トム・クルーズ来日中止

トム・クルーズの主演シリーズ第7弾となる最新作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』、その日本公開日(7月21日)が迫ってきました。前作同様に今回も、主演トム・クルーズ、監督・脚本を務めたクリストファー・マッカリー他、豪華ゲスト陣が来日する予定となっていたのですが…。7月14日(金)に配給会社であるパラマウント・ピクチャーズより、目前に控えていたトム・クルーズ来日イベントの中止が発表されました。

これは米国映画俳優組合(SAG-AFTRA)が同日、ストライキを実施することを決定したことに伴って、組合員は撮影や宣伝活動を行うことができなくなったため。とても残念なことですがこの記事で気を取り直して、公開日に臨みましょう。

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CGスタンド嫌いの
トム・クルーズ…
彼が持ち続ける
パッション・ポッシブル

演者に(そのレベルはさまざまですが)危険がともなう撮影の場合や、“実際には存在しないもの”を映像化したい場合、3Dコンピュータグラフィックスによって生成した映像CGI(Computer generated imagery:コンピューター・ジェネレイテッド・イメジェリー)をそのままインサートすることは、もはや当たり前の時代となっています。現時点のわれわれでも、机上で生成AIを利用してゼロから短編映画ぐらいは(さまざまな権利関係における法整理が必須であることを無視すれば)ササッと制作できる時代なのですから…それはすぐに納得できるはずです。

そして、そこに人物を絡めたい場合には、グリーンのバックドロップ(プロレス技ではなく背景幕)の前で人物だけを別撮りしたのち、編集ソフトでグリーン部分および余計な部分(ワイヤープレー時のワイヤーなど)をプラスして透過させるキーイング処理を施します。それに生成したCGと違和感のないよう合成して仕上げることをVFX(Visual effects:ビジュアル・エフェクツ)と言いますが、「今ではこれを使用していない映画はない」と言えるほど、映画製作時における当たり前の手法のひとつとなっています。

つまり、完全なる肉体的スタントワークは相対的に減少の一途をたどっているわけです。悲しいかな、それは映画づくりのおける“レガシー”の領域となっているのです。われわれメディアにおいて紙媒体が減少するのと相対して、新興メディアとしてのウェブおよびSNS展開が増大しているように…。まさにフィジカルからデジタルへ、その過渡期を迎えているのです。

プロデューサー側、お金を出すほうにしては当たり前かもしれません。事前に、可能な限りのリスク回避をしておくことが、ビジネスで成功するための極意でもある現在。出演者に危険が伴うことによるギャラの上乗せ、また万が一の場合のための保険料、さらには万が一が起こったときのさまざまな賠償金などなど…その苦悩に比べたら、先は見えるちょっと高めのコストで安全に制作したほうが、メンタル的にも予算プランを達成させる実質的な理由からも「ベターの選択」と言えるはずです。


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時代の潮流に抗う
トム・クルーズの
情熱的な姿勢に共感

とは言え、いまもなお、スタントマンやスタントウーマンがその役割を担う場合も少なからずあります。ですが、大作映画で見られる最も大胆なアクションに関しては、CGでつくられる傾向にあるのは確か…。ですがそんな中、大作映画に主演するトムだけは、自分の肉体にこだわった映画づくりを今もなお続けています。今月(7月3日)で、61歳になったというのに…。

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トム・クルーズの壮絶スタントを総まとめ!映画「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」メーキング映像が公開
トム・クルーズの壮絶スタントを総まとめ!映画「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」メーキング映像が公開 thumnail
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彼はスタントマンの起用は避け、自ら映像としてほしい空間で身を置いて撮影をこなしているのです(さすがに『ミッション:インポッシブル3』の崩れ落ちた橋のシーンのように、危険度MAXの環境に関してはCGIによるVFXを使用しているようですが…)。その大作というのが、この「ミッション:インポッシブル」シリーズになります。そして、そんな彼の行為を非難するような人もいません。むしろ、温かく見守っています…というか、見守るしかなのでしょう。

