ロルフ・スチューダー氏の願いはただ一つ。「人々を幸せにする時計づくり」、その一点です。

スチューダー氏がCO-CEO(共同経営者)を務めるスイスの時計ブランド、オリス(ORIS)ですが、そうそうたる顔ぶれのスイスの名門時計ブランドとは少し異なる立ち位置にあることは否定できません。なにしろ独自の戦略で、ライバルひしめくスイスで120年近く時計づくりを続けてきた老舗ブランドなのですから。

オリスの時計の中には、オメガの3割ほどの価格で手に入るものもあります。ですが、「クオリティがその程度」という話では当然ありません。オリスの時計と言えば、完成度の高さと美しいデザインに定評があり、2000~4000ポンド(約33~66万円)の価格帯では他に類を見ないほどの高性能と個性を秘めています(より高級な腕腕時計も、当然ラインナップされています)。「スイス製腕時計の中にあって、最もお得な名門ブランド」とも評されるのが、このオリスなのです。

時計コレクターや時計ブロガー、つまり、時計を愛して止まないマニアたち、要はパテック フィリップのレファレンス番号が全て頭に入っているような人々からも大きな愛を注がれてきたのがオリスというブランドです。最近では時計マニアの域を超え、世間でも広く認知される存在となりつつあるようです。

昨今のメンズウォッチ市場の過熱ぶりについては、皆さんもよくご存知のとおりかと思います。今や世界中の人々が、何をもって「良い時計」と呼ぶべきなのかを理解するようになったはずです。そしてビッグブランドは、この先もビッグブランドであり続けることでしょう。それでもなお、価格帯に囚われることなく、今ではより多くのブランドに注目が注がれているという現状も見逃すわけにはいきません。

加えて、時計の持つステータスにも変化が生じているように思えます。スチューダー氏も話していましたが、かつては、「“重厚さとシリアスさ”こそがステータスの意味そのものである」、という時代もありました。しかし時代は変わりました。オリスが自信を持って打ち出すこのカラフルな文字盤はその一例ですが、成果は見事に示されています。サーモンピンク、もしくは透き通るようなブルーの「プロパイロットX」の時代に、なぜ古典的なホワイトダイヤルのパイロットウォッチで親世代を真似る必要などあるでしょうか?

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Oris
1900年初頭から続くオリスのパイロットウォッチの系譜を継ぐ、「プロ パイロット X キャリバー400」。搭載する400シリーズのキャリバーは、高い耐磁性、5日間のパワーリザーブ、10年保証を備えています。
これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Oris: Our new mechanical joy machine - ProPilot X Calibre 400 (2022)
Oris: Our new mechanical joy machine - ProPilot X Calibre 400 (2022) thumnail
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そのオリスがこだわりを見せているのが、時計の内部機構から丸ごと独力でつくり上げる自社製ムーブメントです。1本の時計を構築するパーツの中で最も大きな開発費と製造費が必要となるのが、ムーブメントです。それゆえ、例え高級時計であったとしても、エントリーレベルのモデルであれば、他社製のムーブメントが使用される場合は少なくありません。

そこにはオリスならではの、あるこだわりが影響しています。オリスは、1904年に創業された1世紀以上の歴史を誇る時計ブランドです。1960年代には、スイスの10大時計メーカーの1社にも加わりました。ですが1970年代になると、安価なデジタル時計が世界を席巻。機械式腕時計を襲ったこの「クオーツショック」によって、オリスはほぼ廃業の危機に追い込まれてしまいました。

しかしながら、ポケットマネーで手に入るデジタルクオーツ時計に人々が惑わさるようになったことでオリスは、伝統的なメカニズムを重視する希少なブランドとして存在感を発揮することに成功します。ハイエンドの高級時計メーカーでさえ抗い切れず、人々がクオーツを使用する時代においてなお、オリスはクオーツに対する否定的な姿勢を完全に貫き通してみせたのです。その信念を支えたのは「ハイ・メック(High Mech)」、つまり、高品質の機械式時計を意味する同ブランドのスローガンでした。

先日、そのオリスから発表された手巻きムーブメント「キャリバー473(Calibre 473)」や同ブランドの展望について話を聞くべく、「Esquire」イギリス版編集部はCO-CEOのスチューダー氏に取材を申し出ました。ブランドの現在地、オリスの時計が愛される理由、そして独立企業であり続けることの意味など、スチューダー氏は包み隠さず打ち明けてくれました。

