この多用途攻撃機、またその後には様々な派生機を展開することになる「トーネード(Tornado)」は、冷戦下のイギリス・西ドイツ・オランダ・イタリアが共同開発したMRCA(マルチロールコンバットエアクラフト・多用途戦闘機)になります。イギリスのブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーションと当時西ドイツにメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム、およびオランダのフォッカー・アエロプラーンバウとイタリアのフィアットがドイツに共同設立したパナヴィア・エアクラフトが製造しました。

 ではここで、この「トーネード」にとって忘れられない日のことを振り返ってみましょう。時は1991年1月17日になります。

 1990年8月2日のイラクによるクウェート侵攻をきっかけに、国際連合が多国籍軍の派遣を決定。そこで1991年1月17日にイラクへの空爆が開始されました。これが作戦名、「砂漠の嵐作戦」になります…。

 この日の朝8時半のこと、3機の「トーネード」が澄んだ空を猛スピードで滑空しました。湾岸戦争開始初日のジェット機一団は、サウジアラビア上空で燃料補給を終えたばかりであり、攻撃目標であるイラクの南の国境近くの巨大な飛行場へと向かってスピードを上げたのです。

 航空士のジョン・ニコルとパイロットのジョン・“J.P.”ピーターズは、その3機のうちの1機を操縦していました。ニコルさんはそのときの状況をこのように振り返っています。「ターゲットに接近したときは、体中をアドレナリンが駆け巡りました。タイミングは完璧でした。ターゲットを特定し、航空機の武器体系は指示をすれば爆弾を放つことが可能になっていました。そして1時間以内に、問題なく基地に戻れていたはずだったのです…」と。

 武器を搭載したイギリス空軍のジェット機は、爆発する炎の集中砲火の中を猛スピードで突き進んでいました。もちろん、「トーネード」の持ち味である低空飛行で…。しかし、重要な瞬間にそのジェット機の爆弾は発射されなかったのです。

  「デイリー・メール」紙のインタビューの中でニコルさんは、爆弾は発射の調整に問題があったため、「トーネード」のターゲットシステム自体が実質的に阻止してしまったのだと述べています。「コックピットの中はカオス状態でした。パイロットの“J.P.”は私に向かって叫んでいました。攻撃は失敗でした。それは武器システムの担当者である私のミスでした…」と。

 彼らが急いで退却を開始したときには、すでにイラク軍の赤外線探知装置はこの攻撃機を捉えていたのです。

 「1分間青空を見上げながら50フィート(15m)の高さを飛んでいたところ、ジェット機はカエデの葉のように落ちていきました。そして気がつくと、茶色の砂をぼんやりと見詰めていました…」とニコルさんは振り返ります。その後起こった出来事は、湾岸戦争の中でも最も悪名高いものの一つ。外に出された2名はイラク軍によって拘束され、そして拷問を受け、世界のメディアへの見せしめとされたわけです。

 自宅でその光景を見ていた多くの人の中に、当時子どもだったジェームス・ヒープスさんがいました。彼は後年、「トーネード」部隊の最後の空軍中佐のうちの一人へと成長したわけです。

 そしてこの「トーネード」は、その誕生からおよそ40年後となる2019年に、イギリス空軍から引退します。「『トーネード』を伝説にしたのは、『最初のCNN紛争』と言われるニュースチャンネルCNNが、このジェット機の命知らずな攻撃方法の様子を生中継で世界に実況報道したことだったでしょう…」と、ヒープスさんは述べています。さらにこうも言っています、「『トーネード』こそ、我々の世代のイギリス空軍の象徴になりました」と。

ヨーロッパの槍

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CPL ELLIE MARRIOTT RAF

 1991年の湾岸戦争こそ、「トーネード」が初めて経験した戦闘であったかもしれません。ですがそれは、ソビエト連邦との潜在的な冷戦時代の厳しさの中を生き延びるためには欠かせない武器として開発された、無骨な戦闘攻撃機だったのです。その目的にためにも「トーネード」は、核弾頭を放つか放たないかで一触即発の冷戦下でありながら、ドイツの森林のこずえをかすめるほどの低空飛行でソ連へ侵入することが可能なように開発されたわけです。

 もしもソ連の基地をデス・スター(映画『スター・ウォーズシリーズ』に登場する架空の宇宙要塞)に例えるなら、この「トーネード」こそが、ルーク・スカイウォーカーが乗り込む「Xウイング・スターファイター」と同じ活躍をしたはずです。