"mission impossible dead reckoning part one" new york premiere
Mike Coppola//Getty Images
2023年7月10日、ニューヨークにあるジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)のローズ・シアターにて行われた『ミッション:ニューヨークのジャズ・アット・リンカーン・センター、ローズ・シアターで行われた『Mission: Impossible: Dead Reckoning Part One(ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE)』のプレミアに出席したトム・クルーズ。


クルーズはCGIを駆使した想像(創造)のスタントを嫌うどころか、スタントマンを起用した撮影も嫌い、自らスタントを行うことにこだわりを持っています。バイクスタントに関しては、1986年公開の『トップガン』のときから。この映画では、バイクKawasaki「GPZ900R」駆って離陸する戦闘機「F-14トムキャット」の横を走り抜けたり、同映画ヒロインの教官チャーリーの愛車ポルシェ「356 スピードスター」とのカーチェイスを披露するなど、その一端を見せつけていました。

そして1996年から「ミッション・インポッシブル」シリーズが始まってからは、それにさらなる拍車がかかり、このこと自体が話題に持ち上がるようになりました。直近では2022年公開の『トップガン マーヴェリック』で、戦闘機「F/A-18E/F スーパーホーネット」まで乗りこなしています。とは言え、さすがに操縦まではしていません。ですが、トムをはじめとするキャストらは戦闘機をどう操縦するかを学び、撮影に関しては実際に空中で行われています。

「ミッション:インポッシブル」
シリーズ最新作はスタントの金字塔

そしてもちろん、最新作となる第7弾『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』でもさらに、その勇敢さにもあきれる批評家もいるであろうほどの自前のスタントを見せつけてくれました。もはやこれは、スタントの金字塔と言えます。

しかしながら、ここまで危険度の高いスタントでそれをこなすのがトム・クルーズのような大スターとなれば、それ相応の保険料をかかることでしょう。そして、それを実際に行いながらもプロデュース側でもあるトム・クルーズにとっては、その保険料を超えるだけの評価とともに、実質上の収益も見込めるだけの作品にしなければならない…。そう考えるとこれは、驚異的かつ果てしないチャレンジでもあります。

もちろん、ダニエル・クレイグ演じる「007」シリーズのスタント・ドライバーも務めた名スタント・コーディネーター、ウェイド・イーストウッドの助けを借りてのことですが…。

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Wade Eastwood - MISSION: IMPOSSIBLE - FALLOUT
Wade Eastwood - MISSION: IMPOSSIBLE - FALLOUT thumnail
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このシリーズでトムは、これまで飛行機内での白兵戦やバイクでのチェイス&シューティング、そして世界最高層ビルの登攀(とうはん)などなど、息をのむようなシークエンスのために命を危険にさらすことを繰り返してきました。

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しかしながらトムはなぜ、そんなことを続けているのでしょう? それは、「The Telegraph」につづられているトムの言葉どおり…。

「僕は、自分の全てを(観客の皆さんに)捧(ささ)げたいんだ。そして、それが現実であることを、観客の皆さんに伝わっているのかを確認する…そこの明確な違いがあることを感じてくれているのか…。その違いを感じてほしいんだ。それは大きな賭けでもある、そう、かなりのね…」

そう言えば、トムの出世作は1983年公開の『卒業白書』でした。その原題は“Risky Business”…「危険な仕事」というわけです。

フランスの小説家マルセル・プルーストの描写を借りるなら、「私は、そのマドレーヌの一片を浸(つ)けて潤(ほと)びさせたお茶をひとさじ、機械的に、唇にもっていった―(中略)―瞬間、私は身震いした。何か異常なものが身内に生じているのに気づいて。なんとも言えぬ快感が、孤立して、どこからともなく湧き出し、私を浸してしまつているのだ」(新潮文庫『スワンの恋 Ⅰ 失われた時を求めて 第一巻』プルースト 著/淀野隆三・井上究一郎 訳/1958年)でしょうか…。