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「オリス」という名の独自性

Q. なぜオリスは、自社製ムーブメントにこだわるのですか?

まず、ブランドとして何ができるのかを示さなければ、信頼性は得られません。もう一点として、ムーブメントを自分たちでつくれば、自分たちの求める仕様そのままの設計が可能になるということです。前作の「キャリバー400」(2020年)においても、私たちが目指したのは単なる”新しいだけ“の自社製ムーブメントではありませんでした。私たち自身も1人の時計愛好家です。その時計愛好家としてムーブメントに望むもの、つまり「機械式ムーブメントに求める全ての要素を備えたものをつくりたい」、そう思ったのです。

今回、キャリバー473をつくるに当たり、5日間のパワーリザーブで1週間の使用に耐えることは重要な点でした。オーナーとなる人々がメンテナンスで煩(わずら)わしい思いをしなくても良いように10年保証を加えました。耐磁性についても然りです。私たちの考える最良のムーブメントとは、このようなものなのだということを示したかったのです。

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Oris
オリスの最新自社製手巻きキャリバー473。パワーリザーブ表示を備えています。
Q. それは「他社製のエンジンを積んだ高級車に意味がない」のと一緒ということでしょうか? ですが、時計の場合は話がまた違ってくるように思います。時を正確に刻んでくれるのであれば、隠されて目に見えないキャリバーがどこでつくられているかなど、多くの人は気にしないのでは?

なかなか良いご指摘です。大して見えもしないキャリバーを自社制作することで余計な出費となるが、「果たしてそれが妥当なのか?」ということですね。 なぜ自分がパテック フィリップのムーブメントに対価を支払うのか? なぜフレデリック・コンスタントのムーブメントはあの金額なのか? 1本の時計を求めようと思えば、自分にとって何が本当に重要なのかを自問自答する必要に迫られます。

正直なところ、私自身ずっと、オリスの価格帯では他社製のムーブメントを使用するほうが理に適っているという考えでした。ですが、2015年に「キャリバー110」(ブランド創立110周年記念)をつくってから、自社製ムーブメントに大きな価値を見出すようになりました。特に他の標準的なムーブメントとは異なるものを使いたいとなればなおのことです。そこで課題となるのが価格の妥当性です。これは逸脱しない範囲に収めなければなりません。

Q. なるほど。とは言え、その価値について人に説明するのはなかなか困難では?

誤解を恐れずに言えば、(外注品のムーブメントの時計で)満足できるというのであれば、そうすれば良いだけのこと。他の高級時計ブランドを、当たっていただければいいだけのです。イベント会場などでは、「うーん、オリスね…」という顔で私たちの時計に関する説明を求めて近づいてくる人の対応をすることもあります。でも、本音を言えば、そういった場合に細々とした説明など私はしたくありません。オリスの時計にピンと来るか、もしくはピンと来ないか、ただそれだけのことです。それでもなお、もし私たちの時計に関心を持っていただけるのであれば、私も喜んでこのブランドについての「物語」を披露します。

車好きの人なら車にお金を使うべきだし、「そのほうが互いに幸せでいられる」とは思いませんか? もし、時計を愛して止まないということであれば、私たちはもう同じ世界の住人です。時計を愛する人ならば、オリスを購入すべきか否か、いずれ頭を悩ますことになるからです。なぜかと言えば、私たちのつくる機械式時計は、胸を張れる出来栄えなのですから…。

私たちオリスは
人を幸せにすることができる

Q. 時計に対する世間の興味は、かなり高まっています。もはや「これぞ定番10モデル」という企画がまかり通る時代ではありません。選択を誤るという不安などない時代になりました。

まさにそのとおりです。そもそも時計というものは、その1本の時計に対して抱く思いによって、初めて生命を宿すものです。だからこそ私たちのブランドの最大の目標は、時計を通じて人々を笑顔にすることなのです。時計とは、人々を喜ばせるものでなければなりません。そうでなければ、あえて手に取る必要などありませよねね。

私たちが人々を喜ばせることができる、そう信じるに足る理由はいくつもあります。文字盤の色、ムーブメント、サイズ、もしくは他の何かかもしれません。なんだって良いのです。そうでしょう? 時計に夢中になる理由など、人によってさまざまでいいのです。自分に合うか合わないか? 重要なのはそこなのです。

Q. オリスがあのクオーツショックをいかにして乗り切ったのか。その経緯について、まだ知らないという人のためにお話いただけますか?

もちろん。クオーツショックによって起きたこと、それは私たちのビジネスモデルの崩壊でした。「納得できる価格帯で、納得のいく時計をつくる」という、オリスの古き良きビジネスモデルです。それが見事に崩れ去ってしまったのです。オリスの当時の人々は、ブランドの再構築の必要性に迫られました。そして1980年代前半になると、セイコーやカシオなどのお膝元である日本で超精密機器にうんざりした人々が、機械式時計にまた戻って来るという現象が起きたのです。「何かもっとエモーショナルなものはないか?」と、彼らは探し求めたのです。「機械式時計しかつくらない」というのが、私たちの信念でした。だから今日まで続けて来られたというわけです。

