自分との対話ですね。自分が一体どういうワインが好きなのかを知ることです。それが、ワインとペアリングを楽しむ“遊び方”なんですから…。本連載で伝えたいことは、そう言うことなんです。

ちなみに、逆に髙津社長から「かつお塩」のおすすめの使い方はあったりしますか?

髙津社長:「かつお塩」は、提案いただいた豆腐にかけるのも良いですが、定番ですがゆで卵にかけてもおいしいですよ。他には、インスタントのスープに「かつお塩」ひと足しても香りが立って美味しくなります。

藤﨑ん:程よい塩味も加わって美味しそうですね。ひと手間って大事です。私はステーキに合わせてみても良さそうだと、いま思いました。お塩とワザビでステーキを味わう人も多いと思いますが、その中にちょっぴり「鰹節」の旨味を感じることで、より和食らしい味わいを演出できるのはないでしょうか。

髙津社長:弊社のレストラン「日本橋だし場 はなれ」では、唐揚げに「かつお塩」をかけるメニューもあるんです。レストランでは削りたての鰹節を粉にして、塩と半々で混ぜています。

藤﨑ん:素晴らしい組み合わせですね。鰹節は隣接した本店で削られているんですね。香りがより引き立ちますね。

髙津社長:そうですね。鰹節はすぐに酸化してしまうので時間が経過しまうと、香りが変わってしまいます。削られた鰹節は生鮮食品と言えるほど、どんどん変化していってしまいますので、レストランではその場で削り提供しているワケです。

藤﨑ん:ワインと同じですね。コルクを開けた瞬間から味わいと香りが変化していく点では…。そして、グラスに注がれてからの温度の変化によっても味わいがどんどん進化していきますからね。

三品目
「江戸レッシング」で漬けた浅漬け

にんべん「鰹節」× 白ワイン 時と手間というエッセンスが醸す味わい
CEDRIC DIRADOURIAN
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藤﨑ん:最後のフードペアリングです。「江戸レッシング」にて漬物をつくるアイデアは、貴社から教えていただきました。

今回は、漬物(ピクルス=酢や香辛料などをベースとした調味液に野菜などを漬け込んだもの)としては珍しい、15分ほどで仕上げています。

髙津社長:漬け込むと和風な雰囲気が前面に出てくるんですが、15分ほどだと、あっさりしていて良いですね。

藤﨑ん:これだけ簡単ですので、アウトドアなど、キャンプ場でのワインとの肴とかに丁度良いかもしれませんね。お野菜だけ持っていって、直前で漬ければ良いだけなので。

この「江戸レッシング」の浅漬けと一緒で、ワインもお出汁も最初はフレッシュな楽しみ方ができて、後からは旨味を感じることができます。

髙津社長:そうですね。温かさによる風味もそうですが、一番出汁か否かでも大きな違いが出てきます。

にんべん「鰹節」× 白ワイン 時と手間というエッセンスが醸す味わい【連載:satokoの一杯逸品】

「にんべん」鰹節の
味・香りの決め手は?

にんべん「鰹節」× 白ワイン|時と手間というエッセンスが醸す味わい【連載:satokoの一杯逸品】

藤﨑ん:今日は、鰹節をテーマにして白ワインを選んだペアリングを楽しんでいただきましたが、昔から日本国民に愛され続ける鰹節は、そのような人たちが手間暇(てまひま)を掛けて、ここまで進化させてきたのだろうと…ふと思うときがあります。

髙津社長:そもそもは保存食として歴史があります。昔からカツオは季節モノとして旬を味わえる魚の代表みたいな存在です。黒潮に乗って南のほうからくるので、一時期に

大量に獲れていたと思います。それを捌(さば)いて、煮て、燻して…、そうしないと日持ちしなかったんでしょうね。

藤﨑ん:燻し方や削り方、血合いの抜き方で、味は全く変わってくるものなんですか?

髙津社長:違いますね。工程もですが、最初のカツオの鮮度で変わる部分も大きいです。ただ、見た目だけでは分からないんです。すごくきれいな鰹節をつくっていたとしても、いざ削って見ると美味しくなかったりすることもあります。削る前の見た目だけではわからないんですよね。

藤﨑ん:ワインのブドウと一緒ですね。すごく熟したと期待してプレスしても、出来上がった後に、味が納得できないこともありますよね。そこから寝かして良いワインになるかは、その時点ではわからないワケです。だから、当たり年と良くない年があるんです。

ただ、実はブドウの出来が良くない年と言われても、寝かせることで生まれてくる良さも見えてきたりするので、鰹節とは違うかもしれませんが、“時間の経過”という意味ではワインは面白いんです。

髙津社長:鰹節で大切なのは最初の鮮度の部分ですが、加えて言うのであれば、あとは火加減ですね。温度が高すぎると火脹れ(ひぶくれ)をしたり、煮ている段階で温度が高すぎると締りすぎますし、逆にぬるいと間延びしたような細い節になったりするんです。なので、工程の中でも特に火加減は大切な工程です。

藤﨑ん:それぞれの工程で味見をしてみたいですね(笑)。私は、鰹節をひと削り目から順に食べていくテイスティングもしたいと思っていたんです。ひと削り目から順番に食べていくと、どのように味わいが変化していくのか興味があります。ワインの注ぎたてからの温度帯から全然表情が違ってくるのと同様に、楽しめそうです。

お出汁をとったときの繊細な香りの源は、削り方なのでしょうか? それとも素材の良さからですか?