この物語の主人公「私」はある日、紅茶に浸したマドレーヌを食べた瞬間不思議な幸福感に襲われ、その理由を探るうちに、かつて祖父母の家で叔母にお茶に浸したマドレーヌを食べたことを思い出し、そこからかつての記憶が次々とよみがえっていく…という件(くだり)になります。まさにトムのスタントは、ブーストされた「プルースト効果」のように、郷愁と驚きがともなった最高峰の心地よさとワクワク感をもたらしてくれるでしょう。

preview for Mission Impossible 7's Pom Klementieff, Hayley Atwell, Vanessa Kirby, Rebecca Ferguson & Simon Pegg

娯楽のために死の危険を
冒すクルーズに感謝

さまざまな運動能力の融合によって達成できるものであり、さらにけがを避けるための入念な準備も必須…そしてさらに、映画的センス(どこからの視点がいいのか? どのように転ぶのか? アクションをとらえるためにカメラをどこに設置するのが最適か? など…)もそこに加わってこそ成功するまさに総合的芸術の極みとも言える実践的なスタントワークは現在、改めて高く評価され始めています。

クルーズやダニエル・クレイグがけがをして製作が滞ったというニュースは、むしろ、危険と背中合わせの古き良き映画製作を思い起こさせるものです。「デイリー・ビースト」紙は最近、「トム・クルーズはわれわれの娯楽のために、死の危険を冒し続けている。神に感謝」という見出しの記事を掲載しました。

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前出のスタント・コーディネーターのウェイド・イーストウッドは、ハリウッドではかなり評判の高いプロフェッショナルです。ですが、われわれ一般人にその名を知る人はそう多くないでしょう。「お気に入りの映画スターが危険にさらされている」という錯覚で観客を欺くよう設計されたスタントというものの性質上、現在ハリウッドで最も華やかかつ尊敬されている彼のようなスタントコーディネーターでさえも、通常は陰に隠れた存在になっていることはこうした理由からでしょう。

しかしながら、マーベル映画に飽き飽きし、映画館がトム・クルーズが得意とする、傷つきボロボロになったアクション映画に期待を寄せるようになるにつれ、こうした命知らずのプロフェッショナルたちが再び正当な評価を受けるようになってきているのです。

映画監督で元スタントマンのチャド・スタエルスキは、マーシャルアーツの振り付けを得意としています。大人気の「ジョン・ウィック」シリーズでは、実際に撮影された要素を使った特殊効果であるプラクティカル・エフェクトで仕上げた骨太な映像で、その知名度の最前線に立つ人物の一人。

パリの街角を暴れたり、サクレクール寺院の階段をコミカルに上り下りしたりと、キアヌ・リーブスの身体を張ろうとする姿勢は経験豊富なスタントチームのサポートとともに、トム・クルーズの映画への姿勢と相通ずるものがあります。興味深いことにチャド・スタエルスキもウェイド・イーストウッドのインタビューでの答えと同様、旧世代のスタントパフォーマーに敬意を払い、並外れたことを安全に成し遂げることの難しさを理解しています。そして両者とも、「偉大なるバスター・キートンに多大な影響を受けた」と語っています。

'john wick chapter 3 parabellum' premiere in tokyo
Yuichi Yamazaki//Getty Images
東京、日本 - 9月10日:2019年9月10日、東京・六本木ヒルズで開催された「ジョン・ウィック:チャプター3 -パラベラム-」ジャパンプレミアに出席したキアヌ・リーブス/チャド・スタエルスキ監督。

人は合理性よりも、
パッションを求めるのか?

もちろん映画史初期のほとんどの作品では、スタントワークは俳優自身による…しかも生身による演技によって撮影されたものでした。1920年代のバスター・キートン、チャールズ・チャップリンと並び活躍したサイレント映画のスーパースターの一人ハロルド・ロイドは1920年製作の『ロイドの化物退治』撮影中、小道具の爆発事故により右手の親指と人さし指を失くし、それ以降は義指着用となりました。1923年の『要心無用』の有名なビルディング・アクションも、義指をつけての演技になります。

