2023年8月19日に日本で公開となったホラー・フェアリーテイルアニメーション、『オオカミの家』。そこで描かれるのは、男児への長期にわたる性加害で知られる歴史的犯罪カルト集団「コロニア・ディグニダ」。日本で関連映像作品が相次いだこの時期に、自称“ナチスの残党”が率いたこの教団と、それを支えた政権との闇に満ちた関係を振り返る――。

オオカミの家 コロニア・ディグニダ
© Diluvio & Globo Rojo Films, 2018
オオカミの家』より(公開中)

1997年、少年2人がチリのサンティアゴのドイツ大使公邸に現れた。駆け込んだ彼らの口から語られたことは、世界を震撼(しんかん)させる信じがたい内容だった。

少年たちが逃れてきたのは自分たちの集落、その名は「コロニア・ディグニダ」。「尊厳のコロニー」という意味を持つ、チリではよく知られていた宗教コミュニティだった。設立者はパウル・シェーファー。第二次世界大戦後に、信者たちを率いてドイツからチリに移住。キリスト教バプテスト派の影響が見てとれる暮らしを送り、何もない痩せた土地を開墾し、病院まで設立。周囲の村々にも収穫した作物や医療サービスを分け与えるなどの慈善行為によって、むしろ好意的に見る人々も多かった。

しかし、少年たちが証言したのは、そこで起こっていた拷問、殺人、そして男の子へ性的虐待。おぞましいほどの性犯罪と拷問を、少なく見積もっても36年もの間犯し続けた教団を支えたのは時の政権だった。カルトと国が結託し、つくり上げた”小児性愛者の楽園”の実態をあらためて振り返る。

第一章 悪魔の誕生

コロニーの精神的指導者であり、牧師の役割も果たしていた男の名はパウル・シェーファー。第二次世界大戦中、当然のごとく“ナチス党員”と名乗った。ヒトラーの死亡と敗戦で戦争を終えたドイツで、二人の兄を戦争で亡くし、一文無しに。そんな彼が食いぶちを稼ぐため選んだのが「聖職」である。まず手始めに東西ドイツの境に近いガルトーで「ユースワーカー(青年労働者)」の職を得ると、青少年の教育係などに従事したとされている。1945年、第二次大戦で地獄を見た兵士たちの中には、信仰にすがるようになる者も多くいた。そこに付け込んだのだ。戦死したり、貧困に陥ったりした親たちは子どもを育てられず、孤児も増えた。戦後のこの条件が、シェーファーという23歳の若きペドファイル(小児性愛者)に絶好のチャンスとなったのだ。

兵士や孤児を集め青年団を結成。歌を歌ったり、スポーツをしたり、一見健全な集団だった。しかし、当時の信奉者のひとり、I・ガッツは、ドキュメンタリーシリーズ『コロニア・ディグニダ』の中でこう当時を振り返っている。

「子どもたちは夜、彼に会いに行くのです。妙だなとは感じていました」。

そして、最初の事件が起きる。少年への性加害を疑われたのだ。疑いをもたれた聖職のシェーファーは、森へと逃げ込む。

しかし転んでもただでは起きない。しばらく森で身を隠すと、次の町へ移動し「森でジーザスに出会った。使命を受けた」と主張。こうして野良説教師となり、各地の自由派教会(※)を説教して回る。シェーファーはドイツ人としては身体が細身だったが、異様にスピーチに長(た)けており、その存在感は人目を引いて信者を増やしていく…彼には、天賦のカリスマ性があったのだ。そして先述のドキュメンタリーの中で彼が歌ったこんな歌が披露されている。

「男の喜びを歌おう。身体を鍛え、肉料理をつくろう。ハントして回ろう」 

ホモソーシャルの臭いが強い歌を高らかに歌いながら、洗礼は下着姿で信者に受けさせた。

※バプテスト派含むメソジスト、クエーカー、会衆派、長老派など、教会組織に属さずに自主独立で活動する教会の総称 

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Colonia Dignidad: Una secta alemana en Chile | Temporada 1 | Tráiler Oficial | Netflix
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小児性犯罪者の楽園のはじまり

