ロレックスのレーシングウォッチと言えば、「デイトナ」ですが、その名が生まれる以前には、いくつか別のネーミングも検討されていたのをご存知でしょうか。当初のモデルには「Chronograph(クロノグラフ)」の文字がその文字盤(ダイヤル)に刻印されており、高精度のタイムキーパーとしての機能を備えたタイムピースであることがそこに端的に示されていました。

ロレックスはその後1963年になると、当時の宇宙開発競争に刺激され、50年代のムーンフェイズ時計に用いていた「Cosmograph(コスモグラフ)」という呼称を復活させています。しかし間もなく、ロレックスにとっての結論とでも呼ぶべき名称が生まれ、それが定着することとなったのです。ロレックスのクロノグラフのほぼ全ての文字盤に刻まれた「Daytona(デイトナ)」の名が、アメリカ最高峰の耐久レースにちなんだものであることは広く知られています。ところがその「デイトナ」の誕生当時に、その命名を巡るやや入り組んだ歴史があったことを知る人はそう多くはいないでしょう。

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24 Heures du Mans - ROLEX : Outstanding craftmanship
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ロレックスの新型クロノグラフ、その名も『ル・マン』?

今や希少となった1964年当時の広告を見れば、「ロレックスの新型クロノグラフ、その名も『ル・マン』(This is the new Rolex chronograph. It’s called Le Mans.)」と謳(うた)った1行に目が行きます。

それから数十年が経った今なお、この「ロレックス ル・マン」という幻のタイムピースに関する物語が、おぼろげで不確かな憶測とともに熱心なコレクターの間で語り継がれているのです。しかし、その詳細を知る人はどこにも存在しません。ただこの広告の存在のみが、「ロレックスが束の間、耐久レースのもう一つの最高峰に対してあのクロノグラフを捧げようとしていた」というその事実を示す、貴重な歴史的証拠のひとつになっているのです。

ヴィンテージウォッチ関係の広告を専門に扱う販売業者、Ad Patina(アド・パティーナ)の創業者であるニック・フェデロヴィッチさんはこの広告を指して、「これが『デイトナ』の歴史において、初めての広告であったかどうかは定かではありません。ですが、私が今まで目にしてきた中で最も古いものであることは確かです」と、興奮を隠そうとしません。

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Rolex

ロレックスがこの「ル・マン」の広告を打ったのは、「デイトナ」史上初となるモデルが正式にデビューを飾る直前の1963年のことでした。ただし印刷物の日付から察するに、「その掲載は、『ル・マン』という名が取り消された後のことではなかったのでは…」というのが、フェデロヴィッチさんの見立てです。

当のロレックスですら、この不可思議なキャプションの裏づけとなる確固たる資料を持っておらず、「ロレックス ル・マン」にまつわるすべての物語は「おそらくは…」という話の域を出るものではありません。ところが実にわかりやすい形で、この時計は今もまだ生き続けているのです。

デイトナ24時間レースの勝者に対して、光り輝くロレックスのクロノグラフが贈られることは有名です。が、ル・マン24時間レースの勝者もまた「デイトナ」を受け取るという事実を知る人は、そう多くはないのでしょう。ダイヤルに記されているのは「デイトナ」そして「コスモグラフ」の文字ですが、その裏蓋に刻まれているのは「24h Le Mans Winner」という表記、そしてその年号です。

「ロレックス コスモグラフ デイトナ ル・マン」とでも呼ぶべきでしょうか。いかなる名で呼ばれるにせよ、それが比類なきレーシングウォッチであることは疑うべきものではありません。そして同時に、あの謎めいた歴史的キャプションと相まって、想像を超えて詩的な情緒があふれているのです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です