この時代のスタントマンたちは、"訓練された "動物に襲われたり、川の急流で溺れたり、戦闘シーンで自分の剣に突き刺さったり、高所から落下したりして死んだり、けがを負ったりしていたのです。

american actor harold lloyd 1893 1971 finds himself in a precarious situation dangling from a clock in a scene from the film safety last, 1923 photo by american stock archivearchive photosgetty images
American Stock Archive//Getty Images
1923年公開のロマンティックコメディ映画『要心無用』の有名なビルディング・アクション。ここで主演のハロルド・ロイドは、以前のスタントでなくした指に義指をつけて、高層ビルの時計の針にぶらさがっているシーンを撮影。これはサイレント映画を代表する名シーンです。

自動車事故の生中継、突進してくる何千人もの兵士、複葉機の翼をつま先立ちで歩く人々--この年代の映画には、その時代にしか観ることのできない“何か”があることは言うまでもありません。それは“パッション”の賜物であり、それを可能にしたことは言うまでもありません…が、現代における映画づくりに「合理性ばかり追い求め、そこにパッションはあるのか?」と嘆いているわけではありません(たまには、「ないな」と思わせるものもあるかもしれませんが、それも計算のうえからもしれませんし…)。

とは言え、70年代後半くらいまでは、スタントマンたちは大きな危険にさらされていたのは事実です。「ボンド」や「ボーン」のベテラン英国人スタントマンであるグレッグ・パウエルはかつてこう言っています。

「初期の頃は、『デイリー・ミラー』紙のコピーを肘当てとして使っていたよ」と…。

身体的な危険に直面することによる興奮と、その危険から回避することの間にあるスイートスポットを見つけることは、現代の映画製作者とスタントコーディネーターの責務でもあります。それは戦闘シーンにおける負荷を跳ね返るためのソフトビルドのセットを活用することであり、落下を防ぐためのネットからエアバッグへと進化させるなど…。また、スターのために招かれた元軍人のトレーナー、さらに徹底的なリハーサル、そして体調管理などが含まれます。

"mission impossible dead reckoning part one" new york premiere
Theo Wargo//Getty Images
デジタル全盛の時代だからこそ
フィジカルな映像が欲しくなる⁉

「CGIのほうが好ましい」と考える人も、当然いることでしょう。安全対策がどうであれ、実践的なスタント作業には危険がつきまとうものですので…。ですが、卵(あるいは骨かもしれない)を何個も割らずにオムレツをつくることはできないこともわかっているはずです…。「ミッション・インポッシブル」シリーズが毎回、息を呑むようなワクワク感を与えてくれることが、この卵の話を映画製作においても通じることを証明しているのかもしれません。

この方程式に対し、まだ「?」のある人は、今回の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』でそれを確かめてみてください。息を呑むようなシークエンスの数々が、あなたにその解答を呼び起こしてくれるでしょう。高速で走る60トンの骨董品列車(レプリカ)の上での格闘や、クルーズのキャリアの中でも最も精巧で危険な部類に入るバイクのジャンプなどなど、彼の実践的なスタントはスクリーンでできることの限界を押し広げ続けています。それは間違いなく、クルーズの“パッション”あってこそ、“ポッシブル”になったに他ならないのです。

一般のわれわれの間でも、AI生成による画像・映像が簡単につくれるようになった現在。そんな時代だからこそ、ウェイドナル・イーストウッドのようなプロファッショナル専門家が行うフィジカルな仕事は、古き良き映画づくりに初心にも似たロマン薫る感触をわれわらに呼び起こしてくれるのではないでしょうか。

ファッションの世界ではいま、自身のブランドが持つ過去のレガシー(アーカイブ)をひも解き、それを現代の息吹でツイストを与えて最新作品として発表するブランドも少なくありません。温故知新--故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、この感覚はいまブームなのでしょうか? いいえ、どんどん仮想空間が広がりつつある未来を前に、われわれはフィジカルな世界、現実に世界に対して郷愁以上に飢えを感じているのかもしれません。作家・東野圭吾が描く日本橋署の刑事・加賀恭一郎のセリフ、「行き詰まったら原点に戻る」にも似ているような気がします。

そう、トム・クルーズ自身が言うように、「本物に勝るものはない」のです。

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』は、7月21日(金)より日本公開となります。
公式サイト