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Oris
1938年発表のパイロットウォッチ「ビッグクラウン」の系譜を継ぐ最新作、「ビッグクラウン キャリバー473」。爽やかかつ涼しげな印象のダイヤルが新鮮です。
Q. そして今では、機械式時計が飛ぶように売れています。

まさにそのとおりですね。ですが、それも周期的なことです。景気が悪化すれば私たちのビジネスも業績が落ちますし、実際、直近の不況の際にもその影響を受けました。それからパンデミックが起きたのです。この大波をどう乗り切るべきか? まずは、そのための体勢づくりが必要でした。

ところがコロナ禍によって、時計の需要が驚くほど急上昇しました。時計業界に生じた変化は極めて大きなもので、人々の関心の目が突如として腕時計に向けられたのです。ロックダウンの自粛期間、時計を求める人々は時計雑誌や時計ブログなどありとあらゆる情報を読み漁るようになりました。そのための時間ができたのです。時計に対する理解が深まりました。ワイン業界においても同様のことが起きましたよね。とにかく、「時計にもっとお金をかけよう」、そう思う人々が増えたのです。時計蒐(収)集と言えば、かつては一部のマニアックな趣味とみなされていました。ところが今では、それがクールなライフスタイルということになってしまいました。

Q. 世代交代が起きていますね。私たちの親世代にとっての「時計」と、今の世代にとっての「時計」との間には、似て非なるものがありそうです。複数の腕時計を所有し、その日のファッションに応じて使い分けることも、今では一般的です。

同感です。私たちの業界にとっては追い風であると言えるでしょう。特にオリスのような、時計愛好家たちから長く評価されてきたブランドにとって、その恩恵は小さなものではありません。愛好家たちの存在が業界全体を牽引しているのです。

今回のパンデミックが起きてから、機械式時計に対する関心が大いに高まりました。「まだ機械式時計がつくられている」という事実さえ知らなかった人は、実は少なくなかったようです。パンデミック以前、彼らの多くはスマートウォッチを見ていました。しかし今では、かなり多くの人が機械式時計の存在について知っています。良い靴を履き、良い車に乗る――それと全く同じことです。良いものには、それなりの理由があると言うことです。機械式時計がまた時代遅れになるなどと考える人は、もういません。「クオーツショックによってたらされた影響が払拭されつつある」、私個人としてはそのようなタイミングに居合わせたというわけです。

感情と時計。感情とオリス

Q. 時計のケースバックに覗く、赤いローターがオリスのトレードマークの一つです。そこにもストーリーがあるのでしょうか?

オリスと言えば、クオーツショックに襲われた後でも機械式時計に注力し続けた、数少ないブランドです。この赤いローターは、「目の前にあるのは機械式時計ですよ」という目印のようなもの。生命力ある、血の通った腕時計です。だからこその赤なのです。

Q. 感情をどこまでも大切にするのですね。

感情もまた、パンデミックによって加速したものの一つでしょう。そのことでラグジュアリーな産業もまた、目覚ましく発展したように思います。排他的なラグジュアリーから包摂的なラグジュアリーへと、価値の移行が起きたのです。前者は他者の排除に他ならず、その対価も推して知るべしです…。誰かを排除するような価値、そのようなものは誤りでしかありません。人々の感情と結びついてこそ、ラグジュアリーにも物語が備わるのです。

包摂的なラグジュアリーへ――それこそが、私たちオリスの目指す在り方です。機械式時計に趣味性を求める人々のためにこそ、私たちの時計づくりはあるのです。今ある私たちを支えてきたのは、そのような人々です。裏切るわけにはいきません。その価値を評価してくれる人々のために、価値を上げていかなければならないというのもまた事実なのです。

オリスを所有する人々の多くが、他のブランドの時計、それもはるかに高級な時計も同時に所有しています。10年前の状況は全く異なったものでした。今や透明性の時代となり、そこに多くの喜びとポジティブな価値が生まれているのです。

誰かを排除するような価値、
それは誤りでしかありません

かつてであれば、このようなメッセージを社内で共有することさえ容易ではありませんでした。なぜなら私たちは皆、「優れた機械式時計をつくることこそが自分たちの誇り」と思っていたからです。そしてそれこそが、時計の全てだとも考えていました。ですが、それだけでは不十分なのです。そのようなものは時計づくりの基本に過ぎず、その上で人々を幸せにしなければならないのです。そうでなければ、どうしても必要かどうかもわからないようなものに人々は対価など払わないのではないでしょうか。

