2009年の時点では、ネット上で自分を偽って“なりすまし”を行う人たちを指す一般的な用語は存在しませんでした。ですがその1年後の2010年、アリエル・シュルマンとヘンリー・ジューストによる自作自演のドキュメンタリー映画『Catfish(キャットフィッシュ)』が公開されると、日に日に広まりつつあるこの現象を私たちに知らしめたことで状況は一変しました。これによりネット上で、他人の写真を使用しての“なりすまし”を「Catfish(キャットフィッシュ)」と呼ぶようになったのです。

この映画は、MTVのリアリティ番組「Catfish: The TV Show(邦題:キャットフィッシュ~リアルレポート ネット恋愛の落とし穴~」シリーズ化され、被害者によってネット上の恋人の正体を暴くという内容の長寿番組となりました。そこでは、個人情報の詐取や身元詐称、背任行為など信じられないほどショッキングな話がたくさんありました。

ですがその一方で、当時大きなニュースとなっていたアメリカンフットボール選手のマンタイ・テオと、その“ガールフレンド”であるリネイ・ケクーアになりすましていたロナイヤ(現在はナヤに略称)・トゥイアソソポとの関係は、この番組では取り上げられませんでした。

そしてこのたび、Netflixの伝記ドキュメンタリー「Untold」シリーズの新作として、このマンタイ・テオの物語が映像化されました。それは2022年8月16日(火)より配信スタートした2部構成の『Untold: 架空の恋人』であり、この奇妙な物語は見事に構成されています。マンタイ・テオは、そこで実際に話していた相手を明らかにしています。

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マンタイ・テオとガールフレンドの奇妙な物語

2012年当時、テオは大学スポーツ界のスター選手であり、NFLの世界でも屈指の才能の持ち主でした。アメフトの名門であるノートルダム大学のラインバッカー(ディフェンスチームのリーダーを担う司令塔)として活躍し、「輝かしいスポーツ人生を歩むことは確実」と言われていました。しかしその年の9月11日に彼は、二重の悲劇に見舞われます。祖母のアネット・サンティアゴと、ガールフレンドであるリネイ・ケクーアが同じ日に亡くなったのです。

ノートルダム大学はアメリカン屈指のフットボール名門校であり、アメリカでは大学フットボールの人気はプロ以上とも言えるほど高い。しかも、シーズン開幕寸前の9月中旬ということで、多くの記者が当時熱心に取材に訪れていたときのことです。コーチは記者たちに囲まれて、こう答えました。

「実は彼の恋人、リネイさんが白血病を患い一昨日亡くなった…そんな彼のためにも、次の試合は必ず勝つ」と。マンタイも彼女の死のショックがあるにもかかわらず、彼女のために試合に出るということも。

この話に記者たちの胸を打たれます。そして翌日、チームメイトはマンタイのために奮起し、マンタイ自身も12ものタックルを決める大活躍。結果は20対3の圧勝。その後もマンタイを中心に、チームは連勝の快進撃を続けます。このチームの状況と、若き2人の悲しいラブストーリーはアメリカ中に報道され、多くの人々の心を動かしたのでした。そうそて悲劇のヒーローとして、マンタイ・テオはたちまち全米の注目の的となったのです。

偽りが暴露される

当時、テオのガールフレンドはスタンフォード大学に通う22歳の女性で、「交通事故に遭い、一命を取り留めたものの、その後白血病で亡くなった」ということになっていました。「愛する人を失った人気選手が、シーズンに身を捧げた」――この美談は、当然のことながらメディアはその後も取り上げていきます。

…ですがその裏で、スポーツブログの「Deadspin」はある調査を行います。それは匿名の電子メールによる情報提供を受けてのものであり、同ブログでは謎に包まれたガールフレンドの「リネイ・ケクーア」について調査を行った末、ついには暴露記事が公表されます。

