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例えば5万円もしくは10万円、(記念日だから、ちょっと背伸びして)30万円などと、自らの予算枠を設けて「お気に入りかつ掘り出しものの腕時計はないか?」とAmazonを含め他のECサイトをサーフィンすることは、まるでリアルな商品までもらえる宝探しゲームのようでとても楽しい時間となるでしょう。

一方、違う見方もあります。「時計は究極の美術工芸品」と考えている人であるなら、それはピカソやルノワールそしてマティスなどの巨匠が生み出したアート作品と同等、その時計に求めていた高次元の機構と卓越した素材を見出し、さらにそれを組み上げた職人たちの繊細な手作業を同時に感じとったときには、財力の許す限り無性に欲しくなるに違いありません。

それが(単なる中古品ではなく)、輝かしい歴史の中で生まれものであり、さらにこれまでに至る代々の所有者たちの素敵なストーリーという名のヴェールにくるまれたコレクターアイテムならなおさら。喉から手が出るほど、その時計を手にしたい…自分もその歴史の中の一人になりたいと思うはずです。

そんな後者に属する稀有な時計、1966年製のロレックス「ディープシー スペシャル(Deepsea Special)」が2021年11月5および7日に開催されるオークションハウス・フィリップスによるジュネーブオークションに登場することが、このたび発表されました。これはまさに、時計愛好家たちがこれまでにない感動をももたらす、おいそれとは手の届かないアイテムとなるに間違いありません。なぜなら、その逸品のケース裏には「No.35」と刻まれているからです。※この数字が意味するものは、のちほど説明します。

◇いくらで落札される?

ピカソやルノワールそしてマティスが描いた絵画であれば、その価格は他の美術品との比較から推定することもできるでしょう。ですがこれは、かのロレックスの中でも、ダイバーズウォッチマニアの間で海の底でも耐えられる時計として開発された「ディープシー スペシャル」です。ほとんど一般に販売されてもなく、そのモデルのほとんどは美術館に展示されているのですから。

よって、このオークションナンバー「248」にフィリップス側が提示した、日本円に換算するとおよそ1億5000~3億円(120万~240万スイス・フラン、111万~222万ポンド、129万~258万米ドル)になるEstimate(見積価格=落札予想価格)も、いとも簡単に粉砕されることでしょう。それどころか、これまでの記録を塗り替え、世界で最も高価な時計となる可能性さえあるのです。

なぜなら、この時計は「希少性の高いロレックス」とだけでは説明しきれない、稀に見るストーリーを抱いているからなのです。では、それは一体何なのでしょうか? 

◇ロレックス
「ディープシー スペシャル」とは?

おさらいも兼ねて、ロレックス「ディープシー スペシャル」とはどんな時計なのか? 解説しましょう。

オークションハウス・フィリップスはこの時計を、「F1マシン」に例えています。常にその技術の限界にチャレンジし、これまでにないタイムピースをつくろうとしたその頂点で生まれた“偉業”とも言います。「F1マシン」のようにテクノロジー・テストを繰り返しながら、「その最先端で展開した経験と知恵を財産に、それを一般市場向けのモデルに応用しようという戦略」と加えて説明しています。

つまり、このロレックス「ディープシー スペシャル」は、今日私たちが愛するダイバーズウォッチの基礎を築いた画期的なモデルであり、過去70年間にわたって海洋探査に対峙していきたロレックスの、「比類なき開発のビッグバン」とも言えるのです。

現代の腕時計製造史の大きなマイルストーンでもあるロレックスの「オイスターケース」は、皆さんもご存知のことでしょう。ロレックスが1926年に発明した、ベゼルと裏蓋(うらぶた)、リューズがミドルケースにねじ込まれた特許取得のシステムを備えた世界初の腕時計用防水ケースであり、その防水性能は極めて高いものです。

やがて1950年代に入ると、世に防水時計の需要が一段と高まります。それに応えるカタチで、娯楽用・プロ用・軍用のいずれでも通用するようにロレックスは、「オイスターケース」のコンセプトをさらに推進させます。すると、時計を防水にすることだけに満足するのではなく、これまでのどのモデルよりも深い海の底の高圧にさらされながれも正常な時を刻む、水中プロ用時計のラインを開発しようと邁進するのです。

そして1953年9月30日、スイスの物理学者オーギュスト・ピカール博士が設計した深海潜水艇バチスカーフ・トリエステ号によって、地中海で1080mと3150mの深さまでのトライアルの際に、船体に取り付けて防水能力をテストします。そこで使用された最初のプロトタイプが「ディープシー スペシャル」の“No.1”と称されるモデルです。この成功をピカール博士は、「時計は完璧に作動した。深度3150m ピカール」 とジュネーブのロレックスに電報を打って知らせたと言われています。

このようにプロジェクトを進める中、一連のプロトタイプを開発していったわけですが、その生産規模に関してはいくつかの説があります。ですが一般的には、「5~8個のプロトタイプがつくられた」というのが定説となっています。

そしてロレックスは後に、最大でも35本の記念モデルを製作したということ。さらにこれらの本来の目的は販売ではなく、ブティックや美術館での展示を意図されたものなので、前述のように一般市場には出回っていなかったというわけです。

初期のプロトタイプ(実験用オイスターモデル)は、1953年から1960年までの間に5~8本という幅でつくられたと言われています。ですが、その中でこれまで世に出ているのは“No.1”、“No.3”、“No.5”の3本のみとされています。なので、稀少モデルの中でも“超”が加わるほどレアなモデルというわけです。

rolex deep sea special no 1 circa 1953
Courtesy of CHRISTIE'S
写真は「ディープシー スペシャル」の“No.1”。初期のバージョンでは文字盤のガラス(クリスタル)が低い「ローグラス」仕様。
rolex oyster deep sea special no5 1953
Courtesy of CHRISTIE'S
「ディープシー スペシャル」“No.5”。後のバージョンではガラス(クリスタル)が高く「ハイグラス」になっているのが分かります。

オークションハウス・
フィリップスで出品される
ロレックス「ディープシー
スペシャル」の“No.35”とは?

