なんと素晴らしいことでしょう、またまたポルシェから新型の「911」が登場します。「またかよ、ポルシェもよくやるなぁ」と、あきれる人もいるかもしれません。ですが、出せば出すだけ売れるのです。それだけ熱烈な顧客を有している…それがポルシェなのです。どれだけ多くのバリエーションを投入しても、その供給を十分に満たす需要があるのですから、「凄まじきポルシェ人気」といったところでしょう。

「356 アメリカ・ロードスター」へのオマージュ

今回発表された最新作は、2021年6月より予約受注が開始された新型「911シリーズのGTSモデル5車種の中から「911カレラGTS カブリオレ」にフォーカスし、アメリカ・エディションとして進化させた「911 Carrera GTS Cabriolet America(911カレラGTS カブリオレ アメリカ)」です。

このモデルを解説するには、少々アメリカ=北米におけるポルシェの歴史をひも解く必要があるでしょう。それではカレンダーを戻しましょう。ポルシェが北米市場での販売を開始したのは、デザイン事務所として設立されたのちにシュトゥットガルトで製造・販売がスタートして間もない1950年のこと。それ以降、北米はポルシェを支える重要な市場へと、どんどん存在感を増すようになります。

その際、北米市場のキーマンとなったのがニューヨークでディーラーシップを展開していたマックス・ホフマン氏です。戦後大量に北米市場へと上陸し、成功を収めた英国製スポーツカーの動向を探っていたホフマン氏は、早くからポルシェにカブリオレ(*1)とは異なる安価でスパルタンなロードスター(*2)をリクエストしていました。そんな彼は、メルセデスに対して「300SL」のロードカーをつくるよう説得した人物としても知られています。

*1:「カブリオレ(Cabriolet)」とはフランス語で、もともとは屋根が開閉できる幌馬車を指す言葉。ちなみにドイツ語では「カブリオ(KCabriolett)」になります。ドイツ車やフランス車のオープンカー(和製英語)がカブリオレとなり、アメリカ車や英国車は「コンバーチブル(Convertible)」と呼ばれると考えていいでしょう。基本的にルーフのあるベース車を、折り畳み式ルーフにしたモデルに対し、カブリオレまたはコンバーチブルの名前がプラスされると考えていいでしょう。
*2:「ロードスター(Roadster)」はそもそも、屋根のない幌馬車を指す言葉であり、走行性能の高さを意味する言葉ではありません。とは言え、いくつかのメーカーで特別なモデルや走行性能が高いモデルに対して、「ロードスター」の名称が与えられることも多いのが現状。基本的にロードスターと呼ばれるオープンカーは、オープンカー専用設計のボディが与えられた折り畳み式のルームを持つ車を指します(多くは2シーター)。これを「スパイダー(Spider)」と呼ぶメーカーもあります。とは言え、いくつかのメーカーで、ルーフのある車を表現するのに「ロードスター」の言葉を使っていたりもします。またイタリアでは、スパイダー以外に専用ボディを持つオープンカーに「バルケッタ(Barchetta)」(イタリア語で小舟の意味)の名称がつくこともあります。

そこで当時のポルシェは、元戦闘機パイロットであり実業家でもあったシュトゥットガルトの実業家ハインリッヒ・ザウター氏が1951年に製作した「356カブリオレ」をベースにしたワンオフ・スペシャルオーダーに注目します。このモデルは、ザウター氏自身が所有するポルシェ「356」が重すぎるという理由から、軽量のスチールボディへと変更していました。

そしてポルシェは、このザウター氏のワンオフモデルを研究した末、1952年にアルミボディで製作したモデル、ポルシェ「356 アメリカ・ロードスター」を製作。そして1953年に北米市場で発売となります。このモデルはわずか約600kgという軽量な車体に、70hpを発揮する最新の「356 1500S」用の1488cc空冷水平対向4気筒OHVエンジンから最高速度約177m/hを誇るモデルとして、さらにその総生産台数は16台という超希少車として名高いモデルです。

そうして月日は流れ…この「356 アメリカ・ロードスター」の70周年を祝うモデルとして、2022年内に北米市場専用の限定生産モデルと発売されるモデルがここで紹介する「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」なのです。

