前編から続きます)

社長兼CEOのレイナルド・アッシェリマンに直撃

オメガの社長兼CEOのレイナルド・アッシェリマン氏は、エスクァイア英国版の取材に対して、次のように述べています。

「『コロナ禍だから少しはスローダウンしたらどう?』と誰もが私に言います。ところであの『クロノチャイム』(ミニッツリピーター搭載の前出2モデル)は、私がCEOに就任してから長い時間を費やして秘密裡に進めてきたプロジェクトです。私はどちらかというとおしゃべりな人間ですから、内緒にしておくのは大変でした!

あのアイデアには自信がありました。それは、『例え5年間のうちに大きな技術革新が起きたとしても通用するアイデアだ』ということ。なので、あらゆる人々を説得しなくてはならなかったのです。そしてそこでは、私たちのブランドの持つ魔法の力も示されました。すなわち、『50万ポンドの時計をただ売るだけのブランドではない』ということを人々に納得させる魔法です。私たちオメガには、それを可能にする力が備わっているのです。もちろん、これは決してオメガのDNAに反することではありません。今あるオメガの成功は、文字盤を変えることだけで築き上げられてきたものなどではないのですから」

事実としてオメガは、その時代におけるクールを追求し続けてきたという稀有な歴史を持っています。「スペースエイジ(宇宙時代)」と呼ばれた1960~70年代のモデルをひと目見たことがある人なら、オメガがいかに実験的で奇想天外なブランドであるかよくご存知のはず。超大型のダイビングウォッチ「プロプロフ」、映画『2001年宇宙の旅』の小道具を思わせる1969年型「フライトマスター」、1976年のモントリオール・オリンピックの電光掲示板を模しながらアナログとデジタルを融合してみせた「シーマスター クロノクォーツ」といったモデルを思い浮かべてみてください。

市場調査や販売予想を根拠に生み出されたモデルでないことは、いずれも一目瞭然でしょう。そのような歴史の流れから見ても、2022年はオメガにとってまさに画期的な年となりました。

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Michael Kovac//Getty Images
映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の発表記念イベントに出席したオメガの社長兼CEOのレイナルド・アッシェリマン氏。右は俳優のジャスティン・ハートレイ。

「確かに記念すべき一年でした」と、アッシェリマン氏も思わず笑みをこぼします。「オリンピックの開かれる年は、いつだってオメガにとって特別です(記念モデルのリリースが必ずあるのです)。確かに2022年は、北京オリンピックがありました。ですが、それ以上に新製品の開発に全力を注ぎ込んだのがこの年でした」

「ムーンスウォッチ」について何を語るのか?

とは言うものの、あの「ムーンスウォッチ」はどう考えてもスウォッチ主導のプロジェクトであり、グループを統括するCEOのニック・ハイエック氏の発案によるものだったはずです。アッシェリマン氏自身、そのことをどう考えているのでしょうか? 大成功ではありましたが、カオスともなったお店前の混雑や店舗の閉鎖といった大騒動は、果たして予期されたものだったのでしょうか?

「確かに、ハイエック氏とは事前に話し合いました。いくつもの(異なったモデルの)可能性があったことは事実ですが、中でもあのオプションが最高だと判断したのです。なぜかと言えば、あの『スピードマスター ムーンウォッチ』が、そもそも刺激に満ちた時計だからです。価格設定に関して言えば、あれこそ民主主義的と呼ぶべきものではないでしょうか。2つのブランドの、いずれの強化にもつながりますし、そして何よりあの『スピードマスター』を新たな世代に対して示す、実に画期的な手段とは思いませんか。それが成功したということです」

結果は目論見どおりに。ですが、失敗の可能性もなかったわけではありません。それを覚悟した人も少なからずいたはずです。

 
LEON NEAL/GETTY IMAGES
ロンドンにあるスウォッチショップでも日本同様、「ムーンスウォッチ」を求める人で店の前には黒山の人だかりとなりました。