Q. オリスの知名度が上がることには、賛否両論あるのでしょうか?

私たちにとって重要なのは、独立した企業であるということです。そのことが私たちの成長につながり、次なるレベルへと押し上げてくれるのです。もちろん、ブランドとしても成長したいと思っています。他のブランド同様に、2022年は私たちも2桁の成長を遂げました。また、ブランドを通じて自分達の哲学を示すことができるというのは、本当に素晴らしいことです。”王者にひれ伏す“(つまり、コングロマリットの傘下に加わる)わけにはいきません。

Q. カラフルな文字盤が、特に好評だとうかがいました。

時計づくりに関しては真剣そのもので挑みつつ、我が身については過度な深刻さに陥らない…。だからこそできることです。それは、「時計が人々に喜びをもたらす」という信念があってこそなのです。

今、私のデスクには3本の時計があります(と言いながら、Zoomのカメラに時計を写す)。パウダーブルーの文字盤の「ダイバーズ65」、ツートンカラーの「アクイスデイト」、そしてブルーの文字盤の「ビッグクラウン キャリバー473」です。私を幸せな気分にしてくれるのは、このような時計たちです。

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「アクイスデイト キャリバー400」。
Q. ライフスタイル系のメディアが常に気にしているのが、腕時計のトレンドです。トレンドは本当に存在するのでしょうか? 何社ものブランドが協議して、事前に「2023年はブルーダイヤルで行こうか?」などと決めている訳ではありませんよね?

ポイントはいくつかあります。まず第一に、新作の計画にはかなりの時間的余裕が必要です。つまり、「他のブランドはこうだから、ウチもこうしたほうがいいよね」というわけにはいかないのです。開発には長い期間を要します。とは言え、今の世の中がどうなっているのかという点について敏感でなければならない、それもまた事実です。ファッションやアートの世界で何が起きているのか? そのような物事にも目を光らせる必要があります。

例えば、あの3色のコットンキャンディの文字盤(2021年発売のパステルブルー/グリーン/ピンクからなる「ダイバーズ65」)の着想は、パンデミックに襲われた世界に対して「楽しもうよ」というメッセージの現れです。ありがたいことに好評を博し、それが好きな色で勝負できるという自信にもつながりました。そして、これを見てください(と新作の「ビッグクラウン キャリバー473」をカメラに寄せます)。品のあるスカイブルーの文字盤、ダークなブルーではありません。「手に入れたい」と思える…そんな幸せな色調です。テーブルを囲んだ私たちが実際に「来夏に投下する新作だよ。そのとき世界はどうなってる? じゃあ…紫はどうだろう? いけるんじゃない?」などと話し合った結果ですよ。

Q. かつての時計は、白か黒かの二択でしたね?

カジュアルな場面では、ブルーもアリでしたね(笑)。でも今や何でもアリ、あらゆる色彩が可能です。それはなぜか? そこに喜びが求められているからです。喜びのないものに対価を支払うはずなどありませんから…。特に、ステータスなどというものを求めなければ、あらゆる自由が実現するのです。ステータスとは、古風な考え方としては「エレガンス」であることでした。重厚で、シリアスで…しかし今では、この考え方は違っています。

Q. 「アフォーダブル・ラグジュアリー(購入可能なラグジュアリー)」、「アクセシブル・ラグジュアリー(手の届くラグジュアリー)」などの言葉が、しばしばオリスに向けられます。このような評価についてはどのようにお考えでしょうか?

特定の位置づけを与えられることは、あまり好きではありません。むしろ、「嫌い」と言っていいほど、そうしたくないのです。ここ数年の成功は、左右を気にせず、そしてブレることなく信念のままに続けてきたことで多くのものを誕生させることができたのです。ご存じのとおり、オリスは明らかに高級時計のエントリーレベルの価格帯で勝負しています。ですが、先にもお伝えしたとおり、そのようなことは物事の本質ではありません。なぜなら、パルミジャーニ・フルリエやショパールのようなものを評価できる人であれば、オリスやノモス グラスヒュッテのようなものも同様に評価できるはずです。どちらかが優れていて、どちらかが劣っている…という話ではないのです。そこにあるのは、(その人の心に共鳴する)感動を与えているか、そして語りかけているか。そんな時計こそが、特別な存在となるのです。

Q. 最大級の時計イベント「Watches and Wonders」(2023年4月1~2日)が間近ですが、今回のオリスの目玉は?

もちろんです(と言いながら、口ごもる…)。楽しみにお待ちください、ということですね。ちょっと予想外で、とても楽しいことになるでしょう。今年はいくつか、興味深い仕掛けを用意していますので。

Source / Esquire UK
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です