2020年1月10日(現地時間)に、米放送局HBOの2部構成のドキュメンタリー『Tiger』の第1弾が放送されました。最初にタイガーの父であるアール・ウッズの過去の肉声と共に、少年期のタイガーの映像が映し出されます。そして夢多き年ごろの息子タイガーに対して、「彼はゴルフを超越する」といった父としてのバイアスのかかった予言が展開されます。ですがそれは、さまざまな意味で実現することになります。

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 そして、第1弾の『Tiger』が始まってたった100秒後には、史上最高のゴルファーであるタイガー・ウッズが逮捕後、写真を撮影する部屋に向かって裸足でゆっくりと移動していく様子が映し出されます。この写真は、皆さんもご覧になったことがあるかもしれません。もしくは、そのときの話や、その前のスキャンダルについても聞いたことがあるでしょう。

 2009年に、タイガー・ウッズの問題行動が明るみに出ました。多くの女性と不倫を重ね、妻のエリン・ノルデグレンを始め多くの女性を苦しめたのです。当時、「10人以上の女性と、同時に親密な関係を持っていたに間違いない」と言われていました。自らの評判を落とさないため大金を支払った女性たち、すべて終わった後に彼の人生から切り捨てた友人やパートナー。すべてが恥ずべきことであり、すべてが残念なことでした。

new york, ny   june 03  festivalgoers hold up a tiger woods mugshot totem during the 2017 governors ball music festival   day 2 at randalls island on june 3, 2017 in new york city  photo by steven ferdmangetty images
Steven Ferdman//Getty Images
2017年、ニューヨークのランドールズ・アイランドで開催される音楽フェスティバルの「ガバナーズ・ボール・ミュージック・フェスティバル」の参加者が、タイガー・ウッズのマグショット(逮捕後の写真)を掲げています。

 このニュースが報じられてから12年もの間、タイガー・ウッズは世論という法廷でこの「タイガー・ウッズ事件」における唯一の被告となってきました。そして現在、2021 年1月10日から放映がスタートしたこのドキュメンタリー『Tiger』と共に、彼の人生とキャリアが再びクローズアップされています。

 このドキュメンタリー内では、ウッズの道徳的な失態をきっかけに、不倫よりも不穏な何かが起きていたことも感じることができるかもしれません。膨らむ暗雲は、彼のすぐ目の前に長い期間にわたって存在していたのです。そしてその責任は、私たちにもあるのです。

 この映画の監督、マシュー・ハイネマン(代表作『カルテル・ランド』)とマシュー・ハマチェック(代表作『アマンダ・ノックス』)は、多くの人々がこのドキュメンタリーに求めているものをズバリ把握しているかのようです。

 逮捕後の写真、愛人、事故現場、さらにドナルド・トランプがホワイトハウスの会議室を占拠するまで見たこともなかった奇妙な記者会見のシーンなど。そう、ゴルフコース外のアーカイブ映像、グリーンジャケット、幼いエルドリック(タイガーの本名)の完璧なスイング、そして骨折した足で出場した全米オープンなど。特にアーカイブ映像がこの映画の中心となっており、タイガーがそのすべての中心となっています。

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Tiger (2021): Official Trailer | HBO
Tiger (2021): Official Trailer | HBO thumnail
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 この新番組に関しての情報が解禁になった際に、タイガー・ウッズの信仰者たちはウッズの罪がここで改めて蒸し返されることに対して大きな懸念を抱いていました。このドキュメンタリーのことを、「ウッズの人生を悲劇として描いている」と主張する人々、「悪質な攻撃であり、傷ついた愛人や恨みを持つ人からの手紙だ」と主張する人々もいました…。

 そんな彼らの不満は、「スキャンダルの内容が蒸し返されたこと」以上に、「ドキュメンタリーの描き方がスキャンダルに重きを置きすぎている」という点でした。しかしながら、ウッズに恨みを持つ人々が存在していることは否定できません。そんな方々がこのドキュメンタリー内では登場し、それぞれ「怒り」というよりも「悲しみ」の表情で語っています。

 すべての中心となった女性である、レイチェル・ウチテルも沈黙を破っています。また、ウッズの長年のキャディーであったスティーブ・ウィリアムズも、突然ウッズに見捨てられたときのことを説明しています。

 高校時代の恋人であったディナ・グラヴェルは、ウッズの両親の画策によって突然訪れた別れを明かしました。しかしながら、このドキュメンタリーに登場する人々の中に、ウッズを中傷する方は一人もいなかったことは確かです。自らの経験した事実を、そのまま語っているだけでした。