「確かにね!」と言って、アッシェリマン氏は笑います。

「初めからこれほどの大成功を確信していたわけではありません。『こうなることはわかっていた』などと大口を叩けば、それは傲慢に過ぎません。『もっと多く生産すべきだった』とは言えるかもしれませんが、顧客中心主義という原点を忘れてしまってはいけません。あの時計を手に取る人なら、きっと細部にまで注意を向けるに違いありません。スウォッチ流の時計づくりを行ないましたが、ケースバックの設計からバッテリーの格納に至るまで、あらゆるディテールが本来の『スピードマスター』で取り入れている方法論に則したままで仕上げています。私たちは物づくりのブランドです。ただのコラボレーションというだけなら、人々があれほどの行列をなすことなどあり得なかったでしょう。つまり、いわゆるコラボレーションを超越したものだったということです」

時計コンサルタントは2022年のオメガをどう見るのか?

「今年度だけであれだけ多様なモデルを展開したのは、戦略的観点からも非常に賢明だったと言えるでしょう」と述べているのは、スイスの時計産業専門コンサルティングファーム、LuxeConsult(リュクスコンサルト)の戦略コンサルタントとして、モルガン・スタンレーでの分析を担当するオリバー・ミュラー氏です。

「オメガとスウォッチのコラボは、他メゾンかすれば一笑に付されるアイデアだったかもしれません。ですが、私の意見は異なります。あの『ムーンスウォッチ』は、例えて言うならカール・ラガーフェルドとH&Mのコラボレーションのようなものです。そのことでラガーフェルドの評価にキズがつくようなことがあったでしょうか? 事実はむしろその逆でしたよね」

つまり、リスクを取ったことでオメガの知名度はさらに高まり、ビジネスとしても無意味な結果ではなかったのだと、ミュラー氏は言っているのです。

「近年のオメガの販売価格の中央値は、世界的に見て7000ユーロ(約99万円)に達しています。25年前にはその3分の1程度に過ぎませんでした。この数字だけを見ても、同社がいかに急速な成長を遂げているのかがわかるでしょう。さらにそこに超高額な『クロノチャイム』を投下したのですから、『オメガは何を考えているのやら…』と感じた人がいても全く不思議ではありません。

しかし、戦略としては正解でした。同様の展開を毎年のように行う必要などありません。ただし、一度どこかでやっておくのは無意味なことではないのです。次に彼らがいつ、あのような特殊なモデルをまた打ち出してくるのかは、私には想像もつきません。ですが、あのことによってブランドへの信頼は高まり、正統性が認められ、価値がさらに押し上げられたという見方ができることは間違いないように思います」

他のブランドはなぜオメガの戦略を見習おうとしないのか、という疑問に対する答えは単純です。つまり、できないのです。スウォッチ・グループ傘下のオメガは、グループ内のリソースを自由に使うことができるという特権的立場にあります。50カ国に約3万6000人の従業員を擁し、さらにブランパン、ブレゲ、ティソ、ラドー、ハミルトン、ジャケ・ドローなど、ハイエンドからエントリーまで幅広いレベルの時計ブランドが同じ傘下に加わっているのです。

ラドーはセラミックケースのエキスパートで、ブランパンは1953年に近代的なダイバーズウォッチの名機「フィフティファゾムス」を開発したという確固たる伝統を持っています。つまり、ポップなプラスチックの時計をつくりたければスウォッチと組み、複雑を極めたチャイムウォッチなら、18世紀にまでさかのぼる歴史を誇るブランパンという強い味方がいるのです。C.O.S.C.(スイス公式クロノメーター検定機関)によるクロノメーター検定に加え、METAS(スイス連邦計量・認定局)によるマスタークロノメーター認定を受けているばかりか、名機「キャリバー321」にも流用されているブレゲの自社製手巻きクロノグラフムーブメント、シリコンなど新素材の研究開発などなど、グループ内で生み出されている革新的な技術を数え上げればきりがありません。

「私は毎日10時間から12時間、モルガン・スタンレーの立場から時計市場のあらゆる側面を分析しています。しかしながら、一貫したブランド戦略を持っていると感じさせてくれるブランドはほとんど見当たりません」とミュラー氏は言います。