具体的には、彼女が死んだとされる4カ月後にジャーナリストのティモシー・バークとジャック・ディッキーは、彼女が実在しないこと、彼女のプロフィール写真は実際にはダイアン・オメーラという女性(彼女は自分が偽装に使われていたとは知らなかった)であり、ナヤ・トゥイアソソポという人物がすべて仕組んでいた可能性が高いということを明らかにしました。さらに奇妙なことに「Deadspin」によれば、テオはその人物の存在を知っていたのです。

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Netflix


暴露記事が出た、その後

テオとリネイを名乗る人物は2011年にツイッター上で出会い、オンラインで友情を育んでいきました。この物語が泥沼化した最大の原因は、テオが事前にリネイ自身からの電話によって実際には生きていることを知りながらも、その真実の発表を引き延ばしたことにあるのでは…。それはおそらく、「ガールフレンドに直接会ったことがない」という事実に恥かしさを感じ、「家族に会ったことがある」という嘘に始まる嘘の上塗りではないでしょうか。

2012年の『スポーツ・イラストレイテッド』誌のインタビューでは、1年間オンラインで交際した後、リネイが交通事故に見舞われてから2人の関係がいかに複雑なものになっていたかが綴(つづ)られています。

「テオは毎晩、彼女と電話しながら眠りにつくという儀式的な習慣を始めました。朝起きると、彼の携帯電話には8時間の通話が表示され、電話の向こうでリネイの息遣いが聞こえてくるのです。彼女の親族が、『リネイは事故による昏睡状態から抜け出そうと戦っており、テオの声を聞くと呼吸数が増える』と彼に告げたのです。」

「Deadspin」の暴露は、「テオが自分の好感度を上げるための自作自演だったのでは…」という、ほとんど非難めいた内容でした。ですがその一方で、少なくない人々が指摘するように彼はきっと、騙されていたことに対する羞恥心で隠そうとしてに違いないでしょう。

真相はどうであれ、テオは悲しいかな、オンラインでもオフラインでも嘲笑の的となってしまったのです(米NBCのバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』では、この話がパロディ化されるほど)。

発覚当時、テオは声明を発表しています。

「このことを話すのは非常に恥ずかしいのですが、長期間にわたって私はオンラインで知り合った女性とプラトニックな関係を築いていました。私たちはオンラインや電話で頻繁に連絡を取り合うことで、本物の関係だと信じて疑わず、私は彼女を深く気にかけるようになりました。ですが、それは誰かの虚言と偽装の上にあった関係であり、自分は被害者であることに気づいたとき、ひどい苦痛と屈辱を覚えました」

Netflixのドキュメンタリーシリーズ「Untold」では、テオとリネイを演じていたトゥイアソソポ(現在はトランスジェンダーの女性)の両方のインタビューが掲載されています。

「私は自分を優先してこなかったから、自分の人生を生きることにした。トランスジェンダーとして生きたいと思った。もう二度と人前には出られないと思っていたけれど、考えが変わった。誰かが私の話を聞いて、希望を見出してくれるかもしれないって…。今も申し訳ない気持ちだし、できることなら時間を戻したい。でも、その一方でリネイとして生きたことで得た教訓から、自分がどういう人間でどうなりたいかを知ることもできたの…」

テオのスポーツキャリアはこの出来事によって、「マイナスの影響を受けた」と言う人もいます。ですが、テオはこの出来事によって起こったすべてのことを許し、前を向こうと努力してきました。それは、シリーズの中での彼の発言からもわかるはずです。

「どんなに辛くても、『レイだらけの客席を思い出せ』と」「僕を無価値だと言う人間が何百万いたとしても、大事だと言ってくれる人のために僕はプレーする」「僕はすべて受け入れる。冗談もミームもすべて受け入れる。誰かの励みになれるはず…そう信じてプレーを続ける」

そんなテオは2013年に、NFLドラフト2巡目でサンディエゴ・チャージャーズに指名されてプロ選手となりました。2017年にはニューオリンズ・セインツに移籍し、さらに2020年にはシカゴ・ベアーズへ。そうして2021年までNFLでプレーし、現在はフリーエージェントとなっています。

『Untold: 架空の恋人』はNetflixで配信中です。

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Source / ESQUIRE UK
※この翻訳は抄訳です。