 国際的なエンジニアリング・コンサルタント会社「フレイザー・ナッシュ」のディレクターであり、防衛専門家のビル・ホドソン氏は、次のように述べています。

「『トーネード』の基本的な設計では、ソ連国内に入り込み目視での核攻撃、その次には低空飛行を行う…ことでした。そしてこの攻撃機は、敵の航空防御によって検知されることなく、夜間に250フィートで雲の中を飛ぶ世界最高の能力を保持していたのです」と。

 核が脅威の時代のため、「トーネード」はアビオニクスシステム(飛行時に使用される電子機器)が故障したとしても、乗組員が地図やストップウォッチを使用し、状況に応じては暗視ゴーグルを使用してオールドスクール式に手動からでも飛行することが可能だったのです。つまり乗組員が2人いることで、「トルネード」はこうした状況下での飛行できる設定だったわけです。

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RAF
パイロットのエドワード・スミスさん。

 初の欧州共同軍用機プロジェクトとなった「トーネード」は、ロシアの「MiG-29」や「SU-27」のような戦闘機の能力を持つようなマルチロール(多機能)戦闘機として設計され、イギリス・ドイツ・イタリアの3カ国共同会社として設立されたパナビア・エアクラフト社で開発されました。イギリスでは「トンカ(Tonka)」の愛称を持つこの戦闘機は、IDS(阻止攻撃):攻撃機型戦闘機、ECR(電子戦闘偵察):偵察機型戦闘機、ADV(防空型):防空戦闘機型戦闘機という参加3カ国の要望を満たすべく、3つの型式で開発されました。

 パイロットのエドワード・スミスさんは、1982年9月に「トーネード」のパイロットとしての再訓練のために選ばれたときには、ドイツの防空戦闘機「F-4 ファントムII(マクダネル・ダグラス)」のパイロットだったそうです。「『トーネード』は、NATO空軍に新たなレベルでの能力をもたらすことを期待されていました。あらゆる気象条件で昼夜を問わず、通常兵器とともに核兵器においても高い精度で敵に対して食らわすことのできる…という空軍の能力に革命をもたらすものとして期待されていたのです」と、今回のインタビューで話してくれました。

ハイテクでありながら低空飛行するという脅威

 「トーネード」には、真に革新的なものを提供するというプレッシャーがありました。航空機に革命をもたらすために、設計技師たちはいくつかの重要な技術的なトリックに目を向けたのです。

 まず目立った特徴としては、翼に組み込まれています。米軍の「F-14 トムキャット」と同じように、「トーネード」にはいわゆる可変翼と言われる構造が使用されています。「F-35」のように現代の戦闘機を含むほとんどの航空機は、固定翼が装備されています。しかし「トーネード」には、離陸の際には多くの揚力を得るための直線翼、そして巡航速度時には、良い気流に乗るために後退翼への構成へと変形することが可能だったのです。

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『トーネード(Tornado)』。

 さらに、恐ろしく甚大な損害を与える地上攻撃機には大きな視界が必要なため、「トーネード」には、同時に目標をスキャンしながら低空飛行することを可能にするため完全自動化された地形追跡処理を行うナビゲーションシステムと攻撃用ドップラーレーダーキットを備えていたのです。

 (「トーネード」部隊の最後の空軍中佐のうちの一人)ヒープさんは、次のように述べています。

 「ほんの少し前には、地平線から地平線まで見えていた星空が突然、私の頭上に狭く細長くしか見えなくなったことにハッと気づいたとき、髪の毛が逆立ったのを覚えています。移動している地図表示を見てみると、地形追従システムは戦闘機が狭く急勾配の山の谷間を飛んでいることを示していました。そのことで、一気に気が引き締まりました」と。

 砂漠でも、ラットビアン・ビレッジ(アメリカ・オマハ州に位置)の郊外に着陸する場合であっても、滑走路を建設するための十分なスペースを確保することが困難な場合もあります。けれども、「トーネード」はこの問題に対処するための方法も持ち合わせていました。この戦闘機の特徴は、優れた低速ハンドリング機能と着陸能力を与えた短距離着陸機能である「スラストリバーサ(逆噴射装置)」ジェットエンジンでした。この機能は、2500フィート(およそ762m)未満で停止することも可能にしていたのです。

「『トーネード』には着陸後にジェット推力を前方に偏向させるため、一部のエンジンテールパイプが蝶番状で固定されていることによって効果の出る(高速ジェット機としては非常に珍しい)スラストリバーサ(逆推力装置)が装備されているのです。この機能も、着陸距離を短くするための非常に効果的な方法だったのです」と、パイロットのスミスさんは続けて述べています。

