※この記事は、エスクァイアUK版に寄稿するフリーランスライター、トム・ニコルソン(Tom Nicholson)作成の記事をソースに日本版編集長・小川が加筆したものになります。


筆者トム・ニコルソン(以降、トム)は、この映画『Sound 0f Freedom(サウンド・オブ・フリーダム)』を実際に映画として鑑賞したことはありませんし、「『サウンド・オブ・フリーダム』を英国の劇場で鑑賞できる可能性は低いだろう」と言っています。それは日本でも同じことが言えるな…そんな雰囲気を日本版の担当、私もひしひしと感じています。

英国では、多くの人々がこの映画が米国で成功している理由を理解できずにいるようです。それはまるで、レストランの隣のテーブルで激論が始まったときのように、興味津々でそれをさり気なく聞き耳を立てながら様子をうかがっているような感じでもあります。 それは日本側にとっても同様。もしくは、この映画など視界にも入っていない人も少なくないでしょう。そんな中、私はこの映画を全米公開前からマークしていました。

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小児性愛者や人身売買業者が
登場するインディーズ映画
『サウンド・オブ・フリーダム』

なぜなら私は、米CBSのテレビドラマ「パーソン・オブ・インタレスト」シリーズ、そしてその主演の1人、ジム・カヴィーゼルのファンであるから。そして…。つまりは、注目の俳優カヴィーゼルがこの『サウンド・オブ・フリーダム』の主役ティム・バラードを演じているからということにしましょう。自然とSNSやニュースサイトからも、事前に情報を入手していたからです。

この映画の直近の成績をTHE NUMBERS.COMで確認すれば、「Weekend Domestic Chart for September 1, 2023」でのランキングは15位ながらトータル興行収入は1億8196万7046ドルということ(これを皆さんが読む頃には、さらに膨らんでいることでしょう)。 この映画は低予算独立映画で、その製作費は1450万ドルと報告されています。それでこの途中経過です…。

7月4日の公開から3週目の半ばが過ぎたところで、エンターテインメント情報サイト「Variety(バラエティ)」は、「『サウンド・オブ・フリーダム』がインディーズ映画の興行収入で大きなマイルストーンを打ち立てた」という記事を公開。アクション系映画としてはパンデミック後、公式に国内興行収入が1億ドルに達した最初の自主制作プロジェクトとなったともつづられています。それ以前にこの基準を超えたインディーズ映画は、オスカー賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だけのよう…。ですが『エブエブ』の場合、その興行収入の大部分は国際市場によるもののはず。この『サウンド・オブ・フリーダム』はどうでしょう、国際市場への広がりはまだ見せていません。

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ちなみにアメリカの映画評論サイトのRotten Tomatoesでは、批評家評価が60%肯定、オーディエンス(一般)評価が98%(9月12日のスコア)。さすがに批評家は忖度(そんたく)でもあるのか渋いスコアですが、一般のほうは…。

さすがに『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』が公開された7月14日~16日の3日間スコアは2位となりましたが、下には大作とも言える『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(4位)や『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(6位)、『トランスフォーマー/ビースト覚醒』(7位)に『リトル・マーメイド』(10位)が控えていました。

『サウンド・オブ・フリーダム』の
ざっくりとしたあらすじ

ストーリーを大まかに言えば、国土安全保障省(DHS)の元捜査官ティム・バラード(Tim Ballard)が性的人身売買業者から子どもたちを救おうとした任務の実話をベースにした物語になります。監督は、メキシコ最大の映画賞Premio Luminusで作品賞など3冠に輝いた『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』を手掛けたアレハンドロ・モンテベルデ(Alejandro Gómez Monteverde)です。

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"自由の音"が世界を駆け巡る。
子どもの人身売買を
なくすための現実の戦い。

#SoundOfFreedom

内容は現代社会における不安定さや衰退にスポットライトを当てた意欲作であり、その主人公は世界的な性的人身売買組織から子どもたちを救うことに人生を捧(ささ)げるため仕事を辞めた、元米国政府捜査官ティム・バラードです。

バラードが政府捜査官として働いていたときに、世界中の子どもの人身売買や搾取との闘いにどれほどのものが必要かを目の当たりにします。やがて彼は、国内だけではこの問題を解決できないと、“子どもたちを救う”仕事を成し遂げるため経済的には安定しているキャリアを捨てます。そして、自身と同様の元工作員でチームを編成し、児童売買を阻止する民間財団「Operation Underground Railroad(地下鉄道作戦)」を設立。そうして人身売買の温床となっているコロンビアなどに潜入して、大規模の摘発を行う作戦を遂行していく...といったストーリーです。

この映画は、過酷な現実を描きながらも若者を守るために尽力する人々の存在を示し、希望を与えるものと言えるでしょう。実在する人物ティム・バラードの実話に基づいた物語とする『サウンド・オブ・フリーダム』は、多くの悲痛な概念を伝える作品ではないでしょうか。

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実際のバラードからは、「この映画と全く同じミッションを遂行した」などというコメントはありません。ですが映画の最後には、バラードが率いたチームがコロンビアで実際に行った任務のイメージ映像が映し出されているとのこと。