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「356 アメリカ・ロードスター」(左)と、新たに発表された「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」(右)。
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その「356アメリカ・ロードスター」はアルミボディの2シーターで、思わず冗談かと笑ってしまうほどに、あらゆる無駄を削ぎ落としたデザインが特徴でした。

私(この原稿の筆者である、クリス・パーキンズ氏)は一度、ポルシェ博物館に展示されている貴重な1台を運転する僥倖(ぎょうこう)に恵まれましたが、ウィンカーさえ付いていなかったのには驚かされました。フロントを飾るポルシェのエンブレムさえ見当たりませんでした。製造されたのはわずか16台のみ。現存するのは11台と言われています。

「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」は北米限定115台

今回の「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」ですが、北米市場向けに115台のみの限定生産とされています。そのうちの100台がアメリカ合衆国、それ以外がカナダで販売される予定とのことです。「356アメリカ」の場合とは異なり、ベースモデルとの機械的性能は統一されています。基本的にはマニュアルトランスミッションとしてつくられた「カレラGTSカブリオレ」に、独自のエクステリアとインテリアのトリムを施したのが「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」となります。

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「アズールブルー356」と呼ばれるカラーリングで仕上げられていますが、これは写真の中で「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」と並んで雄姿を示す「356アメリカ・ロードスター」など、「356」の初期モデルに使われていたカラーリングのアレンジとのこと。「アメリカ」というテーマに沿うように、白と赤のアクセントが随所に用いられています。車体後部で威厳を放つエンブレムの「911カレラ」の文字は白、「GTS」には赤、そしてドアのデカールもまた同様の配色が施されています。ホイールも白を基調に赤のピンストライプが施されています。

フロントガラスのフレームは黒ですが、「356アメリカ・ロードスター」のあのクローム性の小型のフロントガラスを現代的に再解釈したデザインと言えるでしょう。「スタイル・ポルシェ」のデザイナーであるグラント・ラーソン氏いわく、「目立ち過ぎない控え目さと、目を見張るほどの派手さ、その中間を狙った」とのこと。アメリカ生まれのラーソン氏は、「1976年のアメリカ建国200年祭の当時につくられた記念品などのデザインをよく記憶している」と言います。あのような派手さを避け、抑えの効いたデザインを心がけたということでしょう。

赤と白のアクセントはインテリアにも生かされていますが、ステッチについては白ではなく「ペブルグレー」の糸が用いられ、黒革の素材とよくなじむように工夫の跡が見られます。とは言え、これはより繊細な仕上げを望む顧客に対してのみ提供されるオプションに過ぎません。

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ドアシル(編集注:ドアの下に位置する敷居部分のこと)は、「1952-1992-2022-70 Years America Roadster」と記されたプレートで飾られています。「1992?」と思った人もいるかもしれません。実はこの年に、「964」の限定モデルとしてワイドボディの「911カレラ2カブリオレ」を生産したポルシェは、「アメリカ・ロードスター」の呼称を復活させているのです。約250台が製造されましたが、当時の空冷仕様の「911」がもてはやされる昨今においても特に知名度が高い1台とは言えません。

今回の「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」には、「964アメリカ・ロードスター」の系譜と呼ぶべき具体的なディテールこそ見受けられないものの、その精神性には確かに通ずるものがあります。いずれの車も基本的には少量生産、そしてオープントップの「911カレラ」のアップグレードと捉えることができるからです。

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「911カレラGTSカブリオレ・アメリカ」の希望小売価格ですが、18万6370ドル(約2500万円)となっており、15万850ドル(約2000万円強)の「カレラGTSカブリオレ」に比べて大きなプレミアが付けられています。インテリアパッケージに特別仕様を追加するなら、さらに7510ドル(約100万円)が加算されるとのこと。ベースモデルより35000ドル(約470万円強)も割高のカラー&トリムのパッケージとは言え、115台限定なら即座に売り切れてしまうことでしょう。

そのような予想が批評家やディーラーに至るまで、満場一致に近いカタチでなされる現状から思えば、「なぜポルシェがこのような限定モデルを生産するのか?」…それを疑問に思うことすらヤボなことかもしれません。

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Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です