危険地帯

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Panavia Tornado GR.1 - Gulf War 1991 flying video
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 「トーネード」は、森林に覆われ丘陵地帯が多いといったヨーロッパの地形の中で、パイロットのプロテクションを考えたうえでの低空飛行からの地上攻撃機として設計されていました。しかし、「砂漠の嵐作戦」に配備された60機の「トーネード」には、そのような避難場所は存在しなかったのは事実です。

 「中近東には、大規模な森林などありませんから…」と、イギリス空軍博物館の軍事歴史家クリス・ヘンドリックスさんは言っています。

 彼らの任務の多くは、滑走路を低空飛行で爆撃することや目視でスカッドミサイル攻撃をすることで、時には高度は50フィート(15m)の場合もあり、乗組員には隠れる場所すらなかったわけです。その高度では、カラシニコフ(史上最悪の大量殺戮兵器と異名をもつ銃)を抱えた1人の兵士からも、撃墜される可能性はあったのです。
 
 「大成功もしましたが、低高度での脆弱性に起因して、『トーネード』は連合軍の他の戦闘機よりも高い損失を被ることになったのです」と、ヘンドリックスさんは述べています。

核搭載機は空中戦闘機ではない

 「トーネード」は核戦争時下において、電子機器への依存を制限して戦うように設計されていました。なので、デジタル化が進む時代のアナログ機として、過去の爆撃機と多くの点で似通っていたわけです。

 つまり、このアナログ機といったメカニカルな性質とともに、2つの外部燃料タンクなしで飛行しなければならないという特徴から、この28トンの重量を持つ多用途攻撃機「トーネード」は、「『F-16』やフランスの『ミラージュ』といった同時代に存在した戦闘機よりも、操作性に難しさを感じる」と何人ものパイロットから証言を得ています。

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 またイギリス空軍では、ソビエト爆撃機に対して北海をパトロールする目的で設計された異形な迎撃機として配備されました。つまりこの機は、空中戦闘機としては設計されておらず、さらに向きを変えることも比較的困難だったようです。

 「この『トーネード』という戦闘機は 、激しい戦闘向けには設計されていません。5Gの重力を引き寄せることは可能でしたが、その状態を長く維持することは不可能でした。その代わりに低高度で遠くまで速く飛び、そして目標を定めると誘導化されていない爆弾を正確に狙うためにも、安定したプラットフォームであるように意図されていたのです」と、ヒープスさんは語っています。

 さらにヒープスさんは、「この『トーネード』はかなりの慣性航法を携えているため、その操縦性を『重い』または『動きが鈍い』と表現するパイロットも少なくなかった…」と付け加えてくれました。しかし、その能力においては、このヨーロッパ製の飛行機は目を見張るものでした。「先のことを予測し、地形を通じて「航空ライン」を予測することで、この『トーネード』は谷間や丘陵地帯周辺を滑らかにかつ優雅に猛スピードで飛んでいたのです」とも、ヒープスさんは誇らしげに話してくれました。

洗練されながら歳を重ねていった

 ポケットの中のスマートフォンのように、「技術進歩の急激なスピードによって、最も印象的なデザインですら即座に時代遅れのものにしてしまう…」ということもあります。ですが、40年以上前のものでありながら、より新しく、より速く、より滑らかな新型機が誕生して来ているにも関わらずアップデートを重ねることによって、この「トーネード」はNATO軍の武器庫の中でも手強いもので価値のあるものとして、その最前線の位置に君臨し続けることができたのでした。

 イギリス空軍の「GR.4」へのアップデートは、「トーネード」により優れた電子機器やアビオニクスシステムを提供し、誘導ミサイルを搭載した戦闘機として新たな基盤的役割に極めて適したものとして進化したのです。

 この「トーネード」はイギリス空軍の任務の1/3以上を占めるほどの、最も重要な高速ジェット機の財産であり続けました。そしてその運用当初からイラクやコソボ、さらにリビアやシリア国内でのISISに対する最近の軍事作戦といった、あらゆる主要な紛争において任務を遂行してきていたのです。

 これまでに1000機以上製造され、ドイツやサウジアラビアを含む他国の空軍では、引き続き使用されていくようです。

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TORNADO TO THE LAST | End of an era
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Source / POPULAR MECHANICS 
Translation / Kazuhiro Uchida 
※この翻訳は抄訳です。