アメリカで巻き起こっている
「サウンド・オブ・フリーダム」に
まつわる雑音

この映画は「実話を元にしている」と宣伝していますが、「バラードの実際の活動とはかなり異なる点が多く、映画で描かれているケースに自身の関与を誇張している」との非難もあります。児童性売買の専門家たちも、「子どもたちが闇の見知らぬ人たちによって路上から拉致されるこの映画の内容は、実際に起こっていることとはほとんど関係がない」とも指摘しています。

Qアノンからの支持表明から
この映画を問題視する者も…

この映画の完成は2018年。その後、公開が延期されていました。したがって、アメリカの極右が提唱している陰謀論とそれに基づく政治運動である「Qアノン」がメインストリーム化する前の出来事と言えます。

「Qアノン」がSNS等で注目のワードとして浮上してきたのは、2017年から2020年にかけてのこと。「Qクリアランスの愛国者(Q Clearance Patriot)」というハンドルネームのユーザーが、アメリカの匿名画像掲示板「4chan」「8chan」で行った一連の投稿に端を発する陰謀論から生まれた名前です。このハンドルネームの一部「Qクリアランス」とは、米国内の機密情報にアクセスできる「Qクリアランス」の権限を持つ政府高官であることを暗示していると言われています。

「秘密結社として世界を裏で支配している集団が、世界規模の児童売春組織も運営している。そしてドナルド・トランプがこれと密(ひそ)かに戦っている」ということを示唆する投稿などがそこではなされています。ここで言う秘密結社とは、一度は耳にしたことがあるであろう「ディープステート(deep state=影の政府)」や「カバール(cabal=陰謀団」)と呼ばれるものになります。そしてこの映画の主演ジム・カヴィーゼルも、Qアノンの陰謀論に対する支持を公然と表明している人物でもあります。

これに対してワシントンとハリウッドのエリートたちに多いQアノン否定派たちは、「そこで展開するのは、エビデンスを明確に示さないまま描かれている自称『事実に基づいた』という触れ込みで述べているに過ぎない…」と声高に対抗。この(否定的な)騒ぎも拡大しているというわけです。

もちろん映画批評家たちの
評価も賛否両論

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映画の専門家たちの評価もさまざまです。『Rolling Stone』誌のマイルズ・クリーは7月7日に公開された記事で、「胃がもたれる体験で、子どもの犠牲者の拷問を崇拝し、彼らの性的虐待の豪華な前奏を長々と描写している」と述べています。

他の批評家の中には、「Qアノンのことを知らなければ、完全に受け入れられる。(単館上映ではなく)マルチプレックス(シネマコンプレックス)でも通用する映画だ」とその出来を認める声もあります。

この映画内で、「Qアノン」に言及することはありません。ですが、Qアノンの皆さんには、避雷針かのように注目が集まっています。それはその内容とともに、ジム・カヴィーゼルの表明も強く影響しているでしょう。

「Qアノン」に関する本『The Storm Is Upon Us』を執筆したマイク・ロスチャイルド( Mike Rothschild)が、アメリカの非営利放送局NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)の番組で語ったところによれば、「『サウンド・オブ・フリーダム』はQアノン信者向けにマーケティングされ、このコミュニティに受け入れられました。実際のQアノンに関する内容ではないにせよ、非常にそれに近い内容です。全体的に(キリストの伝えた福音にのみ救済の根拠があるとする思想で、律法主義や儀礼・制度・伝統などを重んずる立場に対して聖書にもとづく信仰のみを強調する)キリスト教福音派の傾向にあります」とも言います。

相いれない右派と左派

「保守派」「コンサバティブ」などとも呼ばれる…古くからの伝統や習慣、制度、社会組織、考え方などを尊重する立場とされる『右派』の人々が、ある悲惨な犯罪についての意識を高めるために推進する映画『サウンド・オブ・フリーダム』。これに対し、「急進的」「革新的」あるいは「リベラル」とも呼ばれる『左派』の人々は怒りを感じていますが、そのことに対して『右派』の人々は不可解に思っています。

また逆に『左派』の人々は、『右派』の人々がこの映画の内容が正しいもので、生産的で、それらの悪事を正すためにふさわしい映画だと考えていることに愕然(がくぜん)としているようです。

「英国という国は他の国とは異なる部分も多い、それがこの国を機能不全へと追い込んでいることは間違いない」と、筆者トムは言っています。さらに、「少なくとも(主に白人の保守的なキリスト教徒を動員して、伝統的諸価値を擁護・促進する政治・社会運動を行っている)キリスト教右派がわれわれの仕事にケツを突っ込み、陰謀論者が政府内で非常に少数派になっている状態で、われわれの生活をナビゲートしようとはしていないと思いたい」とも語ります。

またトムは、「少なくとも英国の多くの閣僚は、アメリカの外交政策における一部のエキスパートやキャリア外交官…いわゆる実態が明確でない『Blob(ブロブ)』のような影の勢力について言及することは、あまりにも本質的に滑稽だ」と思っているようです。

