宇宙飛行士たちは、宇宙でどのように食材を焼くのでしょうか?

簡単に思えるかもしれませんが、重力の影響やさまざまな制約がある宇宙空間で焼くという調理方法を試したこの実験は、想像するよりはるかに“ユニークな挑戦”と言えます。“宇宙で焼く”という未知の世界に一歩踏み出し、宇宙滞在中における調理技術の可能性を広げるでしょう。

宇宙空間における食事方法

地球では、食事の準備は日常的な活動です。私たちは毎日自分たちでつくるか、外でつくられた物を購入していることでしょう。しかし宇宙での食事の準備は、ほぼ全ての段階でユニークな課題に直面します。

そこでアメリカの宇宙飛行士で言えば、水で戻すフリーズドライ食品、ジャーキーやフルーツのような乾燥食品、注意深く調製されたパウチを組み合わせて摂取しています。例外として、にんにくや玉ねぎのような一部の食品が新鮮な状態で宇宙に送られることもあります。

さまざまな食事方法が摂られてはいますが、実際、宇宙や他の惑星で何かを焼いて調理することは可能になるのでしょうか? それには、こうした環境での長期滞在が可能かどうか? も含めて、さまざまな要因を考慮しなければならないでしょう。

国際宇宙ステーション(ISS)に地球から送られる食品は、事前に健康への配慮や安全性が確認されます。ステーションにはフードウォーマーがありますが、これは一般的なコンロや電子レンジのようには機能しません。生の食材を調理するには数時間かかるということですし、肉や卵はすでに調理済みの状態で送られています。

つまり、宇宙飛行士は少量の食品で調理はできますが、それはキッチンよりもむしろ寮の部屋で料理するような簡易なもの。宇宙飛行士サンドラ・マグナスの2008年の日記には、フードハック(食事のコツ)やどの成分を混ぜ合わせるべきかに関するヒントが書きつづられています。

ISSで14日間または最大で6カ月過ごす宇宙飛行士にとって、この食事は単調に感じられるかもしれませんが、何とか我慢できる範囲内ではないでしょうか。ただ、長期的な展望としてイーロン・マスクのような人々は、「将来、一般人を月や火星に住まわせることができる」と信じているところもあります…。

そうなると、農学や植物学のような重要な学問を専門とする民間人であっても、宇宙に行けば自分たちの慣れ親しんだ食べ物がつくれなくなるでしょう。そうしたこともあってNASAとSpaceXは、長い宇宙旅行によって人々の健康が損なわれる要因に注意を払っています。ましてや宇宙船での移動や将来の居住地での長期滞在を考えると、食事を万全に準備しなければなりません。

ただし伝統的な料理方法、特に焼くことに関しては、ISSのような宇宙船では電力を多く使用する可能性がありますし、宇宙の気圧内に適応させて焼くことのは非常に難しいかもしれません。

ISS船内で“焼く”という調理方法に関する第一の問題は、電力です。ISS全体で、日常毎時約75~90キロワットの電気を使用しているのです。シリコンバレーの電力会社は、「通常の電気オーブンが毎時2.3キロワット使用する」と見積もりました。これはISSで利用可能な電力の約3%に値します。加熱と冷却の両方には、非常に多くのエネルギーを必要するのです。

したがって通常の電気オーブンは、宇宙船には適さないと思われます。アメリカの多くの家庭では今でもガスオーブンを使用していますが、これは宇宙では馴染みのあるものではなく、酸素が不足し火災が起きれば大惨事になる可能性があります。電子レンジは予熱が不要で使用時間がはるかに短いため、実現的かもしれません。とは言え、実際には電子レンジで焼くことはかなり難しいようです。

クッキーを
実際に焼いてみたら…

クッキー
Xavi Talleda · Photo collection · (C)//Getty Images

2019年、Zero G Kitchen社は、宇宙飛行士が宇宙でクッキーを焼くことを初めて可能にしました。彼らはDoubletree Hotels社とNanoracksという機器会社と提携して、クッキー生地と必要なハードウェアをISSに送ったのです。

しかし、Zero G Kitchen社によるこのような挑戦は、これ一度きりのものになるかもしれません。なぜなら、同社の創設者であるイアン・フィッシュテンバウムとジョルダナ・フィッシュテンバウムは、常に新しいプロジェクトに挑みたいユニークな起業家だからです。イアンが興味のある「物流」と「エンジニアリング」、ジョルダナが興味のある「ホスピタリティ」という分野が組み合わさったからこそ、これが実施されたと言えます。イアンは次のように話しています。

「人々は宇宙ステーションの窓から外を見ることに憧れているかもしれません。ですが、どうやらその景色には3〜6カ月で飽きてしまうようです。となると、あと周りにあるものと言えば、大型の潜水艦やジャンボジェットぐらいの容積がある宇宙ステーション、そして乗組員との日常会話だけです。みんな遊びたいし、できればホテルやスパと同じような設備を望んでいます。

そこで選択肢を増やすために、できるだけ早く大型の宇宙ステーションをつくることが必要だと信じています」

そういう意味では、クッキーを焼くといった活動は、人々を注目させ気分を改善する素晴らしい方法のひとつと言えるでしょう。

宇宙ステーション
VICTOR HABBICK VISIONS/SCIENCE PHOTO LIBRARY//Getty Images

Zero G Kitchen社のオーブンは、トースターやヒートブランケットに見られるような伝統的な加熱コイルを使用しています。これなら、ISSで利用可能なわずかな電力で食品を加熱できるということ。

今回の実験でクッキー生地は小さなオーブンコンパートメントの中に配置された、MRI検査装置のような円筒形の小さな透明な容器に入れて焼かれました。 イアン氏は、「中央の空洞の周りに加熱コイルが配列されており、熱は空洞の中央に伝わるので、そこに注意深く食べ物を置きます」と説明しています。

実験では焼き時間は約25分から始め、何度も繰り返されました。最も上手く焼けているように見えるクッキーは、オーブンに入れてから2時間を経過したものでした。しかしこれでは、食べるには安全でない可能性があります。

なぜなら食品は、食品科学者が「危険ゾーン」と呼ぶ“細菌が繁殖可能となる、熱や寒さによって殺されたり抑制されたりする前の温度帯”をできるだけ素早く通過する必要があるからです。特に卵や乳製品を含む伝統的なクッキー生地の場合は、非常に重要なガイドラインとなります。

ISSでは、パンくずが出てしまうと機器の故障や火災を招く可能性が大のため、パンを持ち込むことを避けています。その代わりに、トルティーヤを食べることが習慣になっているとのこと。ですが今後は、宇宙クッキーが実現するかもしれません。もう少し平らにすれば焼く時間の短縮にもなり、成功するかもしれません。そしてヴィーガンの人なら知っているように、卵や乳製品などの傷みやすい材料を使わないで美味しいクッキーをつくる方法によって、問題は解決しそうです。

Translation / Yumi Suzuki
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Popular Mechanics