 そしてこれらの逸話は、ウッズという人間のすべてではありません。ごく一部分の行動であり、彼がこれまで成し遂げてきた偉業とは別世界のものです。そのことを理解することを前提にするならば、このドキュメンタリーはわれわれに、2021年の文脈で事件全体を見直す機会を与える絶好の機会となるでしょう。さらにウッズのファンもアンチも、数多いるプロゴルファーの中でも彼は、逸脱した成績を残してきた伝説的選手であることを再確認できるはずです。

 この物語には、確かに悲劇があります。しかしタイガー・ウッズは、この物語の登場人物の中における最大の悪役ではありません。真の悪者は、タブロイドメディアのメンバーであり、さらには物語の中心にいる女性たちに嫌がらせをしたきた現場の兵士(記者)たちと言えるでしょう。

 さらに、ウッズのこの失敗に対して喜びを得た大衆の存在も…です。そんなメディアと取り巻く人々によって、この問題はさらに悪化していった…と言えるのです。これが、メディアにおける悪循環です。

 何かがヒットし、その状態が続くと、もう止めることはできません。記事へのトラフィック、ストーリーに集まる注目、店頭で売り切れる新聞や雑誌…。すべてが非常に中毒性の高いドラッグのようなものです。機械に燃料を与えるように、読者や視聴者が求めているのなら、回を重ねるごとに盛りを増しながら提供していく…。さらに重ねて、受け取る側の大衆も膨張していきます。そしてそれらは、宇宙空間に放り投げられた物体のごとく、次なる星に到達するまで走り続ける…つまり、そこで正当化されるわけです。

 その空間では、感受性や思いやりはどんどん希釈されてきます。ウッズと関係を持っていたと名乗り出る女性の数が増えるにつれてメディアが加熱していった理由も、理解できることでしょう。メディア側は人々の飽くなき欲求に基づいて、時には物語を筋書きに適度なスパイスを加えるも、それを正当化していくものなのです。 

 「タイガー・ウッズがどれだけセックスに依存していたか?」を知ることで、誰かの人生が改善されるでしょうか? その答えは皆さんわかっているはずです。この狂乱によって、実際の被害者である人々の生活にどのような変化がもたらされたか? 皆さんここで、思いやりの心と共に少し考えてみてください。それは元妻のエリン・ノルデグレン、二人の息子であるサムとチャーリー・ウッズ、そしてその他ウッズの呪縛にかかった女性たちのことです。


 多くの人が知っているタイガー・ウッズの物語の真の悪は、ドキュメンタリーのパート2に登場します。その名は、ニール・ボールトン。彼は、『National Enquirer』誌の元編集者です。彼が自分自身と『National Enquirer』誌について語る様子が、この問題の全貌を物語っています。

 「タイガー・ウッズの話は、大きな教訓です」と、ボールトンは始めます。そして、こう語り続けます。

 「自らがつくり上げた自分のイメージには、ケアが必要です。そこには、偽りが必要となります。このことは、とても重要なことです。なぜなら、ひとつ綻(ほころ)びが見えたら、すべてが崩れ落ちる可能性があるからなのです。『National Enquirer』には、人々を中傷してきた歴史があります。そこで働くわたしたち記者は、『アメリカの大衆の多くは、セレブリティたちの失墜物語が大好き』ということを深く理解しています。なので、そんな大衆たちに食欲に対し、凄まじい勢いでかなえてあげたのです」とのこと。

「黒人を自分たちよりも劣った存在だと思いたい人たちを、喜ばせることになると知っていました」

 ボールトンは、恥ずべき言葉を躊躇することなく口にしています。それはまるで、アメリカ国民の最悪の衝動を迎合してあおることこそが、自らの誇りであるかのように…。しかしながらそれこそ、ゴシップメディア『Enquirer』誌がやってきたことなのです(「Esquire」にちょっとつづりが似ていますが、間違えないでください)。さらにボールトンは、駐車場までウッズと女性を追いかけ回し、不倫を否定された際の保険として、捨てられたタンポンを回収した記者の話をうれしそうに思い出していました。

 こうした記者たちは、ウッズ自身がつけた火にガソリンを注いだ後も、止まることがありません。ウチテルとの不倫報道と共に、あの悪名高い自動車事故から始まったウッズ自身のアルマゲドン。その後の報道はひどいもので、人種差別的な面もありました。ジャーナリストのブライアント・ガンベルは、この問題について次のように考えています。