「ブライトリングやオーデマ・ピゲなどには、一貫性が認められます。ロレックスは時計産業において、比類なき地位を確立したブランドです。しかし、こと研究開発の点においてはオメガが世界最強だと思います」

「できるからといって何でもすれば良いという話ではない」、というのは常識です。しかし、「面白そうならやってしまえと」いう信念が、オメガの根底にはあるのではないでしょうか。つまり、「追求すべきは楽しさ」という発想です。

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OMEGA
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OMEGA

「スピードマスター ムーンウォッチ」は確かに、「月面着陸した世界で唯一の腕時計」かもしれません。ですが、だからと言って2020年の「シルバースヌーピーアワード50周年記念モデル」のようにNASAのマスコットだからという理由だけでスヌーピーをケースバックにあしらったり、宇宙服を着せて文字盤に躍らせたりする必要などあったのでしょうか。

他のライバルブランドの取締役会では、到底許されない企画でしょう。

「例えて言うなら、パテック フィリップのハイエンド・コンプリケーションに求められるようなシリアスさを、全て捨て去ってしまうことがオメガには可能なのです」と、ミュラー氏は言います。「むしろわれわれは、他社との競争ばかりに汗を流しているのではないという態度。『これぞわが社の時計づくりぞ』と胸を張るのが、オメガなのです」

機械式時計の世界が危うく崩壊しかけた1980年代のクォーツショックが過ぎた後、1996年になって入社したのがオメガの現CEOのレイナルド・アッシェリマン氏です。国際および販売部門の担当副社長を経て、2016年にCEO就任を果たしました。時計職人であった祖父の血を引いています。

2023年、オメガの向かう先は?

アッシェリマン氏の友人を自認するミュラー氏に、「現在のオメガの性質は、どの程度CEOの影響を受けたものであるのか?」を訊ねてみました。

「ブランドの舵取りと個人的エゴとは、全くの別物であるべきです。アッシェリマン氏がCEOに着任するよりずっと以前から続いてきたブランドであり、退任後にも存在し続けるものなのです。とは言え、彼の影響力は決して小さくありません。商品開発部門の責任者であるグレゴリー・キスリング氏のように、極めて知的かつ専門技術に長けた人材を登用するだけの知性をアッシェリマン氏は備えています。1970年代の頭まで、オメガは世界ナンバーワンの時計ブランドだったというのは興味深い点でしょう。私の個人的な意見に過ぎないかもしれませんが、今のオメガはさらなる飛躍の可能性を秘めています」

「あのスヌーピーについては、実はスイス随一という名医を前にプレゼンテーションをする機会があったのです」と、アッシェリマン氏は振り返ります。「自由に話して良いということだったので、遠慮なくそうさせてもらうことにしたのです。まず、テクノロジーと感情との関係について切り出しました。『科学者として最も優れた能力を持つ人でも、社会性が育まれていなければ挨拶さえままならないだろう』とね。

そこでスヌーピーの出番なのです。スヌーピーこそまさに感情の代弁者です。だからこそ『シルバースヌーピーアワード50周年記念モデル』の、あの『スピードマスター』をつくると宣言したのです。『人々の感情のレベルを引き上げなければ、いくら技術的進歩を成し遂げたところで世界が良くなることなどないはずだ』と訴えました。医師は私を変人だと思ったようです。でも、当ブランドの顧客である人々は理解を示してくれました」

ここで1つの疑問が生じます。果たしてオメガは、2023年に何を企んでいるのでしょうか?

「それはまだ秘密です」とアッシェリマン氏。「ですが1月の下旬には、『何か時計業界にとって非常に大きな意味を持つ、最先端の芸術的な時計が誕生する予定である』とだけお伝えしておきましょう。それは、新たなイノベーションの詰め込まれた作品です。それこそ、それがオメガの在り方。人々を笑顔にする、そんな時計を世に送り出していきたいのです」

Source / Esquire UK
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です