イネオス「グレナディア」のテストドライビングの最中、サンルーフ越しに地平線が見えるほどに車体が傾いたことがありました。スコットランドの地平線をご存知の人なら想像がつくかもしれませんが、まるで舷窓(げんそう:船の舷側に取り付けられて使用する丸窓)のような「グレナディア」のサンルーフによって切り取られた風景は、1枚の絵画のようでもあり、絶景としか言えないほどの美しさでした。それは、まさに壁にかけて飾りたいほどの風景だったのです。

とは言うものの、そのとき私(アメリカのカーメディア「Road & Track」編集部、カイル・キナード氏)が「グレナディア」を走らせていたのは、傾斜角15度という急勾配の滑りやすい岩場でした。喉から飛び出そうとする心臓を押し留めるのに精一杯で、景色を気にする余裕などなかったことを打ち明けておきます。

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イネオス「グレナディア」とは一体何物なのか?

田舎道でのドライブの話を続けるその前に、一つ確認しておきたいと思います。イネオス「グレナディア」とは、一体どのような車なのでしょうか?

まずは、1950年代のトースターのような姿をした4ドアの、ゴツゴツしたタイヤを履いた、巨大なリアホールドを持つランドローバー「ディフェンダー110」…あの麗しき雄姿を思い描いてください。そして。そのうえに新型のメルセデス「Gクラス」を掛け合わせ、角をヤスリで落としたとしましょう。さらに、そこにハロゲンライトやApple CarPlayなど現代的な装飾を加えていけば…、いかがでしょう? 洗練されたドライビングエクスペリエンスを、この時点でリアルに感じていただけたのではないでしょうか。

昔懐かしき数多のアイデアのうえに新たな遊び心をあしらった1台、それがイネオス「グレナディア」という車です。

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往年の「ディフェンダー」のレプリカでなければ、レスモッド(老朽化などの理由で劣化、または故障した旧車などの自動車を修復させ、一部をカスタマイズすること)でもありません。ですが、「その哲学は反映している」とイネオスは語ります。

箱型をしたオフローダーの系譜は、トヨタ「ランドクルーザー」やメルセデス「Gクラス」、そしてランドローバー「ディフェンダー」などといった数々の名車によって彩られてきました。その実用的で格調高い遺伝子を引き継ぐかのように、ボディラインを限界まで押し広げたのがこの「グレナディア」です。今の時代なら、曲線美を目指すのが常識的なデザインかもしれません。ですがここでは、直線的なこだわりが勝っています。この「グレナディア」を前にすれば、「一体何が新しいとされ、何が古いとされているのか、さっぱりわからなくなる」となるでしょう。

もしかしたら、「時代錯誤」という言い方もできるかもしれません。しかし、そこには一つの問いが生じます。「この車は、一体どうして生み出されるに至ったのか?」と…。まず手始めに、これが昨今のSUVにありがちなレストモッド(※編集注:「レストア」と「モディファイ」とを掛け合わせた造語。旧車ベースの改造車を指す言葉)ではないことを、ここではっきりとさせておきたいと思います。

タイムレスな存在感を放つ箱型オフローダーです

この「グレナディア」はイギリス人によるデザイン、ドイツ人による設計、そして現在はフランスにある古いメルセデス・ベンツの工場で生産準備が整えられています(ちなみに当初は、ウェールズで生産を行うことで数百人規模の雇用を生むと豪語したイネオスでしたが、その計画は2020年に残念ながら頓挫しました)。

従来型、ハイブリッド、電動パワートレインを搭載した車両を生産する自動車受託製造会社の「マグナシュタイヤー」がコンサルティングとして加わってもいますが、現在の「Gクラス」をつくっているのがそのマグナシュタイヤーなのです。かつてはジープの「グランドチェロキー」や、ピンズガウアーの四輪駆動車もつくっていました。言わずと知れたオフロード車の名門ブランドです。

ではイネオスとは、一体何者でしょうか? その名をすでにご存知だった人は、どれだけいるのでしょうか? 謎めいた企業のように感じられるかもしれませんが、傘下に多くの子会社を抱える一大企業です。その従業員数は2万6000人、オフィスは194カ所、年商はなんと650億ドル(約1兆8668億円)で、主に石油化学製品を扱う企業です。厳密に言えば、今回「グレナディア」を発表したのはそのグループ企業に当たるイネオス・オートモーティブ(INEOS Automotive)となります。