髙津社長:両方ありますね。お出汁は表面積に応じてだしの出やすさというのがあるので、薄く削って表面積が増えれば、早い段階でふわっと香りも出てきます。なので、薄さも非常に大切です。

にんべん「鰹節」× 白ワイン 時と手間というエッセンスが醸す味わい【連載:satokoの一杯逸品】

“鰹節”という規格を世界に

藤﨑ん:ここまで、こだわりを持ってつくられ続けた長い歴史のある鰹節は、海外では徐々に注目されつつありますが、未だ世界中に広まりきってないイメージがあります。

髙津社長:そうですね。というのも、鰹節自体はEUには、規制によって輸出ができないのです。加工した調味料であれば輸出ができるんですが、それもEUの基準に準じた鰹節を使用した調味料でなければなければなりません。つまりは、EU専用の調味料

現在では、試行錯誤を繰り返した末、調味料は日本のものと変わらない味で出せていますが、やはり鰹節そのものは出せていないと感じています。

輸出できない理由は、鰹節に含まれる成分が「燻製品」の基準に触れてしまいます 。その原因となる成分を抑えるため、温度を低くして乾燥するつくり方はしているものの、風味は通常のものと異なってしまう...。そのジレンマがあります。鰹節特有の香ばしさがなく、どちらかというとスルメのような酸味がある仕上がりになるのです。まったく同じにはならないというワケです。

藤﨑ん:今後の課題・目標ですね。

髙津社長:私は、日本鰹節協会の会長理事も務めておりますが、将来的には「燻製品」という規格ではなく、「鰹節」という特有の規格を世界につくっていき、鰹節を広めたいと思っています。

そもそも日本国内にも鰹節の規格がありません。現在の削り節は日本農林水産省のJASという規格に該当しています。それに鰹節特有のJAS規格を新たに制定したいと思っています。日本からその規格を制定して、それを国際基準にしたいと思っています。

藤﨑ん:それこそ、日本酒もそうだったと思います。日本酒という定義が世界にはなくて、お米でつくったお酒というだけで日本酒と呼ばれていた時代がありました。例えば、スペインで造ったお米のお酒は、その定義なら日本酒になってしまうよな、と…。

それから2015年頃に、(国税庁、日本酒造組合中央会によって)日本酒の定義ができたと言われています。日本で造っているお米のお酒は日本酒(純日本国産のみに限定=地理的表示「GI」として保護)、海外のお米なら「Sake(清酒)」。どちらも日本のものと思っている人も多くいるそうですが...。基準ができることは、それだけ世界に認められているという証拠。鰹節もそうなるといいですね。本日は、ありがとうございました。

《Profile・経歴》
藤﨑聡子(Satoko FUJISAKI)
ワインスタイリスト

…1997年ワイン専門誌「ワイン王国」創刊、編集・作家担当・広告業務を担当。2003年ワインスタイリストとして独立。以後、男性ファッション誌、女性ファッション誌でシャンパン、ワイン、料理制作、スタイリング、レストラン紹介などを連載・執筆。

世界的に発刊されているワイン漫画『神の雫』では、シャンパン女番長としてワインと食材のマッチングコラムを2年半にわたり執筆。これはフランス、上海、北京、香港、台北、ソウル、アメリカで翻訳され現在も発売中。単行本では24巻から36巻まで収録されている。

レストランのワインリスト作成、メニュー開発、またスタッフに対するワインセミナーもジャンルを問わず手掛ける一方、ファッション撮影ではインテリアコーディネート、フードスタイリングなども担当構成。2014年12月、シャンパン100種類、メインディッシュは餃子、唐揚げをリスティングするラウンジ・Cave Cinderellaを東京・西麻布にオープン。

フランス・シャンパーニュ生産者組合団体・シャンパーニュ騎士団より2007年シュヴァリエ・ド・シャンパーニュ、2009年ジャーナリスト最年少でオフィシエ・ド・シャンパーニュを叙任。シャンパン、餃子、唐揚げ、ポテトフライ、ゴルフをこよなく愛する。

Photograph / Cedric Diradourian
Hair and make-up / BOTAN
Interviewer / Shane Saito