 「黒人の家庭では、 何か事件が起きるごとにそこの年長者が、『(加害者である)彼が、黒人でないことを願うよ』と言うのが日常的でした。なぜなら、黒人が加害者になった場合、『黒人は自分たちよりも劣った存在だ』と思いたい人たちを喜ばせることになることを知っていたからです。人種は、なおも不利に働きます。ウッズを嫌っていた人たちは、『彼は実は〇〇だった』などという彼を貶(おとし)める理由を常に探していましたので。そしてあのとき、待ち望んでいた瞬間が訪れたわけです」

 ウッズがトーナメントに復帰するまで、メディアを通してウッズを非難し続けた人物の中には、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ元チェアマンであるビリー・ペインもいました。このドキュメンタリーで「LAタイムズ」紙のライター、トーマス・ボンクがこれを「公開鞭打ちの刑」と呼んでいます。また、「これがトーナメントの白人チャンピオンであれば、行われなかった仕打ちだろう」とも話します。ボンクは、オーガスタに残る人種差別的傾向の証拠として、記者会見の例を挙げています。

 「オーガスタでビリー・ペインがやったことは、ひどいものでした」と、ガンベルは続けます。「タイガーの家族や妻が怒り、失望し、動揺したのは当然です。しかしながら、この忌々しいゴルフクラブの会長には、そんな権利はないはずです。いったい何様のつもりなのでしょうか…」とのこと。このペインの発言に大きく影響され、アメリカ中がタイガー・ウッズを非難し続けるようになったということも事実と言えるでしょう。

augusta, ga   april 08  a plane flies over augusta national golf club as tiger woods not pictured tees off during the first round of the 2010 masters tournament at augusta national golf club on april 8, 2010 in augusta, georgia  photo by jamie squiregetty images
Jamie Squire//Getty Images
ウッズはスキャンダル後、2010年開催のマスターズ・トーナメントでゴルフ界へと復帰しました。

 この手の話が大きなニュースになることは、現在のアメリカでは避けられないことも事実です。悲しいことに、急速に腐っていくアメリカの文化にとって、それは報道するべき価値のある話だったのです。このウッズの事件が、スポンサー関係や彼の精神面に影響を与えたのも当然ことです。

 こうした状況下、集中力の高さに関しても卓越した才能を擁するウッズですら、自分のゴルフを守り続けることは困難だったに違いありません。それに関しては、メディアの報道に関係なく避けられなかったことでしょう。しかしながら彼は、加害者側であることが事実なのです。そのことに対しては、真摯な姿勢で対峙しなくてはならないでしょう。

 ですがウッズの妻、そしてウッズが関係を持った女性たちは違います。彼女たちは、すでに被害者なのです。ウッズの行動によって、被害者たちにはすでに大きな痛みを味わっていたのです。それだけで十分苦痛だったところ、さらにガンベルの言うところの「メディアによる、復讐の瞬間の執拗な追求」によって、不条理な詮索を改めて受けることになったのですから。

 「あなたは、『Oh Baby I Like It Raw』という曲のファンですか?」と、家を出ようとしたウチテルにパパラッチが叫びます。そして、「検査を受けたほうがいいと思いますよ、性病が問題になっていますからね」と、別のパパラッチが続けます。ウチテルはそれときのことを、「これまでの人生の中で、最悪の瞬間だった」と言っています。ノルデグレンは、メディアから守るため、2人の小さな子供たちを隠れて育てることを余儀なくされました。

 元妻であるノルデグレンは、そんな仕打ちを受けるような悪いことなど何もしていません。しかしながら、メディアの恰好の餌食(えじき)となってしまいました。「14人の愛人について、どう思いますか?」と、パパラッチは彼女に叫びます。

 ノルデグレンの離婚調停についてお笑いタレントのビル・バーは、「この国には金目当ての売春婦がまん延している」と発言していました。また、コメディアンのジョイ・ベハーはABCテレビのトーク番組『The View』で、ウチテルのことを「売春婦」と呼んでいます。さらにコメディアンのジェイ・レノに関しては、「タイガー・ウッズが寝た女性の人数」のカウンターまでつくって話のネタにしていました。

 しかしながら、こうも言えます。「わたしたち視聴者こそが、この悪の根源だ」ということです。私たちがこうした話に注目することによって、被害者である彼女たちを餌食にしたとも言えるのです…。

 そして、前出の『National Enquirer』誌の元編集者ボールトンはこれらの情報に関してを、「“偉大”なるアメリカのエンターテインメント」と呼んでいます。これは(現状のアメリカにとって)腹立たしいほど正解な表現と言えるものです。

Source / ESQUIRE US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。