同社のCEOを務めるのは、ジム・ラトクリフ卿です。自転車チームやヨットチームなど、興味の赴くまま投資を行うことでも知られています。イングランドのプロサッカークラブ、マンチェスター・ユナイテッドの買収劇でその名を耳にした人もいるかもしれません。酒場の紙ナプキンの上に思いつきで落書きしたオフロード車のアイデアを、そのまま開発に進めてしまうなど、まさに自由奔放な人物です(ご想像のとおり、イネオスの株式は公開されていません。つまり、ルイス・ハミルトンのメルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チームのF1マシンの背後を彩る「Ineos」のロゴに関して、ジムに説明責任を求める一般株主などひとりとして存在しないのです)。

話を元に戻しましょう。この「グレナディア」という車ですが、ビールの染みがついた紙ナプキンのスケッチが発端となり、そこから長い道程を経て生み出されました。長期に及ぶ開発計画の末、ようやく12台ほどの「グレナディア」が完成しました。そこでモータージャーナリストや自動車ライターといった面々がスコットランドの大地に招かれ、ハイランド地方の大自然のトレイルで「グレナディア」のハンドルを操るというこの瞬間に結びつくのです。無名の自動車メーカーが、最高のオフロード性能を誇る車をつくろうと思えば、目指すべきゴールをどこに設けるべきなのか? それがまさに、この「グレナディア」ということになるのでしょう。

シンプルな構造は、オフローダーで強みを発揮します

遠く眼下の湖へと続く斜面を、運転席のはるか向こうに見下ろしながら、イネオスがこの「グレナディア」にどれほどのオフロード性能を盛り込んだのかが直感できます。オフロードカーをゼロから設計するに当たり、余計なことをあれこれ盛り込まなかったのはイネオスの慧眼(けいがん)だったと言えるでしょう。

伝統的な箱型ラダーフレームの上に、ハイ/ローの2段変速のトランスファーとロック式ディファレンシャルがフロントとリアに搭載され(これはオプションになっています)、265セクションのBFグッドリッチ K02タイヤが滑りやすい足元をしっかり掴んで離さず、斜面をはい上がっていきます(K02タイヤもオプションとなっていますが、「グレナディア」を購入するならこのタイヤは必須アイテムでしょう)。大型トラクターの専門業者に開発を託した屈強なビーム軸、17もしくは18インチのすっきりとした「スティーリーホイール」が装備されています。

 
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クラシックな印象のエクステリアとは打って変わって、先進性とユーティリティ性を感じさせるステアリングホイールとインフォテインメント。

「グレナディア」がスコットランドの荒野を苦にすることなく駆け抜けるのに、このシンプルな構成が役立ちます。そしてさらに、搭載されたソフトウェアにより、その能力はさらに研ぎ澄まされたものへと進化を遂げています。「オフロード」モードに入れれば、パーキングセンサー、シートベルトリマインダー、エンジンのストップ/スタート機能が無効化され、そのことで難所を駆け上がるドライバーは車の運転だけに意識を集中することができるのです。

アップヒル用アシスト機能をオンにすれば、この「グレナディア」の足元は見事に固定され、踏破してきた急斜面を転落する危険性からも解放されます。ダウンヒル用アシスト機能もまた見事な性能です。先の読めない地形の斜面を用心深く降りて行く際、アクセルとブレーキから足を離した状態で、ただ車の制御だけに意識を研ぎ澄ますことができるというわけです。また、ホイールスピードセンサーがブレーキと連動することで、一瞬のタイミングを逃すことなく鋭いパワーが出現します。いずれも市販のオフロード車ではすでにおなじみの機能かもしれませんが、その組み合わせの妙こそが、もはや驚異的と呼べるレベルに達しているのです。

ダウンヒル用アシストさえ間違いなく作動させれば、例えサンルーフから地平線が見て取れるほどの下り道でも、慌てふためく必要などありません。オフロードにおいては、そこそこの才能しかない私のような人間であっても、「グレナディア」ならまるで黙示録の世界のごときぬかるんだ泥道であっても、時速10マイル(約16キロ)で楽々と飛び跳ねて行ける具合です。デフ(さまざまな使用環境の中で、車輪の回転差をスムーズに調整している車にとって重要な機能)をロックし、トランスファーケースをローのレンジに固定したまま、濡れた砂利道の急斜面を山羊のように駆け上がっていくことさえ可能です。車高の高い車なら倒れてしまうほどのトレイルも、平気な顔で走破してしまいます。

