※本記事では、『現実の本質にかかわる難題を問う4つの思考実験』の記事内で紹介しているひとつ「メアリーの部屋(“知識の議論”)」について解説していきます。
1982年、現在はオーストラリア国立大学の名誉教授である哲学者のフランク・ジャクソンは、1982年の"Epiphenomenal Qualia(随伴現象的クオリア)" さらに1986年の"What Mary Didn't Know(メアリーが知らなかったこと)" という論文の中で提示した哲学的思考実験、それがこのMary's Room(メアリーの部屋)です。
下のTEDのビデオによるとこの思考実験はそれ以降、コンピューターには人間の経験を持つことができないことの説明に使われているとのことです。
この思考実験は、性質二元論(この世界に存在する実体は一種類だが、それは心的な性質と物理的な性質という二つの性質を持っている、という考え)または中立一元論(。世界の究極的な実在として、物質的でも精神的でもない一種類の中間的なものとしての考え)の立場から物理主義(心的なものも含む宇宙は、全て物理的なものであるという立場)に対して展開されるものになります。しばしば知識論法(Knowledge Argument)とも呼ばれています。
この思考実験が発表された後にまとめられ、『』"There's Something About Mary(メアリーに首ったけ)"として2004年に公刊されました。ジャクソンはこの思考実験として、「メアリーという名の優れた神経学者は白黒の部屋に住んでおり、いままで色というものを一度も見たことはないものの、色覚の背後にある理論と実践に関する科学な知識は持っている」と想定します。
例えば前出のビデオでは、そのような人物であれば目の内部には、光の刺激に反応する3種類の錐体細胞(すいたいさいぼう=主に大脳皮質に存在する投射型興奮性神経細胞)があり、それらが視神経を通じて脳に電気信号を送ることで色が知覚されることを知っているだろうと言っています。
そしてジャクソンは、「メアリーのコンピューターが突然、ディスプレイに色を表示し始めた、あるいは彼女が白黒の部屋の外へ出た」と切り出します。そこでメアリーは、それまで持っていた知識には含まれていない新たな経験をするわけです。
この思考実験が示しているのは、経験することでしか発見できない非物質的な性質や知識があるということです。前出のビデオが言っているように、色の経験というのは色の知識を超越したものであり、抽象的な知識が現実の生活の全貌を完全に捉えることはできないことを意味しています。
哲学者たちはこの思考実験を、“知識の議論”と呼んでいます。彼らが言うには、経験には経験することはできても完全には説明しきれない、“クオリア(Qualia)”と呼ばれる主観的な特質があり、経験の中には言葉で言い表せないものもあるということです。
ジャクソンはその後考え方を改め、「スクリーンに映し出された色のついた画像を見るという経験は、脳内のイベントという観点から説明が可能だ」と言っています。
オープンアクセス・ジャーナルの「Philosophical Investigations」によれば、「彼は赤には、メアリーが完全に認識していた物理的性質以外には、何もないと信じるに至りました。今回彼は直接的な経験であっても、それは科学的には客観的で、脳内では完全に測定可能なイベントである。よって、すなわちメアリーのような理解力と専門知識を有する者であれば、理解することが可能だと結論づけています」とのことなのです。
Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。