シェーファーは“ナチスの元親衛隊”と名乗っていたが、実際は野戦病院で担架持ちをしていただけだった(※1)。ナチスのSS(シュッツシュタッフェル=親衛隊)へ入隊しようとしたが、病弱(隻眼<せきがん>)のため拒否されたと言われている(※2)。そこで、「ナチ」の皮をかぶったのだ。この面の皮の厚い男は、ドイツが戦争に負けると今度は、聖職に居所を見つけ福音派の教会に就職する。そこで教会にやって来る少年たちに性的な問題行動を起こし追放された。それからは、「元牧師」の肩書で孤独に布教活動することになる。

1956年、そのカリスマ性で信者から寄付金を集め、ドイツ・ハイデに「青年の家」と名づけた孤児院を設立(1952年ころには西ドイツの町で教会と孤児院を設立し、当時困窮していた「戦争で夫を亡くした女性とその子どもら」を集め、半ば強制的に寄付を徴収し暮らし始めたと記載している文献もある)。

当時はまだまだ戦後と言える時代であり、孤児は多く存在していた。そうして彼の孤児院には、あっという間に子どもが集まったのだ。そして、ここがペドファイル(小児性愛者)としてシェーファーが支配する最初の”楽園”となったというわけだ。深夜、信者に特定の少年を寝屋に連れてこさせ、毎日のように”それ”は起こっていた。

ある信者は、「ある日、彼の寝室へ行ったらシェーファーと10歳くらいの男の子が一緒に寝ていたの。私はどう思うべきだったの? 私は純粋にほほえましい光景だと感じた」と語り、当時の子どもたちもドキュメンタリーの取材時に、「シェーファーは優しいおじさんでした。(当時の)私には」「乱暴ではなかった。少なくとも、あのときされたことはね。でも、許されざる行為だ。ああいったことは、人に相談できないから。苦しかった」と証言。典型的なグルーミングの影響を見て取れる。

ところが、調子に乗った行為はすぐに露見した。2人の少年の家族から、レイプ被害を訴えられたのだ。すると、訴えが認められる前のスキをつき、早々にドイツ国外へ逃亡。あのときの森での生活同様、しばらくすればほとぼりが冷めると思っていた。しかし、信者の用意した各国の隠れ家を巡っている間に起訴され、ドイツで逮捕状が出る。こうしてドイツへの帰国を断念。戦後、多くのナチス幹部が南米に逃げ込んだことは、いまさら語る必要のないほど有名な話だが、シェーファーもまた、カリスマ説教師として活動する間に親交のあったドイツ駐留チリ大使に事実を隠して接触し(※3)、最終的に南米・チリに行きつく。そこはまた、戦後のドイツそっくりの混乱となっていた。

1960年のチリ地震――チリ中部のビオビオ州からアイセン州北部にかけての近海、長さ約1000km・幅200kmの領域を震源域として発生したマグニチュード9.5を記録した、観測史上世界最大級の地震だ。それに伴う津波、そして相次ぐ噴火…混乱したチリの社会に、悪魔はぬるりと入り込んだのだ。

※1 衛生兵として国防軍の一員だったとする資料と、軍には属しておらず看護師として働いていたとする資料がある。

※2 “The Torture Colony” The American Scholar, PHI BETA KAPPA   
Claudio R. Salinas, Hans Stange: Los amigos del „Dr.“ Schäfer: la complicidad entre el estado Chileno y Colonia Dignidad, Debate 2006, p.51. 

Villarroel, Tomás (2020). «Un enclave de indignidad. La fuga de Wolfgang Müller y los primeros años de Colonia Dignidad en Chile (1961-1966)». Revista Historia - Pontificia Universidad Católica de Chile: 661-690.

※3 上記、The American Scholarの記事には“he(Schäfer) came into contact with the Chilean ambassador to Germany, who, unaware of Schäfer’s legal troubles, invited him to Chile.”とある。


【参考資料】

“The Torture Colony” The American Scholar, PHI BETA KAPPA by Bruce Falconer | September 1, 2008

Claudio R. Salinas, Hans Stange: Los amigos del „Dr.“ Schäfer: la complicidad entre el estado Chileno y Colonia Dignidad, Debate 2006, S. 51.
 
“German court rules Chile sect doctor should be jailed”
REUTER, Aug 16, 2017

20世紀最後の真実』落合信彦著(集英社刊) 初版:1980.10

"La mort au Chili de l'ex-nazi et pédophile Paul Schaefer" La Nouvel Obs by Cristina L'Homme, July 24, 2017

Colonia Dignidad: Eine deutsche Sekte in Chile(邦題:コロニア・ディグニダ: チリに隠された洗脳と拷問の楽園)』(2021)

Im Paradies』(2020)