ダイナミックなつくりの中に、繊細な工夫が凝縮

この車は、まさに期待どおりの高性能でした。スコットランドの広大な土地を走り回り、荒野に挑むオフロード愛好家たちの足元を支え、辺境の地へと赴く国際緊急援助隊のサポートする、そのような遊び心と実用性との両者を備えた車づくりを目指し、そして完成したのがこの「グレナディア」なのです。

イネオスによるマーケティング用の資料に書かれていることそのままですが、とは言え、一度この「グレナディア」を走らせてみれば、そしてこの車体の細部を見れば見るほど、その言葉が真実のものとして迫ってくることを実感できるはずです。

 
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「グレナディア」のサスペンションを頼りにすれば、10.4インチ(約26センチ)の地上高をしっかりと保持し、35.5度のアプローチアングル(※編集注:前輪とフロントバンパーやフロントシャックルの下端などが形づくる角度)と36.1度のデパーチャーアングル(※編集注:後輪とリアバンパーやマフラーの下端などが形づくる角度)が確保されます。要するに、苛酷な上り坂も平気で登ることができ、また水深31.5インチ(約80センチ)までなら、迷いなく水中を掻き分けて進むことさえできるのです(水中で必要となるシュノーケルは、当然のことながらオプションとなります)。

エクステリアについては、ボディの腰の高さにあるユーティリティベルトを活用することで、ガスボンベや貯水タンク、照明用のライト、ラック、用具用ストレージなど、サードパーティ製のアクセサリーを固定することができるようデザインされています。

他にも考え抜かれた機能には事欠きません。バックドアに取りつけられたスペアタイヤが通常とは逆向きに、つまりホイールのスポーク側がドア側に、タイヤの裏側が外に向くよう設計されているのです。ホイールを覆うロック式のふたをつけることで内部の空間が小型のコンパートメントとなり、長靴などの小物であれば手軽に収納することも可能です。些細なことかもしれませんが、まさに天使の贈り物のごとき装備です。このように行き届いた機能が、「グレナディア」という車のあちこちに隠されているのです。

さて、すれ違う車からの反応は…?

オフロードをひととおり走った後の帰り道で、私はこの「ディフェンダー」とも「Gクラス」とも似て非なる車について、「果たして世間はどう受け止めるのだろうか?」と思いを巡らせました。

道中すれ違う「ディフェンダー」から放たれるパッシングライト、そして手を振るドライバーたちの姿を目にした後では、答えはまさに明確でした。腰まで泥まみれとなった「グレナディア」の一群を目にした人々の好奇に満ちたその眼差しの中には、確かな熱狂が宿っていたのです。

いや、もしかすると彼らは、戸惑いを隠そうとしていただけだったのかもしれません。泥まみれの十数台の「グレナディア」を道端に停めた私たちは、紅茶とショートブレッドとで束の間の休憩時間を過ごしていました。「ランドローバー」を駆る人々は、そんな私たちを観ると驚いたような表情を浮かべ、そして、通り過ぎて行くのです。通り過ぎざまに、「今の車はなんだったのだろう?」と確かめるかのように、なんとも言えない表情を浮かべながら振り返るのでした…。

 
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皆さんも「グレナディア」を手に入れたら、そんな視線を浴び続けることになるのでしょう。

正統派たる「ディフェンダー」のオーナーたちが、「グレナディア」を観てどう感じたのかはわかりません。進化した「ディフェンダー」と思ったのか? はたまた、全くの別物と認識したのか? いずれにせよ「グレナディア」を目にすれば、何かを言わずにはいられないという具合でした。とにもかくにも彼らの表情から読み取れるのは、この「グレナディア」という車の正統性を認めるという、そんなメッセージに他ならない…断言できます。

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さて、気がつけば辺りはもう日が暮れかける頃。「グレナディア」の一群は、スコットランドの狭く暗いハイウェイを抜け、これからホテルを目指します。オンロードにおけるインプレッションや、「グレナディア」が描く近未来については後編に譲ります。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です