「アメリカで好成績を収めた表向きには信仰主導となっている映画は、英国でヒットすることはほとんどない」とトムは言いますが、日本も同様と言えます。例えばメル・ギブソンが製作・監督・共同脚本した、アメリカ2004年のキリスト受難をリアルに描いた壮大な聖書映画『The Passion of The Christ(邦題:パッション)』は全世界で6.121億ドル(約901億円)の収益であり、アメリカでは3.71億ドル(約546億円)。これに対し英国では、約1500万ポンド(約1871万ドル=約27億円)の収益となっています。さらに日本の収益はどうかと言えば、約13.4億円です。

ちなみに日本の歴代映画興行収入ランキングを見れば…1位は現在のところ2020年の作品でありながら『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が404.3億円で1位。2位は2001年の作品で『千と千尋の神隠し』で316.8 億円、3位が『タイタニック』で277.7億円(参照:興行通信社)。宗教観の違いおよび文化の違いが如実に見えてくるのではないでしょうか…。

なので、UK版のトムが冒頭で「『サウンド・オブ・フリーダム』を英国で観ることのできる可能性は低いだろう」と言っていますが、それほど低くはないようにも思えます(日本に比べれば)。また、「英国では、多くの人々がこの映画が米国で成功している理由を理解できずにいるようです」と述べていますが、これはQアノン的な陰謀論色の面から述べているものと言えるでしょう。しかしながら日本では、かなり難しいかもしれません。

世界の多くの人々が実際、
この映画の成功に
「?」かもしれない

ここで鳥の目で見てみましょう。この映画がここまで話題になっているという事実から、「私たちが見逃しているものは、それほど多くない」と考えるのが妥当かもしれない。ですが、ここで実際に『サウンド・オブ・フリーダム』が上映されていると言うこと自体、われわれの日常の優越感は絶望的に見当違いであることを示しているのではないでしょうか。日本では、いわゆる「平和ボケ」というものかもしれません。

実際、英国で『サウンド・オブ・フリーダム』を目の当たりにすれば、多くの人が何らかのショックを受けるはずです。BC初の偽情報・ソーシャルメディア専門特派員であるマリアーナ・スプリング(Marianna Spring) のポッドキャスト「Marianna in Conspiracyland」で、デボン州のトットネス氏がレポートしたコンテンツを聴いたことがある人なら、英国には陰謀論者の頑固なコミュニティがあることがご存じのはずです。

日本ではどうでしょう。2020年11月30日公開のBBCの記事「QAnon’s Rise in Japan Shows Conspiracy Theory’s Global Spread」(日本語版はこちら)にも記されているように、日本のQアノンのコミュニティも米国の本家と同様に、トランプ大統領が民主党員や「ディープステート」構成員を含む小児性愛者らの陰謀から世界を守るために闘っていると信じているようです。が、公式な会員制となっていないのでその信奉者数を推計するのは難しいところですが、グーグル・トレンドのデータからは日本でも少数ながらコンスタントに検索するものがいることがうかがえます。

また、当時のTwitterの現状としてQアノンのコンテンツを日本語に翻訳する唯一の公式アカウントとして@okabaeri9111を紹介しています。そこで、そのフォロワー数は「8万人を超える」とされていましたが、現在は凍結されている模様です。

『サウンド・オブ・フリーダム』
その内容には 危険もはらんでいる

このような映画は、現実世界に具体的な損害を与える可能性も示唆されています。事実『サウンド・オブ・フリーダム』はすでに、児童の人身売買について詳しく調査している人々から非難の声も浴びています。

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「彼ら(視聴者)が学んでいることは現実から乖離(かいり)しており、逆に新たな害を生み出すことになりかねない」と、人身売買対策が専門の弁護士エリン・オルブライト(Erin Albright)は『ローリングストーン』誌に語っています。そして、 「この映画が描く(児童人身売買がなされる)方向性と、私たちが考えるそれは異なるところもあるため、(この映画の話題性に触発され)わたしたちの願う特定の政策が承認されない可能性は浮上します。また、実際に被害にあわれっている皆さんがこれらの物語を観て、違和感とともにさらなる混乱を引き起こすことにもなるでしょう」と続けます。

英国でこれが上映された暁には、この内容を「アメリカだけにことでしょ」と対岸の火事として対応することはなり、その現実味をさらに感じるはずです。一部の地域ではすでに、英国独自の解釈で根づいている悪事とも言えます。

筆者のトムは最後にこうつづっています。「映画『サウンド・オブ・フリーダム』は英国の信仰に基づく映画として、何十年ぶりとなるヒット作になるかもしれません。そして、もしそうなれば…私たちが奇妙な方向へとゆっくりと滑り落ちていることの確認となるでしょう」と。

では、日本で上映されたらどうでしょうか? それとも、配信を待つしかないでしょうか? いずれにせよ、皆さんの反応を心待ちにしています。

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製作会社:ANGEL STUDIOS内公式

From: Esquire UK