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Phillips
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Phillips

前述のようにロレックスは、展示用の「ディープシー スペシャル」も最大35本つくったということなので、2021年11月に開催される「ジュネーブ ウォッチ オークションXIV」に出品される“No.35”というモデルは、これまで知られている「ディープシー スペシャル」最後の一本と言えるでしょう。なので、これまた超稀少な上に記念すべきモデルとも言えるのです。

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Jess Hoffman / Phillips

オークションハウス・フィリップスの公式サイト上では、「Completed in 1966」と記されている“No.35”。ケース径は43mm、62mmという「ハイグラス」仕様のレンズ型風防(と言うより、水防と言うべきか…)になっています。

そして裏蓋には、オーギュスト・ピカール博士が設計した深海潜水艇バチスカーフ・トリエステ号で、息子である海洋学者のジャック・ピカール氏がアメリカ海軍ドン・ウォルシュ大尉の指揮のもとマリアナ海溝最深部で水深1万mを超える記録を打ち立てた記念すべき日、1960年1月23日が「23.1.60」というカタチで刻まれています。また、そのときのクリアした水深の記録「35789 FEET」と、それをメートル換算した数値「10908 METRES」も刻まれ、その状態も上々と言えるでしょう。

コレクターたちの間では、この「ディープシー スペシャル」のディスプレイモデルは、極めて特別で希少性が高い上、この「ディープシー スペシャル」の成功を祝うトロフィー的な存在であると称しています。また、他のディスプレイモデルはムーブメントなしで納品されたものあるようですが、この“No.35”には「Calibre: Cal 1570, 18 jewels」とオークションサイト・フィリップスの公式サイトにも記されています。

これらを把握すれば、3億円以上の値が付いたとしても納得いくのではないでしょうか?

さらにクリスティーズでは、
「ディープシー スペシャル」
“No.1”が同時期に出品!

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Christie's Images Limited 2021
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Christie's Images Limited 2021

なんと、同時とも言っていいほど近い2021年11月8日、同じくジュネーブで開催されるクリスティーズのセールにて、「ディープシー スペシャル」の最初のモデル、つまり“No.1”が出品されることも発表されました。このモデルは前述していますが、1953年にバチスカーフ・トリエステ号が最初に行った潜水に同行した時計。つまり、実際に使われた最初の時計です。

このモデルは弊社の時計メディア「HODINKEE」にて、2021年9月21日公開の連載「TALKING WATCH」で紹介されています。そこでは、世界で最も素晴らしいダイバーズウォッチコレクションを所有する人物と知れるレザ・アリ・ラシディアン氏が、2005年に開催されたクリスティーズのセールで32万2400ドル(約3800万円)という当時驚くべき価格で購入したということ。

多くのヴィンテージのロレックス愛好家から愛されるメディア「Rolex Passion Report」でも、この“No.1”は特集されています。また、「Rolex Passion Report」の公式Instagramでは動画で紹介しているので、ぜひ(下記を)ご確認ください。

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つまりこのモデルが、2021年11月8日開催のクリスティーズに出品されるわけです。ちなみにこのモデルのムーブメントは、ロレックスのCal.1000を採用しているとのこと。動作確認済みであり、ケースバックには「Rolex Oyster No.1 Deep Sea Special」と記されています。風防に関しては、“No.35”が「ハイグラス」仕様であるのに対して、こちらは「ローグラス」仕様のクリスタルを搭載しています。

いわば“No.1”は、その開発の進行上理解できることでもありますが、実質的に「ディープシー スペシャル」の中で超薄型バージョンと言えるでしょう。そして、文字盤のROLEXロゴの『L』の縦棒も、王冠マークのセンターに収まっています。いわゆるヴィンテージモデルの証でもある、「MK1(マークワン)」ダイヤルのモデルになるわけです。そしてこちらも状態が、実にいいことが写真や動画からうかがえるはずです。

実物を見たい?
スミソニアン博物
“No.3”が保管中!

ちなみに現存が確認されているうちの1本で、「ハイグラス」と白文字盤が採用された「ディープシー スペシャル」の“No.3”は現在、ワシントンD.Cにあるスミソニアン博物館に保管されています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Rolex presents: The Trieste's Deepest Dive (Extended)
Rolex presents: The Trieste's Deepest Dive (Extended) thumnail
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このように「ディープシー スペシャル」の2つの出品に対し、今頃コレクターたちは、胸躍らせて待っていることでしょう。とは言え、ポール・ニューマンのロレックス「デイトナ」の記録を超える落札価格には及ばないかもしれません…。が、それでもこの極めて希少な逸品がこの先のマイルストーンとなることは間違いありません。果たしてどのような結果が示されることになるのか? それを目撃するためには、2021年11月の第1週から2週を待たねばなりませんね。

Source / Esquire IT
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。